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おじさんってゆーな!1

「あらすじ」

ごく普通の女子高生、八月一日宮優奈(ほづみや・ゆうな)は、学校に行く途中、不思議な少年を見かける。少年と目が合うが、関わる事なく、その日は何事もなく終わる。

そして、その夜。優奈は不思議な夢を見る。夢の中で朝に見かけた少年と話をし、目が覚めた時、優奈は知らない場所にいた。





【街路】

肩くらいの長さの茶髪のセーラー服の少女が走っていく。少女の名前は八月一日宮優奈(ほずみやゆうな)。ごく普通の女子高生である。ミニスカートにハイソックス、ローファー、鞄はリュックサックになっている。セーラーが風になびいている。

優奈「(このままだと遅刻確定…!)」

 寝坊して朝ごはんを走りながら食べる事になっている。寝坊したのは、前日にゲームをしていて夜更かししたからだろう、と反省しつつも後悔はしていない。

 広場に差し掛かったところで、何やら人だかりというか、寧ろ人が遠巻きにしている場所を見かける。優奈はその中に立つ、銀髪の少年と、目があった様な気がした。少年は優奈と目が会った瞬間、にこり、と笑みを浮かべる。優奈も反射的に笑みを浮かべるが、遅刻してはたまらない、とそのまま走り続ける。

優奈「(誰だろ、あの子。…って、それどころじゃないんだった!)」



【教室】

 ギリギリの線で遅刻は免れた優奈だが、自分の席で疲れてへたり込んでいた。朝のSTが終わった後の授業準備のやかましい時間だが、一時限目は移動ではないので、其処まで焦る必要はないと優奈は思っている。

 一人の少女が優奈に話しかける。優奈の友人の御影一香(みかげいちか)。髪型はストレートの黒髪で、前髪をピンク色の花のピンで留めている。一香は小さく首を傾げ、不思議そうな顔をして優歌を揺さぶる。

一香「優奈ちゃん、どうしたの?お疲れ様?」

優奈「そうだよ、優奈ちゃんお疲れだよ」

一香「お寝坊さんなの?優奈ちゃん。もしかして、また夜更かし?」

優奈「あ、あはは…」

 口を尖らせた一香に、優奈は苦笑する。また、と言われるほど何度も夜更かしをしているのか、と言われれば否定はできないが、認めたくないものだと思う。

一香「睡眠不足は美容の敵だよ?」

優奈「わ、わかってるって」

 へたれながらも手を振って否定する優奈に、一香はまた首を傾げる。

一香「本当にわかってるのかなぁ。優奈ちゃん、自己完結する人だからちょっと心配かも」

優奈「そんな事言わないでよぉ…」

 一香は優奈の額にデコピンをかける。

優奈「あいたっ」

一香「夜更かしでお寝坊さんだからって、授業中に寝ちゃダメだからね」

優奈「はーい…」

 胸を張って言う一香に、優奈は苦笑するしかなかった。



【教室】

昼休みの時間。優奈と一香は互いの机をくっつけてお弁当を食べていた。朝思いっきり全力疾走をしたからか、優奈のお弁当は少し片側に寄っている。味は変わらないが、少し残念な気分になった。

一香「そういえばさ、優奈ちゃん」

優奈「何?」

一香「何か朝、広場に変な人がいたんだって。優奈ちゃんは知ってる?」

優奈「変な人…?」

 優奈は小さく首を傾げる。それは今朝見かけた銀髪の少年の事だろうか?確かに、よくよく思い出してみると、何だか変な格好をしていた気がする。道化師の服装、とでも言えばいいのだろうか。尤も、優奈は本物の道化師を見た事がないので、イメージで言っているのだが。

一香「優奈ちゃん?」

優奈「え?あ、うん、見たかもしれない」

一香「変な人を?どんな人だった?」

優奈「えーっと…綺麗な男の子?」

 首を傾げながらの優奈の言葉を受けて、一香も首を傾げる。

一香「それ、変な人?」

優奈「なんていうか、道化師みたいな格好してた気がする」

一香「それは変な人かも」

優奈「でしょ」

 そういえば、と優奈は思い出す。あの少年は緑と黄色の、左右で違う色の瞳をしていた様な気がする。銀髪の時点で日本人には見えなかったが、一体、どこの国の人だったんだろうか。

