そんな僕らの日常1
「あらすじ」
超能力や超科学が少し身近になった世界。非能力者の少年、渡辺秀綱は幼馴染であり友人である姫路秋来に誘われる様にして、国内有数の能力者養成機関、アカデミーの一つである私立月見里学園へと入学する。
【回想・夕方の公園】
長い黒髪を持った少女と、気弱そうな少年、色素の薄い髪をした少年が並んで座っている。三人の内の一人が、唐突に口を開く。
「ねえ、約束しよう?大人になっても、ずっとずっと友達だって」
「そんなの、当たり前でしょ。約束するまでもないわ」
「まあまあ。でも、それじゃあ、約束しようか。大人になっても、ずっと友達」
この世界には、超能力というものがある。
色々なものを自在に動かす事が出来る「サイキッカー」
特定のものを作り出す事が出来、それを操る事が出来る「クリエイター」
自分自身や、特定の条件下で対象を変化させる事が出来る「トランサー」
人間の体や精神に作用して影響を及ぼす事が出来る「エスパー」
それらのどれにも属さない「アンノウン」
能力者養成機関「アカデミー」では、これらの能力者を研究・養成している。アカデミーごとに、特に力を入れている能力は違う。
オレが所属しているアカデミー、私立月見里学園には、特に能力の分類にとらわれずに様々な能力者が所属している。
とはいえ、オレ自身は能力者ではない。学園には、非能力者も所属しているのだ。アカデミーでは、非能力者を能力者へと変える研究もしているからである。それはカリキュラムと呼ばれ、学園に所属している能力者の内7割以上はそうしたカリキュラムを受けて能力を得たものであるらしい。
では、オレはカリキュラムを受けているのか、と聞かれればそれはノーだ。オレがこの学園に入った理由は、家から近い場所にある事と、何時の間にか疎遠になっていた幼馴染が通っているからだからだ。それを知ったのは、もう一人の幼馴染に誘われたからで、そうでなければ別に受験しようとは思わなかったかもしれない。
まあ、とにかく、オレは、非能力者として、能力者養成施設アカデミーの一つ、私立月見里学園に通っている。
【街路】
色素が薄めのサラサラの短髪をした少年が道を走っていく。その頭には幾つかのバッジのつけられたキャスケット。学園の制服をだらしなくない程度に着崩してきている。たすき掛けにした鞄にはノートと筆記用具が入っている。靴はよく見かける様なメイカーのスニーカーだ。少年の名前は渡辺秀綱。私立月見里学園の高等部一年生だ。
秀綱「これ、遅刻コースか…?」
秀綱は腕時計に目をやって呟く。後ろから追いかけてきた少年が息も絶え絶えに呼びかける。
秋来「秀綱、ちょっと待ってよー…」
肩につかない程度の長さの髪の、気弱そうな少年だ。生真面目でも不真面目でもなく、普通に制服を身につけ、教科書のつまった学生鞄を持っている。靴は普通のローファーだ。彼の名前は姫路秋来。秀綱の幼馴染で、彼と同じく私立月見里学園の高等部一年生である。
秀綱は振り返りながらも足は緩めずに言う。
秀綱「待ってたら新学期早々に遅刻するかもしれないだろ。ほら、急ぐぞ」
秋来「無理~」
秀綱「じゃあ、置いてくぞ」
秋来「え、置いていかないでよー」
秀綱「じゃあ、走れ」
秋来「うう、秀綱の鬼…」
秋来は文句を言いながらも足を動かす。秀綱はそれを見て前に向き直り、人にぶつかりそうになって慌てて立ち止まった。そこに後ろから来た秋来が止まれずに激突して、秀綱は前に倒れ込み、前にいた少女にぶつかる。
秀綱「痛た…」
少女「えっと…」
秀綱「あ、ご、ごめん」
少女を押し倒す様な形になっていた事に気が付き、秀綱は慌てて立ち上がろうとする。だが、体が重くて立ち上がれない。
