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がんばれ☆しにがみさん1

「あらすじ」

 普通少年蔵人と、突然空から降ってきたドジっ子のしにがみさんのハートフルボッコストーリー。



【回想】

 亜麻色の髪をした小さな男の子が、泣いている。そこに、男の子に似た白髪の老女がやってきて、話しかける。

「どうしたんだい、坊や」

「おおきなくちをしたひとが、ぼくをたべちゃうぞっていうの。ばっちゃ、どうしよう」

「まあまあ、それはいけないわねえ。…そうだ、ばっちゃが坊やにおまじないを教えてあげようね」

「…おまじない?」

 男の子が顔を上げて目を瞬かせると、老女はしわくちゃの顔ににっこりと笑みを浮かべる。

「ああ。いいかい?今度から、恐ろしいものにあったらこうするんだ」

【回想終わり】



 この世界には、不思議が溢れている。

 それは例えば、幽霊という過去に生きた人間のなれの果てだったり、妖怪という人の思念の塊だったり、悪魔という異世界からこの世界にやってくる者だったり、宇宙人という自分達の事を棚にあげて他の星に生きる者を示す言葉だったりする。

 大半の人は、それをオカルトの一言で片づけて、非現実的だと斬り捨てるが、オレはそれらが本当にある事を知っている。…大変に、精神衛生上よろしくない事だが。



【街路】

 あまり人通りのない道を、一人の少年が早歩きで歩いていく。亜麻色の髪に灰色の瞳、髪型はサラサラのショートで、痩せ形で高くも低くもない背をしている。少年はちらり、と背後を視線だけで盗み見て、顔を顰める。

少年「…最悪だ」

 少年の背後には、何やらどろどろとした人型のものがつかず離れず、ついてきている。時々少年は他の人間とすれ違うが、誰も少年の背後のものに頓着しない。少年は、自分の見ているものを、見えない人の方が多い事を知っている。また、それらに、自分が見えている、という事を悟られない方がいい事も知っている。何故なら、普通の人間に彼らがないものであるのと変わらない様に、彼らが見えている事を悟られない限り、彼らにとって人間もないものであるのとほとんど変わらないからだ。

少年「…といっても、家に連れ帰ることは避けたい」

もし害がないとしても、精神衛生上よろしくない。それに、アレは明らかに"害のあるもの"だ。少年は少しずつ、人通りの少ない方へ向かっていく。背後のものがそれをずっと追いかけてきている事がわかって、少年は気づかれない様にため息をついて、そっと左腕のブレスレットに触れた。


【路地裏】

 人の姿のない、路地裏に入って少しして、少年は振り返った。背後にいたものと目があって、小さく息をのむ。

『見タ、ナ。目ガ合ッタ、ナ』

 にたり、と笑みを浮かべるそれに顔を顰め、少年は左手で顔の前に刀印を組む。そして、小さく息を吸って口を開こうとした時、

「ふみゃあっ?!」

空から落ちてきた少女がどろどろを踏み潰した。あまりの事に、少年は目を見開いたまま固まる。長めの灰色の髪に、黒に近い濃緑の瞳をした少女だ。ゴスロリの様なフリルのふんだんに使われた服を身に付けており、何より目を引くのはその背から生えた鳥の様な羽毛で覆われた青灰色の翼だった。

少女は尻餅の状態から立ち上がると、服のほこりを払い、何かを確かめる様につま先の丸く膨らんだ黒い靴でタップを踏んだ後、少年に向き直った。少年は、少女がタップを踏んだ時にどろどろが踏みにじられて煙の様に消えていくのを何とも言えない目で見ていた。

少女「やあっと見つけたのです」

 少女はそういって満面の笑みを浮かべる。それに少しどぎまぎしながらも、冷静を装って少年は聞き返す。

少年「見つけたって、何を?」

少女「それは勿論、あなたです」

少年「…はあ」

 彼も思春期真っ最中の青少年である。可愛い女の子に自分を探していたと思しき言葉を言われれば、ときめく。だが、問題はその対象がコスプレ染みた格好をした電波っぽい少女だという事である。生返事を返す少年を気に留めず、少女は続ける。

