部員がいないと部活は作れねぇんだよ
二つ目の作品の投稿となります。
この作品は2,010年に執筆したものであり、舞台背景は当初のものです。当然スーマートフォン、タブレットなどの最新機器は登場しないので、あくまで数年前の現代を描いた作品だと思ってお読みいただけると助かります。
『あなたのことが、好きです』
「キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
ふひひっ。やったぜ。祈璃ちゃん攻略ゲットだっ!
攻略サイトを見ながらプレイするのは邪道だ。自分の力で攻略してこそ、祈璃ちゃんへの愛を証明できるというものだろう。オレ様は攻略難度最大のキャラクターを、ついに我が手中に収めることに成功したのだ(ちなみに祈璃ちゃんというのは〝ドキどきマテリアル〟という恋愛シミュレーションゲームのヒロインのことだよ)。
オレ様はエンディングをたっぷりと堪能して、ゲーム機の電源を落とした。窓の向こうはすでに白みかかっているが大した問題ではない。どうせ学校でやることなど何もないのだ。オレ様は艱難辛苦を乗り越えた多幸感に満足しながら、仮眠をとることにした。
「起きてよぉ、かーくぅん」
「あぁ~ん? うるせぇなぁ、殺すぞテメェ」
祈璃ちゃんとイチャイチャする夢に耽溺していたオレ様を揺さぶる愚民の声が聞こえてきた。目を開けなくてもそれが誰かなんて分かってる。お隣さんの沙羅だ。
沙羅とオレ様は幼馴染だ。いつもオレ様にくっついて離れない、オレ様依存症の女だ。高校生にもなって未だにオレ様の世話焼き女房を気取っていやがる。全く、三次元の女は煩くてかなわない。女は二次元に限る。
オレ様はうざったい沙羅の手を払い除けて躰を起こした。寝ぼけ眼で沙羅を見ると、にぱぁっと嬉しそうな笑顔で
「おはよぉ、かーくん」
と甘ったるい声を出した。コイツは将来きっと声優として生きて行けるだろう。声だけなら極上の萌えボイスだ。
「失せろ、下民。オレ様は忙しい」
オレ様は布団を被り直した。
「だ、ダメだよぉ、かーくぅん。遅刻しちゃうよぉ。学校サボるとおばさんが怒るよぉ」
「死ねと伝えておけ」
「ほぅ? アタシに死ねって言うんだね?」
ハスキーボイスの女郎の声まで、布団を貫いてオレ様の耳に届いた。これはオレ様の母親に間違いない。
「そうだよ、カスが。早く死ねよ。いつまで生きてんだよ、社会のゴミが」
「テメェを生かしてやってんのはアタシだ、クズが。いいから起きろドラ息子。沙羅ちゃんが困ってんだろうがよ!」
お袋は迷うことなく全体重を乗せたエルボーをオレ様の脇腹に落としてきた。メキメキとあばら骨が嫌な音を軋ませる。
「痛ぇだろうが、このゴミ女が! 女は両手をついて男に平伏してろっ!」
「そんな時代は千年も昔に終わってんだよ! いいから着替えて学校に行け。死なすぞ、コラ」
「上等だ、莫連女。ここでケリを着けてやんよ」
「クククッ、アタシの腹から産み落とされた下位生物ごときが、キャンキャン吠えんじゃねぇよ」
「あわわわわっ。け、ケンカはダメだよぉ」
五分ほどお袋と格闘したが、さすがはオレ様の親だけあって強い。オレ様は顔の形が変わるまで殴られた後、強制的に制服を着せられて家から蹴り飛ばされた。
「クソババァが。次に会ったら絶対に死なす」
オレ様は口の中に溜まった血を吐きながら悪態をついた。沙羅はニコニコしながらオレ様の歪んだ横顔を眺めていた。ちょっとは心配して欲しいなぁ。
「そう言ってぇ、いつも負けてるねぇ、かーくん」
「ペッ! 負けてやってんだよ。次は殺す」
「ダメだよぉ。お母さんなんだから仲良くしないとぉ」
「知ったことかよ、祇園精舎」
「わたし、沙羅だよぉ。鐘の声とか聞こえてこないよぉ」
「お前の名前は不吉すぎるんだよ。盛者必衰って、まだオレ様たち高校生だぜ?」
「双樹沙羅。沙羅双樹じゃないよぉ。前と後が逆さになってるからぁ、衰えないんだってぇ。お父さんが言ってたよぉ」
「その代わり盛んにもならないんだろ?」
「うん、安定感抜群っ」
「―――はン」
「なんで鼻で笑うのぉ?」
オレ様は沙羅を無視して半ば歩行者天国と化している学校への道をのんびりと歩いた。この時間帯は通勤やら通学やらで歩行者が溢れており、車の通るスペースがないのだ。沙羅はオレ様のゆっくりよりもさらに歩くペースが遅いので、しばしば駆け足でオレ様を追ってくる。残念ながらオレ様は気遣いなどという愚昧な思考は持ち合わせていないので、沙羅のペースに合わせなどしない。沙羅は息を切らしながら、ニコニコとオレ様についてきた。
四月中旬。数日前まで舞うように視界を華やかに彩った桜の花びらも、いまや道端の隅で薄汚れたピンクを僅かに燻らせている。それを風情に思う輩もいるかもしれないが、いずれ清掃業者によって駆逐されるだろう。
要するに、新学期が始まった高揚感や緊張は、桜の花びらみたいに薄汚れて消えていく頃だということだ。
オレ様はあくびをしながら前方に見えてきた校舎に視線を向けた。
……はずだったオレ様の視界は、なぜか見知らぬ民家のブロック塀を捉えていた。
「やっぽー! おっはよーぅサルー」
頬がじんじん痛い。オレ様は頭のイカれた下衆に殴られたのだと悟った。
「テメェ、愚民ごときがオレ様の頬を叩いてただで済むと思ってんのか? あァ?」
「え? なんさー? ちょーっと軽く撫でただけだっぺー」
「あァ? ちゃんと立ち止まって撫でてくれれば、そのような事実が生まれる瞬間があったのかもしれないな」
「ちょーっとあっしの歩行速度が加わったくらいで大げさだなぁー」
「お前あきらかにダイビングしたよね。ダイビングしてたよね。オレ様に向かってダイヴしたよね? ブッ殺すぞコンチクショー」
「なーんで最後のだけ下唇を噛んで、英語の〝ヴ〟を体言してんのさー」
「黙れ下郎。それからオレ様はサルじゃねぇ。確かにオレ様を表す名前の僅か一文字にそのような低劣な哺乳類を示す文字が含まれていることを認めないわけじゃねぇが、オレ様はそんな」
「話なーがいよーぅ。おっはー、沙羅ちゃーん」
「う、うん、おはよぉ、白百合ちゃん」
「だーからユリちゃんでいいってぇー。あっしの名前なーがくない?」
「う、ううん。素敵な名前だと思うよぉ」
「あーりがとう! 沙羅ちゃんもキレイな名前だよぅ!」
「おい、権平」
「あっしのことは名前で呼べってー」
「お前の日本語は聞き取りにくいんだよ。無駄に伸ばすな」
「そーんなこと言ったってー、もう癖なんだからどーしようもないさー」
「クズが」
「なーんであっしの流暢な日本語の所為でクズ呼ばわりなんさー?」
「お前と話してると」
「あ、沙羅ちゃん、部活どーすんのー?」
「聞けよ」
「え、えっとぉ、何も考えてないよぉ」
「来週の月曜までに考えておかないとー、強制的にどーっかの部に入らされるんだってー」
「う、うん。知ってるよぉ」
「あっしもなーんにも決めてないけどー、なーんかいい部活あったら教えてねー」
「うん。そうするねぇ」
権平と話をしていると酷く……。
「だーからあっしのことは名前で呼べってー」
うるせぇな、コイツ。地の文に割り込んでくるんじゃねぇよ。とにかく疲れる女だ。全く、三次元とは付き合ってられないな。
権平白百合はオレ様のクラスメイトだ。この春に晴れて高校に入学したオレ様は、幼稚園から中学校までずっと同じ学校で同じクラスだった沙羅と、またしても同じクラスになった。オレ様は何かに呪われているのかもしれないが、沙羅の一人や二人どうということはない。問題の権平……。
「だーから白百合ってキレイな名前があるんだからー、そーれ使ってくんね?」
……白百合はというと、名前が〝ご〟で始まるので出席番号で言えば比較的はやい方だ。オレ様は猿木狩人だから〝ま〟で始まるわけだが、オレ様のクラスには森田くんとか矢部くんとか渡辺くんがいないので、オレ様が出席番号で一番ケツになる。最初の席順は男子が教室の左半分、女子が右半分という形になっており、それぞれ番号順に席が割り振られているので、番号が最後のほうの男子と番号が若い女子の席は隣り合う。番号がケツのオレ様と番号の若い白百合は教室の中央最後尾の席で隣同士になった。
以上のような七面倒くさい経緯があって、オレ様はこの三次元女と面識を持つに至った。べ、別に偶然を装ったり狙ってやったわけじゃないことを強調してるわけじゃないよ?