秀綱「…って、秋来、さっさと起きろよ」
秋来「ゴ、ゴメン…」
慌てて秋来がどくと、秀綱も立ち上がり、少女に手を差し出した。少女は小さくお礼を言って秀綱の手をとって立ち上がる。長い髪を一部分リボンで縛っていて、秀綱たちと同じく月見里学園の制服を着た少女だ。
少女「…って、このままだと遅刻なんだった!あなたたちも急いだ方がいいと思うよ。それじゃあね!」
少女が慌ただしく走っていくのを呆気に取られて見送った秀綱は、ふと腕時計に目をやり、自分も秋来の手を引っ張って走りだした。
秋来「秀綱?!」
秀綱「遅刻するって言ってんだろ?!」
【学園・教室】
二人が教室に来た時、既に朝のSTは終わっていて、クラスメートは皆それぞれに一時限目の準備をしていた。秀綱は小さくため息をついて自分の席に向かう。幸い、一時限目は移動教室ではない為、教科書さえ用意すればいい。
秀綱がロッカーから一時限目で使う教科書を取り出して席に戻ってくると、前の席で既に鞄から教科書を取り出し終わっていた秋来が秀綱に話しかける。
秋来「今朝見た子、なんかちょっと一姫ちゃんに似てたね」
秀綱「似てた、か…?一姫は、何ていうか…もっと凶暴な感じだろ」
秋来「そうだっけ…?」
一姫とは二人の共通の幼馴染の名前だ。中学に入った時に学校を別れて、それ以来疎遠になっている。最後に会った時からそう変わっていないと仮定すれば、長い黒髪に、あまり背の高くない、それでも態度の大きな少女になっているだろう、と秀綱は思っている。
秋来がのほほん、と笑みを浮かべるのを見て、秀綱は少し呆れた様な顔をする。
秀綱「お前、よく一姫に泣かされてたじゃん」
秋来「え、そ、そんな事無い…よ?」
秀綱「あるよ。お前ぴーぴー泣いてたもん」
秋来「え、そ、そうだっけ…」
うーん、と考え込む秋来を見て、秀綱は、それは幼稚園の時の話だけどな、と呟く。小学校の時は、寧ろ他の子に泣かされそうになった所を秀綱と一姫で止めていたものだ。そのくせ、秋来はよく厄介事に巻き込まれているので、秀綱は秋来のフォローに回る事が多くなった。御蔭で、誰かの世話を焼いてしまうのは、彼にとって一つのくせの様なものになっている。
秀綱「あ、先生来たぞ」
秋来「本当だ」
昼休み、自分の机を秀綱の机にくっつけて購買で買ってきた昼食のメロンパンを食べていた秋来が、ふと思い出した、という様に秀綱に問いかける。
秋来「そういえば、一姫ちゃんってどうしてるんだろうね」
秀綱「さあな。近くの教室にはいなかったし…ていうか、あいつ持ち上がり組だろ?中学から此処なら」
秀綱も購買で買ったあんぱんを食べながら答える。
月見里学園は初等部から大学部まであり、各一年生は持ち上がり組と受験組は別々のクラスになる。つまり、受験組である秀綱たちは、一年の内は一姫と同じクラスにはならないのである。
秋来「授業も、持ち上がり組と受験組は一緒にならないもんねー…」
秋来が残念そうな顔をするので、秀綱は苦笑を浮かべた。
秀綱「同じ学校に通ってるんだ、その内ばったり会う事もあるんじゃないか?」
秋来「だと、いいなぁ」
【学園廊下】
掃除の時間、ゴミを捨てようとゴミ袋を持って教室から出た秀綱は、同じく隣の教室からゴミ袋を持って出てきた少女と目があった。
少女「あ」
秀綱「お」
それは、朝遭遇した少女だった。少女は照れた様な笑みを浮かべ、秀綱に呼び掛ける。
少女「今朝の…あなたは遅刻しなかった?」
秀綱「いや、残念ながら遅刻した。君は?」
少女「私は、ぎりぎりで遅刻だったよ。もう、後ちょっと、って感じ?」