少女「私は"死人の悪行を裁くためにつかわされる神の使い"略してしにがみです!!」

少年「…は?」

 少年が思わず聞き返すと、少女は再び口を開く。

少女「ですから、私は"死人の悪事を隠蔽するためにやってくる神の使い"「それはもういいから。つぅか、さっきといってることが変わってるし。…一体そのしにがみサマが何の用だ?」

 少女…しにがみの言葉を途中で遮り、少年は胡散臭いものを見る目をして少女に問いかける。しにがみは、少年の表情を気にせず、ぽん、と手を打って言う。

しにがみ「そうなのです。私はあなたにお願いがあるのです」


 しにがみが言うには、彼女は冥界からやってきた神の使いで、素直に冥界に向かわず、地上で悪さをする死者の後始末をする役目を持っているらしい。

少年「…で、それがオレと何の関係があるんだ?」

 少年が半目になって問いかけるが、しにがみはそれに頓着せず、照れたように言う。

しにがみ「それはですねえ、私はまだまだ下っ端で、激弱なのですよ」

少年「…うん」

しにがみ「それでですね、今回のお仕事命じられた時に、困った時には霊能力者さんを頼りなさい、と言われたのです」

少年「……うん」

 少年は、何やら、厄介事に巻き込まれた様だ、と顔をひきつらせる。

しにがみ「この地域の霊能力者さんがどんな人なのかは、前任の先輩に教えてもらっていたのです。それで、その霊能力者さんのおうちに行ってみたんですけど、もう死んじゃってていないって言われたのですよ」

少年「…そりゃ、ご愁傷様」

しにがみ「でもですね、その曾孫さんは霊力を持っているので、頼ればいいと、言われたのです」

少年「…へえ」

しにがみ「というわけで、協力してくださいです、有栖川さん家の蔵人さん!!」

少年「やだ」

 しにがみの力一杯のお願いを、少年…有栖川蔵人(ありすがわくらうど)は一言で斬り捨てた。



【街路】

しにがみ「協力してくださいよう、蔵人さん」

蔵人「だから、やだって言ってるだろ」

 ふわふわと羽で飛びながら追いかけてくるしにがみを、蔵人は鬱陶しげに見る。しにがみが何かをしているのか、それとも幽霊か何かの様に普通の人には見えない存在なのか、すれ違う人がしにがみに気をとめる事はない。

しにがみ「お願いですから~」

蔵人「何でオレがそんな危なそうな事の手伝いをしなきゃならないんだよ。オレには関係ないだろ」

しにがみ「私のお仕事がうまくいかないと、霊能力者で"そういうもの"に関わりの深い蔵人さんにも影響があるんですよ?」

 しにがみの言葉に、蔵人は立ち止まって振り返る。

蔵人「仕事に誇りがあるなら」

 蔵人は表情を厳しいものにしてしにがみを見る。

蔵人「安易に人を頼るな。失敗を盾に脅す様な事を言うな。自分が努力しない内に人を頼るんじゃない」

 しにがみが怯むと、蔵人はまた前を向いて早歩きに歩き始める。しにがみが立ち止まっているのがわかっても、蔵人は振り返らなかった。



【有栖川家】

 家に帰った蔵人を母が迎えた。蔵人はその満面の笑みを見るなり、疲れと呆れの滲んだ顔をした。

母「お帰り、蔵人君」

蔵人「…ただいま。…あのしにがみって子に余計な事吹き込んだのって母さん?」

母「あら、困っている子を助けるのは紳士として当然のことじゃないの?」

蔵人「だからといって、息子を死地に送る気ですか母さん」

母「あら、まだ死地とは決まっていないと思うけれど?」

 母が悪戯っぽく笑うので、蔵人は深くため息をつく。母はくすくすと笑っている。

母「蔵人君は自分の限界を低く見過ぎだと思うわよ?」

蔵人「…自分の限界を見誤って失敗するよりはマシです」

 蔵人がそう言って視線を逸らすと、母は小さく苦笑して、少し困った様な顔をした。

母「若い頃からそんなに諦めてばかりじゃあ、ダメだと思うけれど」

 蔵人は口をつぐむ。そして、暫くの沈黙の後、小さな声で呟く。

蔵人「取り返しのつかない失敗をしたら、どうしようもないじゃないですか」


【有栖川家・蔵人の自室】

 蔵人はベッドにうつぶせに倒れ込むようにしてぼうっとしていた。視線の先には、左腕のブレスレットがある。丸い石に紐を通したシンプルなデザインのブレスレットで、石のサイズは揃っているが、その種類はバラバラで、色も揃っていない。少し歪でさえある。

