婚約者は 8
湯殿の騒ぎから一夜明けた朝。
ノエルに叩き起こされたレミニアリスは自分の頬をギュッとつねってみた。
「………痛い!」
軽快な音を立ててカーテンが開かれ、朝の日差しがレミニアリスを映しだす。どうか昨日のことは夢であってほしい、といつもより早めに就寝した。しかしそんな淡い思いは届かなかったようである。
「…お顔に後が残りますよ。ほら、お早くこちらに着替えてください。皇后陛下へお会いしますから、今日は髪も結わなくては」
「もうやだ……お母様に会いたくないわ…」
「身から出たさびではありませんか。それに…もう広まっているようですし」
テキパキと仕事をこなすノエルから聞き捨てならない言葉を耳にする。
「……広まっている、ですって?」
「あれだけの人の目があったのです。…致し方ありません」
もうルベルトに合わせる顔もなく、なんと説明するべきなのかレミニアリスの気分はどん底だった。
******
軽い朝食を摂ってからしばらく。レミニアリスは母の呼び出しに応じるべく、アリナディスの宮殿の応接室へ来ていた。
「おはよう、レア。…その様子だと目を通してくれたみたいね」
開口一番、何を言われてしまうのかとビクビクしていたレミニアリスはほっとしていた。しかし妙なところで機転が利く母のこと、いつかは聞いてくるだろうことは明確である。ノエルが受け取っていた資料を返却し、アリナディスはその紙の端々が折れているのを指し示した。
「ええ、お母様。どれも素晴らしいものでした」
「それなら結構よ。早速、届けさせるわ」
そばに控える女官に指示を出そうとしていたアリナディスをレミニアリスは慌てて止める。
「どうかしたの、レア?……意匠が気に食わないところがあっのかしら」
ちがいます、と一言置いてからレミニアリスは付け加えた。
「数が多すぎるのです。いくつか切り捨ててはいけませんか?」
「……ん。そう、かもしれないわね。考えておくわ」
母に輿入れ道具一式を任せているため、レミニアリスはそのことについてあまり多くは知らされていない。しけし娘の性格を知り尽くしたアリナディスならば、良い方向に持っていくはずだ。
「ありがとうございます。……では、私はこれで」
一礼して去ろうとしたレミニアリスに女官たちが逃がすまいとして笑顔で壁を作る。
「あら、レア?なぜ帰ろうとしているのかしら…。まだ話すことがあるはずだと思うわ。決して、娘の恋愛事情が気になっている下世話な親心ではないのよ?」
自分で言ってしまうのはあまりよくないです、とノエルの心の声が聞こえた気がした。
「アリナディス様、ザーシュバルド王太子殿下がこちらへお出でになっておられるのですが………」
首を傾けた女官が報告にくる。母は「お通しして頂戴」と上機嫌に言うとレミニアリスへその笑顔を向けた。
「ねぇ、レア。1つドレスが上がってきているのだけど…。今ここで着て、王太子殿下へ見せるのと、お母様に昨日の湯殿でセシリアとの楽しいお話をするのではどっちがイイ?」
どっちも嫌です!と叫ばなかった自分を褒めてやりたい。母とセシリアでは全く以って相手が違う。
「ふふふ。……そうねぇ、王太子殿下とお母様とレアでお話しましょう?それならば─────」
「ドレス着ます!いえ、着させてください、お母様!」
よくってよ、アリナディスはぐいぐいとレミニアリスを引っ張って奥へ入っていく。
「セシリア様も姫様を引っ張っておられましたし、やはりよく似たご家族ですね……」
ノエルの呟きが誰もいなくなった応接室に響いた。
次回、ルベルト視点です。
明日は学校の代休なので、2本ほど更新したいと思います。
よろしくお願いします<(_ _;)>