プロローグ
一節「ある大学生」
二〇二五年一二月三十日。午後一二時四二分。
――旧帝国大学中央広場。
広場の中心に、何故だか置いてある学習机。そこに座っている。
戦いの最中、机の上にあるスマートフォンから呼び出し音が鳴り響く。
画面には『緊急速報!』という文字が現れ、続いて学内地図――。
地図には大学生側、日本警察側、両勢力の進捗情報が表示されている。
一頻りそれを眺めた後に、女性の声が耳に流れる。
情報学部長からの報告だ。
「情報学部棟より、全学部長へ……」
「十二時四二分。警察、東西両門のバリケードを突破! 左右から一気に来るよ!」
十二時四十二分……。突入開始から、約五時間。
意外と時間が掛かったな――いや、時間を掛けたのか。
しかしながら警察は馬鹿だ。時間差での三方向による挟撃など、意味が無いだろう。今回の場合は特に、だ。
短期決着ならそれで良いだろうが――こいつ等は、今日の晩飯の時間までに帰れるとでも思っているのだろうか。
あの東大安田講堂事件から何も学んではいない様だ。警察は建物を攻略する『城攻め』には驚くほど無知――と進言されたのにも関わらず、未だ、こんな戦略しか立てられないとは。
スマートフォンの画面から目を離して、中央広場を見渡してみる。
目の前、二〇〇名余りの大学生と、次々に沸いて出る警察機動隊が衝突している。
悲痛の声が轟く時もあれば、怒号が飛び交う時もある。
――かつての平和な日本では、絶対にあり得ない光景。
日本でも有数の 『頭の良い』 大学生達が、スタンロッドを振り回し、機動隊員の意識を叩き落としている。
一方、機動隊員に警棒で全身を叩かれ、大学生が取り押さえられている。まるで戦争。
――絶対に見たことが無い光景。
この光景を作った張本人が言うのもおかしな話だが、全くもって酷い光景だ。
あまりの酷さに机に突伏す。ひんやりとした感覚が頬に伝わってくる。
正面では惨劇が起きているのにも関わらず、大学の広場には到底似つかわしくない、それこそ、小学校、中学校、高校でしか見ない、生徒達が毎日勉強に明け暮れている、あの『よくある机と椅子』に突伏し目を閉じる。
気がつけば、その机を中心として円を描く様に、ライオットシールドを構えた何十名もの機動隊員に取り囲まれていた。
その中の、一人の機動隊員が少し前へ出る。
「――こんな所に居たのか」
「――指揮官で間違いないな? 無駄な抵抗は止めて投降しろ。総理大臣は何処だ!」
馬鹿みたいに大きな声を上げる。
その言葉……全く心に響かない――。
教えるわけがないだろう。
「おい! 聞いてるのか!」
突伏す態勢を崩さない若者の姿に、怒りの感情でも抱いたのか、その機動隊員が詰め寄ってくる。
……その瞬間、机の上のスマートフォンから呼び出し音が鳴り響く。
起き上がって、携帯を確認する。
こちらの動きを見て、詰め寄る機動隊員の足が止まった。
周囲を囲む機動隊員達も、ぐっと腰を沈め、ライオットシールドを深く構える。
情報学部長の声。
「情報学部棟より全学部長へ……」
「機動隊が工学部棟及び社会学部棟に到達。数、共におよそ七〇〇――」
「両学部棟は催涙ガス筒発射器を所持する機動隊員に注意して! 以上」
暫くして、 『了解! こっちはまかせろ』 という声が流れた。
「――あとこれは革命部長に向けて」
「催涙剤をバンバンに載せたヘリが、この大学に向かってるよ。到達予想時間は――えっと、多分十五分後くらい――かな?」
「恐らく、ドルアーガにばら撒くつもりよ。そこしか考えられない――ていうか正門突入前にやれよって話だけど、多分ここまで苦戦するとは、あいつ等も思ってなか――」
来た!
その情報を聞き終わる前に、椅子に座ったまま、全力で机を前に蹴り飛ばす。
……遊びはもう終わりという訳か――しかし俺達も、ここからは本気だ。
机は轟音と共に恐ろしい勢いで飛び、前方に居た機動隊員に激突した。
呻き声と共に数名の機動隊員が後ろに吹き飛ぶ。ライオットシールドが無ければ、怪我をしたどころの話では済まないだろう。
周囲を囲む機動隊員は、吹き飛ぶ隊員の行方を暫く目で追った後、信じられないという目をしてこちらに視線を戻した。
「……やっぱすげーな。スーツの威力は」
着ているパーカーの下、スーパースーツを見ながら、何処かで聞いた事がある様な台詞を吐く。
自然と笑いが零れる。
一呼吸置いた後、右手にあるスマートフォンを操作し――それを耳に。機動隊員はその一連の流れを見ているだけで、報復には来ない。明らかに、たった一人の大学生に恐怖を感じている。
「――革命部長より、法学部長へ」
暫く経ってから、
「――はい、法学部長。なんだ、この、忙しい、時、に!」
と流れた。一言話すごとに、拳で何かを殴打する音が聞こえてくる。
「あと十分後にヘリが来る。お前の力を見せてやれ」
「らしいな! でもマジで、来る、んか? 遅すぎじゃね?」
「大マジだ。頼んだぞ」
「ふぅ。わかった。任しとけ! 俺のホバーブーツ君の威力を見しちゃる!」
指示は出した。
スマートフォンをポケットに戻す。
おっと、思い出した――。
周囲を囲む機動隊員達に目を向ける――ライオットシールドが小刻みに揺れている。
ライオットシールドの揺れが――描かれている 『POLICE』 という文字に哀愁を与える。
目の前の大学生に対する――恐怖。
何をそんなに怖がっているんだ。怖がる必要は無いだろう。お前等が常日頃から、馬鹿にして、笑って、蔑んで来た 『やる気の無い今時の若者』 相手に。
椅子の脚部分を掴み、頭上に大きく構えてみせる。
「さあ、やろうか」