蔵人「…怖いものは、怖いんだから、仕方ないよな」

 蔵人は涙をこらえる様な表情をして呟く。蔵人の脳裏にちらり、と過去の一場面がよみがえる。ピンと伸びた小さな背中。簪でまとめられた白い髪。しわくちゃの手。

蔵人「…命を粗末するのは、よくない事だ」

 蔵人はごろり、と寝返りを打って仰向けになる。天井の蛍光灯が目に入る。目を細めるが、特にまぶしく感じている訳でもない。

蔵人「…知り合ったばっかりの奴の、世話を焼いてやる義理なんてないし」

 ふと、あれからしにがみはどうしたんだろう、と考える。困った時に頼れと言われたのなら、彼女は何か困った事が起きたから、彼に助けを求めたのではないか?蔵人の表情が小さく強張る。仮にも本職(但し見習い)の彼女が助けを求めたとして、ただ少し霊感があるだけの素人にどうこうできるとは思わない。でも、それだけ切羽詰まっている状況だったら?

蔵人「…だとしても、オレには関係ない」

 蔵人は横を向いて、体をちぢこませる。しにがみと初めて会った時の、彼女の笑顔を思い出す。

蔵人「…ああクソ。オレの信条は"厄介事からは逃げるに限る"だってのに」

 そう呟いて、蔵人は起き上がる。体をほぐすように動かし、そっとブレスレットに触れる。

蔵人「…これで些細な事だったら、絶対ぶっ飛ばしてやる」

 蔵人はそう呟いて歩きだした。



【廃寺】

 しにがみは、妖怪と対峙していた。周囲は荒れているが、戦いの荒れではなく、人の手が入っていない意味での話だ。しにがみと妖怪はまだ対峙しているだけで戦ってはいない。

しにがみ「どうしても、引く気はないんですか」

妖怪『何故我が引く必要がある?そなたが譲歩すればよかろう』

 妖怪は呆れたように、ふん、と鼻を鳴らす。それを見て、しにがみは小さく表情を厳しくさせる。妖怪は鋭い歯を見せつける様に口元を吊り上げる。

妖怪『そなたの様な下っ端も下っ端の卵の小娘に従ってやるいわれはないな』

しにがみ「下っ端下っ端って、失礼千万です!…まあ、私が下っ端でひよっこなのは認めますけど」

 しにがみがむっとした顔をすると、妖怪はけらけらと笑った。

妖怪『失礼?下っ端を下っ端といって何が悪い』

しにがみ「不快です!」

 しにがみの言葉に、妖怪は呆気にとられた顔をしたが、すぐに腹を抱えて笑いだした。

しにがみ「なっ…」

妖怪『不快。不快とな?そなた如き小娘が我に不快だからやめろと申すか』

しにがみ「そ、そうですよ。悪いですか?」

 じろり、と妖怪に見られて、しにがみはひるみかけるが、睨み返す。妖怪は目つきを鋭くして歯を剥きだす。

妖怪『小娘が生意気を言いおる。よかろう。不満など言えぬよう、押しつぶしてくれる』

 しにがみは小さく息をのんだ。



【街路】

 蔵人は小走りで街を回っていた。彼には霊力はあるが、だからといって何か特殊な術が使えたりする訳ではない。だから、ひとを探そうと思えば、自分の足で探すしかない。

蔵人「…ったく、一体何処にいるんだっての…!」

 先にその手を振り払ったのは自分の方だという事はわかっていても、彼は苛立っていた。

 あいつは、何を手伝ってほしいと言っていた?

