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神様さがし1


「あらすじ」

霊が見えること以外はごく普通の、ちょっと押しの弱い優しい少年、桜木幽。六月の初めという微妙な時期に私立聖城学園へ転入してきた彼は、鎧塚都虎という先輩と知り合い、鎧塚に誘われるままにオカルト研究会へと入る。

鎧塚が言うには、聖城学園には"神様"がいて、見つければ願いを叶えてくれるのだという。幽は鎧塚の頼みを聞いて、神様探しに協力する事にした。





【梅木家玄関前】

六月の晴れた日、私立聖城学園の制服であるブレザーを身にまとった少し気弱そうな少年が家の玄関の前で少年が空を見上げてのびをする。少年の名前は桜木幽。最近聖城学園に転入してきた。今は叔父夫婦の家に下宿をしている。

幽「どうしよう、かなぁ…」

幽はそう呟いて小さくため息をついた。その理由は、昨日とある先輩と知り合った事に起因する。幽が校内で見かけた過去の学園の生徒と見られるセーラー服の少女の地縛霊に話しかけられ、つい返事をしてしまった所を見つかり、少々強引にオカ研の部室に引っ張り込まれたのだ。

~回想~

【オカルト研究会部室】

長い亜麻色の髪を無造作に束ねた長身痩躯の少女、鎧塚都虎。制服のブレザーを規定通りに着ている。付けているネクタイの色から、3年生だという事がわかった。

鎧塚「私は鎧塚都虎。オカ研の副部長をしている」

幽「オカ、ケン…?」

威厳にたっぷりに宣誓する鎧塚に委縮しつつ、幽はおうむ返しに返す。鎧塚は大きく頷いて続ける。

鎧塚「オカルト研究会だ。是非、我がオカ研に協力してもらえないだろうか?」

幽「協力、って…。…その、オカ研というのは、一体何をしているんですか?」

幽が困惑気味に返すと、鎧塚は胸を張ってまた頷く。

鎧塚「よくぞ聞いてくれた。我々はだな、学園の不思議を調査しているのだよ」

幽「学校の不思議?学校の七不思議、とか?」

鎧塚「…いや。聖学に七不思議はないのだよ。"怖い話"が無い訳ではないがな」

幽「どんな話ですか?」

幽の言葉に、鎧塚はニヤリ、と笑みを浮かべる。

鎧塚「"聖学には、神様がいる"」

幽「神様?」

首を傾げた幽に、鎧塚は楽しそうな顔をして続ける。

鎧塚「ああ。何でも、見つければ願い事を叶えて貰えるが、機嫌を損ねれば殺されてしまうそうだ。ハイリスク・ハイリターン、というわけだな」

幽そんな話があるんですね…」

鎧塚「ああ。俄然興味が沸いて来ただろう?」

幽「ん…鎧塚先輩は、その神様を探しているんですか?」

 考え込む幽に、鎧塚は余裕の笑みを浮かべた。

鎧塚「ああ。願いを叶えたくない人間など、余程いないだろう?」

幽…確かに、そうかもしれないですね」

鎧塚「それで、どうだい?協力してくれないかい?」

~回想終了~

 神様が本当にいるのかは分からないが、先輩に協力する事自体には拒否感は無い。昨日は考えさせてください、といって別れたが、次に会った時にはちゃんと答えを返さなければならないだろう、と幽は少し憂鬱な気分になった。先輩の強引さと、自分の流されやすさから見て、直接会って話すなら押し切られてもおかしくないと思う。

 そんな事をつらつら考えていると、向かいの家から少女と少年が出てきた。少女は幽と目が合うと、花が咲くように微笑んだ。幽の心臓がどくり、と音を立てる。

 少女も少年も聖城学園の制服であるブレザーを身につけている。

美幸「あ、おはようございます」

 長いストレートだが、毛先は少し癖のついた黒髪をした可憐な少女、花園美幸。スカートの裾は校則とぴったり同じで、他の女の子達より少し長めだ。紺のハイソックスに茶色のローファーをはいている。手には教科書のつまった学校指定の茶色のカバンを持っている。

