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しゅくせいっ1

「あらすじ」

 見えない君臨者の異名を持つ静粛委員会委員長、弓削当眞。無視無我の力学使いの異名を持つ副委員長、御酒草由貴。二人は"歪な変人"だが、誰よりも学園を愛していた。これはそんな二人の所属する私立月見里学園で巻き起こる事件と人間関係の群像劇である。





 "超能力"。普通の人間では持ちえない、超常的な現象を引き起こす力。

 2000年を数百年過ぎ、科学の発達は空想の代物と呼ばれていた能力者という存在を生みだす事に成功していた。

 物理的な力に寄らずに物体を動かす能力、"サイキッカー"。

 特定の物質を作り出す能力、"クリエイター"。

 自身や特定の物体を変化させる能力、"トランサー"。

 人の精神や肉体に影響を及ぼす能力、"エスパー"。

 さらに、そのどれにも分類する事のできない能力である"アンノウン"。

 これらの五つの能力分類に従って能力者は区別される。其々の持つ能力は、十人十色だが、そのいずれにも共通する事があった。能力者は、能力を得る事の代償に、何かを失う。ある者は、感情を。ある者は、体の感覚の一つを。ある者は、肉体の一部を。強力な能力を得る者ほど、その代償(ミッシング)は大きく、重い。

 だが、能力研究の第一人者、山梨子博士は言った。

「能力とは、才能の一つであり、神に与えられた贈り物(ギフト)である」



 能力者養成機関"アカデミー"の一つ、私立・月見里学園。およそ学生と呼ばれる年代の子供は何歳からでも入学する事が出来、下は3歳から、上は24歳まで、様々な年齢の子供が所属している。制服はあるが、私服で通うことも許されている。

 また、"アカデミー"では珍しく、非能力者の生徒も広く受け入れていて、希望者は非能力者を能力者へと変えるカリキュラムを受ける事が出来る。このカリキュラムは年齢に関係なく、カリキュラムを受け始めてからの時間でクラスが決まる為、様々な年齢の人間が同じ授業を受ける事になる。




【学園廊下】

 人に溢れた学園の廊下を、二人の人間が歩いていく。一人は若干強面の短髪に、長身の少年。体にしっかりと筋肉がついていて、校則通りに制服を着ているが、首元が少し寛げられている。もう一人は少し癖のある長髪をポニーテールにしている少女。少年は左腕、少女は右腕に揃いの腕章をしている。

 少年の名前は弓削当眞(ゆげとうま)。少女の名前は御酒草由貴(みきくさゆき)。学園の平和を守る事を役目とする、静粛委員会の委員長と副委員長である。

 弓削は大柄な少年で、御酒草も派手ではないが整った顔をしている為、目立つ組み合わせである筈なのだが、生徒たちは全く気にしている様子は無い。だが、二人の進む先は自然と人波がわかれ、道が作られていく。二人も、周りの人間たちもそれを不思議に思っている様子は無い。

 何の前触れなく、弓削が口を開く。

弓削「御酒草、お前もよくよくひまだな」

御酒草「お前ほどは無いぞ、弓削。そもそも、私は暇だからお前についていっている訳ではない」

弓削「そうなのか?」

御酒草「そうだ」

弓削「…そういえば、退屈は嫌いだと言っていたな」

御酒草「そういう事だ」

 二人とも表情を変えない。淡々と歩きながら会話を続ける。

弓削「この学園で、退屈する事など有り得んと思うのだが」

御酒草「自ら動けばな。避けようと思えば、平穏に暮らすことは不可能ではない」

弓削「まあ、それもそうかもしれないな」

御酒草「ああ」

 会話が止まる。だが、それを気まずいと思っている様子はどちらにもない。

 暫く歩いた後、御酒草が足を止める。

御酒草「…ん?」

弓削「どうした?御酒草」

御酒草「…強いベクトルを感じた」

弓削「何処だ?」

御酒草「あそこだ」

 御酒草が窓の外を指さす。弓削はそちらを見る。



【水飲み場】

 気弱そうな少年が、校則を破っていそうなだらしない服装をした数人の少年に囲まれている。気弱そうな少年に、他の少年たちが因縁をつけているようだ。

大柄な少年「弱い奴が強い奴に従うのは当然のことだよなぁ?」

気弱そうな少年「まあ、それはそうかもしれないですね」

大柄な少年「なら、どうするべきか、ちゃんとわかるよな?」

 大柄の少年の横の地面が半径1mほどえぐれている。それに目をやって、気弱そうな少年は小さくため息をついた。彼が面倒くさそうにしているのに気付かず、取り巻きの少年たちが続ける。

「大山田さんは、無能力者(ノーマル)にも干渉できる、凄腕のサイキッカーだからな。お前みたいな弱小能力者じゃ足元にも及ばないぜ?」

「大山田さんが其処の地面を殴る所をお前も見ただろう?逆らう奴は大山田さんの"大気操作(エアハンマー)"の餌食だぞ」

少年「…凄腕サイキッカー、か」

 少年が呆れた様な顔をしている事に気付き、大山田は訝しげな顔をする。

大山田「…何だ?何か文句でもあるのか?」

少年「"凄腕のサイキッカー"には心当たりがあって」

 少年がそう言った時、大山田の背後に、誰か強いプレッシャーを放つ存在が降り立つ。大山田とその取り巻きは、背後の存在が誰かわからず、確かめたいとは思うが、それと同時に背後の存在が誰なのか確かめてはならないという気持ちに襲われる。

少年「先輩を基準にしたら、他のサイキッカーなんて皆雑魚だって事はわかるんですけど、そうすると一般的な強さってどんなものなのか、って思うんですよね」

 大山田の後ろに立っていたのは、御酒草を腕に抱き抱えた弓削だった。弓削は御酒草を地面に下ろすと仁王立ちに立ち、口を開く。

弓削「校内の破壊は、校則違反だが」

 大山田達がぎこちない動きで振り返ると、少年が気軽な雰囲気で彼らを指さして言う。

少年「其処の穴ぼこを作ったのはその人です」

弓削「そうか」

 弓削が拳を合わせて指を鳴らす。

弓削「…お前達、この学園の平和を乱す者は」

 弓削は真剣な顔をして大山田達を見る。

弓削「我ら静粛委員会に粛清されると心得ろ」


少年「こんにちは、御酒草先輩。見回りですか?」

御酒草「こんにちは、姫路後輩。その通りです。中々強いベクトルを感じたんです」

 少年…姫路秋来(ひめじあきら)がにこやかにあいさつをすると、御酒草も同じようににこやかに返事を返す。御酒草の返事を受けて、姫路はふむ、と納得する。

姫路「…って事は、あの人の"大気操作(エアハンマー)"ってそこそこ強い能力なんですね」

御酒草「さて、ね。私も一応サイキッカーに分類される身ですけど…彼にはそれほど脅威は感じませんから」

 御酒草が小さく肩をすくめると、姫路は少し驚いたような顔をする。

姫路「え、そうなんですか?」

御酒草「はい。まあ、精々中の中、と言ったところでしょうね」

姫路「御酒草先輩、サイキッカーだったんですか?」

御酒草「…。そっちの話しだったんですか?姫路後輩」

 姫路がきょとんとした顔で返すと、御酒草は拍子が抜けた、という様な顔をした。姫路は頷いてまた口を開く。

姫路「僕、御酒草先輩はアンノウンだと思っていました。…でも、よく考えてみたら、先輩はサイキッカーですよね…」

御酒草「私の能力はベクトル操作能力ですからね。文句なしにサイキッカーです」

姫路「…じゃあ、御酒草先輩と、弓削先輩はどちらの方が強いんですか?」

御酒草「私と弓削同輩ですか?…さて、どうでしょうね」

弓削「呼んだか?」

弓削がひょい、と背後から顔を出す。流石に多対1を無傷で制すのは難しかったのか、幾らかすり傷をおい、ほこりっぽくなっている。弓削を見て、姫路は少し動揺し、御酒草は彼と同じように冷静に返す。