オレ様は三次元より二次元を重視するタイプの人間なので、殊更にこの小うるさい女と親しくなりたいわけじゃない。ただ、白百合は気安くオレ様の肩とか背中をバシバシ触ってくるので、これまで三次元の女の子とほとんど接点のなかったオレ様は、この女がどうにも苦手だ。こうして沙羅とだべっているうちに退散したほうがいいだろう。
オレ様は歓談に花を咲かせる女子二名を残して、ひとり先に学校へと向かった。
「お、置いてかないでよぉ、かーくぅん」
訂正。二人ともついてきた。
つい先日、高校一年生になったばかりのオレ様たちは、学校の規則で必ずどこかの部活に所属しなければならないらしい。面倒な話だ。ざっと部活動の目録に目を通してみたが、どれもこれもありきたりすぎてやる気にすらならない。オレ様は躰を動かすのが嫌いだから、運動系の部活なんてもっての外だし、かと言って文化系の部活動にも面白そうなものは一つもなかった。ギャルゲー部とかねぇのかなぁ。
いずれにせよ、何らかの形で部活動には所属しなければならない。放課後の部活動には積極的に参加しなければならないらしいが、授業が終わって真っ先に正門の向こうに消えていく方々が数多くいることもオレ様は知っている。この辺りの校則は有形無実の部分もあるのだろう。要は幽霊部員でもいいわけだ。教室に入って席に着いたオレ様は、テキトーな文化部にとりあえず籍を入れようと白紙の入部届けに自分の名前を記すべくシャーペンを手に取った。
「でー? サルはどーこの部活に入んのー?」
「はぁ? お前の知ったことかよ」
「なーんでさ。あっし興味あるよー」
「うるせぇなぁ。お前ちけぇんだよ。ちょっと離れろよ」
オレ様が席に座って入部届けと睨めっこしていると、白百合が椅子を寄せて覗き込んできた。うわぁー、女の子の髪の毛ってすっげーいい匂いするなぁ。
「あっしみたいな美人に迫られてー、ドキドキしてるのー?」
「馬鹿、ちっげーよ。失せろよ三次元。オレ様の気を引きたかったらテメェの存在を一次元くらい下げてから来いよ。頭が高ぇんだよ」
「なーんでサルは沙羅ちゃんみたいなかーわいいコがお隣さんなのに口説かないんさー」
「はぁ? アレは妹みてぇなもんなんだよ。物心ついた時から一緒にいりゃトキめかねぇだろうがよ」
「じゃあ、あっしにはトキめく要素あるのー?」
「ねぇよ、ゴミが。オレ様の邪魔すんじゃねぇよ」
「サルがもーちょっと紳士な口調だったらさー、あっしもサルにトキめいたかもよー?」
「お前にトキめいてもらっても嬉しくねぇんだよ。オラ、退けよ。オレ様は忙しいんだよ、見てわからねぇのか?」
「わーがんねっぺー」
「お前のそれ、どこの方言だよ」
「さぁ? お父さんとお母さんがこーんな風に喋ってるから、あっしも気付いたらこーぅなってたんさー」
白百合とそんなやり取りをしていたら、チャイムが鳴ってしまった。仕方がない。オレ様は白紙のままの入部届けをカバンに仕舞い、担任の声に耳を傾けることにした。
放課後。オレ様はカバンを引っ提げて速やかに帰宅することにした。帰って前日の晩に録画しておいた〝エンジェル・ビースト(いま話題の人気アニメのことな)〟を見なければならない。入部届けは月曜日までに提出すればいいらしいから、土日を使ってゆっくり考えればいいだろう。
「あ、かーくぅん」
甘ったるい萌えボイスがオレ様の耳朶を打った。オレ様が沙羅の声を聞き違えることは尽未来際ないだろう。
「なんだよ、下民。オレ様は忙しい」
「帰るのぉ?」
「見りゃわかんだろ? 遥か昔に沈んだアトランティス大陸を探す冒険に出掛けようとしているようにでも見えるのか?」
「ううん、見えないよぉ」
「素で返すんじゃねぇよ」
「わたしねぇ、これからユリちゃんと一緒に部活の見学に行くのぉ」
「それはよかったな」
「う、うん。かーくんは、見学しないのぉ?」
「しねぇよ。無意味なことに割く時間はどこにもねぇんだよ」
「そ、そうなんだ」
沙羅は酷く落ち込んだ様子でオレ様から離れていった。嫌々でもついていってやったほうが沙羅は喜ぶのだろうが、オレ様は沙羅のご機嫌取りをするほど凋落してはいない。女を無視してさっさと帰ることにした。
近くのアニメショップにふらふらと立ち寄りながら、オレは帰路を辿った。アニメショップのある商店街へ行くには一つ大きめの橋を通らなければならない。したがって、帰りにもその橋を渡らなければならないのだが、これが交通量の多い国道でトラックやらバイクやら無駄に低いエンジン音を響かせる車高の低いスポーツカーが唸りを上げて駆け去っていくのがウザかった。
うんざりして橋の欄干から向こう岸を覗いてみた。運動部の生徒や犬の散歩中の奥様に混じって、一人だけ異質な人間が堤防に腰を下ろしていた。スケッチブックを手に、川の様子でも描いているのだろうか。取り立てて気に留めるほどの光景でもなかったが、特に急ぎの用事もなかったので、こっそり背後に回って描いている絵を拝見させてもらおうと思った。
近くに寄ると、スケッチブックの持ち主が女であることが判った。しかもオレ様と同じ学校の生徒だ。後姿に見覚えはないが、そもそも三次元の女に見覚えのある人物などほとんどいない。女は一心不乱に筆を動かし続けている。オレ様の接近に気づいた様子もなかった。オレ様は無遠慮に女の風景画を覗き込んでみた。
スケッチブックに描かれていたのは、正確には河川の風景画ではなかった。
正確どころか川とか少しも入ってねぇ。
男と女が裸でまぐわっている絵でしたー。
「なに描いてんの、アンタ?」
思わずツッコんでしまった。
「ひぇっ!?」
女は大仰に肩を震わせて飛び退いた。
スケッチブックを胸に抱えて振り向いた女は、予想以上に小柄な少女だ。肩まで伸びた黒髪のストレートは、特に手入れされていないのか、あまり整った印象を与えない。誇張された大きな瞳と小さな唇は美少女と形容しても過言ではないのだろうが、女の放つ仄暗い陰鬱とした空気が、彼女を美の文字から遠ざけている。端的に言ってしまえば、見た目はいいが冴えない女だった。
「ななななななんですか、あなたは」
「あァ? 人に物を尋ねるならまず自分から名乗れよ、カスが」
「ここここれは大変失礼いたしました。わたわたわたくしは羽坂すみれと申しまなんでわたくしが名前を言わなければならないんですか、あなたが声を掛けてきたんですからあなたから名乗ってください!」
すみれと名乗った女は鼻息を荒くしながら、オレ様に対する警戒心を露にし始めた。
「お前、絵ェ上手いな」
「え? ほんとですか? いやーわたくしの描いた絵なんて誰も褒めてくれないと思ってたんですよー。だってこんなエッチな絵しか描いたことないし、風景とか描いててもちっとも面白くないだからあなたの名前を教えてください、なんでわたくしの絵の話を始めるんですか、人に教えられないような名前なんですか!」
