12話 花言葉
章の設定上、すごく短いです。
よろしくお願い致します。
───
「どうしたんだ。何かあったのか?」
俺は少し前屈みになりながら、呼吸を整えている久遠にそう声を掛けた。
「……はぁはぁ……私、ちょっと忘れ物。……」
舌をチロッと出し、微笑みながら片目を閉じてみせる彼女──
──ぐふっ! その仕草もとても可愛いっす!
彼女は肩に掛けていたショルダーバッグから、何かを取り出した。そしてつま先立ちになりながら、俺の頭へと手を伸ばす。
彼女の手が俺の顔に触れ、右の前髪がその手によって、やさしく横へとすくい上げられる──そして手にあった、おそらくはヘアピンであろう物で、それはまとめ、止められた。
───
「はい、出会った記念に私からのプレゼント──ちなみにそれも私の手作りなんだ……ふふっ、とても良く似合ってる……だから、家に着くまで絶対に外したらダメだから──」
久遠は上目遣いで俺の事を見上げ、次に人差し指で俺の頭にあるであろうヘアピンを差し示した。
……そして再度放たれる。悪戯っぽい笑みからのウィンク──
──ぐはっ!! 俺の心の奥深くへと炸裂する、容赦のない渾身の一撃!!
そんなアプローチなる連続攻撃を受け、俺はヘアピンを付けたままで帰るのが恥ずかしくて、顔が赤くなっているのか──それとも、彼女のその魅力に魅了されて、赤くなっているのか──もう訳が分からくなってしまっていた……。
◇◇◇
部屋に辿り着いた俺は、まず顔を洗う為、洗面所へと向かった。
──鏡に写った、見慣れた自分のあまり好きじゃない、あどけなさの強く残る子供っぽい顔。そして黒く染めた髪──
俺は生まれつき髪の色素が少なく、何でも稀にみる特殊な例らしい──そのまま放っておくと、どんどん色が抜け落ち、白っぽくなり、更にはほとんど灰色のソレと変わらない色となってしまう。
なので物心ついた頃から、俺は髪をずっと黒く染め続ける事を強いられてきた。
──本当は灰色のアッシュブロンドで、実は偽りの黒髪──
そんな髪の右側を上げて止めてあるヘアピンが、俺の目の中に入ってくる。
青と紫が交じった色の花が、飾りとして付いていた。俺はそれを取り外し、手に取って見る。
花の裏側に何か、文字が彫り込んであった──“カタクリ” そう彫り込んであった。
俺はスマホを取り出して検索してみた。
え~っと、カタクリ。花言葉っと……。
───
「へぇ~、カタクリって、片栗粉の花なんだな……その意味は──」
カタクリ──『初恋』『寂しさに耐える』
「………」
俺は上のジャケットを脱ぎ捨て、そのままベッドの上へと寝転がった。
もう時刻は午前2時を過ぎている。明日は土曜で休日だが、仕事を追い込む為に出勤するつもりだ。そろそろ寝ないとヤバイ──風呂は、明日の朝にでもシャワーを浴びよう……。
照明を落とし、ボンヤリと暗い闇の天井を眺める。
───
──暗い闇の中、久遠の顔が思い浮かんできた。やさしげで、でもどこか寂しそうな表情の彼女が、静かに口を動かし、声にならない言葉を発する──
『──ずっと、寂しさに耐えていた。でも今は……私は……初恋を──』
──俺の勝手な願望なのかも知れない、都合の良い妄想ともとれる。だけど、俺には思い浮かんできた彼女が、確かにそう言った──そう聞こえた。
──そんな気がした……。
───
……ああ……明日も仕事……がんばれそうだ……そういえば、久遠にLINEするの忘れてたな……もう……寝ちゃったか……。
………………。
…………。
………。
やがてそのまま、俺は眠りに落ちていった──
『──始まった……君は満たされるのかな──?』
『──その時、君はなんて感じてくれるのかな──?』