姫路「え、あ、えーと…」

御酒草「呼んではいない。私とお前のどちらが強いのか、と聞かれただけだ」

弓削「私とお前が、か。…お前が勝つのではないか?お前には私の能力は効くまい」

御酒草「私は迎撃専門だからな。引きわけが落ちではないか?」

弓削「…そうかもしれないな」

 御酒草と弓削を見比べて、姫路は少し困った様な顔をする。

姫路「怒らないんですか?」

弓削「何をだ?」

姫路「ええと…御酒草先輩と弓削先輩を比べた事です」

弓削「何故怒る必要がある?何かを判断するうえで、其々を比べるのは当然の事だろう」

姫路「あー…そうですね…」

 姫路が気まずそうに頬をかくと、弓削は不思議そうな顔をし、御酒草は首を傾げた。

弓削「…そういえば…、またお前か、姫路秋来。お前はよくよく面倒事に首を突っ込んでいるな」

姫路「いや、首を突っ込んでるんじゃなくて、巻き込まれているだけです。僕は自分から面倒事に関わろうとしている訳じゃありません」

弓削「そうなのか?」

姫路「そうです」

御酒草「確か、姫路後輩の能力はアンノウンでしたよね」

姫路「ええ、まあ。トラブル吸引体質が僕の能力らしいですから」

 姫路が小さくため息をつく。御酒草は首を傾げた。

弓削「…まあ、お前自身が問題を起こさない限り、私はお前の味方だ」

 弓削はそう言ってぽん、と姫路の肩に手を置いた。姫路は複雑そうな顔をする。

弓削「どうした?」

姫路「…それって、僕が面倒事に巻き込まれる前提の発言ですよね…」

弓削「…ああ、そういえばそうだな」

姫路「・・・」



【学園廊下】

「あ~、御酒草先輩みっけ~」

 御酒草に背後から少女が抱きつく。御酒草が立ち止まり、弓削もそれに気がついて立ち止まる。

御酒草「八月一日後輩か~。なにかあった~?」

 八月一日沙耶(ほづみさや)。おかっぱにカチューシャを付けた小柄な少女だ。気の弱そうなハの字眉毛と巨乳が特徴で、制服は校則を破らない程度にアレンジされている。左腕には赤い腕章をつけている。

 沙耶は振り返った御酒草に笑いかけ、離れる。

沙耶「静粛委員会のミーティングルームにいったら~、小鳥遊先輩しかいなかったんで~、すっごい探したんですよ~。先輩も~、携帯とか~、無線とか~、通信機器を持っててくれればいいのに~」

御酒草「そういうの~、苦手なんですよ~。小鳥遊同輩は電子機器が使えないですし~」

沙耶「そういえば~、そうですね~。小鳥遊先輩は~、電流生成系の~、能力者ですもんね~」

 間の抜けたような話し方をする二人を見て、弓削が小さくため息をつく。

弓削「…お前たちは普通に話す事ができないのか?」

沙耶「私は~、普通に話してるつもりですけど~?」

御酒草「反射(リフレクト)が私の通常運転だからな。これが普通だ」

弓削「…。そうか」

 弓削は少し困った様な顔をするが、すぐに真剣な顔になって沙耶に問いかける。

弓削「そういえば、探した、と言っていたが、何かあったのか?」

沙耶「葦雀会長が~、弓削先輩を呼んでほしいって言ってたんですよ~。だから~、御酒草先輩を探してたんです~」

御酒草「まあ~、私は大抵弓削同輩と一緒にいますけど~…」

 御酒草が苦笑する。弓削は顎に手を当て、納得したようにうなずいた。

弓削「確かに、私を探すより、御酒草を探す方が確実だな」

沙耶「一般生徒は~、弓削先輩を~、ちゃんと認識できない人が~、多いですから~」

弓削「…そう言われると、私が幽霊か何かのようじゃないか…」

沙耶「似た様なものだと~、思います~」

 弓削は苦笑した後、表情をまた真剣なものに戻す。

弓削「…まあいい。生徒会室に向かうぞ、御酒草」

御酒草「ああ、わかった」



【生徒会室前】

 弓削が生徒会室の扉を開けた瞬間、御酒草が大きくバックステップで後ろに下がる。…否、突っ込んで来たものを受けとめる衝撃を殺す為に自ら後ろに下がった。突っ込んで来たもの…長身痩躯の少女は、御酒草の言及されない程度の大きさである胸に顔を埋める様にすりよせている。ちなみに、少女自身の胸はそこそこ大きい。

弓削「…葦雀、挨拶も無しにそのような行為に及ぶのはどうかと思うが」

 少女…生徒会長である、葦雀綾女(よしきりあやめ)は顔を上げると弓削にニヤリ、と笑いかけた。

葦雀「なんだ、羨ましいのか?同志よ。私がこうして同性の利点をフル活用している事が」

弓削「私がお前の変態行為の同志の様ないい方は止めろ。不純同性交友」

葦雀「実害はないのだからよかろう。なあ?由貴」

御酒草「全く以って実害はないとは言い切れないがな。当眞に何か用があったのではないのか?綾女」

 御酒草が問いかけると、葦雀はむすっとして顔を背けた。御酒草は首を傾げ、弓削は呆れた顔をする。

葦雀「いつもの事ながらいっそ潔い流しっぷりだな…流石由貴」

 御酒草が物言いたげに弓削を見ると、弓削は一度肩を竦め、葦雀に手を伸ばした。

弓削「葦雀、いい加減本題に入る気はないのか」

葦雀「いやだ。私はもう暫く由貴の胸を堪能する」

弓削「堪能するな」

 弓削と葦雀が無言でにらみ合っていると、開いたままだった生徒会室から一人の少年が出てくる。癖の強い天然パーマのミディアムショート、切れ長の瞳にレンズに薄く色の入った赤い眼鏡。校則通りの服装に左腕の赤い腕章。生徒副会長、恵庭巧也(えにわこうや)である。

恵庭は三人の様子を見て、冷静に告げる。

恵庭「生徒会室の前でコントをしないでください。他の生徒の迷惑になります」

弓削「…すまん。だが、コントをしていた覚えはないのだが」

葦雀「相変わらず固いな、巧也」

恵庭「会長がいい加減すぎるだけです」


【生徒会室】

 生徒会室には、弓削、御酒草、葦雀、恵庭以外にも、女生徒が二人いた。前髪パッツンにツーテールで、私服を着た切れ長の目の少女、御厨世里(みくりやせり)。亜麻色の髪をサイドテールに結び、右腕に腕章を付けたスカートの短いまな板胸の、庄屋橋万里也(しょうやばしまりや)。それぞれ生徒会の会計と書記である。二人は四人の事を気にしつつ、書類整理をしている。

 葦雀が大胆にアレンジした制服(余談だが、校則は破っていないらしい)からのぞくそれなりに豊かな胸をはって、先制するように弓削に告げる。

葦雀「生徒からの投書が来ている」

弓削「投書?」

恵庭「生徒会室の前に置いてある目安箱に要望書が入っていたんです」

 恵庭が細くすると、葦雀が小さく肩をすくめる。

葦雀「時々、生徒会の管轄外の…購買や食堂に対する要望が入っていて、そちらに回す事もある。まあ、それは今関係ないんだが」

弓削「…それで、その投書と我々と何か関係が?」

葦雀「"静粛委員会という無法者に暴力を振るわれた"と」

弓削「"無法者"、だと?」

 弓削が表情を厳しくすると、恵庭が牽制するように言う。

恵庭「そう表現したのは会長ではなく、匿名の生徒です。会長を凄まないでください」

葦雀「私は、静粛委員会は意味もなく暴力を振るう事は無いと思っているが…申し開きはあるか?」

弓削「その必要性は感じないな。私は無為な暴力は振るった覚えはない」

 真剣な顔でそう言った弓削の言葉を聞いて葦雀は口元に笑みを浮かべ、御酒草に視線を移す。

葦雀「由貴はどうだ?」

御酒草「私は基本的に争いには加わらないのでなんとも」

 葦雀と同じように口元に笑みを浮かべた御酒草に、葦雀はうむうむ、と頷いた。恵庭が小さく肩をすくめる。

葦雀「今、世里と万里也が整理をしているが、最近要望書が増えていてな。新入生が学園になれてきて、細かい事を考える余裕が出てきた、と考えられない事もないが、どうにも似たような要望が多くてね」

弓削「それが我々への文句だ、と?」

葦雀「全く以ってどうしてほしいのかは不明だがな」

 葦雀が首をすくめると、恵庭が補足する。

恵庭「恐らく、校則違反として処理してほしいのでしょうが…新設で知名度が低いとはいえ、静粛委員会の行動は校則違反ではありませんからね。こちらとしても、注意するくらいしかしようがありませんね」

