第三話
『聞こえなかったのか?服を脱げと言ったのだが。』
「えと……服を脱げって、着ている物を脱げということですか?」
服を脱ぐように言ったところ宮代の娘は恥ずかしがって、なかなか服を脱ごうとしない。人間は大事なところが下着で隠れてさえいれば恥ずかしくないと言っていたが、違うのだろうか。
『当然だろう。早くそのよく分からん服を脱げ。』
「よく分からんってこれは高校の制服です!あの、脱ぎますが、その前になんで服を着ていてはいけないのか教えてはくれないでしょうか?」
『師匠に口答えか……本来であれば許されないが、まあいいや。……昨日お前の妖力はかなり小さいと言っただろう。』
「言ってました。」
『実際俺が今まで見た退魔師の中でもお前は断トツで妖力が少ない。』
「……そう、なんですか。」
『お前がこのまま修行を始めたとしても、使える妖力が少ないままならすぐに限界に届いてしまう。それじゃあ強い退魔師にはなれるかもしれないが最強の退魔師なんて夢のまた夢。そこで、だ。まずはお前が使える妖力を大きくしていく。』
「そ、そんなことできるんですか!?家の者には妖力が天性のものと言われていたのですが。」
『バカ、そんなのは人間が勝手に考えているだけだ。お前、妖力ってのはどこにあると思う?』
「それは……私や白の体の中にたまっているのでは。」
『ブッブー不正解。答えは……』
俺は自分の胸を指さした。
『ここにも、』
その指を対面している人の子の胸元に立てた。
『ここにも、そして……』
俺はそのまま指を何もない空間でぐるりと回して見せた。
『この部屋全体にも。』
「え?」
『つまりな、妖力ってのは何も自分だけの物じゃないんだ。身の回りにあるものすべてに等しく流れている。この部屋も妖力で満たされている。つまりなその流れに身を委ねることができれば、鼻くそみたいな妖力しか持たないお前でも自由自在に妖力を使うことができるんだ。』
「そうなんですか……。でも白、私宮代の家でそんなこと教えてもらわなかったんですけど。」
『当然だ。人間は自分以外の力を使おうなんて考えはないからな。人間は他から妖力を貰うという発想はない。だから妖力が強いとか弱いとか訳の分からんことを言うんだ。』
「……」
『お前にはまず他の物から妖力を使えるようになってもらう。そのために……』
「裸になる必要があるのですね。」
『ああ、まずは妖力を感じられるようにならなければならない。この部屋に満ちている妖力を直接肌で感じられるための、これはいわば準備だ。ほら、じゃあ目を瞑っててやるから早くその制服とやらを脱げ。』
「分かりました。では失礼します。」
俺が目を瞑ったのを確認したのか宮代の娘は着ている物を静かに脱ぎ始めた。しばらくシュルシュルという音が聞こえていたが、やがてパサッという音と共に脱衣の完了を伝えてきた。
「ぬ、脱ぎました……白、この後はどうすれば……?」
『よし、そうしたら瞑想だ。その場に座って……て、えええ!?』
「ど、どうしました!?」
『い、いや何でもない。何でもないから、目を瞑って精神を集中させろ。』
目を開いて目に入ったのは一糸まとわぬ小娘の姿。ああ、真面目なこいつは服を脱げという指示で下着まで脱いでしまったようだ。その上に着ていた服だけでよかったんだけど。
俺は動揺した声を出さないように気を付けながら、瞑想をするように指示したそうして俺は彼女のから目を逸らした。こいつを直視しているとどうしても、姿勢を正しているため、目に入ってきてしまうからだ。
『精神を落ち着かせろ。』
俺がな。
「はい……」
『この部屋の中にある流れを感じろ。いいか、妖力ってのは形あるものじゃない。だが確かにここにあるんだ。』
「わかりました……」
宮代の娘はいよいよ集中して瞑想に入った。そうすると暇なのは俺の方だ。彼女はまだしばらくは妖力を感じるための瞑想の修行が続くだろう。周囲から妖力を感じる経験の無かった人間が妖力を感じられるようになるには一か月はかかるんじゃないだろうか?それまで俺は何をしていたらいいんだろう。まあこの小娘は背丈は低いわりにやたらと主張している部分もあるし、こっそりのぞきでもしてようかな。
『うむむ、困ったな……』
「あ、見えました。」
「は?」
「わかりました。これが妖力なんですね。」
『は?お前マジ?まだ10分も経ってないんだけど。』
「最初は白の周りに何かを感じたんです。目を瞑っていても白の周りを何かが動いているのが分かって……。その後、他の所でも同じように何かが流れているのを感じて。」
おいおい、こいつ天才か?自分の妖力がまるっきりダメダメなのに。今日初めて知ったことを当日中に習得しちまうのか。ただの落ちこぼれってわけでもないみたいだな。センスのあるやつだ。
『ふむ、お前なかなかやるな。』
「ありがとうございます。その、もう服を着ていいんでしょうか?」
『ああ。残……いや、とりあえず妖力を感じられたからな。では次の修行に移る。』
「はい!」
俺から褒められたことがそんなに嬉しかったのか、こいつは初めて元気よく返事をした。
『次は今感じた妖力を実際に自分で使ってみるんだ。』
「自分で、ですか。」
『まずは目を瞑って妖力を感じろ。そのままその力を自分の方へと向かうように念じるんだ。』
「来てください、お願いします来てください……」
『どうだ?じぶんに流れ込んできているのを感じるか?』
「はい……力が湧いてくる感じです。」
その言葉の通り、今、こいつの周りには周囲から集まってきた妖力が漂っている。こいつ、本当に凄いな。俺、教えることないんじゃねーの?
『よし、その力でそこの木箱を動かしてみろ!』
俺は娘の足元にある木箱を指さした。彼女の集めた妖力ならこれを動かすことなど容易い。よしこれを動かしたらいよいよ本格的な修行の始まりだな!
「ええいっ!!」
娘は目を開くと気合一番の掛け声とともに手のひらを木箱へとかざした。その木箱は妖力に反応して……
……
「えい!」
……
「し、白。動きません!一体どうして!」
『あちゃー、筋は良かったけど。さすがにそう上手くはいかねえか。』
二人の期待を受けた木箱はしかし、彼女の気合の入った声にもかかわらずピクリとも動かなかった。