私、出席番号早いから、と少女は苦笑する。
秀綱「へえ。オレは出席番号遅いけど遅刻だったよ」
秀綱も苦笑する。そして、話はゴミを運びながらにしよう、といって歩きだした。
少女は七種有羽と名乗った。秀綱が名乗り返すと、有羽は戦国武将みたいな名前だね、と笑った。
秀綱「まあ、否定はしないけど…七種もちょっと変わった名前だよな」
有羽「私も、否定はしないかな。よくユウちゃん、って呼ばれるし」
秀綱「あー、そう読めるもんな」
有羽「うん。私も、そう呼ばれる方が好きだし」
そういえば、と有羽は秀綱に問いかける。
有羽「渡辺君って能力者なの?」
秀綱「いや、オレは非能力者。此処に来たのは、知り合いが通ってるから、ってとこかな」
有羽「へー。じゃあ、私とおんなじようなものだ」
秀綱「へえ。七種、誰かを追いかけてきたの?」
有羽「うん。私、馬鹿だから3年かかっちゃった」
有羽はそういって苦笑いをする。秀綱は小さく口元に笑みを浮かべて返す。
秀綱「いいんじゃないか?それだけ真剣に努力したって事だろ」
有羽「そう、かな」
秀綱「ああ。…ちなみに、どんな相手?」
有羽「先輩。昔、助けてもらったの。…名前も、知らないんだけどね」
夢見る様な表情でそう言った後、苦笑した有羽を見て、秀綱はその相手に恋をしているのかな、と思った。
秀綱「ふーん…会えるといいな」
有羽「うん」
【学園・教室】
秀綱が教室に変えると、自分の担当場所の掃除が終わって教室に戻ってきていた秋来が秀綱に問いかける。
秋来「あ、秀綱。あのさ、そういえば秀綱は部活動するか決めてる?」
秀綱「え?部活?んー…何処か、文化系の部活に入ろうと思ってるけど。…まさか、まだ迷ってるのか?」
秀綱が半目になって問いかけると、秋来はそっと目を逸らした。
秋来「いや、だって僕不器用だし、運動神経ないし」
秀綱「…まあ、自分が楽しめそうなやつをやればいいんじゃねぇの。何なら、委員会に所属するって手もあるみたいだし」
月見里学園では、皆部活動か委員会のどちらかに所属しなければいけない事になっている。但し、カリキュラムを受ける場合は、それが部活動扱いになる為、どちらにも所属しなくてもいい事になっている。
秋来「…だよねぇ」
秀綱「…まあ、まだ一応部活見学は出来るんだし、見学に行こうぜ。…ああ、でも」
秋来「?」
秀綱「オレが入るからお前も、ってのはナシな」
秋来「う、はい…」
【街道】
秀綱と秋来は並んで歩いていた。がっくりと肩を落とす秋来を、秀綱は呆れた顔をして見ている。
秀綱「アレだけ惨敗だと、いっそ見事だよな…」
秀綱は秋来の今日の部活動見学の顛末を思い出す。茶華部では足が痺れて転び、吹奏楽部では音を外すどころか音を出す事も出来ず、科学部では謎の爆発を起こし、美術部ではとりあえず絵は得意ではないという事が判明した。ちなみに秀綱自身は何事もそこそこにこなしていた。
秀綱「お前、明日は一人で回れよ」
秋来「えー…」
秀綱「オレはもう何処に入るか決めたから」
秋来「え、何処に?」
秀綱「何で言わなきゃなんねえんだよ…」
秋来「あ、ゴ、ゴメン…」
秀綱は何でそこで謝る…と思いつつ、小さくため息をつく。
秀綱「美術部。先輩もいい人たちっぽいしな」
秀綱は秋来の"芸術作品"を見てのほほんと笑っていた先輩たちを思い出しながら言う。
秋来「…僕も「オレが入るから、はナシって言っただろ」うう…」
秀綱「お前さあ、ちょっとは一人で頑張ろうと思えよ」
秀綱は呆れたように言う。秋来はへにょり、と眉を下げた。
秋来「頑張ろうとは、思ってるよ?」
秀綱「じゃあ、行動に移せ」
秋来「…ハイ」
