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刻の守護者(3)

「歴史保安委員?」

 恭しく名刺を受け取ったあまねは、そこに印字された単語に、小首を傾げた。

「過去に起こった事象の保全を目的とした組織だよ」

「で? あんたの何が役に立てるって?」

 あまねの右隣から、首を伸ばして名刺を覗き込んだ晟が、直愛を睨め付ける。

「っつーか、事と場合によっちゃ、警察に突き出――うっ」

 叩くように弟の口を手で塞ぎ黙らせてから、あまねは話の先を促した。

「それで、あの、それが、どう……」

「バイトのスカウトさ。君、俺と一緒に仕事しない?」

「ああ!?――――いっ」

 再び、不信感露わに身を乗り出した弟の足を、思い切り踏み躙る。直愛は、姉弟の攻防には気付かないふりをして、足の間で手を組むと、真摯な眼差しであまねを見た。

「仕事の内容は簡単。俺と一緒に過去に飛んで、そこで悪さをする怨霊を退治するんだ」

「か、過去に飛ぶって」

「言葉通りの意味さ。歴史保安委員―――UBPは、Ubitous Bureau of Past protectionの略。言っただろう? 過去の出来事の保全を目的とした組織だって」

 直愛は噛んで含めるように言葉を続けた。

「勝てば官軍と言うように、歴史は勝者によって語り継がれる、勝者のもの。その影には名前すら残らない敗者が大勢いる。例えば、歴史のターニングポイントには、源頼朝や徳川家康……教科書で学ぶような偉人たちの存在がある。けれど、平家や武田――歴史の裏で、多くの未来を失った者たちがいる。その者たちのやるせない恨み辛みは、怨霊になり、歴史を祟るんだ」

「歴史を……」

「困った事に、彼等は歴史を変えるため過去へ遡り、彼等を――直接間接問わず――殺した者たちを襲う。歴史を紡ぐような人物たちが死んでしまったら、どうなると思う?」

「歴史が、変わる?」

「ビンゴだ」

 あまねの応えに、直愛はニコリと笑って、指を鳴らした。

「今のこの時間はなくなってしまう。それを阻止するために、UBPはある」

「…………でも、そんな凄いこと、私に手伝えるんでしょうか?」

「ちょ、姉ちゃん! やる気かよ!?」

「話は聞いてみたいな、って」

「こいつが祓魔師って証拠はどこにあるんだよ!? 騙されて売り飛ばされるかもしんねーんだぞ!?」

 困ったように眉をハの字にする姉に鼻を鳴らすと、晟は茶を運んできた父に問うた。

「オイ、オヤジ。UBPとかなんとかって、知ってるか? いわゆる同業者なわけだろ」

「うーん、知らないねえ。祓魔師の業界は守秘義務が多いし。同業でも、知らないことの方が多いからなあ」

 四人分の湯飲みを配り終え、元三はあまねの左隣に腰を落ち着ける。礼を言って、直愛は茶を一口すすると、続けた。

「君に割り振られる仕事内容は、怨霊に狙われている偉人のボディガードってところかな」

「えっと、誤解があるようなので言いますけど……」

 あまねはおずおずと口を挟んだ。

「私の力は、祓魔師のような――怨霊を調伏するものじゃないんです。悪い霊だけでなく、良い霊、それに呪まで無効化してしまいます。私が側にいると、さっきみたいに、直愛さんの力が働かなくなっちゃうんです。こんな不安定な力じゃ、お役に立てるとはとても……」

「でも、君が側にいれば、悪いものは近づけない。ターゲットは守られる。そうだろう?」

「それはそうなんですけど……」

 自信ありげに、直愛が微笑を浮かべる。

 あまねは口元に手を添えて、俯いた。仕事の内容如何でなく、自分の力が有意義に働くか、不安がある……

「それでね、役に立つかもって言ったのは……まぁ、お金のことなんだ」

 暫くの沈黙の後、直愛は躊躇いがちに、鞄から茶封筒を取り出した。

「…………前金として、これだけ用意できる」

 テーブルに置かれた封からは、あまねが見たこともない厚さの、茶色の束が覗いた。

「任務完遂のあかつきには、この倍ほどが支払われる。――君の力は、必ず俺たちの助けになる。是非とも力を貸して欲しいんだ」

「ふざけんなよ、オイ」

 直愛が言い終わるか終わらないかに、晟がガツンッとテーブルを蹴った。

「あんた、本当に祓魔師か? やっぱ人身売買のブローカーとかじゃねえの?」

「晟! いい加減に――――」

「姉ちゃん。オレ、公立ぜってー受かるし。いらねぇよ、滑り止めなんて。だから、こんな、鼻の下延ばしたヘンタイロリコンの話には乗るな!!」

「へ、ヘンタ……」

 二の句が継げない直愛の面前で、弟の、余りに失礼な言いように、あまねは色を失う。

「オラ。話は終わりだ。さっさと出ていけ、このヘンタイロリコン」

 と、追い打ちをかける晟の隣で、のほほんと元三が首を傾げた。

「うーん。でも、家賃はどうするんだい?」

「てめぇの臓器売ってこいよ!!」

 逆毛を立てて吠えると、晟は姉を乗り越え、父に掴みかかった。

 あまねは、じっと、湯飲みの上で揺れる煙を見つめた。

 やがて、「変態ロリコン」の言にダメージを受けたのか、肩を落とす直愛を見て――――――おずおずと、口を開いた。

「……やります」

「え……?」

 顔を上げた直愛の、茶の瞳をひたと見つめて、あまねは重ねて言った。

「やります。やらせてください」

「ちょ、姉ちゃん!?」

 父親の胸ぐらを掴みあげていた晟が仰天する。

 あまねは、はにかんだ。

「時間を駆けるなんて、物語の中だけかと思ってた。面白そうかな、って」

 好奇心に頬が染まっている。

 晟は、不満げに唇を開閉させたが、ややあってから、大仰に溜息を吐くと、「好きにすれば」と、両手を上げた。

 姉は決めたことを覆さない――気弱に見える彼女が、家族一頑固なのは、弟である彼が一番知っていた。

「契約、成立……かな?」

 控えめな確認に、あまねはコクリと頷いた。直愛は心底嬉しそうに表情を和らげ、右手を差し出した。

「改めまして。俺は土御門直愛だ」

「木津あまねです。宜しくお願いします」

 きつく握手を交わす。直愛は、目を三日月型に細めて、微笑んだ。

「宜しく。あまねちゃん」

お読み下さりありがとうございます。

週2更新予定です!

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