一香「道化師って、確か王様に庶民の事を教える為にいるんだよね」

優奈「そうだっけ?私、サーカスのピエロぐらいしかわかんないや」

一香「王様に失礼な事言っても、仕事上なら許されるんだよ。すごいよね」

優奈「度胸ないと出来なさそうだね、それ…」

 軽口を言いながらも優奈は思う。あの少年は、大道芸人か何かだったのかな

と。遠巻きにしている様な、集まっている様な、微妙な様子だったのは、何か、あまり近づきすぎると危ない様な芸をしていたのかもしれない、と。



【街路】

 授業が終わり、部活もないので、優奈は家へと歩いていた。広場は朝と違って人だかりなどは出来ていない。普通どおり、何もなかったかのような様子だ。

優奈「…流石に、夕方までいたりはしないか」

 連れはいないので、優奈の独り言である。

優奈「…まあ、別に期待はしてなかったけど」

 誰にともなく言ったそれが、嫌に言い訳じみていて、優奈は自嘲した。自嘲するのも自分で意味不明だと思ったが。


【優奈の自室】

 女の子らしい小物に溢れた部屋。優奈は倒れ込むようにベッドに寝転がると、ベッドの上にあった白いテディベアをぎゅっと抱きしめた。そのままコロリ、と転がって壁を向いて横になる。そうして、小さくため息をついた。

優奈「…何だかなあ」

 テディベアの真っ黒な目を見つめた後、胸に抱きこむようにして抱きしめる。

優奈「…何か、気になるなあ」

 思い出すのは、銀髪の少年。彼がカッコよかったとか、そういう事ではない。彼と目があって、自分を見て微笑んだからだ。思わず笑い返してしまったが、彼は何を思って自分に笑いかけたのだろうか。

優奈「…わかんないなあ」

 優奈はそう呟いて目を閉じた。



【???】

 優奈は唐突に、自分が見知らぬ場所に立っている事に気がついた。どうやら、何時の間にか眠っていたらしい、と自己完結する。そして、自分が首よもげよ、とばかりにテディベアをきつく抱きしめていた事に気付き、腕を緩める。

優奈「夢の中とはいえ、若干動物虐待だよね」

 まあ、テディベアはぬいぐるみなので、動物ではないのだが。それはともかく、と優奈は辺りを見回す。辺りは墨で塗りつぶしたかのように真っ暗で、何も見えない。でも、自分と、テディベアの事ははっきりと見えるのだった。少々異常な事態だが、恐らく夢の中だからだろう、と優奈はひとりごちる。

優奈「…夢とはいえ、ちょっと不気味だなぁ…」

「ねえ」

 背後から突然声をかけられて、優奈はびくり、と肩を揺らす。聞き覚えのない少年の声だ。振り返る事が出来ず、テディベアを抱きしめる。

優奈「…何?」

「初めまして?お嬢さん。会えて嬉しいよ」

優奈「…あなた、誰?」

 そう問いかけながら優奈は振り返った。そこには、朝に見た銀髪の少年が立っていた。銀色の髪は天然パーマが入っているのか、柔らかく波打っている。瞳は常盤色と山吹色。道化師風の服と帽子を着ている。全体的に白っぽい色彩をしている。

