第一章・一話
午前10時12分。
窓を打ち付ける雨粒は徐々に強さを増している。病室の天井を眺めながら後悔だけがやたら浮かぶ。
思い返せば家族の為、会社の為と働き詰めの人生だった。
地位の為、自分の生活の為に時には同期を蹴落とす事も、時には仕事を理由にして子供の行事も厭わなかった。
仕事を言い訳にして家族と向き合わなかった報いなのだろう。やがて、妻も子供も自分から離れてゆき、残ったのは家具や写真だけ。家族だった形跡を作り時間を止めてそこにあるのみだった。
もちろん築いた地位は同僚や仕事仲間を踏み台にして出来上がったもので、自分の周りには友人などはいない。
残るのは小さなプライドだけだった。
見舞いに来る人間は誰一人としていなかった。むしろ、こんな最期を誰かに知られるより一人の方がマシだ。
隣の仕切りのカーテン越しに子供のはしゃぐ声が耳に入る。山本さんの所のお孫さんじゃないか、こんな日でも見舞いに来るなんてご苦労なことだ。
自分と同い年の爺さん、むしろ山本さんより少し若いのに。
仕切りのカーテンのこちら側の空間が小さく感じた。
いたたまれない気持ちで窓を見る。雨粒は相変わらず窓を叩く。
雨音にも負けないように強く咳き込んだ。
日に日に呼吸が辛くなってゆく。
これが人を大切に出来なかった人間の最期か。せめて、こんな雨の日にお迎えが来ちまうのだけは止してくれよ……
命火が徐々に小さく消えようとしている。
それを一番ひしひしと感じているのは他でもない自分自身である。
ふいに、呼びかける声が一つ。
「すいません」
声のする方を振り向くと、仕切りのカーテンの向こう側から現れたのは、無愛想な表情の好青年だった。ダッフルコートや髪は雨粒に濡れて艶を帯びた黒色をしている。
「見舞いに来ました」
見覚えの無い顔は驚く老人を真っ直ぐ見据えて呟いた。