「あァ? いや、お前すげぇよ。そんな複雑な体位を何も見ずに描いてたんだろ? ちゃんと立体感もあるし、バランスも取れてるし、アヘ顔なのに可愛いし」
「え? マジですか? いやー照れますよ。わたくし人に絵を見せたことがないものでして、こうして褒められると何だか背中の先っぽのほうがこそばゆくなってきます。ありがとうございます。わたくし他にもこんな絵を描いたんです、見てくれますか? ほら、これなんかだからなんであなたは名乗ろうとしないんですか!」
コイツ、面白いな。オレ様はとりあえず名前を教えることにした。
「オレ様は猿木狩人。お前と同じ学校だよ。まだ一年生だけどな」
「きゃーえー本当ですか? わたくしも一年生になったばっかりなんですよー。いやー本当は美術部とかに入ろうと思ったんですけど、見学してみたらどうもわたくしの思う絵画の創作とかじゃなくって、なんか微妙に本格的じゃないですか。だからどうしようかなって思ってるうちにこんなところまで来ちゃって、急にこの体位を思いついたんで忘れないように描きとめておこうと思ったんなんでわたくしの赤裸々な趣味まであなたに語らなければならないんですか!」
「お前が勝手に喋ったんじゃねぇかよ」
「やーもう、だってわたくし絵を描くのは大好きなんですけど、他の皆さんとはちょっと嗜好が違うと言いますか、主にわたくし家ではアニメとかゲームばかりやっているものでして似顔絵とか風景画とか全然おもしろくないんでこれ以上わたくしに干渉するのは止めてください。わたくしはもう帰ります」
「え? ゲームってギャルゲーとか? 女だからBLか?」
「きゃーわたくしボーイズラブも捨てがたいんですけど、主に殿方がプレイされる可愛い女のコがいっぱい出て来るギャルゲーとか大好きなんです。男のコってこんな仕草をするとクラッと来るんだぁとか、こういう言い方にグッと来るんだぁとか考えながらやってくると妙に興奮してきますよね、ね。だってわたくし生まれてこのかた三次元の殿方とお付き合いしたこととか一度もないですし、一度でいいからデ、デ、デートとかしてみたんですけど、誰もわたくしとか誘ってくれないんで、だったらわたくしの理想を描いてみようと思ったらこんな絵なんか描き始めちゃってどうしてわたくしの恥ずかしい過去をあなたに話さなければならないんですか」
うわぁー、コイツかなり電波はいってんなぁー。でもオレ様は面白くなってきたので、さらにこの女と会話を続けることにした。
「オレ様も三次元の女からデートに誘われたことなんざねぇよ。そうだな、お前の絵すげぇ上手いし、オレ様が話を考えるからよ、理想のギャルゲーとか作ってみねぇ?」
「え? え? きゃー! きゃー! ゲーム作るんですか? いいですね、いいですね、それ。わたくしもあんな風に可愛い女のコを描いて男のコとにゃんにゃんするゲームとか超作ってみたいです。どんな体位がいいですか? 正常位ですか? バックもいいですよね? 69とかわたくし超憧れるんでどうして初対面のあなたとゲームを作らなければならないんですか。わたくしはこう見えても忙しいんです。それではさようなら」
「え? だってお前まだ部活とか決めてねぇんだろ? だったら作ろうぜ、部活」
「部活を作るんですか? すごい! すごいです! ギャルゲー部ですか? エロゲー部ですか? わたくしは出来ればエロゲー部を作りたいです! BLもアリですよね? でもやっぱり可愛い女のコが描きたいんです。きゃーもうすごいです! 急いで作りましょう、その部活。これから学校に戻るんですか? わたくしもご一緒しますので先生に掛け合ってみまどうしてわたくしがあなたと一緒にゲームを作らなければならないんですか。わたくしはもう帰るとさっき言いましたよね」
「あァ? いいじゃん。一緒にゲーム作ろうぜ。いま思いついたんだけど、我ながらナイスアイデアだ。やりてぇ部活がないなら自分で作ればいいんだ。お前おもしろいし、絵も上手いし、言うことねぇよ」
「素晴らしいです! 是非やりましょう! そうと決まれば急いで学校に戻って先生に相談しましょう! 部活ってどうやって作ればいいんですかね? やっぱり最初は同好会とかになるんでしょうか? 最初は同好会でも徐々に部員が増えればきっと正式に部活動として認められる日が来ますよね。そうしたらその創始者であるわたくしたちはきっと神のように崇められどうして今から学校に戻らなければならないんですか。わたくしはさっさと帰って昨日の夜に録画した〝エンジェル・ビースト〟を見なければならないんです」
「馬っ鹿お前、ふざけんなよ。オレ様だって〝エンジェル・ビースト〟を見なければならないところを、お前のために時間を割いてやってんだよ。いいから来いよ。アニメは帰ってからでも見られるけど、学校はもうすぐ閉まっちまうだろ?」
「そうですね! やっぱりそうですよね! ところであなたも見てるんですか? 〝エンジェル・ビースト〟、わたくしも毎週みてるんですよ! あの死後の世界? よく分からないんですけど、とにかくそういう世界なのに殺伐とした感じがなくて、ライトでポップな感じが超キュートですよね、ね。わたくしもあんな世界でビビッドでヴェイグな人生を謳歌したいんこんなところで時間を潰しているのがもったいないじゃないですか。早く行きましょう」
「お前が仕切るのかよ。大体ビビッドとヴェイグって真逆の意味じゃねぇか」
すみれはオレ様を無視してスケッチブックを抱えたまま学校のほうへと歩き始めた。とても面白いヤツだが、非常に七面倒くさいヤツでもある。オレ様も女を追って学校へと向かった。
そろそろ日も暮れようかという頃合だったが、部活動に力を入れている我が校にはまだまだ人が溢れかえっていた。オレ様は学校に入った途端に挙動不審になり始めたすみれを連れて、職員室へと向かった。
「よ、よ、よく考えたらわたくし人と話すのがとても苦手なんでしたー。先生とお話とかムリですよー。もう何て言うか相手の考えてることとか分からないし、こっちが何か言ったら何を言い返されるか分からないし、言い返されたらわたくしは酷く傷ついてしまうんじゃないかとか、そもそもわたくしの発言で相手を傷つけてしまうんじゃないかとか、いろんな考えが頭を過ぎっやっぱり私は帰ります。後のことはよろしくお願いいたします」
「あァ? ふざけんなよ。オレ様はお前のためにこうして貴重な時間を割いてやってんだぜ? その貴様が一目散逃げ出すたぁどういう了見だ?」
「いえいえいえ、だってその、ま、ま、まし、まし……何でしたっけ名前? とにかくあなたが言い出したことなんですから、別にわたくしがそれに同行する必要は露ほどもないように感じているんです。新規に部活を立ち上げる方法なんて二人で聞いても意味ないですし、やっぱりわたくしは帰ったほうがよろそうと決まればもうわたくしがここにいる理由は何もありませんね。お疲れ様でした。何とかさん」