少年「僕?そうだな…人形使い、とでも名乗っておこうかな」

優奈「人形、使い…?」

 優奈は訝しげな顔をする。少年はにこにこと笑みを浮かべている。

少年「そう、人形使い。君は?」

優奈「私は…ただの女子高生だけど」

少年「ジョシコウセイ?変な名前だね」

優奈「いや、それ名前じゃないから。私の名前は八月一日宮優奈。…ていうか、人形使いって名前なの?」

少年「いや?人形使いは名前じゃないよ。まあ、あだ名みたいなものかな」

優奈「・・・」

少年「…ユウナ、ユーナか…なかなかいい名前だね」

優奈「あ、りがとう…?」

 優奈が戸惑いながら返すと、少年はくすくすと笑って優奈に一歩近づいた。

少年「あのさ」

優奈「な、何?」

少年「その人形、ちょうだい?」

優奈「・・・」

優奈「あげないよ?!」

少年「えー」

優奈「えー、じゃないよ。くーすけは私の宝物だもん。君にはあげられないよ」

 優奈は少年から隠すようにして半身になってテディベアを抱きしめて少年を睨みつけた。少年はそれを見て小さく首を傾げた後、不思議そうな顔をする。

少年「どうしてもダメ?」

優奈「ダメ」

 優奈が少し不機嫌そうな顔で返すと、少年は二コリ、と笑った。

少年「じゃあ、ユーナをちょうだい」

優奈「…は?」

 優奈は少年の言葉の意味を推し量りきれずに疑問符を浮かべる。少年は楽しそうに優奈の顔を両手で包む。

少年「ダメ?」

優奈「…いや、意味がわからないんだけど。意味がわからないんだけど。意味がわからないんだけど」

少年「そう?ボク、君が欲しいな」

優奈「…えっ」

少年「此処は、君の夢の中だから、ちょっと引きだしてやれば君の事は幾らでもわかるんだ」

 少年がかかとを鳴らすと、泡が浮かびあがるようにして足元から光る球体が浮かびあがってくる。その中には、優奈の姿が映し出されている。球体の中の優奈は次々と移り変わる。幼いころの姿、小学生の時に運動会の徒競走で一位をとったところ、中学生の頃吹奏楽部でトロンボーンの演奏をしている姿、暫く前、高校の授業を受けているところ、そして、今朝少年と目があって思わず笑い返した所で止まった。

少年「君は、面白いね。気にいったよ」

優奈「………!個人情報漏洩って言うかプライバシーの侵害?!」

少年「プライバシー?なにそれおいしいの」

優奈「?!」

少年「…ってのはまあ、冗談だけど。まあ、僕の目に留まったのが運のつきだったと思ってあきらめてよ」

優奈「何を?!ていうか、何で?!意味がわからないよ?!」

 優奈が混乱していると、少年はにっこりと笑って優奈の額に口付けた。優奈がぴしり、と固まると少年は小さく首を傾げる。

優奈「な…」

少年「な?」

優奈「なにするのよ?!!!」

 優奈は思わず少年に回し蹴りを叩きこむが、少年はそれを軽々と避ける。殴ったのではなく、回し蹴りになったのは両手でテディベアを抱きしめていたからだが、遠慮なしにはなった蹴りが軽々と避けられた事に優奈は動揺した。

少年「危ないなあ。そんなに怒る事ないじゃない」

優奈「いや、いきなりそんな事されたら怒っても当然だと思うけど?!」

少年「そう?」

優奈「そう!」

少年「そうかなあ」

 少年は本当に不思議そうな顔をする。優奈は小さく肩をすくめて顔をテディベアに埋めるようにした。少年は小さく首を傾げる。

少年「ううん、女の子ってのは、よくわかんないなあ」

優奈「そもそも、理解しようと思ってないでしょあんた…」

少年「あ、わかる?」

優奈「Σ」

 少年は優奈の腕を掴む。力を入れられているという感触は無いが、振り払う事は出来ないのではないかという雰囲気がある。

少年「君の意見を聞く気も、ないんだよね、実は」

優奈「・・・」

少年「ねえ、僕にユーナをちょうだい?」

優奈「…だが断るっ」

 優奈はそう言って腕を振り払おうとするが、振り払えずに逆に腕を固められる。少年は呆れた顔をして言う。

少年「抵抗は無駄だってこと、見てわからない?そんな細い腕で僕に勝てると思うの?」

優奈「自分も腕細いじゃない」

少年「君よりは太いよ」

優奈「女の子に太いとか言わないの!!」

少年「逆ギレ?!」

 少年はため息をついて優奈を抱きしめる。

少年「ああもう、面倒くさいな。暫く眠っててよ」

 その言葉を最後に、優奈の意識はブラックアウトした。




【銀鈴城・赤の間】

 金髪に碧眼、髪と同色の立派なひげ、筋肉質の体に銀色の鎧と赤いマントを纏った男が、玉座にゆったりと座る銀髪の少年に向けて剣を構える。男は眉間にしわを寄せ、険しい顔でよく通る声で少年に問いかける。