蔵人「・・・」

 蔵人は立ち止まり考え込む。相手が空を飛べる相手だとはいえ、そう遠くにはいっていない筈だ。恐らく、町内、いっても隣町ぐらいだろう。

蔵人「…確か、死人がどう、とか言ってたよな…」

 そう呟いてふと顔を上げると、教会の屋根が目に入る。

蔵人「死人…墓?」

 だが、寺や教会は"専門職"の人間がいるのだから、そういう人間に任せればいい筈だ。つまり、そういう人間がいない場所。

蔵人「…確か、四丁目に破れ寺が合ったな」

 そう呟いて、顔を顰める。そこは、いつも彼が意図的に避けている場所である。理由は簡単だ。其処には"いる"からである。面倒事は避けるという事を第一にしている彼が、其処に近づかないのは当然のことだった。

蔵人「…ちゃっちゃといって、確かめてくる、しかないか」

 そう呟いて、蔵人は走りだした。



【廃寺】

 妖怪の放つ青い炎を避けながら、しにがみは勝機を探していた。何度かカマイタチで応戦してみたものの、それは牽制以上の効果をあげなかった。飛んできた炎を旋回する事によって避ける。自分がだんだんある方向へと誘導されているのだという事に、しにがみもうすうす感づいていたが、かといってそれに抗おうとすれば炎をよける事が出来なくなる為、その方向へ向かう他なかった。

妖怪『その程度か、小娘。そよ風程度しか使えぬ身で我に挑もうなどとは、片腹痛いわ』

しにがみ「そよ風じゃなくて、カマイタチです!」

 そう返した時、目の前に壁が迫っている事に気がついて空中で急停止をする。

妖怪『其処までの様だな』

 しにがみは無言で妖怪を見据える。

妖怪『下っ端の神使ごときが、協力者もつれずに我に挑むからそうなるのだ』

 妖怪の周りに、青い炎が幾つも生みだされる。

妖怪『塵も残さず消えされ』

 しにがみは向かってくるだろう衝撃を思って目を閉じた。しかし、いくら待っても衝撃はやってこない。不思議に思ってしにがみが目を開けると、そこには蔵人の背中があった。

蔵人「…は―…ギリギリセーフ、ってか?」

 左手を胸の前で構えて、そう呟いて冷や汗を垂らす蔵人の前には、鈍く光る障壁があり、それが炎を防いでいた。炎と共に障壁が消えると、しにがみは瞬きをして、思わず呟く。

しにがみ「…何で…」

蔵人「あー…お前には、一応借りがあるからな。それだけだ」

 蔵人が気まずそうに答える。だが、すぐに真剣な顔をして妖怪を見た。

蔵人「あいつをどうにかしなきゃならないのか?」

しにがみ「必ずしも、倒さなきゃいけない訳ではないんですけどね」

 とはいえ、そのような事を言っていられるのは、自分が相手より格上の場合だ。格上、或いは同格の相手に対して、そのように甘い事を言っていられる程、戦いとは気楽なものではない。

妖怪『そなたがその下っ端の協力者か?』

蔵人「さてね。オレは協力者になる事を了承した覚えはない」

しにがみ「助けに来てくれたんじゃないんですか?!」

蔵人「それとこれとは別問題だ」

しにがみ「酷いです蔵人さん!」

 やはり簡単に斬って捨てる蔵人に、しにがみは少し涙目になる。蔵人はそれをちらりと見て、けれど、見なかった事にして妖怪を睨みつける。

蔵人「オレがこいつの協力者かどうかはともかく、知ってる奴を見捨てるのは精神衛生上よくないからな」

妖怪『ほう、では我に立ち向かうのか、小童(こわっぱ)