「テメェが名乗れっつった名前を忘れんじゃねぇよ。猿木だ。テメェこら、オレ様は酷く傷ついたぜ? 名前を忘れられるってことがどれだけ人を傷つける行為なのか分かったんのか? あァ?」
「と、と、と、とんでもないです。わたくしが名前を忘れたのではなくあなたの名前が憶えにくいのが悪いんです。だってマシラキってどんな漢字なんですか? 真っ白い木ですか? そのようなお名前ならたいそう公明正大なお方を連想するじゃないですか。ですがあなたは公明どころか悪逆無道で無悪不造の悪来典韋と評判じゃないですか。そのような方に誑かされたと知られたらわたくしのこれからの高校生活はお先まっくらあぁもう面倒ですから早く行きましょう」
「すげぇ、何だコイツ」
オレ様も存外イカれていることは承知しているが、この女はその斜め上を行くイカれっぷりだ。
すみれはオレ様を無視してずんずんと歩を進めていった。オレ様は何だか少し面白くなってきたのでこの女についていくことにした。
職員室の前に着くと、すみれは大きく深呼吸をし始めた。扉を開けようとしている手が、酷く震えている。職員室に入るのは確かに緊張するが、ここまで神経質になることもないだろう。ということは、この女が人と話をするのが苦手だというのは本当なんだろうか。にしてはオレ様とは饒舌すぎるくらいに話をしているのだが、確かに発言の内容は滅裂でかなりブッ飛んだものだ。
オレ様はすみれを押し退けて「失礼しまーす」とやる気のない声を出しつつ職員室の扉を開けた。後ろから「ひぇっ!?」という叫び声が聞こえてきたが、もちろん無視だ。高が先公と話をするのに何をビクビクする必要があるというのだ。オレ様は入り口から全体を見渡して担任を見つけると、迷わずそこへ向かった。
「えっ? 部活動を新しく作りたいということですか?」
「はい。それ以外の意味に聞こえたんなら先生は天才っすね」
「は、はい?」
「いいえ、何でもありません」
デスクチェアに腰掛けた担任の田中先生は、ずり落ちそうなメガネをクイッと上げながら
「はぁ、いいですよ。ただし、部活動として認められるには、五人以上の部員が必要ですよ? メンバーは大丈夫なんですか?」
心配そうに上目遣いでオレ様を見上げてきた。正直かなり気持ち悪い。
「メンバーは何とかします。月曜の放課後までに五人が揃っていればいいんすよね?」
「はい。よっぽどおかしな部活でなければ、生徒会から承認も降りるでしょう。どんな部活を作りたいんですか?」
「ゲームを作る部です」
「ゲーム? パソコン部ではダメなんですか?」
「ダメです」
「えっ? どうして?」
オレ様は深く溜息をついて、この蒙昧な大人に言葉を費やすことにした。
「いいっすか、先生。ゲームを作るというのはっすね、単にプログラミングができればいいという問題ではないんすよ。パズルゲームやクイズゲームならまだしも、大抵のゲームにはキャラクターが要るでしょう? 無音でやり続けるわけにも行かないんだし、音楽も必要っすよね?」
「は、はぁ」
というくだりの説明をオレ様は二十分ほど費やして、担任に理解させた。
「要するに、美術部と軽音部と文芸部と演劇部とパソコン部の複合体のようなもの、ということでしょうか?」
担任はオレ様の話を聞きながら書き残していたメモを見ながらそう答えた。
「そうっす。既存の部活ではオレさ……僕たちのやろうとしていることは体現できません。ですから、それら全ての要素を併せ持った新たな道を開拓する必要があるんす」
「は、はぁ~、内容が健全なものであれば大丈夫だと思いますが、前例がないのでちょっと検討させてください」
「わかりました。また月曜の放課後に来ます」
「はい、その時までにメンバーも集めていただければ、恐らく何とかなるんじゃないかと思いますよ」
田中先生はクイッとメガネを持ち上げながら、オレ様とすみれを見た。
「それにしても、猿木くんと羽坂さんはお友達だったんですね、いやぁ良かった」
「はぁ? どういう意味っすか?」
「いえいえ、羽坂さんはなかなかクラスに打ち解けていないようでしたので。同じクラスにお友達がいるんでしたら安心ですね」
「え? お前オレ様と同じクラスだったの?」
「はい? 知りませんよそんなの」
オレ様の問いにすみれははてなマークで返してきた。担任曰く、どうやらオレ様とすみれはクラスメイトらしい。
「おや? クラスメイト同士で部活を作ろうという話になったんじゃないんですか?」
「はい、そうです。オレさ……僕とこの女で新しく部活を作ろうと意気投合しまして」
面倒だったので、オレ様はテキトーをでっち上げた。
「そうですか、それは良かった。では、教頭先生にも話を通しておきますので、猿木くんたちはメンバーの勧誘をしておいてください。もし承認が下りなかった場合のことも考えて、第二候補を既存の部活で考えておくのも忘れないように」
オレ様はおざなりな返事を残して職員室を後にした。
外に出ると、辺りはすでに藍に染まり始めていた。西の空には僅かばかりの残光を落とす夕陽が儚げな紅を灯している。部活動を終えた生徒たちが、思い思いに談話をしながら一様に笑顔で校門から吐き出されていた。人の気配の消えいく学校の校舎は、薄ら暗くて仄寒い。
学校を出たところで、オレ様はすみれに尋ねてみた。
「お前さ、友達で部員に誘えそうなヤツとかいねぇの?」
「いません」
即答な上に断言かよ。オレ様としては何とか懐柔できそうなヤツが二名ほどいるが、それ以外にどうしても一人は必要になる。そんな心当たりがあればと思ったのだが、なかなか上手くは行かないようだ。
「でも、オレ様たち入学してまだ二週間くらいだろ? 部活を決めてねぇヤツだって中にはいるだろ」
「わたくしには友達がいません」
「そっちがいねぇのかよっ!」
そう言えば確か担任の田中先生がすみれを心配していたとか言っていたな。ということは、この女の人脈を頼るのはまず不可能だ。となると、オレ様が自らあと一人を探さなければならないということか。面倒だな。
「マシラキさんには心当たりがあるんですか?」
「あァ? まぁ一応な」
「すごいです! それは素晴らしいです! 入学してわずか二週間でもうお友達を作ることができたんですね! わたくしなんて入学してから先生以外の方とお話したのはあなたが初めてなのに、休日は家に引きこもってギャルゲー三昧のオタク野郎なのに顔が広いなんて、あなたはとんだプレイボーイなんそうですよねーもう二週間も経つのに友達の一人も出来ないほうがおかしいですよねー。ちょっと首を吊ってきます」
「お前なんで友達いねぇの?」