弓削「自重しろ、と?」

恵庭「そうなりますね」

弓削「…一応、頭に置いておこう」

葦雀「そういって、何もしなさそうだがな」

弓削「さて…」

 弓削が目を逸らす。葦雀はにやにや笑いを浮かべてそれを見ている。恵庭は暫くそれを見ていたが、小さくため息をついて口を開いた。

恵庭「とりあえず、暴力的解決を図る前に、平和的解決を試みる事位はしてください」

弓削「…善処しよう」


 静粛委員会として処理した問題の報告などの後、再びパトロールに出かけようと生徒会室を出る二人の背中に、葦雀が言葉をかける。

葦雀「"人間は幸福を求めるが、物語は悲劇を求める"。用心は怠らない事だ」

弓削「…格言か何かか?」

葦雀「私の言葉だ」

 葦雀が胸を張るのを見て、弓削は呆れた様な顔をする。御酒草は不思議そうに二人を見ている。恵庭が小さくため息をついて葦雀の首根っこを掴む。

恵庭「会長も仕事をしてください」

葦雀「ぬおっ。…由貴も気を付けるんだぞ。お前はぼうっとしているから、心配だ」

御酒草「…ぼうっとしているつもりはないんだが…まあ、一応気を付けるよ」

 葦雀が引きずられていった後、弓削を見た御酒草は首を傾げた。弓削が何とも言えない顔をしている。

御酒草「どうかしたのか?」

弓削「…いや、何でもない」

御酒草「そうか」



【静粛委員会・ミーティングルーム】

弓削「小鳥遊、そちらはどうだった?」

 弓削は部屋に入るなり、中にいた少年にそう尋ねる。少年は眼鏡を触ってから答える。

小鳥遊「どうもなにも、今日此処に来たのは八月ちゃんくらいだよ。そちらこそ、今日はどれだけ私闘に首を突っ込んで来たんだい?」

 少年はそう言って呆れたようにため息をつく。さっぱりした短髪に、銀のフレームの眼鏡、今の季節に合わせた、さっぱりした服装だが、露出は殆どなく、手は手袋に包まれている。小鳥遊恕処(たかなしよしふさ)。静粛委員会の会計であり、唯一の常識人である。そして、静粛委員会はこの三人だけであり、小鳥遊は書記も兼任している。

弓削「私闘に首を突っ込んだ覚えはないが」

小鳥遊「…はあ」

 小鳥遊が今度は疲れた様なため息をつく。弓削と御酒草はそれを不思議そうに見つめる。

小鳥遊「…まあ、君達に一般常識が備わっているとは僕も思ってないけどね…」

 小鳥遊はそう言って脱力して机に伏せた。御酒草が首を傾げる。

御酒草「それは、私に常識がないといっているのかい?」

小鳥遊「ないだろう」

御酒草「…ないかもしれない」

小鳥遊「ないんだよ」

弓削「私は常識を持っているつもりなんだが…」

小鳥遊「君も常識人とは言えないよ。というか、平気で三階の窓から生身で飛び降りる人間を僕は常識人と認めない」

弓削「それは何かおかしいのか?」

 本気で問いかける弓削に、小鳥遊は面倒くさそうに答える。

小鳥遊「ふつう、三階から飛び降りたら死ぬからね」

弓削「そうか」

 まるで気が付いていなかった、というように納得した顔をする弓削を見て、小鳥遊は深くため息をつく。それを見て、御酒草は首を傾げ、弓削は少し困った様な顔をする。

小鳥遊「そりゃあ、自分に影響できるタイプのサイキッカーとかエスパーなら平気かもしれないけどね、学園(ここ)に通っている人はそうじゃない人も多いんだから、そういうのはやめてくれないか。小さい子が真似したりしたら困るだろう」

弓削「…善処しよう」

 弓削が少ししょぼんとすると、小鳥遊は眉尻を下げて小さな声で呟く。

小鳥遊「…まあ、君に気づけるのはそういうの平気な人が大半だから大丈夫なんだろうけどね…」

 御酒草は幾らか凹んでいる様子をする二人を不思議そうに見ていたが、下校時間が迫っている事を思い出し、二人に声をかけた。

御酒草「そろそろ下校時間になると思うのだが」

弓削「…そうだったな」

小鳥遊「そういえばそうだね、帰ろうか」



【下駄箱前】

 ミーティングルームを出た三人は、自分達の下駄箱の前に立っていた。三人とも、ミーティングルームに置いていた、似たようなデザインの自分のカバンを手に持っている。

弓削が自分の下駄箱を開けた状態で停止している事に気付き、小鳥遊が話しかける。

小鳥遊「…どうかしたのかい?トーマ。果たし状でも入っていた?」

弓削「果たし状…なのか?」

 弓削はのろのろと靴の上に乗っていた封筒を取り出した。まっ白で飾り気のない封筒だ。学園内にある購買部で買えるものだ、と御酒草が告げる。

弓削「…宛先も差し出し人もないな」

小鳥遊「取り扱いは慎重にね。嫌がらせの類かもしれない」

御酒草「道すがらに読めばいいんじゃないか?自分一人で読みたいというなら別だが」

 それなら部屋に帰ってから読め、と御酒草は付け加える。弓削は何やら難しい顔をして気のない返事をする。それを見て、小鳥遊がいぶかしげな顔をする。

小鳥遊「…どうした?そんなに変な感じでもするのかい?」

 尤も、弓削は触れたものの記憶を読みとる力を持ったエスパー、などという訳ではない、ただのサイキッカーである。あるとすれば所謂第六感とかいうものだろう、と小鳥遊はひとりごちる。

弓削「…いや」

 弓削は手紙を左手に持ち替えて右手で靴を取りだす。

弓削「私に手紙を書くなど、珍しい者がいるなと思っただけだ」



【街路】

 人通りの少ない道を三人は並んで歩いていく。弓削は歩きながら手紙に目を通しているが、転びそうになる様子も何かにぶつかりそうになる様子もない。御酒草はそれを気にした様子もなくただ前を向いて歩いているが、小鳥遊は内容が気になるのか、ちらちらと弓削を気にしていた。

 封筒の中身は、便箋が二枚。封筒とセットになっていたものだろう、と小鳥遊は自分の記憶と照合する。弓削が二枚目を読み終わったところを見計らって、小鳥遊は口を開く。

小鳥遊「どうだったんだい?」

弓削「…だった」

小鳥遊「?」

弓削「…恋文だった」

小鳥遊「ふーん、果たし状じゃなくて、恋文……って、恋文?!ラブレター?!」

 弓削の発した言葉を正しく理解した小鳥遊は、信じられない、という顔で弓削を見る。弓削はうっすらと頬を染めている。それに気付いた小鳥遊は嫌なものを見てしまった、という顔をした。御酒草は弓削と小鳥遊のやり取りに首を傾げ、小鳥遊が嫌な顔をした事に不思議そうな顔をし、弓削が頬を染めている事に気づいてまた首を傾げた。

御酒草「どうした?弓削。熱でもあるのか?」

弓削「熱?ない…はずだが」

御酒草「少し、顔が赤いぞ」

 御酒草の指摘に、弓削は自分の顔に触れて確かめる。小鳥遊は少し呆れた顔をしている。

小鳥遊「…君ら何歳児なんだい…」

弓削「今年で17歳になると記憶しているが」

御酒草「確か16歳だったと思うけど」

小鳥遊「いや、そういうマジレスはいらないよ。知っているし。長い付き合いだし、君らの年齢はわかっているからね」

 小鳥遊が呆れたように言うと、弓削と御酒草は揃って不思議そうな顔をした。

小鳥遊「…それで、ラブレターだって言うんなら、何か呼びだしでもされてるのかい?」

弓削「ああ。明日の授業後に体育倉庫の裏に一人で来てほしいそうだ」

小鳥遊「なんだいその私刑(リンチ)みたいな場所指定。本当にラブレターなのかい?」

弓削「最初の方にこれは恋文だと書いてあった」

小鳥遊「…。誰かに騙されているんじゃないかい?」

 何とも言えないという表情をした後、なおも信じられないという顔で言う小鳥遊の言葉に、弓削は目を泳がせて答える。

弓削「…まあ、その時はその時だ」




【体育倉庫裏】

 弓削は自分より小柄な少女と向かい合っていた。大人しそうな長髪の少女で、髪の一部をリボンで結んでいる。制服を着ているのだから、後輩だろう。落ちつかなげにそわそわとしている。恐らく弓削にそのつもりはないのだろうが、強面と自然な迫力が相手を竦ませているようだった。少女は何度も口を開いては、また口を閉じるという事を繰り返していた。弓削は(恐らく少女には伝わっていないが)不思議そうな顔で静かに見つめている。

 二人から少し離れた場所では、小鳥遊と御酒草がそれを見守っている。或いは覗き見している、といってもいい。御酒草は弓削に一人で行くからついてこないでほしいと言われたので来ないつもりだったが、小鳥遊に、"もしも"の事があった時に自分一人で弓削を運べる自信がないから、と同行を頼まれてついてきている。

