双子と目 下
背中を強く押されて、仁と三蔵は走り出した。
振り向くと、竜手の顔には札が貼られ、母は手に新たな札を持っていた。
仁はもう一度、前を向いた。
三蔵と互いに手をしっかり握り、全速力で走り出した。
三蔵は泣きじゃくり、仁はきつく口を結ぶ。
ざわざわと木々が騒いだ。
あれほど動かなかった三蔵の足はすんなりと動き、三蔵はしっかり兄に習い前を向く。
本能が、次はもうないと警告していた。
足元の草木が容赦なく突き刺さり、二人の進行を阻む。
二人の足は傷だらけだった。
「・・・・!!見えた・・よ三蔵!国道!あともう少し、がんばろ。」
仁がぜえぜえと苦しそうに息をしながら叫んだ。
三蔵もその言葉に少し顔をあげ、目の前を見た。
二人にとっての希望の光であるコンクリートが、もうすっかり暗くなっている木々の間から、月明かりに照らされていた。
「・・・・!!っつ、おかあ、さ・・・」
三蔵の呼吸の間から紡ぎだされた言葉に、仁は鉛をくらったかのような感覚になった。
母親・・・天花は無事だろうか。
「最期の言葉」をよく覚えてる。
天花は、もしかしたら。
でも、生きているかもしれない。
期待半分絶望半分に、仁は弟の言葉に答えた。
「・・・大丈夫・・生きてるよ、絶対。おうちに、また帰ってきてくれる」
仁の自分自身にも言い聞かせているかのような表情や言葉を知ってか知らずか、三蔵はこくり、と力強く頷いた。
走って、走って、希望だと信じていた。
また、帰れると思った。
また、今は、恐怖から解放されると。
信じていた---------
「・・・・っ、え?」
それは、幻覚だった。
竜手が、母であったであろう物を掴んで立っていた--------
仁は目を見開き、三蔵は目の前の現状に絶望した。
月明かりの逆光で、竜手の表情はよく見えない。
三蔵ががたがたと震えだす。
月明かりが、とてもとてもきれいで。
幻想的で、現実世界から切り離されたような。
まるで、夢であるかのような静かな夜だった。
竜手はゆっくり、三蔵の首を掴んだ。
仁は思考を必死で巡らせる。
このままでは、自分も、三蔵も、全滅してしまう。
だが、もうどうにもーーー
そうこうしているうちに、三蔵が悲鳴を上げた。竜手の手には、血だらけの肉塊があった。
三蔵は片目を抑え、手の隙間から血が流れ出ていた。
竜手は満足そうに笑った。
[一つ。]
そう頭の中に声が響く。
仁は、やがてふっきれたような顔で笑った。そして、激痛と恐怖に苦しむ三蔵に耳を保護するように指示した。
仁は、ゆっくり息を吸いながら昔母に習った、「幽霊」の対処方法を思い出していた。
《いい?仁。もしもの事があった時はーーーー
ゆっくり息を吸って、今まであった悲しかった事、苦しかった事、腹立たしかった事を思い出して、全部叫びながら吐き出しなさい。》
力の限り、叫んだ。目の前の竜手にむかって。
母を殺した元凶に向かってーーーーーーーーーーーーーー
竜手は驚いたような顔をし、三蔵から手を離した。
その隙に三蔵の手を引き、走り出す。
もう、限界だった。
恐怖による胸の高鳴りと、疲労感。
でも、走るしか生き抜ける方法はない。
三蔵は必死に目を手で抑えている。
(怖い)
三蔵は改めて身震いした。
耐えきれない痛み。恐怖。
何をしても叶わないだろうという、
絶望感ーーーーーーーーー
急に仁が、ぎゅ、と三蔵を抱きしめた。
三蔵は何が起こっているのか分からず、顔を上げる。痛みに喘いでいる間に何か、あったのかーーーーーー
だが仁によってそれは憚られ、三蔵は訳が分からず声を上げようとした時。
「ごめんねーー僕は、行かなきゃ。三蔵は、生きて、絶対」
耳元で泣きそうな声で仁が言った。
「なにーーーーーーー」
理解出来ず、仁の方向を向いた時。
ドン、という衝撃と共に、浮遊感が体を包む。
咄嗟に手を伸ばしたが、届かず。
最後に見た仁の表情は、満面の笑みだったが、泣きそうだった。
次に、ズザッ、という衝撃と共に、三蔵の身体は下まで転がってゆく。
土がクッションとなり、痛みは思ったより少なかった。
やがて衝撃は止まり、三蔵はゆっくりと起き上がる。
「・・・・仁?」
ぽつり、と三蔵が呟く。
だが返ってきたのは静寂で、三蔵はじっとしていた。
やがて諦めたように立ち上がり、三蔵は震える足で歩き出す。
もう、どうでもよかった。
夢じゃない。
仁はいない。
何も、考えたくなかった。
だが無情にも、母を喰った鬼畜生は、ゆっくりと三蔵に近づいて来た。
恐らく仁の物である、手をくわえながら。
(・・・・あ、)
三蔵はゆっくり目を瞑った。
泣きながら、せめて、痛くないようにと。
ーーーーだが。
「あきらめるな!!」
目の前を強い光が覆った。三蔵が目をこらすと、そこには和服を着た女が立っていた。
女はすぐさま懐から刀を出す。
「・・・あれほど盛況を迎えた神ももう手にはおえぬ鬼になった。もはや神ではない。妖だ。・・人間に参拝されなくなった、哀しき神の末路じゃな。
・・さらばだ。あの世で合間見えん。」
女はそう言うと懐から刀を出した。
竜手は敵と認めたのか、女に向かう。
三蔵が目を瞑った瞬間、
物凄い断末魔と共に、さらに強い光が溢れた。
最後に三蔵がみたもの、それは女がゆっくりとこちらへ体を向ける姿だった。