「こ、ここ、これは酷いことを平気で仰いますね。わたわたわたわたくしは友達がいないのではありません。友達ができないんです。わたくしは人と上手く喋ることができないので、話し掛けられても日本語で返すことができないんですよ。なのでみんな怖がったり気味悪がったりでわたくしから離れていってしまうわぁーそう言えばここにわたくしを怖がらない勇敢なオタク野郎がいましたよー」
確かにこの頭のイカれた鬱女と話をして、友達になろうなんてヤツはいねぇだろうな。オレ様もなぜか友達ができないし、いると言っても沙羅と白百合くらいなものだ。
「あれ? おかしいです」
「あァ? お前のアタマがか?」
「わたくし人と話するのがとっても苦手なんですが、なぜかマシラキさんとは上手に喋れます」
「いやいやいや、ゼンッゼン上手に喋れてねぇから」
「はぁー不思議ですねー。普段は緊張して二文字くらいでノックアウトなんですけど、マシラキさんはとても話しやすいですねー。わたくし家族以外の人間とこんなに上手に喋れたのは生まれて初めてなような気がします。まさかマシラキさんはわたくしの運命の人なのでそんなわけないですよねー。こんな頭のイカれたオタク野郎が運命の人なんてちょっと首を吊ってきます」
「あァ? お前マジで友達いないの?」
「だだだだだからいないと言っているでしょう!」
「いやお前、面白いじゃん。オレ様は嫌いじゃないぜ」
「こ、告白っ!?」
「ちげぇから。今までの会話でオレ様がお前に惚れる要素が何か一つでもあったかよ」
「いやーもうそんな出会ったその日に告白だなんて、コイツはとんだスケコマシですね。でもでも、マシラキさんはとても話しやすい方ですし、わたくしにとって家族以外で唯一まともにお話のできる方で、しかもそれが殿方だったらもう結婚するしかないじゃないですかー。きゃーもうわたくしこんなところで生涯の伴侶に出会うなんどうしてわたくしがあなたと結婚しなければならないんですか!」
「知らねぇよ。失せろよ三次元」
「そ、そうですよねー。わたくしみたいな根暗で地味なオタク女なんて、誰も娶りたくないですよねー。これまで生きてきて、ようやくお友達ができたと思ったんですが、わたくしごとき卑賤な女郎とお付き合いいただける天空海闊な雲中白鶴の士に出会えるなんてありえまそもそもマシラキさんは悪逆無道で無悪不造の悪来典韋でしたー」
「うるせぇよ、天衣無縫。だいたい悪来は悪を表す言葉じゃねぇよ」
「それではマシラキさん、今日はお疲れ様でした」
すみれはぺこりとお辞儀をして、スケッチブックを抱えたまま駆け足で去っていった。何と言うか、面白いヤツを見つけたな。オレ様はすみれに出会ったことと、新しい部活を作るという発想に心を躍らせながら家路に就いた。
三日後の月曜日。
月曜の朝というのは誰にとっても気の重い時間帯だ。
オレ様は、土曜日と日曜日は一歩も家から出ることなくテレビゲームとパソコンゲームを満喫しつつ、新しい部活で作るべきゲームの企画を練った。とりあえず女のコを攻略できるゲームにしようというのがオレ様の考えで、どういったストーリーにすればいいのか頭を捻ったが、なかなかいいアイデアは浮かんでこなかった。
明け方まで頭を使っていた所為で眠い。オレ様は学校の成績に興味がないので、ジリジリうるさい目覚まし時計を止めて布団を被り直した。
「かーくぅん、起きてよぉ」
布団の上からオレ様をゆさゆさと揺らす女の声が聞こえてくる。この甘ったるい萌えボイスの主は分かりきっている。オレ様は布団から顔を出して、眠たげな目で女を睨みつけた。
「残念、アタシでしたー!」
お袋のエルボーがオレ様の顔面に減り込んだ。メキメキと頭蓋骨が鈍い音を軋ませ、オレ様の脳は一気に覚醒した。
「あのぉ、おばさん、やりすぎじゃ……」
「いいんだよ、このグウタラ愚息にはこのくらいがちょうどいいのさ」
「じゃかあしいわっ! 朝っぱらから己の息子の顔面にエルボーを食らわす母親がどこの世界にいるんじゃ!」
「やかましいのはテメェだコラ。起きたかい、ドラ息子。早く顔を洗って支度しな」
「テメェはいつか殺す」
「朝から殺伐としすぎだよぉ」
オレ様母子の日常の一コマを、沙羅は心配げな様子で見守っていた。声の主はやはり沙羅だったのだろうが、これは完全な騙し討ちだ。オレ様は寝起きからイライラしていたので沙羅に八つ当たりしそうになったが、沙羅が目に涙を浮かべてオレ様の身を案じていたので、なんだか興が削がれてしまった。
「おら、お前もメシ食ってくんだろ?」
「う、うん。今日もご馳走になります」
沙羅には母親がいなく、オレ様には父親がいない。離婚したのか他界したのか知らないが、オレ様には興味がない。母親のいない沙羅がオレ様の家で食事をするのはままあることだ。沙羅の親父さんはとてもいい人だが、出張が多くてよく家を空ける。すると沙羅は寂しがってウチに遊びに来るのだ。ちなみにオレ様の母親は近くの空手の道場で師範をやっている。我が家の生計はそこで立てられているようだ。お袋はけっこう有名な選手だったらしく、また指導する人間としての才能もあるようで、近所では評判の女傑だ。オレ様も無理やり鍛えられていたが、もともと躰を動かすことが好きじゃないオレ様がサボりがちなことは言うまでもない。
オレ様は沙羅と朝食を取って家を出た。沙羅が一緒だとお袋の機嫌がいいのは気の所為ではないのだろう。沙羅がいてくれることはオレ様にとってもありがたいことだった。
「沙羅、お前もう部活は決めたのか?」
「ふぇ? まだだよぉ。でも手芸部に入ろうかなって、思ってるよぉ」
「しゅ、手淫部?」
「そ、そんな部活はないよぉ」
「まだ日も高くない朝の清爽な空気をブチ壊すのが得意だとはな。お前のような淫逸な莫連女は初めてだよ」
「ち、違うよぉ。わたしそんなこと言ってないよぉ。かーくんの意地悪ぅ」
「オレ様のような清廉な益荒男には貴様のような毒婦は手に余るな。尼寺に行け。禊でもして身を清めて来い」
「や、やだよぉ。わたしかーくんと一緒がいいよぉ」
「甘ったれるな。貴様は永遠にこのオレ様の隣にいるつもりか?」
「う、うん」
頬を主に染めた沙羅が消え入りそうな声で頷いた。なんだろう、なんか変なフラグが立ってるな。
オレ様と急にしおらしくなった沙羅は、それっきり黙りこくってしまった。朝から変な話題を振ってしまった。そろそろ白百合が後ろから走って現れてくれる頃なのだが、間が持たない。
「その、なんだ、沙羅」
「う、うん」
「お前さ、オレと部活やんねぇ?」
「ぶ、部活?」
「あぁ。ちょっと新しく部を作ろうと考えてな。メンバーが足りなくて困ってるんだ」
「そ、そうなんだ。いいよぉ」
「いいの!? まだ何の部活かも聞いてないのに!?」
「うん、かーくんと一緒ならいいよぉ」
「馬鹿かお前、オレ様が手淫部を作ろうとしていても、お前はそれに加わるのか。コイツはとんだ阿婆擦れだぜ。テメェは路上でオナってぐぼっ!?」