【学園・教室】
次の日、黒板には、「本日身体測定」と書いてある。教室では男子生徒が学校指定の体操服に着替えている。ちなみに女子生徒は更衣室で着替える事になっている。
秋来「身長、伸びてるかなあ…」
秀綱「お前、そもそも前に計った時何cmだったか覚えてるのかよ」
秋来「あー、ええと…何cmだっけ…」
本気で考え込み始める秋来をしり目に、秀綱は自分の制服をきちんとたたむ。身体測定のデータは先生達の方でコンピューターに保存するらしいので、筆記用具などは必要ない。
秀綱「いつまで考え込んでるんだよ。置いてくぞ?」
秋来「あ、待ってよ」
【体育館】
先生による説明を聞いた後、皆散り散りになって身体測定に向かう。今日測る項目は、身長、座高、体重、視力、聴力、それに能力の有無とその種類だ。能力の有無なんて項目があるのは、時々、能力を持っていてもそれに無自覚な人がいるからであるらしい。
秋来「何処から回る?」
秀綱「んー…空いてるとこから行こうか。取り敢えず…座高?」
秋来「座高って、あんま高すぎない方がいいのかなあ」
秀綱「どうだろうな。座高が高い程足が短いって事だろ?」
秋来「…僕、足短いかな」
秀綱「オレに聞くな」
体重測定の列に並んでいる所で、秀綱は知り合いの顔を見かけて声をかけた。
秀綱「七種じゃん。どうした?暗い顔して」
有羽「え、あ、渡辺君。…そんなの、聞かないでよ」
秀綱「え、あ…ごめん」
恐らく、体重が思ったよりも多かったとかそういう事だろうと思い至り、秀綱は謝った。有羽は小さく頬を膨らませる。
有羽「女の子にそういう話をするのはタブーなんだからね」
秀綱「あはは…悪い」
有羽「…。そういえば、渡辺君は後何が残ってるの?」
秀綱「これと、後…能力かな」
有羽「能力か…私は、もう終わったよ。非能力者だった」
有羽は曖昧な笑みを浮かべる。秀綱は、有羽は能力者になりたいのかな、と思った。
秀綱「ふうん…まあ、オレも多分非能力者だけどな」
秋来「秀綱、前に行かないと」
秀綱「あ、わり。って事で」
有羽「うん。能力の事、一応後で聞かせてね」
秀綱「おう」
有羽が去っていくと、秋来が秀綱に問いかける。
秋来「知り合い?」
秀綱「知り合い。…ていうか、お前もあったことあんだろ…」
秋来が疑問符を浮かべるので、秀綱は小さくため息をつく。
秀綱「昨日の朝」
秋来「…ああ、あの子」
秋来が思い出した、という様に手を打つと、秀綱はやれやれ、と頭を振った。
能力の測定は、特殊な機械で行う。ゴーグルのように目元を覆うスコープのついたヘルメットの様なものを被り、安静状態で脳波を調べる事で分かる…らしい。
秀綱「(…といっても、オレに能力何てないんだろうけど)」
念力やテレポートが使えた事なんてないし、透視も読心も、発火もした事はない。オレの測定結果は、予想通り、非能力者だった。
秋来「えっ」
秀綱「…どうした?秋来」
秋来「えっと、なんか、僕、能力者なんだって」
【学園・教室】
身体測定で能力者と判明した生徒は、午後の授業の時間も使ってその能力についてのデータを調べる事になっていた。その為、午後の授業の時間は自習になる。
秀綱がぼうっと考え事をしていると後ろの席の生徒が秀綱に話しかけてきた。(余談だが、新学期始まって早々に席替えがあった為、席順は出席番号順ではない)
「前の席の奴、能力者だったんだな」
秀綱「…みたいだな」
誰だっけ、と思いながらも口に出さず、秀綱は答える。何となく、憂鬱な気分だった。その理由が、自分でもよくわからない事が余計に憂鬱だった。
「バカっぽい奴だったけど、能力者って、頭いい奴ばっかってわけでもないんだな」