しにがみ「あ、二人とも流す気ですね!意地悪です!」

 しにがみが抗議の声を上げるが、蔵人も妖怪もスル―する。蔵人は左手で刀印を作る。

蔵人「臨兵闘者皆陣裂在前!」

 蔵人は早九字を切るとそれで妖怪が怯むのを確認するより前に、しにがみの手を掴んで走り出す。突然の事に、しにがみはついていけずに目を白黒させるが、蔵人は気にしない。

しにがみ「あ、え、ちょっと、蔵人さん」

蔵人「さっさと足を動かせ。オレの早九字程度じゃ、あんなの、目くらましにもならない」

 しにがみは戸惑いながらも蔵人について走る事に専念する事にした。


 走っている内に、廃寺の中から出られなくなっている事に気がついた蔵人はいったん繁みの蔭に隠れる事にした。妖怪の気配が離れていくのを感じ取り、小さく息を吐いた所で、しにがみがじと目で自分を見ている事に気がついた。

蔵人「…どうした?」

しにがみ「協力しないって言った癖に、どうしてあなたは此処にいるんですか?」

蔵人「…さっき言っただろ。借りがあるって」

 しにがみが真剣な目で問いかけると、蔵人は気まずそうな顔をして答えた。

しにがみ「貸しを作った覚えは、ありません」

蔵人「オレを追跡してきていた"悪いもの"をお前が踏み潰して退治してくれた。そういう借りだ」

しにがみ「踏みつぶ…?」

 蔵人の言葉に、しにがみは目を丸くして首を傾げる。どうやら覚えがないらしい。

蔵人「お前が始めてオレの前に現れた時、丁度踏み潰してたんだよ。しっかり踏みにじってたから、わかってやってたんだと思ったんだが…違うのか?」

しにがみ「え」

 しにがみは思い出そうとするように視線を逸らし、顔色をほのかに赤くした後、さっと青くし、冷や汗を流して視線を下に向けた。それを見て、蔵人は呆れた顔をする。

蔵人「…なんだ、違ったのか?」

 つうか、何だその百面相。蔵人は呆れたように呟いた。しにがみは、うー、だの、あー、だの言葉にならないうめき声の様なものを発していたが、覚悟を決めたように口を開いた。