「朝っぱらからサルはなーにを言ってんだー」
後ろから思いっきり叩かれた。
「あ、白百合ちゃん。おはようだよぉ」
「うん、沙羅ちゃんおっはよーぅ! 今日もかぁーいいねぇー」
「そ、そんなことないよぉ。白百合ちゃんのほうが可愛いよぉ」
「だーからあっしのことはユリちゃんでいいってー」
「貴様、権平」
「だーからあっしのことは名前で呼べってー」
オレ様に容喙する余地を与えずに、この猪突猛進女は間髪いれずにツッコんでくる。なんというか、やっぱりオレ様はコイツが苦手だ。
白百合は何食わぬ顔でオレ様の隣に並んで歩き始めた。ちょっと重苦しくなった空気を吹き飛ばすような快活な女だ。この女ほど朝日の似合う女はいない。まだ肌寒さの残る春の旭光が、白百合の横顔をみずみずしく照らしていた。
「でー? サルはなーんの話をしてたんさー?」
「あァ? そうだ、白百合。お前もまだ部活決めてなかったよな」
「そーだねぇ。もう面倒だから軽音部にでも入ろうかって思ってたんさー」
「え? マジで? お前じつは音楽とかできんの?」
「あったりまえさー。あっしは中学でも軽音部だったからねー。ギターとベースなら軽くマスターしてんべー」
「す、すごいねぇ、ユリちゃん。尊敬だよぉ」
沙羅が感動の眼差しを向けると、白百合は照れくさそうに頭を掻いて答えた。
「ゴメン、あっしそんなに上手じゃないんさー」
「何お前、作曲とかできるの?」
「どーだろうねぇ。メロディを浮かべて音符ならべるだけなら、でーきると思うけどー」
「作曲ソフトとか持ってねぇの?」
「ん? なーんさサル。今日はやけに食いつくんでね?」
「いや、沙羅にも話してたんだけど、オレ様やりてぇ部活があんだよ」
「新しい部活を作るんだよねぇ」
沙羅はニコニコとオレ様を眺めながら口を挟んできた。ちょうどオレ様の心当たりが全員ここに揃っていることだ。説明してしまおう。
「オレ様はこの学校にギャルゲー部を作ることにした」
「馬っ鹿じゃねーのサルー」
滅茶苦茶ヘコんだ。すごい貶されようだ。
「かーくんが好きな、女の子がいっぱい出て来るゲームだよねぇ」
「そうだ。しかしメンバーが足りないからお前らを勧誘したい」
「なーんさそれ? 女の子が出て来るゲームを作るのにー、女の子が必要なの、サル?」
「別にお前らが女だから誘っているわけじゃねぇよ。メンバーが足りねぇから誘ってるんだ。沙羅は声優、白百合はサウンド担当だ」
「サルは何やるんさー」
「オレ様はシナリオだ」
「あ、わたしかーくんが書くお話とか読んでみたいよぉ」
「あっしも興味あっぺー。いくねいくね? あっしもやるよそれー」
「え? お前らマジでいいの?」
「うん、いいよぉ」
「あっしも別にこーれと言ってやりたいことがあったわけじゃないしー、おーもしろそうだからあっしもやるよーぅ」
「マジで!? よし、これであと一人だ」
オレ様は思わずガッツポーズをとった。沙羅と白百合、すみれも確定メンバーだから、あと一人だれでもいいからオレ様に同調してくれれば部として成立する。しかしオレ様にもすみれにも当てはない。沙羅は微妙だが白百合なら友達も多いだろう。この女の伝を頼ることにするか。
「権平、貴様の」
「だーからあっしのことは名前で呼べってー。そろそろ手が出るよー」
「……白百合、貴様の友達でギャルゲー部に入ってくれそうなヤツはいるか?」
「さぁ? あっしの友達は多分もうどっかの部に入部しちゃってるさー。あっしもいろいろ誘われたけどー、なーかなかこれっていうのがなくてさー」
「そうか。困ったな」
「ど、どうしてわたしには言わないのぉ?」
沙羅が泣きそうな顔で呟いたが、
「お前、友達いるの?」
「い、いないけどぉ」
結果は案の定だ。沙羅の交友関係はオレ様も良く知っている。コイツは悪いヤツじゃないし、とても素直で優しい女だが、オレ様とつるんでいるとみんな離れていくらしい。あ、あれ? なんか目から汗が出て来たよ?
「あっしは沙羅ちゃんの友達さー」
「お前じゃねぇよ。お前以外でギャルゲー部に入部してくれそうなヤツで心当たりはあるかって話だ」
「んー。無理じゃね?」
オレ様は舌打ちをした。これだから三次元は役に立たない。かと言ってこの状況で二次元が役に立つかと言われると、そんなことがあり得るはずもない。液晶モニターから女のコとか飛び出してこねぇかなぁ。
「あっしもいろいろ当たってみるよーぅ。どんな子がいいの?」
「プログラミングができるヤツが欲しい」
「無理に決まってんべー。女の子でプログラムとかやってるコなんて、そうそう見つからないよーぅ」
「だろうな。そんなことは百も承知だ。とりあえず誰でもいい。あとひとり面子が揃えば部として成立させられるんだ」
オレ様たちは三人で頭を捻りながら登校したが、やはり妙案は浮かんでこなかった。
教室に入ると、先日の羽坂すみれがすでに登校していた。今まで意識したことはなかったが、すみれは比較的はやい時間帯に学校へ来る性質らしい。すみれの周囲には目に見えるのではと錯覚するような暗いオーラが漂っていた。これは確かに常人には近寄りがたい雰囲気だ。オレ様は新しいメンバーを紹介すべく、すみれに話し掛けることにした。
「おい、すみれ」
「ひぇっ!?」
名前を呼ばれたすみれは肩をビクッと震わせて立ち上がると、オレ様を振り向きながらすり足で後退った。ちょっぴり傷ついたぞ。
「ここここここれはマシラキさん。おおおおおおおはようごごごごじゃいます」
うん、やっぱりコイツは変なヤツだ。オレ様は親指で後ろを指して答えた。
「一応オレ様たちに同調してくれるメンバーを確保した。紹介するぜ」
すみれを連れて、オレ様は席に戻った。沙羅と白百合はオレ様の席の周りでぽかんとしている。
「なんさー、サル。このコは」
「あァ? コイツはオレ様のギャルゲー部のメンバーだ」
「えっとぉ、羽坂すみれさん、だよねぇ」
「あ、う、あ」
「すみれちゃんも、サルと一緒に部活すんのー?」
「う、あ、あ」
沙羅と白百合の問いに、すみれは一言も答えなかった。正確には何か言葉らしきものを発しようとしているが、言葉になっていない。さすがの沙羅と白百合も訝しげな表情で眉をひそめた。
「おい、すみれ。大丈夫か?」
「だだだだ大丈夫なわけがないでしょう! ここここここんな唐突に知らない人に声を掛けられたら勇猛果敢なフランス皇帝ナポレオンだって裸足で逃げ出しますよ。もっと事前に事情を説明するなどの適切な方法には思い至らなかったんですか、マシラキさん。わたくしは人と上手に話せないと予め言ってあったはずであ、予習をしなければならないので戻ります」
「戻るんじゃねぇよ。どんだけフリーダムだよ、お前」