男「世界に混乱をもたらす悪魔よ!生き恥をさらすのをやめて、さっさと滅びるがいい!」

少年「えー?つまんないから嫌だよ、そんなの」

 少年は呆れたようにポーズを変えて男を見下す。男は微動だにせず、さらに顔つきを厳しくする。少年はやれやれ、と肩をすくめて続ける。

少年「ていうか、悪魔って何?そりゃあ、ボクは"まともな人間"ではないけど、悪魔になった覚えはないよ?」

男「命をもてあそぶ外道が…どうやら、大人しく眠る気はなさそうだな」

少年「そりゃあね。僕もまだまだ生きるのに飽いてはいないし、そもそも、君の様な愚か者に従うのは、癪だしね」

男「・・・」

勢いよく斬りかかった男の剣を、少年の影から伸びた黒い腕が止める。じりじりと力比べを行った後、男はバックステップで離れた。

男「…使い魔か」

少年「まあ、そうだね。ユギー?殺すと片付けるのが面倒だから、ほどほどにね」

 少年はそう軽口を言って自らの影から姿を現した黒い影の頭と思われる部分を撫でる。影はぷるぷると震えて完全に少年の影から出てくると、少年と男の間に立ち、だらりと腕を下ろす。男は再び剣を構える。

男「舐めた事を…」

少年「ユギーは君程度の人間なら何人も屠ってきているからね。ユギーを滅ぼしたいのなら、神代の魔導具でも持ってきなよ」

男「ふざけた事をいう…」

 男は顔を眇めて駆けだした。



 影が男の首を掴んで持ち上げている。男の顔が苦痛にゆがみ、その手から力が抜けたのか、剣が音をたてて床に落ちる。それを見て、少年は退屈そうに欠伸をした。

少年「どうしようか。執念深そうだけど、殺すと面倒だし、そのまま生かしとくとうざったいし…んー…ユギーはどうしたらいいと思う?」

 影は少年の前に男を投げ捨てる。少年は男と影を見比べた後、小さくため息をついた。

少年「何?ユギー。彼も人形にしろって言うの?……まあ、それも悪くは無いけど…彼を入れる人形はどうするのさ」

 影がうねうねと姿を変える。丸っこい耳にずんぐりとした体形。三頭身。それを見て少年は小さく首を傾げる。

少年「…ああ、あの人形?んー…それなら、いっそ、ユーナを彼の体に入れちゃおうか。反応面白そうだし、退屈しのぎによさそうだ」

 少年はそう言って無邪気な笑みを浮かべる。影はふよふよとまた元の不定型に戻った。

少年「そうと決めたら、さっさとやっちゃおうか。抵抗されると面倒だし」

 少年はそういうと玉座から立ち上がる。少年が左手を上げると、ふわり、と光の玉が上から降りてきた。光の玉は少年の目の前まで来るとぴたり、と停止する。少年は光の玉に触れて小さく呪を唱えた。すると、光の玉はゆっくりと姿を消し、そこにはテディベアをしっかりと抱きしめて眠る優奈が残った。

少年「さてと。ちゃちゃっと終わらせようか」

 少年は無邪気な笑みを浮かべる。



【銀鈴城・客間】

優奈「う、ううん…」

 優奈の一人称視点。見知らぬ天井が一番に視界に入る。見知らぬ男の声が聞こえた事に違和感を覚えつつ、優奈は身を起こす。見回しても、現在地に見覚えは無い。

『…おい』

優奈「?」

 優奈は、かけられた見知らぬ声の方に振り返った。そこには、黒い目をした白いテディベアが険しい顔をして立っていた。優奈はテディベアを指さし、そして

優奈「くーすけ?!」

 そう言った所で、自分が言った筈の言葉が、低い男性の声である事に気づく。

ベア『お前は誰だ?』

優奈「…は?」

 三人称視点に戻る。少年に剣を向けていた男とテディベアが向かい合っている。現状を理解していないらしい優奈(男)に、テディベアが鏡を示す。優奈は鏡を見て、驚いた顔をする。