秀綱「…そうかもな」
秋来以外にも身体測定で能力者だと判明した生徒がいるのか、空席が幾つかある。
「だけど、自覚がなかったってんならきっと、たいして役に立たない様なしょっぼい能力」
秀綱はその言葉を遮るように音を立てて立ち上がる。少年が驚いた顔で秀綱を見るが、意図的に無視する。
「おい、今授業中だぞ?」
秀綱「自習だろ?図書室に本を借りに行ってくる」
秀綱はそういうとさっさと教室から出ていった。秀綱が大きな音を立てたので視線が集まってきていたが、その唖然とした視線を秀綱はやはり無視をした。
【学園廊下】
学園には図書室が二つある。ライトユーザー向けの第一図書室と、学術書や専門書の集められた第二図書室だ。特に、第二図書室は貴重な本もあるとかで、司書が常駐している。秀綱が向かったのは第一図書室だった。
秀綱「…バカみたいだ」
歩きながら、秀綱は自嘲するように呟く。そして、階段の踊り場まで来た所で、壁に頭をつけて立ち止まった。
秀綱「アイツが能力者だったから、何だって言うんだ?アイツがアイツだってことには違いないだろう?」
自分に言い聞かせるように秀綱は呟く。憂鬱な気分の理由に気付いたが、自分がそんな気持ちを持っていた事がショックだった。
秀綱「友達を見下していたなんて、最低だ…」
「どうした?」
秀綱「!」
背後から声をかけられて、秀綱は驚いて振り返る。そこには筋肉のしっかりついた長身の強面の少年が立っていた。恐らく、先輩だろう。微かに眉根を寄せている。
「確か、今は授業中の筈だが…」
秀綱「あ、えっと、今、自習なんです。だから、図書室に本を借りに行こうと思って…」
「そうか。壁に凭れかかっているから、気分が悪いのかと思ったが…」
秀綱「いえ、そういうのは、全然ないんで、大丈夫です」
「そうか。ならよかった」
少年はうっすらと笑みを浮かべる。秀綱は、強面だけど優しい先輩なんだな、と思った。
「だが、自習とはいえ、授業中に校舎をうろつくのはあまり感心しないな。早々に用事を済ませて教室に戻る事だ」
秀綱「え、あ、はい」
…この人、先生じゃないよな?と秀綱は思ったが、口には出さなかった。
【学園・教室】
秀綱が適当に本を借りて教室に戻ってくると、能力について調べ終わったのか、ちらほら戻ってきている生徒がいて、非能力者だった生徒と話をしていたりしたが、秋来は戻ってきていなかった。
秀綱が席について本を机の上に置くと、後ろの席の生徒が再び秀綱に話しかけてきた。
「…あのさ」
秀綱「ん?」
「オレ、何か悪い事言っちまったのか?だとしたらごめんな」
秀綱が目を丸くしていると、少年は気まずそうに頭をかいた。
「オレ、よく配慮が足りないって言われるんだ。もっと、相手の事考えろ、って。だからさ…」
秀綱は、彼は秀綱が席を立ったのは、彼の言葉に秀綱が腹を立てたからだと思っている事に気がついた。それは必ずしも間違いという訳ではないが、それが全てという訳でもない。だから、秀綱は苦笑をして口を開く。
秀綱「いや、オレもちょっといらいらしちゃってさ。だから、そんな気にしなくてもいいよ」
人の悪口になる様な事を言うのは止めた方がいいと思うけど、と秀綱は付け加える。少年は安心したように笑う。秀綱は、早い所彼の名前を思い出さなきゃいけないな、と思っていた。
秋来「アンノウンなんだって」
秀綱「…は?」
戻ってくるなり秀綱にそう言った秋来に、秀綱は胡乱な表情を向けた。それで自分の言葉が説明不足過ぎる事に気がついたのか、秋来は慌てたように付け加える。