「わたくしがフリーダムとか埼玉県秩父市の二瀬ダムとかそんなことはどうでもいいです。学生の本分は勉学なのですからわたくしが授業予習をすることには何の疑問点もないはずです。そもそもマシラキさんは勉強をしなさすぎなんですよ。ですからテストの点数もよくなマシラキさんは勉強をしない人なんですか? わたくしも勉強は好きじゃないのであんまりしないんですよー」
「しねぇのかよ」
あぁ、面白ぇなぁコイツ。オレ様のやりとりを聞いていた沙羅が
「えっとぉ、すみれちゃん。よろしくねぇ」
人懐っこい笑みを浮かべてすみれに手を差し出した。すみれはぎょっと目を引ん剥いて沙羅の手を見つめたが、
「う、あう」
言葉にならない呻きを出しただけで、拳を握って震えていた。そんなすみれの様子を見た白百合がオレ様に耳打ちしてきた。
「サルー、このコ大丈夫なの?」
「知らん。オレ様もコイツと深い付き合いがあるわけじゃねぇ」
「だーったらなおさら良くないべー? あっしも仲良くなれるようちゃーんと頑張るけど、サルがフォローしてあげないとねー」
「なぜオレ様がこの女の支援しなければならねぇんだよ」
「だーってこのコ、サルとは話せるんしょー?」
「どうやらそうらしい」
すみれは震えて俯いたまま、固まっていた。オレ様は軽い溜息を一つついて、その場をまとめることにした。
「とりあえず、これでメンバーは四人だ。あと一人、なんとか今日中にメンバーを募る必要がある」
「その必要はありませんわ」
オレ様の背後から、弦を引っ張ったような鋭い声が聞こえてきた。誰かと思って振り向くと、見知らぬ女が腕を組んで立っていた。
「なんだテメェ?」
「上級生に向かってテメェとは、随分と礼儀を知らない輩のようですわね」
傲然とオレ様を睨めつける女の目には、自信と矜持が溢れている。この学校は学年で制服のデザインが変わるようなシステムがないので、一見しただけで上級生かどうかなんて判るはずがないのだが、この女の居丈高な態度を見ると年嵩なのかもしれないなと、オレ様は思った。
「あーそっすか先輩さーせん何か用っすか?」
「生徒会長です」
「はぁ?」
「あたしは、この学校の、生徒会長です」
「ふーん。で?」
生徒会長を名乗る女は、額にありありと血管を浮かばせながらもう一歩オレ様に近づいた。笑顔を維持しているつもりなのだろうが、目が笑ってない。
「あなたの提出した新規部活動に関するご報告をさせていただきます」
「あー、思い出したよーぅ!」
白百合が声を上げて生徒会長様を指差した。
「入学式の時に壇上にいたー、女の人さー」
「憶えてねぇよ」
「栂村先パイだぁー!」
「しりとりの常識を覆す衝撃の事実が発覚!?」
「あたしのことは生徒会長と呼びなさいっ!」
バシッ!とオレ様の机に手を置いて、栂村生徒会長が声を荒げた。へぇ、この女ンガムラっていうんだ。アフリカンな名前だな。
「んで、ンジャメナ先輩がオレ様に何の用だ?」
「アフリカ大陸中央部のチャド共和国首都ではありませんっ!」
生徒会長はもう一度オレ様の机をバシンと叩いた。
「誰ですかっ! ウェブ上に〝んがむら〟という呼び方は架空だとか幽霊苗字だとか書いた輩はっ! あたしは現にここにいますわっ!」
「本作品の登場人物は全て架空のものであり、実在する人物とは関係ありません」
「うるさいわよっ! 黙りなさいっ!」
「んで? 何か用っすか、栂村先輩」
「あたしは栂村ではありませんっ!」
「え? 違うの?」
「いいえ違いませんっ!」
「どっちだよ」
「どっちでもよろしいですわっ!」
「ちなみにかつて大阪府には栂村と書いて〝とがむら〟と読む村が存在したそうだ。今は堺市南区に地名として残っているだけらしい。これ豆知識な?」
「そんな豆知識は要りませんっ!」
「いちいち語尾に〝っ〟をつけんじゃねぇよ」
「関係ないでしょうっ!」
「で? ッガムラ先輩が何の用っすか?」
「何ですかその〝ッガムラ〟というのはっ! 一体どうやって発音すればよろしいんですかっ!」
「んがむら?」
「同じじゃないですかっ!」
「どうでもいいよ」
「何ですかそのおざなりな答え方はっ!」
「栂村先輩、〝おざなり〟と〝なおざり〟の違いを教えてください」
「そ、そ、そんなの知りませんわっ!」
「〝おざなり〟というのはいい加減に済ますという意味なので、テキトーだけど物事への対応はするという場合に使用します。対して〝なおざり〟というのはいい加減にして放っておくという意味なので、物事を軽視して対応しないという使い方が適切です」
「それこそどうでもいいでしょうっ!」
「先輩、下の名前は何ていうんすか?」
「あたしの名前は椿ですっ!」
「え? 何そのシャンプー(笑)」
「何ですかその(笑)はっ! あなた知っててやってるでしょうっ!」
「いいえ?」
「どうして口調が尻上がりなんですかっ!」
「イェーイッ!」
「黙りなさいっ!」
栂村先輩は肩で……。
「あたしのことは生徒会長と呼びなさいっ!」
……生徒会長は肩で息をしながら凝然とオレ様を睨みつけた。どうも珍しい苗字組は地の文に割り込んでくる特殊能力を保有しているみたいだ。
「時間がもったいないな。用件を伺いましょうか、生徒会長様」
オレ様が真剣な眼差しを向けると、会長も姿勢を正して真摯な視線をオレに返した。
「では、単刀直入に申し上げましょう。猿木さん、あなたが提出した新規部活動に関する案件でご報告に参りました」
「続きをどうぞ」
「我々生徒会としては、あなたの提案する部活動を承認するわけには行きません」
「理由をお伺いいたしましょうか」
「高校生の活動として不適切だからです」
「理由をお伺いいたしましょうか」
「ですから、高校生の活動として」
「その下りはいい。なぜ不適切なのかご説明願いたいと言ったんだ」
会長は腰に手を当てて溜息をついた。そんなことも解らないのか、とでも言いたげな様子だ。だがオレ様としてはここで退くわけには行かない。もう賽は投げられたのだ。
「いいですか、担任の田中先生から伺った話ですと、あなたが作ろうとしているゲームは恋愛アドベンチャーという種類のゲームでしょう? そんなものを作る部活動が存在する学校がどこにあるのですか」
「アンタはどこの学校にも存在しないという理由だけで、オレ様の案出した部活動を否定するのか? それは不適切の理由にはならねぇなぁ」
「百歩譲ってこれが日本史上で初の試みだったとしましょう。あたしが問題視しているのは活動内容です。あなたの考えた部活は本当に高校生の部活として適切なものだと断言できるのですか?」
「出来ますがそれが?」
「あなたの作ろうとしているゲームは、男の子が女の子を攻略するという類のゲームでしょう? そんなゲームを作る部活を認める生徒会がどこにありますか」
「何が悪いんだ? 要領を得ないぜ、生徒会長様」