小鳥遊「じれったいな…トーマが強面なのは今に始まった事じゃないんだから、いいたい事があるんならさっさと言えばいいだろうに」

御酒草「声をかけるまでもなくトーマの存在に気づいているんだから、それなりの実力者か、ミッシングが恐怖の人間なのかと思ったんだけど…違うのかな?」

小鳥遊「どうだろうね。まだ否定はできないけど…」

 小鳥遊と御酒草が小声で話していると、少女がやっと意を決したように口を開き、声を出す。

少女「…あの、私、昔、弓削先輩に助けていただいて、それで、その、ずっとお礼も言えなくて、でも、その、私、弓削先輩が、好きになって、その…」

 しどろもどろに続ける少女の前で弓削はひそかに疑問符を浮かべる。少女が誰なのか、心当たりがなかった。しかし、それを口に出したりはしない。

少女「まずは、お友達からでいいので、私と、その…お付き合い、してくれませんか?」

弓削「ああ」

 少し離れた所で、弓削の困惑を読みとっていた小鳥遊が呆れた顔をする。

小鳥遊「…トーマ、絶対何か変な勘違いしているよ…」

御酒草「変な勘違い?」

小鳥遊「きっとその内、"付き合う、とは何処に付き合えばいいんだ?"とか"お友達から、という事は何か最終的には別の者になるのか?"とか言い出すに決まっているよ…」

 呆れたように言う小鳥遊を見て、御酒草は首を傾げる。

弓削「…それで、付き合う、とは何処についていけばいいんだ?」

 お約束の様に弓削から放たれた言葉に、小鳥遊は言うと思った、と呟いてがっくりと肩を落とした。御酒草は不思議そうに小鳥遊と弓削を見比べた。


【静粛委員会・ミーティングルーム】

 何だか少し疲れた顔で帰ってきた弓削に、小鳥遊は何事もなかったかのように問いかける。

小鳥遊「それで、どうだったんだい?」

 弓削は小さく肩をすくめて自分の席に座る。ちなみに御酒草は瞑想するように自分の席で目を閉じたままピクリとも動かない。

小鳥遊「結局、ラブレターだったの?ラブレターに偽装した果たし状だったの?」

弓削「…ラブレター…、だった?」

小鳥遊「…。何でそこで疑問符がつくんだい」

 小鳥遊が呆れたように問いかけると、弓削は頭に手をやって眉尻を下げる。

弓削「よく、わからない」

小鳥遊「何がだい?」

弓削「"友達からのお付き合い"、というのを求められたのだが…具体的に何がしたいのかは言ってくれなかったんだ」

小鳥遊「それ位察してあげなよ…まあ、君には無理だろうとは思うけども」

 小鳥遊がため息をつくと、弓削は不思議そうな顔をする。

弓削「エスパーでもあるまいし、私に人の心を読む事は出来んぞ」

小鳥遊「空気読めって事だよ。或いは一般常識を参考にしろって事。…君に常識がないのは知っているけどさ、十まで全部言われなきゃ理解できない訳じゃないだろう?」

弓削「…善処しよう」

小鳥遊「それで、どんな子だったの?名前は?」

 興味津々に聞いてくる小鳥遊に、弓削はぱちぱちと瞬きをする。

弓削「…そんなに気になるのか?」

小鳥遊「そりゃあ、君に思いを寄せる子だしね。そんな人、滅多にいないよ。しかも、君も了承した訳だし」

弓削「了承?何をだ?」

小鳥遊「その子に付き合ってほしい、って言われて肯定したんだろう?」

 小鳥遊は其処まで言って、少し呆れた様な表情をにじませる。

小鳥遊「…まさか、買い物に行く時の荷物持ちとか、そういう役目を頼まれたとでも思っていた訳じゃあないだろう?」

弓削「…。そんな事は、ない」

 弓削が目を逸らす。小鳥遊はあからさまに呆れた顔をする。

小鳥遊「で、結局どんな子なの?」

弓削「…。あー…名前は…サイグサアリハ、と言っていたな。大人しそうな子だった」

小鳥遊「サイグサアリハ………ああ、高等部新入生の子だね。確か、非能力者(ノーマル)だけど、カリキュラムを希望して受けている筈だよ」

 小鳥遊が思い出した、という様に言う。それを聞いて、弓削は少し驚いた顔をする。

弓削「知り合いか?」

小鳥遊「いや?一応前生徒の名前と簡単なデータは頭に入っている、というだけだよ。一般生徒(ノーマル)の生徒の事は名前と一般生徒だ、という事位しか覚えていないけどね。能力も、全員きちんと把握している訳じゃあないし」

弓削「それはすごいな」

小鳥遊「情報を制す事は、基本中の基本だからね」

 小鳥遊はそう言って、ふと気がついた、という様に弓削に問いかける。

小鳥遊「そういえば、どうして彼女は君を認識していたんだい?彼女はまだ能力者になっていなかった筈だから、ミッシングが恐怖、という事はなさそうだけど…」

 弓削は自らの発する威圧感(プレッシャー)が大きすぎる所為で、一般生徒には認識されない。触らぬ神にたたりなし、という事だ。だから、弓削から声をかけるなどせずとも弓削を認識できるのは、小鳥遊の様に意味もなく弓削を恐れる必要のないことをきちんと理解している者や自らも弓削に対抗できるような強い力を持つ者、御酒草の様に相手の発する力に敏感かつ無意識に避ける事のない者、姫路の様に能力の対価(ミッシング)として恐怖心を失っている者、という事になる。

弓削「…恋する乙女に不可能はない、と言っていたが」

小鳥遊「…。うわあ」

 真顔で言いきった弓削に、小鳥遊は微妙な顔をする。実際にそう発言したのは七種なのだが、真顔でそれを繰り返して見せる弓削には微妙な顔を返す以外にリアクション出来なかった。彼は恐らく内容をちゃんと理解していないに違いない、と小鳥遊は思う。