秋来「僕の能力。サイキッカーでも、クリエイターでも、エスパーでも、トランサーでもないんだって。だから、よくわからないんだって」
秀綱「ふーん…」
秋来「ふーん、ってなんだよ」
む、と頬を膨らませる秋来に、秀綱は苦笑する。
秀綱「いや、なんだよって言われたって、反応のしようがないだろうよ…」
秋来「む―…。あ、後ね」
秋来はふと気がついた、という様にそう言って、曖昧な笑みを浮かべる。
秋来「僕のミッシングは恐怖心なんだって」
秀綱「…ミッシング?」
秀綱がいぶかしげな顔をして秋来に聞き返すと、秋来は肩をすくめた。
秋来「能力の対価に失ったもの」
秀綱は、それを聞いて、すとん、と何かが腑に落ちた気がした。何故、秋来がいつものんきに笑っているのか。不良に絡まれてもマイペースを貫けるのか。脅す様な事を言われたって、怖がったりしないのか。平気で危ない事をするのか。怖いと思う事がないのなら、それはおかしくもなんともない。
秀綱「…つまり、お前は何にも怖くない、って事だよな」
秀綱は笑おうとしたが、何故だか笑えなかった。表情の強張った秀綱を、秋来は不思議そうに見る。秀綱は無理矢理口元に笑みを浮かべる。
秀綱「似あわねーの」
秋来「うっ…そりゃ、僕はそういうキャラじゃないけど…」
秀綱「まあ、何か…感情とかがないよりはいいんじゃねえの」
秀綱はそう言ってにやりと笑う。軽口が上滑りしている事には、気がつかないふりをした。
【美術室】
部活の時間になって、秀綱は美術室に来ていた。入部届けは朝の内に出したため、既に秀綱は美術部の一員として登録されている。美術部は特に人気がある部活という訳ではないのか、部員の人数はあまり多くない。だが、或いはだからこそ、か、癖の強い人間が揃っているのだという事に、あまり時間のたたない内から秀綱は気がついた。デジタル全盛期の時代に、敢えてアナログで芸術を表現しようという集団なのだから、ある意味では当然なのかもしれないが。(余談だが、デジタルで絵を描く部活もあり、こちらはCG部と呼ばれている)
「渡辺君は何か描きたいものはあるかい?」
先輩の一人にそう問いかけられて、秀綱は苦笑する。
秀綱「いえ、まだ特にはありません。でも、オレにしか描けないものが描けたらいいな、とは思います」
スケッチブックと鉛筆は購買で買う事が出来た。…というか、色鉛筆や絵の具なんかも売っていたので、その内また買いに行くかもしれないと思う。この学園の購買は、とにかく取り扱っている品の種類が多い。生鮮品などはほぼ取り扱っていないらしいが、一種のスーパーマーケットの様ですらある。
「そうか。その志があれば、君も素晴らしい絵を描く事が出来ると思うよ」
秀綱「そう…だと嬉しいです」
【学園・中庭】
取り敢えず、スケッチでもしてみよう、とスケッチブックと鉛筆だけ持って校内をうろついていた秀綱は、中庭に差し掛かったところで、聞き覚えのある声を聞いた。少し嫌な予感を感じながらも、声のした方へ向かう。
秀綱「…アイツ…」
秀綱はそう呟いて呆れた顔をする。視線の先では、秋来が何やら因縁をつけられていた。ただし、秋来には全くそれを気にした様子はなく、寧ろ面倒くさいな、という様な顔をしている事が秀綱にはわかった。…あまり親しくない相手には、怯えている様に見えるかもしれないが。
どうしようか、と秀綱は思う。これまでの経験からして、放っておいても秋来は大した怪我をせずにこの状況を乗り切るだろう。いつもそうなのだ。彼は度々特に大した理由もなく不良などに絡まれたりするが、それで大きな怪我を負った事はない。今回だって、きっと放っておいても大丈夫だろう。
――でも、何故大丈夫だと言いきれる?