優奈「何これ?!ていうか誰これ?!」

 優奈はそう言ってそれが鏡である事を確かめたり、自分の顔に触れてみたりする。そして驚いた顔のままテディベアを見る。

優奈「ていうかあなた誰?!」

ベア『私はアーベル=イデアシュタイン。その体の本来の持ち主だ』

優奈「・・・」

 優奈が不審そうな眼でアーベルを見ると、アーベルは腕を組んでため息をついた。


 アーベルによる現状の説明を聞き、優奈は頭を抱えた。

優奈「信じられない…」

アーベル『私も信じたくない…』

優奈「一体どうなってるわけ?おっさんだし、おっさんだし!」

アーベル『…少し落ち着いたらどうだ』

 混乱する優奈を見て頭が冷えたのか、アーベルは少し呆れた様な顔をする。

優奈「落ち着けるわけないでしょ?!何なのコレ!悪夢?!夢なら早く醒めてよ~」

アーベル『・・・』

 アーベルは非常に嫌そうな顔をする。"自分"が女の子の様な言葉や仕草をするのが気持ち悪かったらしい。

優奈「ていうか、あなたが言うには、悪魔が犯人なんだよね?つまり、悪魔なら元に戻せるって事じゃないの?」

 私の体がどうなってるのか知らないけど、と優奈は呟く。アーベルは少し不思議そうな顔をするが、優奈は小さく手を振ってそれに応え、ベッドから立ち上がった。



【銀鈴城・廊下】

 優奈はアーベルを肩に乗せて歩いていた。一番初めは並んで歩いていたが、そうすると歩幅の違いでアーベルが小走りにならざるを得ず、だからといって優奈が抱き上げると何か嫌な顔をされたので、話し合いの結果アーベルは優奈の肩の上に立つ事になった。

