2 空白
お久しぶりです。
書くと言ったのが、去年の11月……。1話の投稿が年末。
そして、今回が4月とだいぶ間が空いてしまいましたが、なんとか生きてます。
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地平線まで続く、雲一つない青空と鏡のように青空を映す水面が広がる世界で、彼らは存在していた。
一人は、短い萌葱色の髪に淡褐色の瞳をした15歳くらいの少年。もう一人は腰まで届く髪の長さを除いて、少年と瓜二つの少女。二人とも、白を基調とし金と銀の装飾と刺繍の入った神官服のようなものを着ている。
どうやら、丸テーブルを挟んで椅子に座り、談笑しているようだ。
「――安定してるってことはいいことでしょ?」
「うん。でも、退屈じゃない? 僕としては変化があったほうがいいな、面白いし」
「まぁそうね。いつも見てるだけなら、何かあったほうが楽しいと思うわ」
「でしょ? それに、なんとなくだけど、面白いことが起こりそうな気がするんだ」
近づくにつれ、会話の内容も聞こえてきた――退屈してるのかな?
「――それにしても、二人とも遅いね」
「もうすぐ来るんじゃない? あ、ほら」
少女が私達に気づき、それを聞いた少年は文句を言いつつ、こちらを振り返った。
「もう、二人とも遅いよ。なにしてたの?――それに、その人は?」
私の前にいる二人へ向けていた視線が、その後ろにいる私へ向けられた。
「ユラ君、遅くなってごめんね。すこし面白いことがあって」
「気にしないでいいよ。それよりエレちゃん、その面白いことって、その女性のことで?」
私のどこが面白いのか、ちょっと聞きたいところだけど、たぶんあれかなぁ……。
「そうなの。彼女、ナインというのだけど「彼女は魔獣王種で在りながら、人を――勇者を愛してしまったんだ」――メル君、私が説明してたんだけど?」
「君に任せると、話が長くなったり、気づけば逸れることもあるからさ。先に要点だけ話したほうが解りやすいだろ?」
ジト目を青年――メル君に向けるエレちゃん。それを何食わぬ顔で受け止めるメル君。
「エレちゃん、ナインが困ってる――あ、ナインって呼んでいい?」
「はい」
「ありがと。私はセフィロト。セフィって呼んで。あと、砕けた口調でいいからね?」
セフィロト?セフィロトっていうと、双生樹と同じ名前だよね?
「セフィ、ずるい。僕が先にあいさつしようと思ってたのに!」
「ふふ、早い者勝ちよ? それよりいいの、しなくて?」
頭の中で引っかかった事に、意識を向けようとしたところで、少年と少女の顔がこちらに向いたので、一旦頭の隅へ置いておく。
ついでに、口を尖らせた少年と、勝ち誇っているというか、余裕な表情をしているセフィの、このやりとりを見ると――双子みたいだし、セフィのほうがお姉ちゃんなのかな?なんて思う。
「あっ! ごめんね。僕はユグドラシル。そのままだと呼びづらいから、好きなように呼んでいいよ。皆はユラって呼ぶけどね! それで君の事は、ナインって呼んでいい?」
「いい、けど。それより、ユグドラシルにセフィロト? その名前って――」
陽のユグドラシルと、月のセフィロトと言われる双生樹……。
「ん? 僕の名前は有名だけど、セフィの名前にも憶えがあるの? ますます面白いね。勇者を愛しただけじゃなく、僕達の名を識るかぁ」
ユラは、本当に面白いと思っているのだろう。
笑みの中でも、瞳の輝きが増しているように感じる。
「え、えっと、まぁいろいろあって……? それより、死んだはずの私が連れてこられたのは、何のため?」
ユラの眩しいと感じる視線から逃れるために、ふと問いかけてみる。
「君を連れてきたのは、可能性を見たからさ」
「本来なら、ヒトと魔物――魔族は、相容れない存在のはず」
「でも、君は勇者を愛していたし、勇者も君の愛を受け入れていた」
「それは、二つの種が交わる可能性を私達に見せてくれた」
「分かりやすくいえば、共存の可能性を――希望を見せてくれたことに私達は感謝している」
「ただ感謝するだけでなく、貴女にお礼をしたいと思ったの」
「そこで、貴女の魂を転生させるのはどうだろうか、と」
「そうすると、ユラ君とセフィちゃんに頼まないとならないから」
「だから、つれてきた」
「そ、そう…」
流れるように交互に話す二人に、私は若干気圧されつつ、返事をした。
はぁ……双子じゃないのに、息が合いすぎでしょ――とはいえ、なんか転生って言ってたけど?