しにがみ「気のせいです」

蔵人「何がだ」

しにがみ「私が何やら黒っぽくてうねうねした物体を踏みつけて踏みにじったというのはあなたの気のせいなのです。気の迷いなのです。だから早々に忘れるがいいのです」

蔵人「語るるに落ちてるぞおい」

 蔵人が小さく肩をすくめて言うと、しにがみ小さく口を尖らせた。

しにがみ「黒歴史なのです。汚物は消毒消去なのです。自然の浄化作用に任せるのです」

蔵人「いや、意味がわからないから」

 蔵人はそう呟くと、そんなことより、としにがみの額をつつく。

蔵人「此処から出られないのは、十中八九あの妖怪の所為だ。どうにかして、アイツをやっつけるぞ」



妖怪『ほう、お前一人で我とやり合う聞か、小童』

蔵人「紳士は女の子を一人で戦わせたりはしないものなんでね」

 蔵人はそう言って胸の前で手を構える。妖怪はにたり、と笑みを浮かべる。

【回想】

蔵人「つうか、オレ使える術っぽいのは障壁と早九字の二つだけだぞ」

しにがみ「え?!蔵人さん霊能力者なんですよね?!」

蔵人「オレがいつ自分が霊能力者だって言ったよ。オレは只単に霊感があるだけの一般人だっての」

 使える二つも、ひいばあちゃんに教えてもらったおまじないだしな、と蔵人は付け加える。しにがみは何とも言えない表情をする。

蔵人「…何だよ」

しにがみ「それだけで、よくあの妖怪さんと対決する気になったですね…」

蔵人「逃げるぐらいならそれだけで十分なんだよ。オレは別に退治屋でもエクソシストでもないし」

 というか、ある意味不可抗力だっての、と口の中でもごもご言う蔵人を見て、しにがみはうーん、と眉根を寄せる。それを見て、蔵人は少しためらった後問いかける。

蔵人「…そういうお前は何ができるんだ?」

 しにがみはそれを聞いて小さく肩を震わせる。蔵人が胡乱な眼を向けると、目を泳がせた後、観念したように言う。

しにがみ「…瞬時に展開できる様な術は、カマイタチと身体強化だけです」

蔵人「ってことは、時間をかければ色々できるのか?」

しにがみ「…ええ、まあ。色々ってほどでもないかもしれないですけど」

 ふむ、と蔵人は少し考えた後、死神に耳打ちした。

【回想終わり】

蔵人「…主よ、わが身を守りたまえ。エイメン」

 蔵人が小さく唱えると、蔵人の目の前に障壁が現れる。それを見て、妖怪は鼻を鳴らす。

妖怪『神使に味方するかと思えば早九字を切り、今度は西洋の神にすがるか。行動に一貫性のない童子(わらし)だな』

蔵人「こういうのは結局のところ、使う奴の気合い次第なんだよ」

 って、ばっちゃが言ってた、と小さな声で蔵人は付け加える。曽祖母に言われた言葉は難しくて当時幼かった蔵人にはよく理解できなかったが、まあ、そういう事だろう、と蔵人は思っている。なにより、使えるならばそれで問題はない。

蔵人「オレとお前と、どっちが強いか勝負だ」

妖怪『後悔するぞ、小童』

 もう、後悔してるっての。誰にも聞こえない様に蔵人は呟いた。



 しにがみは二人から少し離れた所で様子を窺っていた。蔵人が提案した作戦はごく単純で、蔵人が注意を引き付けている間にしにがみが妖怪に攻撃を加える、という事だった。

【回想】

しにがみ「…でも、それって蔵人さんが危険なんじゃないですか…?」

蔵人「否定するんなら代案を出せ。でなきゃ反論は認めねえ」

しにがみ「あうう…」

 しにがみがへにょりと眉を下げると、蔵人は口の端を少し上げて見せた。

蔵人「全く勝算がなけりゃこんな事言わねえよ。…ともかく、アイツがこっちを見くびってる間に何とか決着をつけなきゃな…」

しにがみ「勝算…ですか?」

 しにがみが小さく首を傾げると、蔵人はおや、という顔をする。

蔵人「気がついてなかったのか?…手加減のつもりか、何か制約があるのかは知らないが…アイツの火には、明らかなパターンがあったぞ」

しにがみ「パターン?」

蔵人「ああ。それに、補充と発射は並行して行う事ができないみたいだったな」

 蔵人はそこまで言ってにやり、と笑みを浮かべる。

蔵人「まさかお前、全く気がついてなかったとか言わねえよな?」

しにがみ「え、そ、そんな事ありませんよ」

【回想終わり】

 蔵人の思いを無駄にしない為にも、自分が頑張らなければいけない。そう自分に言い聞かせ、しにがみは指先に意識を集中させる。淡い光が指先にともり、しにがみが腕を動かすと、それに合わせて光が軌跡を描く。光で魔法陣を描くと、しにがみは呟く。

しにがみ「灰は灰へ(ash to ash)(dust)は塵へ(to dust)(darkness)(to)闇へ(darkness)、罪を切り裂く漆黒の刃」

 魔法陣から闇が滲み出る様に溢れだし、幾つもの黒い刃が闇から生まれ、しにがみの周りに浮かぶ。その数が30を超えた所で、闇が消える。しにがみは翼を広げ、大きく手を広げる。

しにがみ「さあ、いくよ」


 妖怪の背後に、無数の刃を引き連れたしにがみの姿を認識し、蔵人はほんのりと冷や汗を垂らす。そして、妖怪が炎を蔵人に向かって発射しつくした瞬間をねらって叫ぶ。

蔵人「今だ!!」

妖怪『何?』

 妖怪が振り返った時に目に入ったのは、自らに迫る幾つもの黒い刃。その後ろに青い翼を広げたしにがみが微笑む。

しにがみ「これが、ひよっこ(わたし)の底力です!!」

 刃が速さと質量を持って妖怪の体に突き刺さる。短い刃の嵐の後、ゆっくりと倒れ込んだ妖怪の傍に、しにがみは降り立つ。

しにがみ「私は"死人の犯した罪を修正する為に送りこまれる神の使い"、略してしにがみのアリシア=ロシェロジーです」

 しにがみはそう言って妖怪に指を突きつける。

しにがみ「さあ、潔く認めてください。私がこの地を担当するに足る神使であると!」

蔵人「…は?」


 しにがみによると、彼らの対峙していた妖怪はこの地に古くから住む、所謂土地神に近い存在である妖怪であるらしい。そして、色々な神様同士の取り決めなどの問題で、しにがみが仕事をする為には土地神(妖怪)の許可を得る必要があったらしい。

