18話 募る想い
よろしくお願い致します。
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俺の右ストレートを受け、自分に課せられた鳴るという使命を終える事となった目覚まし──そんな哀れな姿に、俺は黙祷を捧げた。
「さらば、我が初代目覚まし……お前のその志は、きっと二代目に引き継がれる事になるだろう─って……さあ、帰りに新しい目覚まし買いに寄らなきゃ……明日から起きられねぇよ。右手も地味に痛いしさ……うん、まだ寝ぼけてるな、俺……」
そしてその右手の痛みに、俺は完全に目を覚ました。
やはり先程まで見ていたあれは、夢だったのだと自覚する自分がいる。
ボンヤリとする視界を戻す様にして、目元を指で擦る。そして布団を払いのけ、ベッドの上に腰掛けた。
それにしても──
──うげっ、気持ち悪っ! 目が覚める寸前に見る夢は、いつ経験しても最悪だ!!
俺はもう一度ベッドの上に仰向けに寝転がった──起床時間はいつも余裕を持って設定してある。出勤するまで充分に時間はあるが、さりとて二度寝を決め込む余裕もない。
……………。
──────────
── 一ノ瀬 久遠──
その名のひとりの女性と出会い、俺の日常……いや、人生に対する価値観が一変した。
意味のない退屈とさえ感じていた毎日の生活が、彼女の存在──その事を考えるだけで心が充実し、光が差すような生き甲斐を感じられる日々へと変化していった。そしてそれを実感できる事に俺自身、とても嬉しく感じている。
今、俺の中にあるのは──
──久遠と会いたい、彼女の笑顔が見たい。
そしてずっとその傍にいていたい──そんな想いだけが、どんどん膨れ上がっていく。
──────────
あの日以来、久遠とは毎日欠かさずLINEで連絡を取り合っている。声が聞きたくなれば、どちらからともなくスマホを通してその声を聞く。会いたくなれば、週に二、三回、平日の夜に会った。
……ちなみに昼間に一緒に遊んだりした事は、未だに一度もない……ぐすん。
で、でも聞いてくれっ! 仕方がないんだ──くそっ、会社の野郎、急に新たに新規の設備なんぞ立ち上げやがって! ホントにもうっ、社畜っていうやつは実に辛いぜ。
……もちろん、それに俺も巻き込まれてしまう訳で……なので、今は土日の休日が交代制となり、しかも久遠の方も土日、祝日限定でバイトをしている様で(ちなみに喫茶店らしい。今度、黙ってこっそりと行って驚かせてやろう──うっしっしっし)だから、一般的に言う一日デート。それをまだ彼女とは経験していないのである!
どやあぁぁーーっ! 参ったかっ! えっへん!!─って──
……いや、その前に他にするべき事があるだろっ! バカか俺は……デートに誘う以上にするべき事が……。
でもまあ、少なくとも俺達二人の距離は、確実に縮まっているとは思う。今は俗にいう友達以上、恋人未満ってやつだ。
平日に会うのは決まって、ファミレスや居酒屋。会話の内容は、その日の出来事や他愛のない世間話。そんな日常会話を彼女と会って交わすだけ。
だけど、それが俺にとってとても楽しく、そして貴重と感じる時間だった──
◇◇◇
「それでね、大学の友達の子がね、好きな人に告白したいから、私に一緒に付いてきて欲しいって言うんだよ」
「へっ、なんで? それってちょっと非常識じゃないのか?」
「あ~、まあ、場所が居酒屋だったしね。その場所に向かってる途中で、私が無理矢理に付いてきたって設定にして」
「何かもう……ごり押しだな──それで上手くいったのか?」
「──ううん、残念だけどダメだった……彼、他に好きな人がいるんだって……」
「そっか……そりゃ、何ていうか……まあ、そのなんだ、そういう事だってあるさ」
「でもね、彼女は諦めないって……だって、その彼の好きな人が男性だったから──」
「──へ?」
「どうやらその彼って、同性愛者みたいなんだよ」
「……そっ、そうなのか……まあ、ホント、色々あるよな……」
「君は違うよね?」
「──ぶっ! お、お前、何言ってんだっ! 違うわっ!!」
「──あはははっ、冗談だよ……でもね、私としては、あらゆる不安要素を消していきたいんだよ。うん……くすっ──」
「??……」
「ねぇ、君は今、心の中で何を感じてる? 私と一緒にいて、どんな風に感じでいてくれてるのかな?」
───
久遠が言ったその言葉、感じ?……そう、感じか……そういえば──
幼い頃からずっと感じ続けていた、胸にぽっかりと穴が空いた様な虚無感。そんな感情が今の俺にはすっかりと消え失せていた……これはいつからなのだろう?
ううん、いや、そんなのはとっくに分かってる。きっと、久遠と初めて会ったあの日から──
これは、この感じは……どう言い表したらいいのだろうか?
