10話 めぐり逢う
やっとヒロインの登場となります。
よろしくお願い致します。
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「あなた達は一体、何なんですかっ!」
俺は咄嗟に声のする方へと目をやった。
ここは週末といえど、人通りのほとんどない暗い路地裏。その一画、自販機が複数置かれた、そこだけ明るく照らされた空間で、ひとりの女性が三人の男達に囲まれていた──
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「まあ、そう言わないでさ」
「──やめてくださいっ!」
女性が手に持つカバンを、男に向けて叩きつける。それが男の顔に当たり、男はそのまま顔に手を当てながらうつ向いた。男はゆっくりと顔を上げ、当てた手を確認している。
どうやら出血してる様だった。
「このクソガキがっ! 顔が切れたじゃねぇかよ、血が……くっそ、痛えぇーっ!」
男はその女性を突き飛ばす。
「──きゃんっ」
悲鳴を上げながら、地面に転ぶ女性。カバンが放り出され、中から筆入れやノートなどが飛び出してくる──どうやら学生らしい。
「おいっ女! 俺の連れが血ぃ流してるぜ。これで先に手を出したのはお前の方だな?」
「へへっ、そうだな。これでもう俺達が今からする事は、正当防衛っていうやつになっちまった訳だ」
「ちょっといいトコで俺達と話しでもしようや……」
男達は地面に倒れたままの女性の手首を掴み、引きずり起こす。
「──えっ……嫌だっ、やめてくださいっ!」
悲痛の声を上げるその姿に向かい、俺は今、歩を早めていた。
「やだっ!──誰か助けてっ!!」
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──こういう場面はドラマや漫画などでは良くあるが、実際にお目に掛かるのは初めてだ。
特別、正義感が強い訳じゃない。女の子を助けていい気になるっていう下心がある訳でもない。腕力に自信なんてないし、そもそも喧嘩だってまともにした事もない。
それでも、俺は向かって行く。
不思議と恐怖感は感じなかった。もしかしたら、酔って少し気が強くなっていたのかも知れない。ただ、その女の子の事を助けたいっていうよりも──
俺は昔から、こういう自分に対して余計な事にでも、よく首を突っ込んでた気がする。それこそカッコつけた言い方をすれば、俺自身感じている胸の隙間を、何かで埋めようと必死に足掻くようにして──
それで俺が今動いてるのも多分、それが理由だ。
……ははっ。真理の言う通り、俺ってホント損な性分だよな……。
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「おいっ!!」
俺はひとりの男の肩に手を掛ける。それに反応して振り向く男──その顔面へと頭突きをお見舞いしてやる。そのまま、屈みながら男の腰に手を回し、俺はその男ごと地面に倒れ込んだ。
「早く!──そこの女の子、逃げろっ 早く!!」
……これでいい。後は痛いのを何とか我慢すれば……さすがに命まで取るような事はしないだろう
……でも、俺ってこんなだったっけ? もっと圧倒的─“力”─で軽く捻ってやった様な、そんな気がしないでもないんだけど……まあ、いいか。どうせ夢かなんかの事だろう……。
───
「こいつ! どこから湧いてきやがったんだ!」
「ふざけやがって、離せっ! この野郎っ!」
頭上から浴びせられる男達の罵声と、足蹴りによる衝撃と痛み。
……あれ? 思ってた程そんなに痛くないな─って! ──ぐぅあっ!……い、今のは痛ってえぇーーっ!!
……さ、さすがにキツイな。後どれくらい続くんだ……他に何かいい方法なかったか? 柄にもなくカッコなんてつけるから……でも、これが俺の性分だしな……仕方ない……か……。
そんな時……急に後ろで、凛とした声が響いてきた。
「──やめなさいっ! あんた達!!」
毅然として、それでいて綺麗な声。
「通報したから! 直ぐにあんた達の事、捕まえにすっ飛んでくるから覚悟してよ!!」
俺は声がした方へと顔を上げた。
……痛みで少し視界が霞んでるが、そこに長い黒髪の女性が、腰に手を当て胸を張りながら、悠然と立ち尽くす姿が目に飛び込んできた。
目がぼやけてその顔までは良く確認できない。だけど──
──ヴァルハラより舞い降りたまさに戦乙女を連想させる、威風堂々とした姿だった──
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「なんだ? お前は、ふざけんなっ!」
男のひとりがその女性の所へと駆け出す。そして彼女の身体を掴もうと手を伸ばした──だが、それは容易くかわされる。逆に彼女は男のその手首を掴み──
──捻った。
「──ぐっ、ぐあっ!」
男の口から苦悶の声が漏れる。
「あんまり甘く見ないでよね──」
そして彼女の方からは憮然としたその声。やがて──
「ええいっ! くそ……」
「お、おいっ、もう……」
「ああ、分かってる……」
俺の頭の上で、聞こえてくる男達の呟き声。そしてそれは走り去り、消え失せた様だった。
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……やれやれ助かった。それにしても痛ぇな……まあ、これくらいで済んで良かったか──でも一体誰なんだ?