「そんな恋愛ごっこみたいな部活動を、あたしは生徒会長として認めるわけにはいきませんわ」
「おいおいおい、勘違いしてるんじゃないのか、生徒会長様。オレ様たちは恋愛ごっこをするつもりもないし、彼氏彼女を作るための活動をするつもりもないぜ。こいつは飽くまで、一ジャンルとして現代社会に定着しているギャルゲーを作ろうという試みだ」
「なぜそのジャンルに固執するのですか。もっと違うジャンルでもいいでしょう」
「オレ様たちは技術者じゃないんだぜ? プログラマでもエンジニアでもない。難しいことは出来ないさ。でも、オレ様たち高校生がこれまでの人生で築き上げてきた能力の一つひとつを繋ぎ合わせて一つの作品を作るというのなら、そう難しい話じゃねぇだろう?」
「それは、そうですが」
「話を書くという能力、絵を描くという能力、作曲するという能力、演技をするという能力。そういったある一つの方向性に特化した能力を複合することで、一つの作品を作ろうという企画なんだ。それのどこに問題があると言うんだ? 不適切と言うなら、明確な論拠を提示してくれよ、先輩」
「で、ですがっ! そんな恋愛ゲームなんて、普通に考えて不適切ですっ!」
「だから、その不適切だと断じる確然たる理由をオレ様たちに明示してくれよ。校則で男女間の交際が禁止されているわけでもないし、不純異性交遊に耽るわけでもない。あぁ、別に男女交際が禁止されていても、男女交際を題材に取り扱った話を書くだけなら問題にはならねぇよなぁ。それが問題になるなら、文芸部の活動内容にだってメスが入るはずだ、違うか?」
「そ、そうかもしれませんが」
「絵を描くことに問題があるんなら、美術部もアウトだ。作曲をするのがNGなら、軽音部もNGだよなぁ。声優として演技することも許されないなら、演劇部なんて存在することも許されねぇだろう。それをゲームとして具現するデバイスにパソコンを使うこともダメなら、パソコン部なんて今すぐに廃部にするしかねぇよなぁ。そうでしょう? 違いますか、せ・ん・ぱ・い」
「は、反論できない……」
「もしアンタが個人的な好悪の感情だけで新規に起ち上げる部活動を否定するってんなら、オレ様は全力で戦うぜ? 負ける気はしねぇけどなぁ」
「うぐぐぐぐっ!」
栂村生徒会長様は悔しそうに肩を震わせて俯いてしまった。勝ったな。はン、この程度でオレ様に挑もうなんざ百年はやいぜ。
「で、ですがっ! まだ五人以上のメンバーが集まったわけではないのでしょう!? 本日の午後五時までに五人の署名とともに申請書を提示できない限りっ! あなたの考える部活動が認可されることはありませんわっ!」
「いや、もう五人いるぜ」
「え? マジで?」
「五人目は……アンタだ、ンガムラ先輩」
「あたしのことをンガムラと呼ばないでくださいっ!」
「じゃ、椿会長。オレ様はアンタを五人目の部員として勧誘するぜ」
「あ、あなたは何を言っているんですかっ! あたしには生徒会長としての仕事があるんですっ! 他の部活動に所属することはできませんわっ!」
「おやぁ? オレ様はこの学校の校則に、端から端まで目を通させてもらいましたけど、一人の生徒が複数の部活動に所属することを認める記述がありましたよね。部活動に関する規約、校則第八章第三十九章にばっちり書いてあったはずですが、違いましたか?」
「あ、あたしは生徒会に所属してるんですっ! 他の部活動とは違いますっ!」
「はぁ? 確か校則には、生徒会と他の部活動を明確に弁別する記述はなかったと思いますが? 現に生徒会役員でも他の部活動に所属している人間はいるわけだし、まさか椿会長、ご自分で出来ないことを他人に奨励するようなお方が、この学校の生徒会長だったりするんですか?」
「ち、違いますっ! あたしは生徒会長としての職務があり、多忙なので、その、あの」
椿会長の顔には、焦慮の念が浮かび始めている。イける、コイツはもうすぐ落ちるぜ。オレ様の後押しをするように、白百合が手を上げて追い討ちをかけた。
「はーい、椿会長。先日あっしらが生徒会室を見学した時にー、他の人と一緒にお茶を飲んでー、おしゃべりしてましたよねー?」
「ぎくっ!?」
よくやった、白百合。あとで念入りに褒めておいてやろう。オレ様は会長にトドメを刺すことにした。
「おやぁ? 職責も重く職務も多忙で休む間もなく働いているはずの生徒会長様が? 新入生が見学に来るかもしれないこの時期に? 新年度が始まって山積みの仕事に忙殺されているはずのこの時期に? まさかまさか優雅にアフタヌーンティーをお召し上がりになりながら? ご学友と猥談に興じていたんですか? これはこれは、大層お忙しいようでゲラゲラゲラ!」
「うぐぐぐぐっ!」
「さぁ、潮時だぜ、生徒会長。アンタに残された選択肢は二つしかねぇ。今すぐ生徒会長を辞任するか、大人しくギャルゲー部に所属するか。どちらかだ」
「くきぃーーっ!」
オレ様はカバンから新規部活動創設申請書を取り出して、椿会長に差し出した。
「さぁ、署名してくれよ、椿先輩。まさかこの期に及んで感情論で下級生を否定するおつもりですか?」
「わ、わかりましたわっ! ですがっ! あたしはあなたたちが高校生として不適切な活動をしないか監視する意味も含めて、入部するのですっ! あなたたちの活動を認めたわけではありませんからねっ!」
椿会長は署名欄に自分の名前を殴り書きすると、「覚えてらっしゃいっ!」と捨て台詞を残して駆け去っていった。面白いなぁ、生徒会長。
別にオレ様の論法で行くなら、椿会長がギャルゲー部に入部しなければならない道理はないし、何だかんだでイチャモンをつけて部の創設を承認しなければいいだけだ。わざわざご丁寧にオレ様に講釈を垂れに来る必要なんてどこにもない。人が好いのか、本当に暇なのか。
いずれにせよ、これで部としての体裁は整った。ギャルゲー部なら、研究という名目で学校内で公然とギャルゲーをすることが出来る。我ながら素晴らしいアイデアだ。いや、待て。別に学校でギャルゲーをやりたいからギャルゲー部を作ったわけではないな。それも一つの役得だが、オレ様はすみれの絵でギャルゲーを作ろうと思ったんだ。
オレ様は申請書に自分の名前を記し、周りのメンバーにも同じように署名をさせた。チャイムが鳴ってやってきた担任の田中先生にそれを手渡して、ミッションコンプリートだ。
桜も散り、新緑の芽吹き始めた春の空。風はまだまだ冷たいけれど、オレ様は生まれて初めて自分からやりたいと思ったことを始められ、何だかワクワクしていた。
この作品も、某社の募集要項に沿って応募したものですが、見事に落選した駄文です。
素直に笑ってもらえる作品であればと思い執筆したものです。主人公を破天荒なキャラクターに設定したつもりが、性格の悪い生意気なガキになってしまいました。どうかご寛容に受け止めてもらえれば幸甚に思います。