弓削「…どうした?」

小鳥遊「…大人しそうな子だって割に、強気なセリフだね」

弓削「…そう、かもしれないな」


小鳥遊「…それにしても」

弓削「何だ?」

小鳥遊「君は、断るのかと思っていたよ」

弓削「?」

小鳥遊「だって君は…」

 其処まで言った所で言葉を切って、小鳥遊は御酒草を見て、小さく頭を振る。

小鳥遊「…いや、何でもない」

弓削「…?」

小鳥遊「…まあ、トーマは"友達"になっただけで、彼氏になる、と決まった訳じゃないからねえ」

弓削「…彼氏?」

 弓削はきょとん、とした表情をする。小鳥遊はニヤリと笑みを浮かべ、幼い子供に言い聞かせる様に言う。

小鳥遊「彼氏。ボーイフレンド、いい人、ステディ、Lover。どれでもいいよ。つまりは、好き同士、って事だね」

弓削「…私は、そういうつもりはないのだが」

小鳥遊「何故だい?別に悪くはないと思うけれど」

弓削「私はまだ彼女の事を殆ど知らない」

小鳥遊「これから知っていけばいいだけの話だろう?」

 弓削はじと目になって小鳥遊を見つめる。

弓削「…いやに彼女と私をくっつけようとするな」

 小鳥遊はやれやれ、と口元に笑みを浮かべる。

小鳥遊「好きな人が出来れば、君も少しは無茶を止めるかと思ってね」

 相手が一般生徒(ノーマル)なら、なおさらね、と小鳥遊は付け加える。弓削は小さなため息でそれに答えた。


 そういえば、と弓削が小鳥遊に問いかける。

弓削「御酒草は何をしているんだ?瞑想か?」

小鳥遊「本人に聞いてくれないかな。幾ら幼馴染だからってわからないことはあるし…そもそも、君の方が付き合いは長いだろう?」

弓削「…そう、だったか?」

小鳥遊「そうだよ。この学園に来たのは由貴ちゃんが最後だけど、彼女と先に知り合ったのは君だ」

 小鳥遊の目付きが僅かに鋭くなる。弓削はそれに気づいていないかのように昔を軽く振り返り、頷いた。

弓削「そういえば、そうだったな。まあ、御酒草よりも小鳥遊の方が長い付き合いだが」

小鳥遊「…まあね」

弓削「…というか、寝てるんじゃないか?これは」

小鳥遊「…あ、本当だ。何時の間に…」

弓削「…疲れていたのか?」

小鳥遊「由貴ちゃんが?それはないと思うけれど。トーマならともかく、由貴ちゃんが後先考えずに行動してガス欠になる事はないと思うよ」

 それに、この椅子は寝心地が良くないと思う、と小鳥遊は付け加えた。

弓削「…御酒草」

 弓削が呼びかけると、御酒草が目を開けて剣呑な表情で弓削を睨みつける。

弓削「…御酒草?」

 弓削が再び、今度は少し不思議そうな顔で呼びかけると、御酒草が表情はそのままに口を開く。

御酒草「そんなに何度も呼びかけなくとも、聞こえている」

弓削「どうかしたのか?」

御酒草「…何やら、ベクトルが動くのを感じた気がするが、お前が近づいてかき消された。…それだけ小さなベクトルだった、という事だろうが…」

弓削「…すまない」

御酒草「…お前に悪気がないのは、知っている」

 二人がバツの悪そうな顔をして互いに顔を逸らして黙りこむと、小鳥遊が呆れた様な顔をして問いかける。

小鳥遊「攻撃的なベクトルだったのかい?」

御酒草「…否、最近パトロール中に感じたベクトルに似ていたんだ。だから、必ずしも何処かで何かが起こっているのだ、とも限らないとは思うよ」

弓削「…何処だ?」

御酒草「それを特定する前にかき消されたんだが」

 弓削が言葉に詰まった様に黙りこむ。小鳥遊は世話が焼ける、という様にため息をついて二人に呼び掛ける。

小鳥遊「それじゃあ、いつものようにパトロールに行って来ればいいんじゃないかい?場所を探すのもかねて。大まかな場所ぐらいはわかるんだろう?」

御酒草「…ああ。西棟の辺りだ」

 御酒草が頷いてそういうと、小鳥遊は思い出す様に言う。

小鳥遊「西棟って言うと…確か、特別教室が集まっている場所だよね。今居る生徒は補習かカリキュラムの一環、という所だと思うんだけど…」

 帰りのSTが終わった後は、部活動に所属している者は部活に向かい、一部の委員会ではその集まりがある。そして、補習やカリキュラムも大抵この時間に行われる事になる。大学部になるとまた別だが、小等部から高等部までおおむね共通だ。特別教室で部活動を行う部活はない為、部活動の為に西棟に向かう事はない。

弓削「…ともかく、行ってくる」

 弓削がそういうと、御酒草も当然の様に立ち上がる。

御酒草「私もいこう」

弓削「ああ」



【校舎廊下】

 西棟に向かう道すがら、弓削は御酒草に問いかける。

弓削「そういえば、パトロール中に感じたベクトル、と言ったが…具体的に誰のものかはわかっているのか?」

御酒草「名前は覚えていないが、何やら校内に穴ぼこを作っていた男子生徒だ」

 御酒草がそう答えると、弓削は少し考えてからまた問いかける。

弓削「…それは、昨日姫路と共にいたサイキッカーの事か?」

御酒草「…確か、それだ」

 御酒草の曖昧な言葉に、弓削は少し苦笑したが、すぐに表情を真剣なものに変えて足を速めた。


【西棟廊下】

 西棟は静まり返っていた。どうやら、補習もカリキュラムも今日はないか、既に終了しているらしい。御酒草は立ち止まると目を閉じた。それに気がついた弓削は、少し離れた所で黙って立ち止まる。

暫くして御酒草が再び目を開ける。そして小さく首を傾げる。

弓削「どうした?」

御酒草「西棟内に私とお前以外の人間がいない」

弓削「…補習もカリキュラムも既に終わっている、という事ではないのか?」

御酒草「…先ほどのベクトルの主がいない、と言っているんだ」

 御酒草が呆れた顔をする。弓削は気まずそうに頭をかいた。

弓削「…どうやら、私もまだ混乱している様だ。…だが、ならばどうする?現行犯でなければ、静粛委員会の守備範囲外になってしまうが…」

御酒草「…とりあえず、能力が使われた場所を確かめた方がいいのではないだろうか」

 御酒草が渋い顔をして告げると、弓削もそれに同意し、能力が使われたのだと思われる場所に向かう事になった。


【西棟裏】

 その場所を目の当たりにして、弓削が顔を歪める。御酒草はそれを無表情に見つめた。

 デッドスペースとでも言うのか、西棟と特別棟の間にある空間で、丁度他の場所からは死角になる場所である。そこに、大柄な人間が思いっきり殴りつけた様な陥没が地面と壁の両方に幾つもある。また、誰かの血がこびりついた様な跡もある。量からして、口の中を切ってそれを吐き出した、という程度なので、怪我はしていても、命に関わる程ではない筈だ、と御酒草は判断する。

弓削「…御酒草」

御酒草「何だ、弓削」

 いつも以上に強いプレッシャーを辺りに放つ弓削を、御酒草は平然と見つめる。

弓削「確か、恵庭がサイコメトリ能力を持っていたな。呼んで来てくれないか?」

御酒草「…わかった」

 御酒草は小さく肩をすくめると、生徒会室に向かって走り出す。弓削はしゃがみこんで地面に落ちていた物を拾う。

 それは、土埃に汚れているが、見覚えのあるリボンだった。


恵庭「…それで、何を読みとれと言うんですか?」

 暫くしてへとへとになった様子の恵庭が、ようやく整った息で弓削に問いかける。完全に頭脳派で体力のない恵庭に、生徒会室からこの場所までの全力疾走はきつかったようである。

弓削「これだ」

 弓削はそう言ってリボンを差し出す。恵庭はそれを受け取ると、眼鏡を外してポケットに入れるとリボンを見た後、目を閉じた。恵庭の眼鏡は伊達であり、自らが能力を使う時のスイッチの役目を定義づけている。御酒草は恵庭が自らの能力「誰かの日記帳(フェイスブック)」を使用するのを感じ取る。少しして、恵庭は目を開けて顔を上げた。

恵庭「このリボンの持ち主は高等部1年、一般生徒(ノーマル)の七種有羽ですね。高等部2年、大気操作(エアハンマー)の大山田昭雄とその取り巻きに殴られた拍子に外れた様です」

 其処まで言うと、血の跡に触れる。

恵庭「気絶した後、何処かに運ばれたみたいですね」

弓削「場所は?」

恵庭「そういうのは僕の専門外です。…というか、彼女が襲われたのはあなたの所為ですよ」

弓削「…何?」

 驚いたように小さく目を見開く弓削を冷たい目で見つめて恵庭が告げる。

恵庭「あなたと話している所を見ていて、あなたが彼女と別れた後に接触したようです」

 弓削が何かを言う前に、恵庭は続ける。

恵庭「恐らく、ミーティングルームか、下駄箱にでも"果たし状"が来ていると思いますよ。あなた宛てに」

 弓削が押し黙ると、御酒草が小さく首を傾げて恵庭に問いかける。

御酒草「恵庭、腹を立てているのか?」

恵庭「僕が腹を立てる?そんな事、ある訳がありません。…ただ、この事を知ったら会長がどのような行動に出るかを考えると胃が痛いだけです」

弓削「…葦雀に伝えるのは少し待ってくれ」

恵庭「何故ですか?御酒草先輩が僕を呼びに来た時点で、会長はこの事件の存在を知っていますから、無意味ですよ?」

弓削「少し、時間がほしい。…葦雀にひっかきまわされると色々面倒だ」

 剣呑な顔をしていた恵庭は、弓削の言葉に少し呆れた様な表情をする。ひっかきまわす、とか、などと小さく呟いた後、ため息をつく。

恵庭「では、そうですね…30分、稼ぎます。その間にどうにかしてください」

弓削「わかった」



【静粛委員会・ミーティングルーム】

 ミーティングルームに駆けこんで来た御酒草を見て、小鳥遊は目を瞬かせた。

御酒草「恕処君、何か異常はなかったかい?」

小鳥遊「無かった、けど…?」

御酒草「…という事は、下駄箱の方か…」

小鳥遊「…何かあったのかい?」

 戸惑いから真剣な顔に表情を変えた小鳥遊を見て、御酒草は淡々と告げる。

御酒草「(くだん)の七種ちゃんがトーマの何やらに巻き込まれたんだ。どうやら、殴られて気絶した所を何処かに連れて行かれたらしい」

小鳥遊「…それは…」

 小鳥遊が言葉に詰まった時、御酒草が何かを感じ取ったという様に虚空を見上げる。

御酒草「…トーマが動いた。急がないと置いていかれそうだね。…いってくる」

小鳥遊「僕も一緒に行くよ」

御酒草「…そう。こっちだよ」



【街路】

 弓削は厳しい顔をして走っていた。その手には、下駄箱に突っ込まれていた封筒が握られている。中身は簡潔。港の廃倉庫へ一人で来いという指示と、落ちていたものと同じリボン。一人で、という事を強調してあったので、弓削は御酒草と合流せず、一人で向かう事にした。

弓削「…すまない」

 それが誰に向けた言葉だったのかは、誰も知らない。



【廃倉庫】

 七種は目の前の男を睨みつけていた。相手が誰かは知らなかったが、非能力者に干渉できる程度には強力なサイキッカーだという事はわかっていた。それでも、大人しく人質役をしている気にはなれなかった。

七種「女の子に暴力振るうとか、最低!」

大山田「・・・」

 大山田は何も言わずに七種を睨みつけている。七種も負けずに睨み返す。大山田の取り巻きがこそこそと「大山田さんがへこんでる?!」「女の子に罵られて傷ついてる?!」などと囁き合っている事には気が付いていない様子である。