幽「お、おはよう…」

 挙動不審気味に幽が返すと、少年が首を傾げる。

朔太郎「ん?もしかしてお前が最近1-Cに転入して来たってやつか?」

 癖毛気味の焦げ茶髪の少年、藤枝朔太郎。ブレザーは首元だけ少し緩められているが、ズボンの長さも他も校則の範囲内だ。美幸とは血縁を匂わせる程度には似ているが、いとこ同士である。片手にペラペラの黒い鞄を持ち、肩から赤と白のトートバックをかけている。靴は黒と青のスニーカー。

幽「あ、はい。桜木幽です」

朔太郎「オレは藤枝朔太郎。2-Aだ」

美幸「1-Aの花園美幸です」

 二人と道路の真ん中で自己紹介をしていると、二人の出てきた家からさらに二人の少年が出てくる。先に出てきた方の少年が三人を見て首を傾げる。

雄太「何玄関前で固まってるんだ…?ん、お前」

 色素の薄い短髪に、不機嫌そうな顔をした少年、藤枝雄太。制服のブレザーは規定通り、きっちりと着ていて、ネクタイが曲がったりもしていない。手には美幸と同じ型の茶色のカバンを持っている。朔太郎のようにペラペラではないが、あまり物が詰まっている感じも無い。履いている靴は運動に適したもののようだ。

佑介「噂の転入生君?」

 色素の薄いさらさらした髪を肩上ほどまで伸ばした少年、藤枝佑介。ブレザーはきっちりきているが、不思議と堅苦しい印象は無い。片手に持った茶色の鞄には兎のチャームが付いている。履いている靴は弟と同じく運動に適したものだ。

幽「桜木幽です」

 今度は落ち着いた様子で幽は自分の名を名乗る。それを聞いて佑介は美しい笑みを浮かべて返す。

佑介「ボクは藤枝佑介。で、こっちは弟の裕太」

幽「兄妹、ですか…?」

 幽が戸惑った様にして四人を見て問いかけると、朔太郎が首を振って返事を返す。

朔太郎「佑介と裕太はな。オレらはただの従兄弟」

佑介「名字が同じだからって三兄弟って思われたりしているみたいだけどね」

美幸「桜木君は最近こっちに越して来たの?」

 美幸が小さく首を傾げて問いかけると、幽は少しどぎまぎしながら返す。

幽「あ、いいえ、ちょっと親の都合で…」

朔太郎「ふーん…」

美幸「じゃ、ボク達と同じだ」

 気の無い返事を返す朔太郎とは対照的に、美幸はにっこりと笑みを浮かべる。

幽「え?」

美幸「ボクと裕太も最近転入したんだ。親の都合でね」

幽「そうですか。じゃあ、オレの前に3-Aと1-Aに転入してきた人がいる、ってのは…」

佑介「ボクと裕太の事だね」

白い犬「わんっ」

何時の間にか藤枝家の玄関から覗いていた大きな白い犬が呼びかけるように吠え、尻尾を振る。それを見て、朔太郎は腕時計に目をやるようなしぐさをした後、幽と美幸と雄太の肩をたたく。

