第四話
「はぁ、はぁ。白、ごめんなさい。私はやっぱり。」
『別に気にすんな。俺だってお前がすぐにできるなんて思っちゃいねーよ。』
こいつの退魔師の修行に付き合ってから一週間が過ぎた。妖力を感じるという他の人間がまずやったことがないようなことを異常な早さで身につけた彼女であるが、その先の妖力を使うということがなかなかできずに足踏みが続いていた。
『いいか、お前が力を使えないのは絶対に何か理由がある。それを探さなきゃならない。』
「それは……。どうやって探るのでしょうか?」
『例えばお前はいつ生まれた?どんな子供時代を過ごした?お前のいる宮代家ってのはどんなだ?そういうのの中にお前が力を使えない原因があるかもしれない。』
「ようするに私のことを話していけばいいですか?別に面白くないと思うんですけど。」
『面白いつまらないの話じゃないさ。それに俺はお前のことを全然知らないし丁度いいだろう?』
宮代の娘はしばらく考えた後、頷いてゆっくりと話し始めた。
「分かりました。」
「そういえば白は私の名前も聞いてくれませんでしたよね?私の名前は宮代若菜と言います。この家……宮代家の当主の長女です。」
宮代の娘、若菜は家の名前を出す時に少し辛そうな顔をした。自分の家を語るときにこれだけ嫌がるなんて相当だな。
「私の家は代々退魔師の一族です。昔から妖怪や怪異がよく現れるこの街にはいくつかの退魔師の家があるのですが、私の家はその中でも特に長い歴史があるそうです。あ、こんなこと白なら普通に知ってますよね。ごめんなさい。」
『大丈夫だ。続けろ。』
「は、はい。今の当主は私のお父さんの宮代壮一です。すごく力もあるのでこの街の退魔師の集まりの取りまとめをしているみたいです。」
『みたい?』
「あの、私はそういう会合に参加したことが無いもので。妹はもう何度も行っているそうですが。」
『ああ、お前の妹の話が聞きたかったんだ。相当力が強いらしいな。』
妹の話を聞きたい、その言葉は若菜の顔面を一瞬だけ蒼白にした。俺が見逃しかけたその変化はたぶん本人でさえ気づいていないのではないだろうか。
「妹の宮代桜は私の二歳年下の中学生の女の子です。駄目な私と違って、優秀な彼女はもう何年も前に宮代家の次期党首になることが決まりました。」
『優秀ってのはどういう意味だ?』
「ふふ、そのままの意味ですよ。白、私の妖力は見たでしょう?全然扱えないところも。」
『……まあな。』
「桜が、妹が初めて妖怪を退治したのは彼女が小学校に上がってすぐの時なんです。昔から私より強い妖力があるとは言われていたんですけど、父に付いて行って妖怪を退治して来たのを聞いて分家の人が私なんかより妹の方が当主にふさわしいと言うようになって。私、妹に蹴落とされちゃったんですね、あはは……」
『……』
「妹の力は、なんというか美しいんです。一度彼女が訓練しているところをこっそり見たんですが、炎や氷がまるで花のように舞っていて、その中で式の龍と共に縦横無尽に動き回っていて。」
彼女は苦しそうな、うっとしとしたような複雑な顔をした。
「高嶺の花が妹なら私はきっと道端で踏まれる雑草の花なんです。私は踏みつけられるだけでいい。そう、だから私はこのまま消えてしまおうとあなたに会いに来たんです。」
『残念だったな。俺は自ら死を望むやつの願いをかなえてやるほど優しくねえんだ。ところでお前の話を聞いているとお前自身の話は何も出てこないな。』
「え、私自身のことなんて何も話すことなんてないですよ。」
『うるせえ!とりあえず自分のこと話して聞かせろ。俺が聞きたいんだよ。』
「ご、ごめんなさい。私は16歳で今年から高校に入学しました。特に部活動や習い事もしてなくて、学校から帰ってきたら父や妹のお出迎えをして、お女中さんたちと夕食を準備したり掃除をしたりしています。」
『は?お前が?なんで家族のお出迎えなんかしてんの?』
「二人と私の母がこの家で最も身分の高いので。頭を下げなければいけないんです。」
なんだこいつ。自分の両親と妹に頭を下げているのか。俺には家族がいないがこれがおかしいのは分かる。いくらなんでも若菜の卑屈はこの環境のせいだろう。
『なるほどな。』
「えと、こんなので良かったのですか?」
『まあな。もっと聞きたいことが無いわけでもないが、とりあえずどこに行けばいいのかは分かった。』
「え?」
『とりあえずお前の妹んとこに行くぞ。』
「はい?桜の所に?」
『そうだ。カチコミってやつだ。安心しろいざとなったら俺が守ってやるから。』
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。っていうか白はここに封印されてるはずでしょう?付いて行くって……」
『は?この程度の結界で俺が閉じ込められるわけないだろ?とっくに封印なんて破ってあんだよ。』
「え、えぇ……。私の家では倉には凶悪で残虐な妖怪がいるから近づかないようにってきつく言われてたんですけど。」
『あー、安心しろ。俺は別にお前らに何かしようとは思ってない、今はな。』
「……」
『くっくっく。では行くぞ。』
俺は彼女の腕を咥えて入り口へと引っ張って行った。
「ホントだ。白が普通に出れた。……というか桜の所に行ってどうするんですか?」
『もちろん宣戦布告だ。』
「せ?せんせん?」
『あぁ。くく、宮代の次期当主候補に言ってやるのさ。次の当主はお前じゃない、この宮代若菜だってな。』