サキばあ
時刻は深夜。六尾村隣村・頭狼村。
三本杉の近くの家。そこに老婆・サキの家はあった。
深い霧で覆われた家の戸口を、三蔵は三回叩いた。
やがてがたがた、と音がして、自分より背の低い戸が開いた。
腰の曲がった、赤い半纏を着た老婆がゆっくりと顔を上げ、視線を三蔵と合わす。
そしてにたり、と笑い、老人特有の少しがらがらな声で三蔵か、と呟いた。
「ひさしぶりだね。相変わらず長い髪じゃ。」
老婆、サキは三蔵の長く白い髪を見て満足そうに目を細めた。
「・・・サキばあが切るなっつったんだぜ。」
三蔵はふう、と溜息をつく。だが満更だもなさそう呟いた。
「いや、それでええ。ほら、お上がり。寒かったろう。」
サキが背を向け、杖をつきながらゆっくりと歩いていった。
その後ろを、三蔵はかかんで敷居を跨ぎ、ついていった。
(・・・相変わらず、でかい家だ。)
サキはあまり自分の素性を明かさない。
だから、サキが何歳なのかを知らないし、だがサキは見た目の計算に合わないような数多くの古い知識をまるで体験したかのように知っている。
三蔵が知っているのはサキがたくさんの知識を持っている事、この広い屋敷にたった一人で住んでいる事だ。
茶の間に通された三蔵は、遠慮なく座布団に座り、あぐらをかく。
行灯には火が灯されており、ゆらゆらとゆらめいていた。
この村はどういうわけか、昼夜の寒暖差が激しい。
だから夏でも夜は上着が必要だった。
やがて襖がすーっと開き、サキが盆に茶と茶菓子を載せてきた。
湯気がたっている茶を、三蔵はふーっと生きを吹きかけ、少し冷まして飲んだ。
「懐かしいね。」
ぽつり、とサキが呟く。その言葉に三蔵は怪訝そうな表情を浮かべた。
三蔵に答えるかのようにサキは言葉を紡いだ。
「あんたが、血みどろになって泣きながらここに駆け込んできて、約30年さ。丁度今の季節だった。」
その言葉に三蔵はああ、と呟いた。
「・・・仁は、助けられなかったけどね。」
そう呟いて、サキは三蔵の後ろに目を向ける。
仁が、困ったように笑っていた。
サキは茶を啜り、仁に微笑む。
「・・・・こうして会えてるんだ。贅沢はよそう。」
三蔵はゆっくりと、その言葉に目を閉じた。