アタリとハズレ
「三蔵。」
短く呼ぶ老婆の声に、三蔵は意識を覚醒させた。目の前では老婆が静かな瞳で三蔵を見据えていた。三蔵は息をゆっくりと吐き、懐から資料を取り出す。
「六尾の話だ。たしか、六尾で七年前、奇祭で女が死んだな。そいつの名前、分かるか。」
三蔵の言葉にサキは目を細める。
黒曜の瞳が、三蔵から視線を外し、サキはゆっくりと立ち上がった。行灯から蝋燭に灯を移し、すぅ、と小気味の良い音を立てて襖を開け、サキは奥の部屋へ入って行った。
やがて白い紙束が紐綴じられた本を抱え、暗闇から現れた。
ぺらり、ぺらり、と音を立てて、サキは紙をめくってゆく。
三蔵はゆっくりと茶を飲んでいた。
やがてサキは目的の頁を見つけたのか、顔を上げた。
「七年前に死んだのは、昼神 旭。まだ10になったばっかの時だ。かわいそうに。家柄があまり良くなく、生贄にうってつけだったんだろう。昼神旭の幼馴染が二人居たらしいが、その幼馴染以外誰も反対せず決行されたらしいよ。」
老婆はがらがらの声でそうゆっくりと告げた。三蔵は今入ってきた情報に、目を見開く。
「・・・・幼馴染の名前、分かるか。」
老婆はゆっくりと頷き、視線を本に戻した。
「夜崎 桂と、夕野 茜。二人とも昼神旭と同い年だ。」
サキの言葉に、三蔵はゆっくりと唇に弧を描く。
「・・・ビンゴ。」
その言葉に何故かサキはふ、と笑った。
* * * *
敵を欺くには味方から、とはよく言った物だ。
事実、桂は落ち着かせる為とはいえ、茜に神子降ろしから逃れる事を告げたことを少しだけ後悔していた。
あれから、いつもなら桂が傷つけられると取り乱す茜が少しそわそわしている物の平穏であることを大人達は不思議に思ったのだろう。牛や豚などの目を少し手を加え、代替すればいいと考えていた桂に、厳しい監視の目と、実質上の農場などへの出入り禁止令が成された。
この分だと茜にも監視はついているだろう。桂は軽く溜息をつき、白い天井を見上げる。こうなると、限られた材料の中でどうにか回避するしかない。
(これから、生きづらくなるだろうな)
桂は必要以上に人と接しない。それが仇となったか、家の状態か、よくあらぬ噂を立てられていた。だがそれでも優しく声をかけてくれる大人は居た。
それも、今日までだ。この村の人間は、生贄に人間と同じ扱いをしない。
情が残ると辛くなる故か、祟られる、と忌み嫌われている仕事故か。おそらく、桂はこれから本気で自分の力で歩かなければならない。情報も当然、入らない。
(・・・・・面倒だな)
いっそ、村から出ようか。
いや、まだだ。まだ行けない。
一人の少女が脳裏に浮かんだ。
複雑な心境に、桂はもう一度溜息を吐き、布団へ顔を埋めた。




