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第六話

「んん……」

『おい起きろ。』


 いつまでたっても起きない部屋の主の顔をぺろぺろと舐めると、くすぐったそうな顔をしながら俺のもふもふの毛を抱きしめてきた。こいつはもしかしてぬいぐるみを抱いている気でいるのだろうか?


「もう少しだけ、あと10分だけ寝かせてくださぃ~……」

『おい、おいったら!ったく……こいつ、なんて幸せそうな顔して寝てやがるんだ。』

「おはよう、ございます~。」


 寝ぼけ眼をこすっている若菜は部屋にいるのが女中か誰かだと勘違いしているのか、いつもの無駄に丁寧な口調が見る影もないほどにだらけ切っていた。


『おう、おはよう。遅かったな。』

「わぁ、可愛いワンちゃんですねぇ。よしよし、君はどこから入り込んだんですかぁ?」

『可愛いワンちゃんで悪かったな。お前、いい加減に起きろよな。』

「ワンちゃんはおしゃべりができるお利口さんなんですね~。あれ?ワンちゃんがしゃべって…………?」

『よう。俺だ。』

「嫌ぁぁぁぁ!!しししし白が可愛いワンちゃんになっちゃいましたぁぁぁぁ!!?」

『馬鹿ッ、ちょっと落ち着け。この部屋が狭すぎたんでこの姿になっているだけだ。』


 俺は鏡に映った自分の姿を見てため息をついた。鏡の中から見つめ返してくるのは白い柴犬。小さく丸い耳と高い鼻、若干間抜け面にも見える顔が凛々しさの中に愛嬌がある様に思えて、個人的に気に入っている姿でもある。

 まったく俺様のこんなとびきりキュートな姿を見て第一声が「嫌」とは罰当たりな娘だ。


「あの、本当にあなたは白なんですか?」

『だからそう言っているだろう。』

「でもなんで、私の部屋に来ているのですか?今日は休日で学校には行かないので、朝ごはんを食べたらすぐに倉に向かうつもりだったんですが。」


 不思議そうな顔をする若菜に、少しの気恥ずかしさを覚えながらも説明してやった。


『この間お前の妹の所に行っただろう。』

「はい、行きました。妹の式の金慧はやっぱり怖かったですね。」

『あぁ、そんな奴もいたな。じゃなくてさ、あの時、俺めっちゃ久しぶりの外出だったわけだよ。』

「そういえばあの時、久々の外の世界だって喜んでましたね。それがどうかしたんですか?」

『いやあのな、ほら俺、ずっと引きこもっていて、どうせ外の世界はつまらんからと思って出る気もなかったんだけどさ。意外と……』

「?」

『ほら、意外とあれだったんだよ。』

「ごめんなさい。よく分からないのですが……」


 歯切れの悪い俺の回答を察してくれない若菜に業を煮やして、おれは半ば開き直って声をはり上げた。この俺が生まれてから一二位を争うくらいの告白だった。


『だからな!意外と……外に出るのが楽しかった……』


 若干語尾がしぼみ気味になっている所に自分の情けなさを感じながら若菜の方を見ると、何かをこらえているような、困っているような顔をしていた。


「ひ……」

『ひ?』

「引きこもりか!?」

『わ、悪かったな!面白かったんだ仕方ないだろうが!』

「はぁ、それで私にどうしろと。」

『だからな、その一緒に散歩に行ってはくれないか。』


 恥も外聞も捨てて、俺は自分の弟子に頼み込んだ。しょうがないのだ、今の世界の常識が分からない中に放り出されてしまえば、いくら俺様といえども恐らく帰還することは出来まい。

 そこで、こいつだ。俺の唯一の知り合い(と言うと寂しいが)である若菜に道案内を頼みたいのだ。若菜は俺の頼みに言葉を失ったようだ。まあ無理もない、この私と散歩できるなんて恐悦至極の極みだろう。


「さ、散歩……ですか。あの白が散歩……」

「どうだ?別に悪い要求ではないだろう。お前も俺に恩を売っておくいい機会になるはずだ。」

「えと、私はいいのですが……白は本当にいいのですか?」

「勿論だ。よろしく頼む。」




「やめろー!何をする!若菜お前、師匠に何してるのか分かっているのか。首にこんな拘束具を付けて、」

「落ち着いてください。ワンちゃんの散歩はこういう首輪を付けていないといけないんですっ!」

「なんて恐ろしい。俺の同胞たちに権利はないのか!?自由はないのか!?」

「こういうルール、現代の理なんですぅ!あとワンちゃんがしゃべったら絶対ダメですので、外出るときは『わんわん』と鳴いてくださいね?」

『な、なんという屈辱……。俺にわんと鳴けと言うのか貴様ぁ!』

「散歩、連れて行きませんよ?」

『ぐぅ……』わんわん

「わぁ偉い偉い。さすが白です!」


 俺の弟子は今の俺の姿がキュートな犬だからって、いつもよりなめられている気がする。だがまあいい、これで俺は散歩ができるのだ。いざ、外の世界へ!





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