七種「あんたたちみたいに最低な奴は、弓削先輩にコテンパンにされちゃうんだから!」

 そう言って、七種の思考は弓削の事へと飛ぶ。と、同時に思考が恋する乙女のそれへと切り替わる。

【七種の空想】

 大山田達を瞬殺した弓削は七種にかけより、助け起こす。

弓削『大丈夫だったか?有羽』

七種『大丈夫です。私、先輩が助けに来てくれるって信じてましたから!!』

 七種が力強く答えると、弓削はほっとしたように微笑みを浮かべる。

弓削『そうか…。無事で、よかった』

【七種の空想、終わり】

七種「私も弓削先輩が無事で嬉しいです!なんて、なーんて!!」

 大山田が呆気にとられた顔をしている事に七種は気が付いていない。完全に自分の世界に入り込んでいる。手が自由だったら、ばしばしと床を叩いていたかもしれない。

 大山田が何か言おうとした時、耳障りな音を立てて倉庫の扉が開けられた。

弓削「…言われた通り、一人で来てやったぞ」

 弓削はいつも以上の威圧感(プレッシャー)を放出しながら、宣誓するように言う。そして、堂々と大山田の前に立った。

弓削「…七種は一般生徒だ。解放してやってくれ」

大山田「それはできないな。応援を呼ばれちまったら面倒だ」

弓削「…そうか。それは残念だ」

 弓削はそう呟くと一歩足を踏み出す。その瞬間、弓削から放射状に衝撃波が放たれ、とっさに自分の能力で防御した大山田と、非能力者(ノーマル)である七種以外の人間が弾きとばされる。大山田は信じられない物を見る目で弓削を見る。

弓削「とっさの判断に優れている事は評価しよう。だが」

 弓削は無造作に腕でなぎ払う仕草をする。それだけで大山田は自らの能力ごと吹っ飛ばされた。弓削はゆっくりと七種の前まで来ると、彼女の前にしゃがみこむ。

弓削「…何処か、痛む所は?」

七種「…え、えっと、大丈夫、です」

 弓削は七種の腕を縛っていた縄を引きちぎるようにして外す。そして、七種がいつまでも座り込んでいる様なかたちをしていたので、手を差し出した。七種は、照れて、少しためらう様な仕草をする。それを見て、弓削はハッとした様な顔をして背を向けた。

七種「…弓削先輩?」

弓削「…怖がらせて、すまない」

 背を向けられている為、七種からは弓削の表情は見えない。だが、七種は深く後悔した。自分がすぐに弓削の手を取れなかった事で、弓削を傷つけてしまったのだと感じた。

七種「弓削先輩、あの…」

弓削「お前は必ず無事に家へ帰す事を約束する」

 何かを言おうとする七種を手で制し、弓削は注意深く辺りを見回す。何時の間にか、手にそれぞれの得意とするものなのだろう、様々な武器を持った少年達が少しの距離を持って弓削と七種を取り囲んでいた。その中から、鉄パイプを右手に持った大山田が一歩前に出る。

大山田「てめえには、絶対後悔させてやる…」

弓削「後悔するのはそちらだ。私にケンカを売ろうと思った事、骨の髄まで後悔するがいい」


 幾らかの時間がたち、其処に立っているのは弓削と大山田と、二、三人の少年だけだった。あくまでも無手で戦う弓削は善戦していたが、避けようもなく傷を負っていた。

 弓削の異名である「見えない君臨者(エンペラー)」というのは、その能力を表す訳ではない。弓削が圧倒的威圧感によって逆に周りの人間に認識されない事を言った異名である。弓削の持つ能力自体は、能力者(サイキッカー)の中ではごくありふれたもの…念動(PK)である。但し、その力は他のサイキッカーでは比べ物にならない程強い。だが、弓削は普段戦う時にPKを使用しない。己の拳で戦う事を信条としている。何故なら、念動は生身の人間と本気で殴り合うには強すぎるからだ。寧ろ、相手が壁に激突しない様に配慮する場合などに使っている位である。それと同時に、彼が威圧感を常時垂れ流していることからもわかるように、弓削は自らの念動能力を掌握しきれていない。正確に言えば、全てを掌握したと思った時には能力の総量が増えて手の平からこぼれおちていってしまう、という方が適当だろうか。

弓削「…御酒草に頼り過ぎていたようだ」

 御酒草は周囲のベクトルを操る能力者である。操るだけで増幅も消失もできないが、拡散・収束する事は出来る。故に御酒草は弓削の傍にいる時は常に、片手間程の労力でだが、弓削が掌握しきれず零してしまう念動能力を、逸らし、拡散し周囲に被害が及ばない様に、或いは収束して弓削が掌握しやすいように、気を配っていた。つまり、弓削があまり周囲を気にせずにPKを使うためには、御酒草の力を借りる事が必要だったのだ。

 弓削は、周囲に守るべき存在がいる状態での戦闘を苦手としていた。

大山田「随分消耗しているみたいだな。流石の静粛委員会サマも、数には勝てないってか?」

弓削「…抜かせ」

 余裕の笑みを浮かべる大山田を睨みつけ、弓削は頬の血を拭う。そして、後方から飛びかかってきた少年を、体勢を低くして避けると同時に腹に肘を叩きこむ。倒れた少年を気にも留めず、弓削は仁王立ちに立つ。

弓削「徒党を組んで勝利する事に、何の意味がある?」

大山田「勝てばいいんだよ、勝てば!」

「じゃあ、僕が手を出したっていいよね」

 その言葉と同時に、弓削と大山田の間を紫電が駆け抜ける。その場の人間の視線が紫電の北方向に集まる。其処に立っていたのは、手袋に包まれた右手をのばし、悠然とした笑みを浮かべる小鳥遊と、無表情に弓削と大山田を見つめる御酒草だった。

小鳥遊「うちの委員長に手を出したんだから、問答無用でもいいよね?自業自得なんだから」

 小鳥遊はそう言って自らの能力を発動する。「紫電使い(エレクトロマスター)」。電気を生成するクリエイター系能力である。隣にいる御酒草が自らの能力でその紫電のベクトルを操り、其処に立っている静粛委員会の人間以外をなぎ払う。

小鳥遊「…あれ、結構タフみたいだね」

 他の少年たちが倒れた後も、崩れ落ちそうになりながら立ち続けている大山田を見て、小鳥遊は感心した様な顔をする。大山田は悔しそうな顔をして声を張り上げる。

大山田「くっ…まだだっ!庵さん!」

庵「はいはい、っと」

 その声に答えて、廃材の影から一人の少年が現れる。長身にしなやかな筋肉を持った、チャラチャラした印象のある茶髪の少年だ。服装は私服なので、学園の生徒かどうかはわからない。

大山田「庵さん、あいつらを…」

庵「あらら、もう全滅しちゃったんだ。ちょっとざんねーん」

 庵を見て、弓削は警戒心を現すかのように表情を厳しくし、小鳥遊は不機嫌そうな顔をする。御酒草は表情の薄い顔に、微かに疑問符を浮かべる。

小鳥遊「何、君、やる気なのかい?」

 小鳥遊が剣呑な表情で右腕に電気を纏わせると、庵は肩を竦めて手を振った。

庵「あはは、たかちーとか、ゆげちんとかとやるなんてマジ勘弁。オレは攻撃的能力じゃなくて、サポート系だし?」

 楽しそうに笑って否定する庵を見て、大山田が絶望したそうな顔をして崩れ落ちる。

庵「オレの「簡易増幅器(インスタントブースター)」じゃ君達をまとめて相手するには実力不足だしね。ていうか、無理ゲー?」

 庵の言葉を聞いて、小鳥遊と弓削が目を丸くする。御酒草は呆れたように小さくため息をついて口を開く。

御酒草「じゃあ、何をしに来たんだよ、いおりん」

庵「ザ・潜入捜査?」

 庵…月見里学園風紀副委員長、佐伯伊織は、そう言って悪戯っぽく笑って見せた。


 その微妙な雰囲気の中で最初に立ちなおったのは、小鳥遊だった。もっとも、弓削は精神力が途切れたのかその場に座り込み、御酒草は既に興味を失くしたかのように弓削と七種の所へ歩きだしていたので、他に事態に収拾を付けようと動く様な人間がいなかったのもあるのだが。

