第二話
次の日、約束通りに宮代家の長女と名乗った人の子は俺のいる地下室へとやって来た。昨日よりはリラックスした様子だが、そもそも暗闇が苦手だったのか相変わらず縮こまって部屋に入ってきた。
「こ、こんばんは。言われた通りに来ました。」
『おお、本当に来たのか。』
昨日はノリと勢いで修行をしてやるなんて言ったが、向こうにとってみれば、俺は自分の家の地下に封じられた得たいの知れない化け物だ。確かにあの場では殺してくださいなんて言っていたが、食われるかもしれない俺のところには戻ってこないことだって普通にあると考えていた。
「はい。あの、やっぱりご迷惑でしたか?」
『は?』
しかし当の本人はむしろ俺への心配をしていたらしい。なんというか、ここまで自分より他人を優先する子も珍しい。外の世界と関わらない間にそういうのが普通になったのか?
「やっぱり私なんかの修行に付き合わせるのは迷惑かなって。私、家では誰も修行に付き合ってくれることなんてなかったので。」
『お前、本当に卑屈だな。別に迷惑なんかじゃねぇーよ。昨日も言ったが時間なら腐るほどあるんだ。ほら早速始めるぞ。』
「はい、…あの!」
今度こそ安心したような顔で一度頷いたが、何かを思い出したように再び俺を引き留めた。
『あ?まだなんかあるのか?』
「その、持ってきた灯りをつけてもいいですか?」
『倉に入るときつけてなかったのか?暗闇だっただろう?』
「はい、あなたの目を痛めてしまうんじゃないかと思いまして。」
どこまで他人に対して気を揉んでるんだこいつは。
『ははは、俺はお前ら人間とは違うんだ。別にその程度の光で眼は眩んだりはしないし、そういう気づかいは無用だ。』
「そっか、そうですよね!では失礼します。」
どや顔で彼女の方を見ていると、唐突に白い光が俺の視界を奪った。
パチッ
『うぉ!?何て明るさだ!』
これは電気なのか?あいつが手に持っていた筒状の物のスイッチを入れるとその先端部が一気に輝いた。想像以上の明るい光は、ある程度の光量の変化ならなんともないはずの俺の視界を見事にホワイトアウトさせた。
「だ、大丈夫ですか!?」
『こ、この程度雷獣の発光術に比べれば朝飯前だぞ……』
「生意気に心配してしまい申し訳ございません、大妖怪様」
軽く涙目になりながらも威厳を保てるように厳粛な声で気にするなとやせ我慢する。妖怪は朝飯なんて食べないから嘘はついていない。だいたい人間は弱いくせに恐ろしいな。俺の知らない間に妖怪さえも目が眩むほどの光を手に入れていたのか。
大丈夫ですかと心配する宮代の娘への俺の返事は少し声が震えた気がしたが、あいつは純粋に突然の発光も耐えきった俺を尊敬のまなざしで見つめていた。いや、見つめるというよりは見惚れているようだ。
「きれい……」
『ん?どうした?』
「はうっ。何でもないです!大妖怪様をこの目で見たのが初めてだったので、こんなお姿をしていたのかと。ぶしつけに見てしまい申し訳ございません。」
『別に構わねーぞそのくらい。誰かに見られたところで減るようなものでもないしな。』
「ですが大妖怪様!私ごときが、
『あーあー、やめろやめろお前、その大妖怪様っての。』
「では、なんとお呼びすればいいですか?」
『好きにすればいい。俺たちは名前というものにはこだわらない。そういうのには縛られないんだ。』
「ですがそれでは私は大妖怪様としか、」
『ふむ、ならそうだな……』
――白ちゃん
『白ちゃん……か……』
遠い昔の記憶、誰かが俺を『白ちゃん』と呼んでいた。まるでフラッシュバックのような一瞬の記憶を思い出しながら、口をついて出てきてしまった。
「え?」
『な、なんでもねえ!昔誰かに【白】と呼ばれていたことを思い出したぜ。』
「白様……。美しい姿にぴったりです。」
『その様付けはやめろ。妖怪と人間だ、別にお前に尊敬なんてされたかねえよ。俺のことは白と呼べ。』
「分かりました!白、白ですね……うふふ。」
『なんだ?気持ち悪い奴だな。まあいい、さっそく修行を始めるぞ。』
俺の言葉に、嬉しそうに相好を崩していた宮代の娘に緊張が走った。
「わ、分かりました。よろしくお願いいたします。」
俺はまずこいつが退魔師としてどれだけ力があるのかを知るため、基本となる召喚術を使って何か呼び出してみるように言った。しかし、
「ごめんなさい。私、妖怪の召喚はしたことが無くて……」
『ふむ、ならば紙を持ってきて式神を』
「それも教えてもらったことが無くて……」
『じゃあ祓い用の陣を描いて。』
「すみません。それも知らないんです……」
退魔師の一族に生まれながら、何も教えてもらっていないようだ。優秀な妹がいると言っていたが、こいつはその妹の陰に押し込まれて何もさせてもらえなかったんだろうな。そりゃ邪魔者と自称するわけだ。
『……本当に、何も知らないんだな。』
「ひぃ、ごめんなさいごめんなさい。やっぱり私なんかじゃ……」
宮代の娘は自分の不甲斐なさを感じて肩を落としていた。しかし俺はむしろこいつが何もできなくて喜んだ。最初から何かをちょっとできるやつよりは全くできない奴の方が面白い。
『くくく……』
「あの、白?」
『いいね、最高じゃんか……。いいかお前、これからこの俺に心も体も捧げろ。俺がやれと言ったことは全てやれ。そうすればお前は最強の退魔師になれる。俺がそうしてやる。』
「全て……ですか。分かりました。」
『よし、じゃあまずは服を脱げ。』
「え?……ええぇぇぇぇぇ!?」