優奈「そういえばさ」

アーベル『…何だ?』

優奈「あなた、どうしてえっと、悪魔?を滅ぼそうと思ったの?」

アーベル『それは、疑問に思う事なのか?人に害をなす悪魔を滅ぼそうと思うのは当然の事だろう?』

 アーベルは眉根を寄せる。優奈は首を傾げる。

優奈「本当に?」

アーベル『害獣は駆除されるだろう。それと同じ事だ』

優奈「じゃあ、誰が悪魔が害だって決めたの?」

アーベル『…は?』

 呆けた顔をするアーベルに、優奈はきょとんとした顔で続ける。

優奈「だって、悪魔って言われてるだけで、悪い人じゃないかもしれないじゃない」

アーベル『…あの悪魔は、悪人だ』

 苦々しい顔をするアーベルを見て、優奈は不思議そうな顔をするが、これ以上触れない方がよさそうだと判断し、前を向いた。


【銀鈴城・赤の間】

 玉座に座る銀髪の少年。その隣には、茶色の髪をツインテールに結んだ、ゴスロリを着た少女が立っている。アーベルは少女を見て不審そうな顔をし、優奈は二人を見て吹いた。

優奈「あ、あなた、あの時の?!っていうか、私?!」

アーベル『お前?あの少女か?』

優奈「そう、あれ私!ていうか、何あの格好?!恥ずかし!?」

アーベル『…落ち着け』

 軽くコントを繰り広げる二人を見て、少年は小さく首を傾げて微笑む。

少年「ああ、ユーナ、目が覚めたんだ。そっちの君も、ぬいぐるみになると滑稽だね。うん、面白くていいと思うよ」

優奈「いや、面白くないよ。全然面白くないよ」

アーベル『また、ふざけた事を…』

 憤慨する二人を気にせず、少女は首を傾げて少年に問いかける。

少女「マスター、どうしますか?」

少年「んー…まあ、まだ僕に立ち向かおうという気力があるなら、相手してあげてもいいよ。面倒だけど」

少女「わかりました」

優奈「何か入ってる。私の体に何か得体のしれないものが入ってる…」

少年「わあ、それ何か言葉だけだと卑猥」

アーベル『それはお前の思考だ』

 優奈が嫌そうな顔をすると、少年が楽しそうに笑い、アーベルは呆れた顔をした。


少年「…で、君たちはどうするのかな?」

優奈「私と彼を元に戻して」

少年「えー、すぐに戻したらつまんないじゃん。い・や☆」

 優奈が真剣な顔で言うと、少年はつまらなさそうに口を尖らせた。アーベルは眉間にしわを寄せる。少女は相変わらずの無表情。

少年「そうだなぁ…それじゃあ、ちょっとしたゲームをしようか」

優奈「ゲーム?」

 優奈がいぶかしげな顔をすると、少年はニヤリ、と笑みを浮かべる。

少年「僕の所までたどり着けたら、君の勝ち。君たちに元に戻る事を諦めさせたら僕の勝ち。簡単でしょう?」

アーベル『ならばお前が勝つ事は有り得ないな。私は元に戻る事を諦めたりはしない』

優奈「私も、おっさんのままでいるのなんて嫌だから、絶対あきらめないよ」

少年「じゃあ、辿り着いて見せてよ」

 少年は立ち上がり右手を掲げる。何時の間にか少年の手には銀色の杖が握られている。少年は杖をバトンのように回して無造作に優奈達に向けた。杖の先から光弾が飛び出し、二人の視界が白に染まった。



【山中】

 優奈は手で頭を押さえた後、頭を振って立ち上がった。アーベルがそばに倒れているのを見つけ、拾い上げてほこりを払う。そして、辺りを見回して途方に暮れた顔をした。

優奈「…此処、何処…ていうか、何がどうなって私は此処にいるの…?」

アーベル『…あの悪魔の転送魔術だろう…そして、お前はそろそろ女言葉で話すのをやめてくれ』

 アーベルがぐったりとしたまま呆れた様子で言う。それを聞いて優奈は口を尖らせた。

優奈「そんな事言われても、口調は中々直せないよ」

アーベル『そもそも直す気がないような気がするが』

優奈「だって、私は別に困らないし」

アーベル『おかま扱いされるぞ』

優奈「うっ」

 優奈が言葉に詰まると、アーベルは渋い顔をして続けた。

アーベル『それに、それは私が元に戻った後の実害になる。やめてくれ』

優奈「…まあ、一応、気を付けるけど」

アーベル『・・・』

 アーベルが何だか呆れた様な、気分を害した様な、疑っている様な顔をするので、優奈は目を逸らして辺りを見回す。

優奈「それにしても、此処は何処だろうね?」

 まあ、地名を聞いてもわからないんだろうけど、と優奈は小声で付け加える。優奈にとって、今居る場所は異世界である。実の所、何がどうなって現状に至ったのか本人もちゃんと把握していないが(恐らく把握しているのはあの少年だけだろう)、少なくとも、今居る場所が自分の生まれ育った場所ではない事だけはわかっていた。

アーベル『…現状では情報が少なすぎて確定はできないが…恐らく、ガンダール王国の何処かだろうな』

優奈「がんだ…?」

アーベル『ガンダール王国。アラヴァルト大陸の北方の国だ』

優奈「…いや、専門用語を連発されても困るんだけど」

アーベル『専門用語を言った覚えはないが』

 二人は無言で見つめ合う。先に目を逸らしたのはアーベルだった。

アーベル『…仕方ない、解説してやろう』


 アーベルは木の枝を拾って地面に図形を描く。読みとれない程下手とは言わないが、かといって上手いのかと聞かれると疑問符が浮かぶような微妙なクオリティで地面に世界地図が描かれる。虎が吠えている様な形の大きな大陸と、何だかよくわからないうねうねとした楕円を虎の左側に書くと、虎の後頭部と後ろ脚に×印をつける。

アーベル『この世界には、大きな二つの大陸と、幾つかの島で出来ている。一つは、今我々がいるアラヴァルト大陸(虎型の方を示す)、もう一つはいまだに未開の地のままである謎に包まれたダーフェット大陸だ(楕円の方を示す)』