相手は学園の生徒…恐らく、能力者である。近くに能力者養成施設があるから、といって、能力者に絡まれた事はなかった…はずだ。だとすれば、能力者を相手にして、無事で済むかどうかは、また別問題かもしれない。
秀綱「…でも、だからといって、オレにはどうしようもない」
秀綱は、能力者ではない。格闘や武術に優れている訳でもない、ただの一般生徒だ。横から出ていったって、一緒にボコられるだけなのではないだろうか。
秀綱が悩んでいると、横を一陣の風が通り過ぎて。それにつられて、秀綱の視線が動く。
「そこまでよ!」
凛とした声が響く。自信と怒気が滲み出ている、少女の声だ。その声の主を目にして、秀綱は目を丸くする。
秀綱「…一姫?」
風に揺れる、真っ直ぐの長い黒髪。背はあまり高くないし、貧乳だ。服装は文句なしの校則通りで、右腕に、腕章をつけている。少女の名前は斎藤一姫。秀綱のもう一人の幼馴染だった。
秋来と知らない生徒の間に仁王立ちした一姫は、秋来に因縁をつけていた生徒に、まっすぐ指を突きつけた。
一姫「他の生徒に対する迷惑行為は、校則違反です。直ちにやめなさい」
「はぁ?迷惑行為?何がだ?」
「オレたちはちょーっとお話してただけだよな。なあ?」
因縁をつけられていた相手(恐らく先輩)に話を振られた秋来は、んー…、と少し考えた後、平然と答える。
秋来「お話って言うか、先輩達が一方的に何か、えーっと…因縁?つけてきただけですけどね。迷惑って言えば迷惑です」
「なっ?!」
一姫「言質は取ったわよ。さあ、現行犯なんだからさっさと認めなさい」
「…てめえみたいなチビに従ってたまるかよ!」
その先輩は発火能力持ちだったのだろう。指先から噴き出した焔が一姫と秋来を包み込もうとする。だが、一姫は全く慌てず、ただ、一度、腕を横薙ぎに振るう。それだけで、大きな突風が巻き起こり、炎をかき消した。
一姫「その程度の火、私の「暴れまわる烈風」の敵じゃあないわ」
一姫はそう言ってない胸を張る。秀綱はこっそりと苦笑した。
秀綱「…変わってないなあ、一姫は」
寧ろ、能力を手に入れた分、さらに凶暴になっているんじゃないか、と秀綱は思う。元々少し手の早い方だったし、見た所、一姫の能力はサイキッカー系…名前からすると、風を操る能力の様だ。つまり、攻撃的な能力だ。下手をすると、手が出る代わりに能力が出るかもしれない。
秀綱がそんな事をつらつら考えている内に、一姫は能力で先輩二人を文字通り吹っ飛ばしてしまった。二人が壁に叩き付けられて気を失うのを見て、やり過ぎなんじゃなかろうかと秀綱は冷や汗を流す。
一姫「私は、チビじゃあないわ。斎藤一姫。この月見里学園の風紀委員長よ」
気絶した人間に堂々と名乗りを上げる一姫に、秋来が能天気に話しかける。
秋来「え、一姫ちゃん風紀委員長なの?本当に?」
一姫「何よ、私が嘘ついてると思う訳?」
秋来「そういう事じゃないけど」
一姫「じゃあ、どういう事よ」
秋来「ええと…うん、びっくり、みたいな?」
一姫「…アンタも似合わないって言うつもり?」
秋来「え、そ、そういう事じゃないけど」
放っておくと一姫が秋来に能力をぶちかましそうな雰囲気を感じ、秀綱は其処に乱入する。
秀綱「久しぶりだな、一姫。相変わらず、元気そうじゃん」
一姫「まあね。そういう秀綱も、相変わらず秋来の保護者が板についている様ですこと」
秀綱「保護者、って…」
一姫「影からそうっと見守って、ピンチになったら出てくるのは保護者でしょう?」
秀綱「何処の過保護な親だ、それは」
軽口を叩きながら、秀綱は苦笑する。さっきまで自分が臆していた事は、少なくとも秋来には見せないでおこうと思った。一姫にはもう見せてしまったのかもしれないけれど。
「その後の展開」
一姫に風紀委員会に誘われた秀綱はやんわりとそれを断る。
余所よりも能力者人口が多い学園で過ごすうち、秀綱は自分が能力を得ることについて考え始める。全く反対方向の能力を持った幼馴染二人を見ている秀綱は、能力を得る事が必ずしも良い事ではない事はわかっていた。例え、ミッシングがなかったとしても、能力を持つ事自体が良い結果になるとは限らないという事である。
それでも、能力者ではない自分が、能力者である彼らの事を理解する事は出来ないのではないか、と思ってしまった秀綱は、ひょんな事から知り合った、元・非能力者で、カリキュラムを受ける事で能力者になった先輩へ相談を持ちかける。