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思い出は、朝やけに滲んで(2)

 しんしんと降り積もる雪は、追跡から、あまねたちを隠した。

 一方で、彼らの歩みをも妨げた。

 頼朝の背を義平に譲り、あまねは熱を押して、歩いた。

 青墓に辿りつくには、不破の関――あまねには、もうそれが現代で言えば何処なのかなど、さっぱり分からなかった――を越えねばならない。しかしそこは、平家方が警護している様子だったので、更に三人は山奥へ割り入り、遠回りをせざるを得なかった。

 雪はますます高くなり、獣姿では歩けないほどだった。

 人に変じた彼は、背に義平を背負った。

 重い兄の身体を、彼は揺り上げ揺り上げしながら歩いた。あまねはせめても、と、彼の前を行き、雪を退かす。

 ……青墓など、この世の何処にもないかのようにあまねは感じていた。



「…………行ったか?」

 頼朝は前で辺りを見渡す、鵜飼いの男に問うた。

「へえ」と、男は頷くと、頼朝たちに出てくるよう手で拱いた。

 ――いつまでも山にいるわけにはいかない。

 厳しい冬の山では、食事にすらありつけない。義平の容態も気になる。――どうしても人里に下りる必要があった。

 けれど、人里に近付けば近付くほど、残党狩りの姿も多くなる……そんな中、気の良い鵜飼いの男に出会えたのは、幸いだった。

「おい、あまね。お前も、大丈夫か」

「……平気」

 熱で、朦朧とする意識の中、何とか答える。

 気を緩めた瞬間に、呼吸すらやめてしまいそうだった。

 立っていられるのが不思議だ、とあまねは思う。

 頼朝はあまねの髪を撫でると、義平を背負い直した。

「ささ。こっちで」

 鵜飼いの背を追う。

 あまねも、頼朝も、彼が味方か敵かはもう考えないようにしていた。もう二人には、運を信じるしかなかった。

「義平さん、もうちょっとですよ」

「んー」

 頼朝の背でぐったりする義平に、あまねは声をかけた。

 長い睫毛が揺れて、うっすらと義平が目を開く。そうして、澄んだ声が、吐息と共に唇から漏れ出た。

「悪いわねぇ、頼朝」

「……黙ってろ」

「あらあら。怖い怖い」

 義平は、返り血で染まった衣服を隠すため、見窄らしい御座のようなものを被っていたが、その左の肩口辺りは真っ赤に湿っていた。

 あまねは、命の流れ落ちる傷から無理矢理目を逸らして、油汗を浮かべる彼の額を、ハンカチで拭ってやる。

「…………なんだか、こんなにべったりくっつくのって、あなたが五歳くらいの時以来ねぇ。お姉ちゃん、大~好き! って。すっごく、可愛かったわあ」

「下ろすぞ」

「やーだあ」

 義平はクスクス笑って、頼朝の首に回す腕に力を込めようとした。

 が、逆にずり落ちるはめになり、弟は立ち止まり、兄を背負い直す。

 会話が途切れた。

 義平は、ややの間、弟のうなじに顔を埋めて、慈しむように鼻先を押しつけた。……やがて、口を開いた。

「でも、さ。あんなに小さい子が、こんなに大きくなってたのね。こんなにしっかりしちゃって……守らなきゃ、なんて思い続けてたなんて、どうかしてる」

 目を三日月型に細めて、彼は微笑んだ。

「もう、あたしたちが守らなくても、あなたはしっかりやってけんのよね。大人になっっちゃってさ…………なんか、ちょっと、寂しいね。ねぇ、朝長」

「だぁまってろ、っつの。本当に下ろすぞ」

 死んだ弟の名を呼び、小さく笑った義平は、再び、ズルリ、と背から滑り落ちそうになる。頼朝は不平と共に、兄を揺り上げた。

 ……見窄らしい小屋が見えてきた時、鵜飼いは目的地に着いたと、力付けるようにあまねたちに告げた。

「おい、義平。着いたぞ。……おい? 義平?」

 頼朝が兄に声をかける。

 けれど。

「旦那。ささ、急いで」

「――――――義平?」

 頼朝は背を振り返って、立ち尽くした。

 あまねは口を覆うと、身体を強ばらせた。

 おこりにかかったような、激しい震えに襲われる。くしゃり、と顔が歪んだ。

 唇を噛み、声を飲み込む。

 けれど、ショックは彼女の咽を突き破るようにして零れ出た。

 あまねは、顔を覆い、悲鳴を上げて泣いた。

 ……義平が瞼を持ち上げることは、二度と無かった。

お読み下さり、ありがとうございます。

更新滞ってて、本当にすいません。

週2更新予定ですが、今後は最後までもう少しなので頻繁に更新するかもしれません。宜しくお願いします。

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