小鳥遊「それで、佐伯君は何処まで手を貸したんだい?」

佐伯「何処まで、って言われても、そう大したことはしてないよ?っていうか、尋問されるならミキティがいいなー」

小鳥遊「由貴ちゃんが尋問できるわけがないだろう。由貴ちゃんが自分から動く事なんてよっぽどないんだから」

佐伯「それはそうなんだけどねー。おしゃべりするならやっぱ、女の子がいいじゃん?」

小鳥遊「…真面目に話す気がないなら、気絶させて恵庭くんか斎藤ちゃんに引き渡すよ?」

 ちなみに、斎藤ちゃんとは佐伯の上司に当たる、風紀委員長の事である。

佐伯「やーん、たかちーきちくー」

 佐伯は楽しそうに笑う。恐怖心を持たない彼に脅しをかけるのは無意味なことだった、と今更ながらに思い出し、小鳥遊は疲れた顔をする。

佐伯「でもまあ、オレは、校則違反はしてないぜ?オレが見てた範囲でやり過ぎそうになった時はそれとなく止めたしな」

小鳥遊「本当、何をしていたんだい、君は…」

 小鳥遊が呆れたようにため息をつくが、佐伯は気にしない。大きく伸びをすると、辺りを見回す。

佐伯「救急車は…呼ばなくても大丈夫かな。ゆげちんがそんな大怪我させる訳ないし」

 佐伯の言葉を聞いて、小鳥遊はぷい、とそっぽを向く。自分が少しやりすぎたかもしれない、とは思っていたらしい。後悔はしていないが。

佐伯「ちなみにゆげちんはどんなもん元気?へとへと?」

弓削「…これぐらい平気だ。…それより、佐伯、七種を頼む」

佐伯「えー、何で?」

 佐伯が楽しそうに問いかけると、弓削ではなく、御酒草が答える。

御酒草「いおりん、さいたんと知り合いだろ」

 御酒草の言葉に、佐伯がぴたり、と動きを止める。そして、強張った顔で問いかける。

佐伯「えっ。…えっ、何で?オレ別にミキティにそんな事言った事ないよね?」

御酒草「さっきいおりんが出てきた時にさいたんが知っている相手を見た時の様な反応をしてたからな」

佐伯「…そうか、ユウには寧ろこっちの方が馴染みがあったか…まずったなぁ…っていうか、ミキティエスパー?」

御酒草「私はサイキッカーだ」

 御酒草が真面目な顔で返すと、佐伯は思いきり脱力した。

佐伯「あははー、ミキティにはかなわないなあ…」

 御酒草が疑問符を浮かべても佐伯は気にしない。再び楽しそうな笑みを浮かべると、七種を脇に抱えて、敬礼の様な仕草をする。

佐伯「それじゃまあ、先に学園に戻ってるから、その辺で散らばってる奴らは任せたぜ☆」

七種「え、ちょ、ちょっと」

 七種は慌てる様な素振りをするが、佐伯はそれを意に介さず、さっさと走り去った。

小鳥遊「僕らも学園に戻ろうか。トーマ、PKはまだ使えるかい?」

弓削「平気だ」

小鳥遊「それじゃあ、彼らを運ぶのは君に任せた」

弓削「……まあ、それが妥当なんだろうな」

 女の子である御酒草には例え能力を使っても困難な事だし、小鳥遊は能力的に向いていない。その点、弓削は実際に抱えるのも、PKで適当に浮かせて運ぶ事も出来るので適任である。

御酒草「私も、手を貸そう」

弓削「…頼む」



【生徒会室】

 少し不機嫌そうな葦雀に見つめられ、弓削は居心地が悪そうに頭をかいた。ちなみに、他の静粛委員会、生徒会メンバーは部屋の反対側でまったりとお茶を飲んでいる。会長と委員長の無言の対談を気にする様子は全くない。

葦雀「それで、君は一体何をしてきたのかな?」

 恵庭を引き連れた葦雀と弓削達がはち合わせたのは、学園の校門での事だった。そして、一行の様子(弓削は若干ボロボロ、御酒草は大体いつも通り、小鳥遊は何か疲れ気味に少しぐったりしている。その後ろにボロボロの男どもが浮いている)を見た葦雀は、弓削に大山田達を保健室まで運ばせると、そのまま生徒会室まで引っ張ってきたのだった。

弓削「…何、とは?」

葦雀「君がそんなボロボロになる、という事は何かあったのだろう?」

弓削「…ちょっとした喧嘩だ」

葦雀「ケンカ、ねえ」

 葦雀は口元に笑みを浮かべて弓削の首元を掴んだ。そして、真剣な顔に怒りをにじませて言う。

葦雀「君が、ただのケンカで、そのような怪我を負うわけがない!何故私を呼ばなかった!」

弓削「…何故、お前を呼ぶ必要がある」

 弓削が若干おされぎみになりながらも問いかけると、葦雀は胸を張って宣誓するように告げた。

葦雀「私が生徒会長だからだ」

弓削「…どういう理屈だ」

 葦雀の言葉に、弓削は呆れと困惑が混ざった様な声で問いかける。葦雀は弓削が何故そのような表情をするのかがわからない、という顔をする。

葦雀「生徒会長とは、生徒の長だ。生徒達の平安を守る権利がある」

弓削「権利、か」

葦雀「私がやりたくてやるのだから権利、だ」

 葦雀がふふん、と自信満々の顔をして胸を張るので、弓削は苦笑した。そんな弓削に、葦雀は不満そうな顔をして付け加える。

葦雀「そもそも、在任中に他の生徒のケンカに首を突っ込んで両成敗にする事を日課にしていた君に言われたくないな」

弓削「…そう言われると、私は何も言えないな」


恵庭「…まあ、大体の事はわかりましたけど…佐伯先輩、また変な事してたんですね」

 小鳥遊に二人と別れた後、校門で遭遇するまでの顛末を聞いた恵庭は、頭が痛い、という様に頭を押さえて小さくため息をついた。それを見て小鳥遊は乾いた笑みを浮かべる。

小鳥遊「彼のアレはもう、一つのビョーキみたいなものだと、僕は思っているよ。…彼なりに、この学園と生徒を考えての行動なんだろうとは思うけれどね」

 何やら黒いオーラを垂れ流し始めた二人を見て、沙耶、万里也、世里の三人はひそひそ話をする。御酒草は我関せず、と沙耶がいれた紅茶を飲んでいる。

沙耶「副会長、お疲れですね~」

万里也「最近いろいろ忙しいから…小鳥遊先輩も、一人で委員会を成り立たせるのは、大変なんだろうね…」

世里「静粛は上二人が突き抜けていますからね」

 沙耶の言葉に万里也が頷き、世里は無表情で肯定する。万里也はふと思い出した、というように沙耶に問いかける。

万里也「あ、でも、静粛には小鳥遊先輩の下僕?みたいな協力者がいるって聞いた覚えがあるかも。実際のところどうなの?沙耶ちゃん。よく静粛のMRに行くんでしょ?」

沙耶「う~ん…私が知ってる限りは~、静粛以外の人間がMRにいるのは~、見た事がないですよ~?」

万里也「って事は、ガセなのかな?」

世里「どうでしょう。沙耶が見ていないだけかもしれません」

 沙耶の言葉に万里也が残念そうな顔をすると、世里は無表情で慰め?の言葉をかけた。それに感激したように万里也が世里を抱きしめる。

万里也「世里ちゃん優しい~」

世里「優しくした覚えはありません。その腕を離してください、庄屋橋さん」

万里也「もう、庄屋橋さん、じゃなくて万里也ちゃんvって呼んでくれればいいのにぃ。同級生だし、同じ生徒会員なんだから」

世里「ちょっとフォローしただけでセクハラを働く、変態の同級生など知りません。そして、他人行儀なのはわざとだし、ハートを付ける事はそうでなくてもありえません」

沙耶「確かに~、万里也ちゃんは変態さんですよね~」

万里也「Σ(・д・川)ひどっ」

 世里の言葉に沙耶が同調すると、万里也はショックを受けた様な、そうでもない様な顔をした。



七種「弓削先輩は此処にいますか?」

 突然生徒会室の扉が開けられて、七種が走り込んでくる。一斉に中の人間の視線が集中し、七種は仄かに赤面する。但し、御酒草だけは一人のんびりと紅茶を飲んでいる。最初に反応を返したのは葦雀だった。

葦雀「見ての通りだ。彼に何か用があったのかな?七種君」

 葦雀はそういってニヤリと笑みを浮かべる。その反応を見て小鳥遊が恵庭を見ると、恵庭はそっと目を逸らした。弓削は戸惑った様に葦雀と七種を見ている。

七種「弓削先輩に、お礼を言いに来ました」

弓削「…お礼?」

七種「はい。…今回も、弓削先輩は私を助けてくれましたから」

 七種の言葉に、弓削はふっと目を伏せる。

弓削「…いや、私の所為で君には痛い思いさせてしまった。怪我は大丈夫なのか?」

七種「はい。えっと、鬼怒川先生の治癒(ヒーリング)で、全部治してもらいましたから」

 傍から見ると初々しいカップルの様な弓削と七種を見て(実際には微妙に違う)葦雀はほほう、と楽しそうかつ意地の悪い笑みを浮かべる。

葦雀「ほうほう、我が同士殿は七種君の王子様、という訳か。お姫様を助けに向かうのは王子様の役目だものなあ?」

 葦雀の発現に、弓削は呆れたような嫌そうな顔をし、七種は顔を真っ赤にした。

七種「王子様、って…そりゃ、弓削先輩カッコイイし、私にとって王子様みたいなものだけどでも、私にお姫様は務まらなさそうって言うか先輩のお姫様になりたいなって思わないではないけどって言うか寧ろなりたいですけど弓削先輩は私の王子様でFA?」