───
「……満たされてる──うん、この感じはきっと、満たされる……そんな風に俺は今、感じている」
なんとなく、すっと出てきた俺の言葉に、久遠は心なしかその瞳を潤わせている様な──その様に俺は感じた。
「うん、いいね。その表現の仕方──満たされる……きっと、そうなんだ。今の私もきっとそう、満たされてるんだ……でも、足りない……」
彼女は潤わせた瞳で俺の事を見つめてくる。
「私、君の事もっと良く知りたい。そして今以上にもっと満たされたい……だから、ちょっとした不安な可能性でも少しでも解消できたら……なんて──ごっ、ごめんっ! 私ったら、ちょっと重いよね?」
「いや、そんな事ないよ。そんな事言ったら、俺だって……」
「あはっ、ごめんね。何かこんなしんみりした話、私達らしくないよね……そういえば、この前ねぇ──」
「………」
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少し酔いが回り、ほんのりと顔を赤く染めた久遠が、楽しげに笑いながら話し始める──
手に持つカクテルのグラスを揺らしながら、俺の目を見つめてくる──
そして俺と久遠の目が合う。それに対し、溢れるような微笑みを浮かべ返してくれる彼女──そんな顔に、表情に、俺は全てを忘れ、ただ見入ってしまう。
──“愛しい”──
──素直にそう思った。
───
そして別れ際、彼女は決まって俺の髪に、お手製のヘアピンを付けてくる。それはもう既に俺達ふたりの間では、定番のお決まり事となっていた。
それを付けたまま帰り、帰宅後、そのヘアピンの装飾品である花の花言葉を検索する。
今日のヘアピンには、白い花を象った装飾が施されていた。彫られている文字はハナミズキ。その花言葉は──
『私の想いを受けて下さい』
───
「……久遠」
俺の口から小さく声が漏れる。
───
ヘアピンを受け取ったのは、最初のを含めてこれで五度目。
一度目は初めて会った日──青と紫の交じった花、カタクリ。 『初恋』『寂しさに耐える』
二度目は──白い花、ブッドレア。 『あなたを想う』
三度目は──黄色の花、ヒヤシンス。 『あなたとなら幸せ』
四度目は──赤い薔薇。 『あなたを愛しています』
そして今日──ハナミズキ。 『私の想いを受けて下さい』
───
俺は過去、真理、そして若葉ちゃん──二人の女性と付き合った。だけど、二人との間に、俺は恋愛感情を抱く事ができなかった。
そしてそれは、おそらく友情を超えた別の感情……もしくは寄り添って生きるために必要な、付き合う事によって生じる特別な馴れ合いの感情……そういうものが、なんとなく恋愛感情なんだと、俺は思い込んでいた。
だけど──
今、俺の前に久遠と言うひとりの女性が現れた──そして彼女に対して、真理や若葉ちゃんに抱く事はなかったこの想い。
“久遠”──彼女の事を考えると、切なくなる。胸が苦しくなる。
彼女と付き合いたい。恋仲になりたい。想いを通じ合いたい……というよりも、もう──
──久遠。彼女と共に、ずっとふたりで、これからの人生を一緒に生きて行きたい──
──そう、永遠に──
彼女が俺にくれる花の飾りが付いたヘアピン──おそらく彼女もきっと、俺と同じ想いを抱いてくれている筈だ。
……だが、彼女は自分には彼氏がいる。
あの時、久遠は戸惑いながらも確かにそう言った……だから、今度会った時、まずはその事をちゃんと確かめよう!
──そうだ! 不安要素はひとつずつ解消して行こう! 彼女もそう言ってたじゃないか──それにいようがいまいが、そんな事はもう、どうだっていい。俺は久遠と一緒に生きていたいんだ! だから、その為に──
──この想いを告げる──
◇◇◇
──と、なんとなく今までシリアスを決め込んできたが……。
──うっきゃーーっ!! もう我慢できないっ! 息が詰まりそうだ。これからは俺のやり方で行かせて頂くっ!!
と言う訳で──
───
♪ ででんっ!!
クエスト名──現世に現れた戦乙女、ヴァルキュリアのハートを掌握せよ! ←ただの現実逃避。
討伐対象 一ノ瀬 久遠。
メインターゲット 現世の戦乙女と称される一ノ瀬 久遠と恋仲になる。
サブターゲット 一ノ瀬 久遠のハートの部分破壊。 ←いや、精神的な意味でね。
報償金 ふっ─プライスレスさ。 ←かなりイタい。
なお、討伐対象、一ノ瀬 久遠の今の心理状態は、貴方にとってかなり有利な状態である模様。
だが、しかし油断する事なかれ。裏情報ではあるが、彼の者は、空手四段、合気道三段の実力持つ強者との事。
それでは吉報を待つ──アディオス! ←マジかよ、聞いてねぇよ! 骨も残らねえぇーーっ!!
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さあ、俺が達成すべき目標を、今掲げてやったぞ! ふははははっ!! ←脳内だけどね。
長年社畜として培ってきたこの強靭な精神力。 ←いや、まだ2年だけじゃん。
やっと解放する。その時がきた! ←うん、ドンマイww
このクエスト、俺は必ず達成してみせるっ! 待ってろ、久遠! 俺はもう──立ち止まらないっ!!
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……ふぅ~~……う、うぷっ─なんか、もうお腹いっぱいになってしまった……って、いかんいかん。
──頑張れ、俺──!!




