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前編

 新学期。気になることがあるという人も多いことだろう。新しい友達に胸を膨らませたり、次の学年の勉強に不安を覚えていたり。始まりというのはいつも何かしらの不安がつきまとうものだ。

 小学校4年生の僕、佐久沢翔さくさわかけるにも1つ、とても気になっていることがあった。それは……。

「失礼しまーす……」

 僕がやって来たのは図書室。この場所は僕の一番好きな場所であり、誰にも邪魔されることのない安心できる場所だ。だからこそ1つ、どうしても確認しておかなければならないことがあった。それは、今年の図書委員が誰なのか、ということである。図書委員というのは本を借りる上で必ずお世話になる人物だ。つまり、一番仲良くなっておかなければならない相手であるともいえる。新学期が始まってから1月経って、小学6年生の僕の兄が給食委員になったということは、もちろん図書委員の担当者も決まったということになる。僕も来年には何かの委員会に入ることになっているし、せっかくならそろそろ委員会のことについても考えておきたいとも思ったので、自分が来年以降図書委員になるかどうかは別として、放課後の図書室にそっと確認しに来たわけだ。

 しかし、入ってみた図書室の様子はいつもと少し違っていた。

「うーん……」

 司書の松岡先生が何か悩んでいる様子だった。その隣には肩くらいのセミロングの女の子が同じように何かに悩んでいた。おそらく彼女が今年の図書委員の一人なのだろう。目の前には1冊のノート。どうやらこれが問題の種らしい。

「こんにちは松岡先生」

 とりあえずいつものように挨拶する。すっかり常連の僕の顔を見た松岡先生は、少し安心したような表情を見せた。

「……あら翔君。今日はどうしたの?」

「あ、ちょっと本を探しに」

 まさか図書委員の顔を見に来たとは言えないので、とりあえずそう答える。

「ああ、そうだったのね。それじゃ、ゆっくり見て行っていいわよ」

 そう一言言うと、先生の視線は再びノートに戻っていった。

「ねえ、先生。やっぱりこのノート、中を見るしかないんじゃないですか?」

 座っていた女の子が口を開いた。

「えっ、でも、勝手に見ていいのかしら……。ほら、いろいろ見られたくないことが書いてあったりすることもあるじゃない?」

「それはそうですけど……。でも、このままここで考えていても絶対分からないですって。もう3日もこのままだし、誰のものなのかだけでもはっきりさせておいた方がいいと思います」

「そうよね……。それじゃ、見てみましょうか」

 そう言って2人はノートを開く。

「あの、どうしたんですかこのノート?」

 僕も気になって横から覗いてみる。

「それが、3日前のお昼休みに誰かが忘れていったらしいの。その時本を読みに来たのは4人だけだったから、その中の誰かなんだけど……」

「で、その時に貸し出し担当してたのが私、図書委員の有沢優穂ありさわゆうほ。で、今持ち主を探そうとしてたっていうわけ。あ、そうだ。この翔君にも手伝ってもらうってのはどうですか先生? きっと人数が多い方が解決もしやすいと思うんです」

「えっ、でも翔君は本を探しに来たのよね?」

「あ、はい」

 本当は違うのだが、今はそういうことにしておかないと話がややこしい。

「……手伝ってもらうのは翔君も忙しいだろうし悪いんじゃないかしら」

「でも、最初に入って来た時に翔君は私たちの様子を気にしてくれてましたよ? ねえどう翔君? もし良かったら一緒にノートの持ち主探し、手伝ってくれないかな?」

 図書委員の有沢さんにそう聞かれ、僕はその彼女の押しの強さに思わず頷いてしまっていた。もしかするとちょっとだけ苦手なタイプの人かもしれない。

「ありがと。それじゃ、よろしくね」

 有沢さんに手を握られ、少しだけ僕の頬が薄く染まる。

「いいの、翔君?」

「はい、僕もちょっと気になったので……」

 実際それは本当だった。ノートの持ち主が誰なのか、というのはとても気になる問題ではあったからだ。

「それじゃ2人とも、中開いてみるからよく見ててくださいね」

 有沢さんはノートを開いた。


「4月13日。今日は青森のリンゴを食べた。おいしかった」

「4月14日。今日は沖縄のゴーヤを食べた。すごく苦かった。こんなの食べられる人の気が知れない」

「4月15日。今日は中国の天津飯を食べた。すごくおいしかった。4月16日。今日は北京の北京ダックを食べた。おいしかった」


「……って何ですかこれ?」

 僕、松岡先生、有沢さんの順番で読んでいったが、まるで訳が分からない。

「海外旅行にでも行ってきたんですかね?」

「そう考えるのが一番自然だけど……」

 それから何ページかめくってみたが、書いてあったことはやはり同じだった。


「4月22日。今日はアメリカのハンバーガーを食べた。肉汁が口の中であふれるくらいジューシーでおいしかった」

「4月23日。今日はブラジルのコーヒーを飲んだ。おいしかった」

「4月24日。今日は愛媛のみかんを食べた。まだ少しだけ酸っぱかったけど、みかんはやっぱりおいしい。4月25日。千葉の落花生を食べた。おいしかったけど、口の中がすごく乾燥している。何か飲み物を飲もう。南アルプスの天然水なんかがいいかもしれない」