地面にうずくまったままの俺に、彼女はゆっくりと歩み寄ってきた。
「あの……大丈夫ですか?」
再度、聞こえてくる綺麗と感じる声に、俺は上半身を起こした。
……うん。大丈夫。思ったよりもダメージは受けてないみたいだ。
「良かった……どうですか? 特に何か変と感じる所とかありませんか?」
そしてその声の彼女は、俺の肩にそっと手を触れてくる。
「ああ、平気。全然大丈夫だから」
そう言いながら、その声の元へと振り向いた……その先に──
──俺はしばらくの間、ただ呆けるように見とれていた。いや、その容姿に心奪われていたのだ。
背中まで伸びた艶やかな黒髪ロング。少しあどけなさが残る整った顔立ち。清楚、可憐。大和撫子の雰囲気を充分に漂わせておきながら、その目元はキリッと引き締まっていて、容姿とは不釣り合いと思える程の意思の強さを現す光を、その目に宿していた。
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これは……真理や若葉ちゃんの事、可愛いとは思ってたけど、俺にとっては彼女のその容姿にそれ以上の衝撃を受けていた。
そして更に印象的だった、彼女の右側の髪を上げて止めている髪止め。
──『ピンク色の花が装飾されたヘアピン』──
俺は彼女に見とれ続けている。ドクンドクンと、脈打つ鼓動が早くなるのを感じ、同時に何か熱いものがカーっと込み上げてきた……それは俺にとって生まれて初めての体験だった。
そして俺が見とれていた彼女が、こちらの方へと向けてくるその視線と表情も、俺と同様、呆然と見入ってた様に感じたのは──
──はたして俺の錯覚だったのだろうか?
◇◇◇
そして今、俺はとあるファミレスにいる。テーブルの上にドリンクバーのグラスが三つ。向かいの席には──
トラブルから声を上げて、俺の事を助けてくれたヘアピンの女性。そしてその彼女の胸元に顔を埋め、弱々しく身体を震わせいる、男達に絡まれていた女の子。ふたりの姿があった。
ヘアピンの女性は自分に寄り添うその女の子の頭を、穏やかな表情で何も言わず、ずっとやさしく撫で続けている。
そんな彼女のやさしい姿に、俺はまた見とれてしまっていて──
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結局、あれから俺達はあの場所からすぐに離れた。それは彼女が言った──“通報した”──その事が口から咄嗟に出たハッタリだったからだ。
「とにかく、直ぐに助けたかったから……」
彼女はそう言った──けっこう無茶するんだな。まあ、面倒事にならなくて結果オーライなんだけど──
だけど、だったらこの場所は危険だ──そう思った俺は、彼女にその旨を伝える為に話し掛けた。そんな時、彼女の身体に飛び掛かるようにして抱き付く人影。
逃げろと言ったのに、逃げなかったのか、逃げる事ができなかったのか、絡まれていた女の子──その子が彼女に抱き付き、そして号泣した。
取りあえず一旦落ち着かせる為に、近くのファミレスに移動する事にした俺達。そしてなんとか女の子に家族と連絡させ、事情を話し、迎えにきて貰う段取りを付けた所だ。
女の子は高校生で、友達の家での勉強会の後、駅前のカラオケを楽しんでその帰りに、あの出来事に遭遇してしまったとの事だった。帰りの時間が遅くなってしまったのを焦り、近道の為、路地裏に入ってしまったのは失敗だったと──弱々しい声で途切れ途切れに女の子はそう説明した……そして今はただ泣いている。
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「──大丈夫。ちゃんと家族の方が迎えにくるまで、私達が付いていて上げるから……」
ヘアピンの女性は、やさしく女の子の頭を撫で続けている。
「……ぐすっ……はい。ありがとう……ございます……」
女の子に向けられるやさしげな顔。その穏やかな表情に、俺自身も癒されている様な気になる……。
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会ってからずっと……この感覚は一体、何なんだ!? どうしちまった俺!!─って、そういえば彼女の名前すらまだ知らないじゃんっ!!
そう思い、俺は彼女に向かい話し掛ける事を強行した。
……コホンっ。さあ、ばっち行くぞ──!!
「──え~っと、あの……」
「はい?」
──ぐふっ。
「……そのヘアピン可愛いっすね。とても似合ってる」
─って何を言ってるんだ。そうじゃねぇだろっ! うっきゃ~!! ホント、どうしちまったんだよっ、しっかりしろよっ、俺!!
その俺の言葉に少し驚きつつも、彼女はニッコリと微笑み返してくれた。
「──ふふっ、ありがとう、これは私の手作り。趣味で作ってるんです」
「そう、なんすか……」
──ぐっぐぬぬっ。 素っ気ない相づちを打ってしまう俺……残念過ぎる! なんてポンコツなんだ。
そんな俺の考えを他所に、彼女は言葉を続ける。
「この花は、ピンクのスターチス。そしてその花言葉は──」
俺と彼女の視線が重なり合った。
「ずっと変わらない──『永久不変』……私の名前は、くおん──」
目を細め、微笑む。
「いちのせ くおん─って言います──」