弓削「…王子様など、私の柄ではないのだが」

葦雀「では騎士か?…ふむ、確かに弓削は王子というよりは騎士か」

弓削「…そういう事では、ないのだが…」

 弓削が疲れた様にそう呟くと、小鳥遊が横槍を入れる。

小鳥遊「トーマは王子でも騎士でもなくて魔王なんじゃないかい?迫力的に」

葦雀他生徒会メンバー「「「それだ」」」

弓削「それだ、じゃないだろう…」

 声を合わせて肯定する生徒会メンバーに、弓削はぐったりした顔をした。その後恨めしそうな眼で小鳥遊を見る。小鳥遊は意図的にそれを無視する。七種は相変わらず自分の世界に飛んで行ったままだ。御酒草は相変わらずのんびりと紅茶を飲んでいる。


 何やら混沌とし始めた生徒会室を無表情に眺めていた御酒草は、ふと、生徒会室の扉を見る。そして、中の様子を窺っていた佐伯と目があった。御酒草と目があった事に気がついた佐伯は、小さく苦笑を浮かべて生徒会室の中に入ってくる。

佐伯「ミキティ、このカオスっていったいどういうこと?」

御酒草「うーん…まあ、よくある事なんじゃない?」

佐伯「うっわ、それ一般生徒が聞いたら不安になるんじゃない?」

御酒草「そうかな?それだけ平和だって事だと思うけど」

佐伯「平和、かな…?」

御酒草「いおりんがのんびり無駄話が出来るんだから平和でしょ」

 御酒草はそういうと、自分のカップに紅茶を注いだ。ついでにあいていたカップに紅茶を注いで佐伯に差し出す。

佐伯「あ、ありがと。…オレは無駄話のつもりはないけど?」

御酒草「中身のない話は無駄話でしょ」

佐伯「"無駄"な事に意味を見出してこそ、人生に楽しみが生まれるんだろ」

御酒草「ふーん」

 佐伯は紅茶を一口飲んで小さく顔を顰めた。どうやら、好みではなかったらしい。

小鳥遊「…あれ、何時の間にいたんだい?佐伯君」

佐伯「さっきからいたけど?」

小鳥遊「…。まあいいや。暫く七種ちゃんのお守り、よろしくね」

佐伯「…何で」

 さらりと告げられた小鳥遊の言葉に、一拍遅れて佐伯は嫌そうな顔をして問いかける。小鳥遊は見下すような目で佐伯を見て言う。

小鳥遊「君も知っているだろう?カリキュラムを受けている生徒はそうでない生徒よりも能力に対する抵抗力が下がるんだ。自分の力で対抗できるようになるまでは気をつけてあげないと」

佐伯「…ゆげちんに頼めばいいじゃん。ユウはゆげちんラブだし」

小鳥遊「トーマは誰かを守って戦うのを苦手としてるんだよ。あの子が彼に思いを寄せる事自体にどうこう言うつもりはないけど、自分の身も守れないなら、側をうろつかれると彼が困るからね」

 立て板に水を流す様な小鳥遊の言葉に佐伯が黙りこむと、御酒草が小さく首を傾げ、不思議そうな顔をして小鳥遊に問いかける。

御酒草「数時間前と、発言が食い違っていないかい?」

小鳥遊「そう?…まあ、僕も色々思う事があった、という事だよ」

 小鳥遊はそう言って小さくため息をついた。御酒草はそれを見てまた小さく首を傾げ、佐伯は小さく眉を上げる。

佐伯「…まあ、気にかける事位はしとくよ。そこそこ交流はあるし」

小鳥遊「…そういえば、どういう知り合いなんだい?」

佐伯「ん?ただ単にご近所さん、ってだけ。でもって、ユウは中学から受験して学園に入ろうとしてたんだけど、その時は落ちてたの。お馬鹿だから」

小鳥遊「…何か、あの様子を見てるとそれは理解できないではないかな…。きっと、じゃじゃ馬だったんだろう?」

 小鳥遊は相変わらず自分の世界に入りっぱなしの七種を見て言う。佐伯は楽しそうに、でも少し苦笑いを浮かべる。

佐伯「おう。男勝りの超じゃじゃ馬。…まあ、学園に入る、って言い出すちょっと前からちょっと大人しくなったけど」

小鳥遊「ふぅん…てことは、あの子はトーマに会う為にこの学園に来た、という可能性もあるのか」

佐伯「あるだろうね。まあ、そういう訳で兄貴分としてはちょっと応援してやりたいんだけど」

小鳥遊「馬に蹴られたら?」

佐伯「ちぇっ」


弓削「七種」

 弓削がふと思い出した、という様に七種に呼び掛ける。七種は弓削に呼びかけられた事でやっと戻ってきたのか、少し大袈裟な位に驚く。そして、七種の反応を見て弓削が少し困った様な顔をしたのを見て少し慌てる。

七種「あ、え、えっと、なんですか?弓削先輩」

弓削「お前のものだろう?」

 そういって、リボンを二本、七種にそっと差し出した。七種はそれを受け取ってぎゅっと抱きしめる。

七種「あ、ありがとうございます」

弓削「…七種」

七種「何ですか?弓削先輩」

 真剣な顔をする弓削に、七種は少し不安そうな顔になる。弓削は表情を少し苦笑の様なものに変えて、告げる。

弓削「私では、お前を守りきってやる事は出来ない。だから、あまり私に近づくな。…私は七種を危険に巻き込みたくない」

七種「…弓削先輩は、私が好きでいたら、迷惑、ですか?」

弓削「…私の傍にいる事で、お前に危害が及ぶかもしれない」

七種「…御酒草先輩は、いつも先輩の傍にいるのに」

 七種がうつむいてぽつり、と呟くと、弓削は少し不思議そうな顔をした。

弓削「御酒草は、強い。私が守らなくても大丈夫だ。…否、寧ろ私の方が守られているのかもしれない」

七種「…それなら」

 うつむいていた七種は、顔を上げて、真っ直ぐに弓削を見る。

七種「私も、強くなったら、弓削先輩の傍に居られますか?」

弓削「…何故、私の傍にいたいというんだ?」

七種「弓削先輩が、好きだからです」

 七種の真っ直ぐな言葉に、弓削は少し驚いた様な顔をする。だが、すぐにそれを苦笑に変える。

弓削「…詳しく聞いてみたいような気もするが…やめておこう。私は、君の気持ちには答えられない」

七種「理由を、聞いてもいいですか?」

弓削「私は七種を後輩以上の何だとも思っていないからだ」

 まっすぐに見つめ返して答える弓削の言葉に、七種は苦笑を浮かべる。

七種「…じゃあ、私は、弓削先輩が私を好きになるように頑張ります。強くなって、弓削先輩の傍にいられるように頑張ります」

弓削「…そうか」

 弓削は困った様に笑った。


葦雀「なにやら、面白い事になっているな」

 葦雀が楽しそうに呟くと、それを聞いていた恵庭が小さくため息をつく。

恵庭「何処が面白いんですか。面倒事が起こりそうな気しかしませんよ」

葦雀「…いっそ私も名乗りを上げてみるか…」

恵庭「やめてください」

 恵庭が思いっきり嫌そうな顔をすると、葦雀はくすり、と笑って冗談だ、と呟いて手を振った。それを見て、恵庭が深くため息をつく。

葦雀「巧也、あまりため息をついていると幸せが逃げるというぞ?」

恵庭「誰の所為だと思ってるんですか…」





「今後の展開」

 弓削を目の敵にする風紀委員長・斎藤一姫(かずき)との対決(「あなたが私より上なんて認めない」)や、弓削に鼻っ柱を折られてきた不良生徒たちの連合軍による静粛委員会への攻撃(「それでお前達が立ち直れるのならば、私は何度でもお前たちの挑戦に受けて立とう」)、文化祭での学校開放での先輩来襲(「社会人になったんですから自重してください」)など、騒がしい日常を送ってきた学園に、一つのお知らせがもたらされる。外国のアカデミーとの、交換留学生がやってくるというのだ。留学生の一人、アルスは御酒草の知り合いらしいが、御酒草にはあまり覚えがなかった。葦雀が生徒会長命令で静粛委員会に留学生のサポートを命じる。




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