 ノートの全てがこんな調子で、とにかく食べ物のことが書いてあるばかりだった。最後の日付は5月9日だったので、忘れられてから誰かが取りに来たということもなさそうだ。

「ずいぶん食いしん坊さんですねこのノートの持ち主」

「確かに……」

 それで済ませていいのかどうかはともかくとして、とにかくよく食べていることだけは確かのようだ。

「それで、ノートを忘れていった人の候補って誰なんですか?」

「ああ、それなら今日休み時間にまとめてきたの。ちょっと待ってて」

 彼女は赤いランドセルから1枚の紙を取り出した。

「1人目が、勉強熱心なA君。よく図書室に勉強に来てくれるんだって」

 松岡先生によれば、入学した時からずっとここで勉強しているらしい。ノートを取り出しているのもよく見るそうだ。

「2人目が、お金持ちのB君。よくご両親と海外旅行に行ってるらしいよ」

 松岡先生によくおみやげを持ってきてくれるのだそうだ。ノートに何かを書いていることもあるらしいが、中身は見たことがないという。

「3人目が、本が好きなCさん。私の同級生なんだけど、今年初めてクラスが一緒になったからよく分からない」

 松岡先生によれば、彼女もまたここで本を読みながらよくノートを取っているらしい。

「それで最後、4人目が食いしん坊のDさん。ここでは食べ物の本をよく借りてるみたい。私の知り合いの先輩だよ。ちょっとだけヤンキーっぽいんだけど、すごくいい人」

 有沢さんによれば、中身までは見たことがないが、ノートを使っているのも見たことがあるそうだ。仲良くなった場所が図書室らしく、図書委員らしいなとも思ってしまった。

「この4人が候補かな。全員ノートは持ってるみたいだから、このノートの中身から持ち主を見つけるしかないんだけど……。とりあえずこのノートを見る限りでは、平日は日本、休日は海外で食事してるみたい」

「平日に食事に行くだけなら何となく他の県に行くくらいなら無理な話ではないと思うけど……。青森も沖縄も食事に行くだけなら何とかなる距離だし」

 松岡先生によれば、どちらも数時間程度で行ける距離なのだという。B君の家にはプライベートジェットもあるそうで、移動だけなら簡単に済みそうだ。

「それに、実際B君ってすごく食べ物に詳しいの。よく海外のいろいろなお土産を買ってきてくれるんだけど、大体がその地方の特産品ばかりなのよ」

「へー、やっぱりお金持ちの人ってすごいんですね」

 それは現地に何度も行くことができたからこそ得ることができた情報だろうからだ。普通の人は小学生のうちに何度も海外旅行に行くようなことはまずない。

「でも何かこれ、もう持ち主ってB君で決まりなんですかね?」

 有沢さんが聞く。このノートを見る限りだと、候補が一気にB君に絞られていく。B君なら海外旅行に行けるような財力も持ち合わせているし、食べ物に関する知識も持ち合わせているからだ。

「そうね。これだけ情報が揃ってると、もうそうとしか思えないわね」

「そうですよね……。僕もB君だと思います」

 そう言った僕だったが、なぜか納得はしていなかった。というのも、ノートの文章がどこか変に思えたのだ。だが、それが何かは分からなかった。それに、B君がよく海外旅行に行くという客観的事実もある。ここで何も分からないのに変に話を難しくする必要はないだろう。その判断からのノートB君説だった。

「そっか、そうですよね。やっぱり中身見るとすぐ分かっちゃうもんですね。あー、何かいろいろと考えたらお腹すいちゃった。先生、お菓子とかないですか?」

「あのね、基本的に学校にお菓子は持ってきちゃ……」

 そこまで言いかけた松岡先生だったが、ふと思い出す。

「そういえば、この間B君が中国に行ったってお土産買ってきてくれたんだっけ。今なら放課後だしいいでしょ。ちょっと職員室から持ってくるわね」

 先生はそう言って図書室から出ていってしまった。図書室には僕と有沢さんの2人だけだ。

「ね、翔君だっけ。ホントは本借りに来たんじゃないんでしょ?」

「えっ?」

 突然真実を言い当てられた僕はあたふたする。

「君がよく図書室に来てるのは知ってるんだなー。私が図書委員になる前からよくここで本読んでるのは見てたからね。いつもの君が真っ先にそこの児童文学のコーナーに行くのも知ってるんだぞー?」

 何ということだ。この先輩、僕のことをそこまで観察していたとは。

「でも、今日は本っていうより、私の顔を見に来たような印象だったけど、そこのところどうなのかな?」

「……はい。実は……」

 そこまで見破られているのなら仕方ない。僕は今日図書室に来た理由を正直に有沢さんに話すことにした。

「なるほど。今度の図書委員がどんな人なのかを確認しに来たのか。そうだよね。どんな人が受付やってるかって結構大事だもんね。借りやすさもあるだろうし。私も分かるよその気持ち。前に知ってる怖い先輩が受付やってた時は私もその日だけは図書室に行かないようにしてたりとかよくしてたしね」

 有沢さんにも前に僕と同じようなことを経験したことがあったのだそうだ。それを聞いた僕は少しだけ安心する。

「ちょっとだけ安心しました。僕だけじゃないって分かって」

「そっか。良かった良かった」

 でも、と有沢さんは付け加える。

「見た目だけで人を判断すると後悔することになるかもよ?」

「え、それってどういう……」

 僕が有沢さんにその言葉の意味を聞こうとしたその時、図書室のドアがガラッと開いた。

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