「ナインがしたいなら、僕はさせてあげるよ。二人の薦めもあるし」
「私も。それで、ナインは転生したい?」
なにやら、私に視線が集中していて落ち着かないけど、聞けることは聞いておかないと。
「魂を転生って言ってたけど、それって普通の転生とは違うの?」
「転生は知ってるんだね――あ、セフィを識ってるなら当然か。けど、確認も兼ねて説明するよ。
この世界<クエルクス>に存在する生物――ヒトや魔獣、天使や悪魔は、死んだ魂が転生することで誕生する。これは、世界が内包する魂を循環させることが目的だね。停滞することは、澱むってこと。それは世界にとって害になるものを生み出す。まぁその害になるものは、今回は直接関わりがないから置いておくね。
その転生させる際に、魂の記憶と経験を浄化するんだよ。浄化っていうと、大したことに思うかもしれないけど、要は白紙に戻すってことかな。そうしないと、魂が積み重ねた、膨大な記憶と経験につぶされてしまうからね。
そうして、真っ白な魂となって転生するのが、通常の転生。
とはいえ、完全に浄化できるわけでもなくて、魂に“刻まれた”記憶と経験は受け継がれてしまう。よほどのことがないと、刻まれないけどね。ただ、それも転生後に影響が出ないように、魂の深層へ沈めないとならない。
ここまではいい?」
魂の記憶が白紙になる事は知っていたけど、そんな理由があったんだ、と軽い驚きがあった。私は、概ね大丈夫だと頷いて示した。
「そして、今回の魂の転生っていうのは、今の魂の記憶と経験をそのまま次回に引き継ぐってことだね。つまり、今の君の自我を保ったまま転生するってこと。
今ある積み重ねたものがある分、周囲より有利だけど、その特異性っていうのは周囲からしてみたら、迫害の対象にもなること。前回の記憶や経験が君を苦しめることもある。メリットばかり目につくけど、デメリットもきちんと存在しているんだよ。
あぁ、それと魂の転生は、赤ん坊に転生するわけじゃなく、ある程度成長した姿で転生することになるんだ。これは、膨大な記憶と経験を受け入れる器――肉体が必要だからね。その肉体は、僕達のほうで、君の希望に沿って創るから安心して。
とりあえず、こんなところかな?」
聞いた限り、デメリットよりもメリット――というか、優遇されてる気がする。……あぁ、だから二人は薦めてくれたわけか。
そんな好意に、今更気付いて、自嘲気味な笑みを浮かべる。
会って間もない相手からの好意なんて、いつぶりだろうね?
「ナイン?」
「今の説明になにか気になることでもあった?」
どうやら少し、感傷に耽っていたら、心配させたみたい。
「大丈夫、だいたいはわかったわ」
「そっか。説明が下手だったかな、とか不安になったよ」
「ごめんなさい? とりあえず、もう少し詳しく聞かせて」
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………
……
…
「ナイン、他に気になることはない?」
「大丈夫。ユラもセフィも、ありがとうね」
「いいのよ。ナインが望むなら、それを叶えてあげたいと思うくらいには、貴女のこと気に入ったしね」
「そうだよ。友達の願いを聞くのは、当然じゃないか」
私は、魂の転生をすることにした。
そのことで、器のこと、転生するにしても、場所や時間など指定はできるのかなどの質問に、彼らは、その一つ一つに親切に、丁寧に答えてくれた。
その感謝を伝えても、それが当たり前といったふうに――彼らにとって、当たり前なのだろう、そんな返答があった。
「姉さんと兄さんも、二人が私に気づいたから、こんな機会に恵まれた。ありがとう」
「そんな! 私達こそ、感謝してるの。そのお礼だって言ったじゃない」
「うん、それでもありがとうって言いたかったから」
「ナインに喜んでもらえたなら、私達も嬉しい限りだ」
エレちゃんとメルくんの呼び方を変えた。
見た目は私と同じくらいなのに、ちゃんに君付けっていうのは、ちょっとね…?
それにユラとセフィ、この空間の事、話の内容、これらを考えると、二人も尋常ならざる存在だろうし。
「それじゃ、皆」
「あ、ナイン、忘れてたわ。また私たちに会いたいなら<最果て>を目指してみて。そこに私たちに繋がる路があるから」
「え? 会えるの? というか、路?」
「会えるよ。君が会いたいと思えば、いつか」
「<最果て>については、クエルクスの何処か、としか言えない。ただ、君なら辿り着けるだろう」
「――そっか、ありがとう。目指してみるね」
さっそく、目標ができたかな。まだ転生する前だっていうのに、お人好しっていうかありがたいというか――。
「ナイン。また貴方に会える日を待ってるわ」
そう言った姉さんの瞳は、優しい色をしていた。
ふと、見渡してみると兄さんも、ユグにセフィも、似たような優しい色した瞳で、私を見つめていて、私は――胸に温かいものが広がっていくのを感じた。
……嗚呼、彼らに会えてよかった。いつか会いに来よう。それが――私の誓い。
「うん、待ってて。いつか会いに行くから」
「ええ、楽しみにしてるわ」
「焦らず、君のペースで進めばいいさ」
「またね!ナイン」
「元気でね」
「皆も元気でね。それじゃ、また会おうね!」
軽く彼らに手をふって、私は――新たなスタートへの、一歩を踏み出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今日で投稿を初めてちょうど1年になります。
この1年で、私は成長できたでしょうか? わかりません。
ですが、書きたいことを少しでも書けるよう、これからも少しずつ私のペースで書いていきたいと思います。