優奈「ええと…上が北、って事でいいの?」

アーベル『ああ。ガンダール王国がこの辺り(虎の後頭部の×印を示す)で、あの悪魔の居城である銀鈴城がこの辺りだ(虎の後ろ脚の辺りの×印を示す)』

優奈「うーん…縮尺がどうなのかわからないけど、随分離れてるんじゃない?」

アーベル『ああ。歩いていけば数カ月以上かかるだろうな』

優奈「うわあ…心折れそう」

アーベル『早すぎるぞ。まだ歩いてもいないじゃないか』

優奈「中学の立志の会でもそんなに歩かなかったよ…」

 優奈がへにょり、と眉を下げると、アーベルが片眉を跳ね上げて鼻を鳴らす。

アーベル『やらずして諦めるのか、お前は』

優奈「…。諦めるつもりは、ないんだけどね…」

 優奈は目を逸らす。アーベルは不審そうな顔をする。優奈は大きなため息をついた。

優奈「私そんな、長距離踏破する自信とかないよ…」

アーベル『その体は私のものだ。お前が鍛えていないモヤシの様な体の持ち主だったとしても関係はあるまい』

優奈「…。それって私貶されてるの?慰められてるの?」

アーベル『…。貶している、つもりはないが』

優奈「女の子に体型の話はNGだよ?…まあ、今は女の子じゃないけどさあ」

 優奈はアーベルを抱き上げて立ちあがる。

優奈「とりあえず、人のいる所を目指そうか。どっちに人がいるとか、わかる?」

アーベル『私は魔術師ではないからな…だが、とりあえず南に行ってみればいいんじゃないか?』

優奈「南…南って、どっち?」

アーベル『そうだな…太陽の位置から考えると、あちらだな』

 アーベルがある方向を示し、優奈の肩の上によじ登る。優奈はアーベルの示した方向に向かって歩き始めた。


優奈「そういえば、何で此処がガンダール王国?の中だってわかったの?」

アーベル『そこらじゅうに菱形の青い葉を持った木が生えているだろう。アレはガンダール王国の周辺にしか生えていないんだ』

優奈「へー。その国の特有の植物、って事か」

アーベル『まあ、そういう事だ』



【銀鈴城・赤の間】

 少年はまた玉座に座っている。少女は相変わらず少年の隣に直立不動のままでいる。

少女「マスター、よかったのですか?」

少年「いいんじゃない。楽しそうだし」

少女「入れ替え直後でマスターから大きく離れるのは危険かと思われますが」

 少女の言葉を聞いて、少年は少し気まずそうな顔をするが、すぐに苦笑の様な表情を浮かべる。

少年「あー…まあ、どうにかなるんじゃない?」

少女「そうですか」

少年「うんうん、それにまあ」

 無表情で納得する少女に、少年は同意を告げ、にやり、と笑みを浮かべる。

少年「どうにかならなくても、別に僕は困らないしね」





「今後の展開」

 山の中を彷徨っていた優奈とアーベルは、獣人の子・サレに出会う。サレがアーベルに懐き、ちょっとしたすったもんだの後、二人についてくる事を決める。アーベルは渋い顔をするが、優奈は賑やかになるのはいい事だと喜ぶ。

 ガンダール王国の首都、カルリアに立ち寄った時、優奈は獣人が差別の対象である事を知る。それと共に、サレが耳や尾を隠す様な服装をしている訳、アーベルがサレが付いてくると言った時に渋い顔をした訳を理解する。優奈は激昂するが、二人に止められ、渋々矛を収める。そして、獣人以外も亜人である者は差別されている事が多いという事を知り、憤慨する。その反応にアーベルは呆れたように笑い、サレは不思議そうな顔をする。

 優奈が激昂した時の事を見ていた獣人によって、三人はレジスタンスへと誘われる。アーベルは胡散臭いから、と関わりたくないと言うが、優奈がお人好しを発揮して手を貸したいと言い出す。サレはどちらにもつかなかったが、結局アーベルが押し負けてレジスタンスに力を貸す事になった。

 だが、水面下で動いていたはずのレジスタンスの存在は、王国側にも知られていた…。




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