蔵人「…つまりはアレか。一種の採用試験みたいなもんか」

しにがみ「何か微妙に違う気もしますけど、大体まあそんな感じなのです」

 蔵人が顔をひきつらせて問いかけると、しにがみはあっさりと頷いた。蔵人は大きくため息をはいて座り込む。

しにがみ「蔵人さん?」

蔵人「…死ぬかと思った」

 蔵人がそう呟くと、妖怪が口をはさむ。

妖怪『我も無為に人を殺したりはせん。それに、そなたは有栖川の小倅だろう?』

蔵人「(小倅って…)まあ、そうですね」

妖怪『真理亜とは古い仲だ。その孫をそう簡単に殺そうとは思わん』

 あっけらかんと笑う妖怪に、何とも言えず、蔵人は小さな声で訂正だけする。

蔵人「いや、孫って言うか曾孫ですけど」

妖怪『うむ?…おお、そういえば、娘も孫も霊感を受け継いでおらんといっておったな』

 曽祖母の娘と孫…つまり、蔵人の祖母も母親も霊感のない、全くの一般人だ。自分に霊感があるのは、所謂、隔世遺伝なのだろうと蔵人は思っている。

妖怪『真理亜は今どうしておるのだ?近頃めっきり顔を見せなくなったが』

蔵人「…曽祖母はもう何年も前に亡くなっています。…知らなかったんですか?」

妖怪『…そうか。人とは脆いな』

 蔵人は何も答えられずに黙りこむ。うつむいた蔵人と、目を細めてそれを見ている妖怪を見て、しにがみは少し慌てたように口をはさむ。

しにがみ「土地神様にも認められた事ですし、今日はこれでお暇するですよ、ね、蔵人さん」

蔵人「え?ああ…」

 蔵人がしにがみの手を借りて立ち上がると、妖怪が口元に笑みを浮かべて呼びかける。

妖怪『またいつでも顔を見せにくるがいい、有栖川の小倅。そなたは将来が楽しみだ』

蔵人「えー、あ、はい。でも、オレの名前は小倅じゃなくて蔵人だ」

妖怪『我に名を覚えてほしくば、それだけの実力を見せるのだな』

蔵人「…やっぱ、覚えてくれなくていいです」

妖怪『そうか?』



【有栖川家】

蔵人「…何でお前が此処にいるんだ」

 思わず、という様に蔵人は呟いた。それを聞きつけて、母は仄かに怒った様な顔をする。

母「こら。女の子に、お前なんて言っちゃいけません」

 蔵人が何と返したものか、と考えていると、しにがみが補足をするように言う。

しにがみ「あのですね、こちらを訪ねた時に、行く所がなければ此処に滞在するといい、と杏奈さんが言ってくれたのですよ」

 ちなみに、杏奈とは蔵人の母の名前である。蔵人が胡乱な眼で母を見ると、母は意味ありげに笑って見せる。

母「紳士なら、女の子には優しくしてあげなくちゃね」

しにがみ「蔵人さん、とてもかっこよかったですよ。ヒーローみたいでした」

母「あら、それは詳しく教えてもらいたいわね」

蔵人「おいやめろ」



【有栖川家の様子が見える場所】

「…ったく、あの甘ちゃんめ…」

 紅色の瞳をした少年が苦々しげに呟く。短い金髪に、魔導師の様な服装。背中には、コウモリの様な被膜でできた白っぽい色をした翼が生えている。

「…大ポカをしでかさない内に、気合を入れさせてやった方がよさそうだ」




「以降の展開」

 しにがみのライバルである"ちにがみ"にちょっかいをかけられたりしつつ、蔵人はしにがみを手伝い、死者の引き起こす事件を解決していく。

 そんなある時、しにがみたちの上司だという自称:冥王が蔵人を訪ねてくる。冥王は、蔵人に彼が黒のアリスと呼ばれる存在だという事を告げる。



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