朔太郎「っと、そろそろ学校に行こうぜ。話は歩きながらでもできるだろ」



【聖城学園・教室棟3F廊下】*一年生が3階、二年生が2階、3年生が1階になる。

美幸と雄太が何か談笑をしながら歩いて行く。

 教室が違うからと別れた二人を見送り、幽は何とも言えない顔をする。

幽「・・・」

朔太郎「悩んでいるな、青少年」

幽「うわっ」

 背後から突然話しかけられ、幽は少し大袈裟な程に驚く。それを見て、朔太郎は少しバツが悪そうな顔をした。

朔太郎「…そんな驚かれるとちょいショックだな…」

幽「あ、朔太郎先輩」

朔太郎「よう、桜木。何やってるんだ?」

 気楽な様子で問いかけた朔太郎に、幽は少しためらった後問いかける事にした。

幽「…あの…」

朔太郎「ん?」

幽「美幸ちゃんと雄太君って付き合っているんですか?」

朔太郎「ミユと雄太が?それは無いな」

 朔太郎は吃驚した顔をした後、鼻で笑う様にして答える。幽は納得のいかない顔をする。

幽「そう、何ですか…?」

朔太郎「だって、ミユには恋愛って感情がまだないからな」

幽「…そういう話なんですか?」

朔太郎「アイツは未だガキだから」

しみじみと言う朔太郎の背後に、影が現れる。

鎧塚「――女は生まれた時から女なのだよ?」

朔太郎「(うげ)…その声は…」

 心底嫌そうな顔で朔太郎が振り返ると、其処には鎧塚の姿があった。鎧塚は自信たっぷりの表情で先制するように朔太郎に呼び掛ける。

鎧塚「ご機嫌よう。そしてお久しぶり、藤枝朔太郎」

朔太郎「…元気そうですね、鎧塚先輩」

 テンションが急降下した様子で返す朔太郎と、逆にとても楽しそうな鎧塚を見て、幽は首を傾げる。

幽「あれ、先輩たち知り合いですか?」

朔太郎「オレの天敵だ」

鎧塚「私は結構気に入っているのだけど」

朔太郎「アンタに関わるとロクな事が無いんだよ」

鎧塚「そんな事言わずに協力してくれると嬉しいのだけどね、藤枝君」

 鎧塚が手を伸ばすと、朔太郎はひょい、とそれをかわす。

朔太郎「断固拒否します。っつーわけで、アデュー!!」

 敬礼するように右手の人差し指と中指を額に当て、朔太郎は走り去った。その背中を幽は呆然と見送る。

幽「…結局何だったんだろ、朔太郎先輩…」

鎧塚「ふむ、逃げられたか…。…まあいい、それより桜木君に頼みがあるのだけどね?」

幽「頼み…ですか?」

 幽は首を傾げた。



【オカルト研究会部室】

 鎧塚は、何やらミミズののったくった様な黒い墨の文字の書かれた小さな紙が張られた手の平サイズの壺を机に置いた。

幽「…何ですか、コレ」

鎧塚「わからん。どうやら、何かが封印されているらしい、というのはわかるんだけれどね」

幽「封印、って…」

 壺に張られた紙を鎧塚は指さした。

鎧塚「この札が封印だという事はわかるのだけど、私に剥がせなくてね」

幽「剥がしていいものなんですか?」

 訝しげに尋ねる幽に、鎧塚は肩をすくめて見せる。

鎧塚「さあ」

幽「・・・」

鎧塚「桜木君は霊感がある様だし、剥がせるんじゃないかい?」

幽「霊感の有無の問題なんですか?というか、鎧塚先輩は霊感ないんですか?」

鎧塚「全く無い。ゼロどころかマイナスだ」

 胸を張って言う鎧塚に、幽は内心、胸を張る事じゃないんじゃあ、と思ったが、口にせず、壺を見つめた。陶器の、黄土色をした壺である。口は黒い紙で塞がれていて、黄色の紐で縛ってある。その紙の真ん中に札(鎧塚曰く)が張られている。見た限りでは、そう強力に接着されている様子は無い。

 幽がそっと壺に手を伸ばした時、予鈴が鳴る。

鎧塚「む、予鈴が鳴ってしまったな。それでは、壺は君に任せたよ。ではな!」

幽「あ、ちょっと、先輩!」

 鎧塚は壺を幽に押し付けると幽が何か言う間もなく走り去った。それを見送って、幽はぽつりと呟く。

幽「…ボク、まだ協力するなんて言った覚えないんだけど」

 呟いた後、予鈴を思い出し、仕方なしに壺を鞄に放り込んで教室へと駆けだした。



【1‐C教室】

鞄に放り込んだ壺の事を幽が思い出したのは昼放課になってからの事だった。弁当を取り出そうとした時にそれを見つけて、思い出したのである。机の上に置いた壺と弁当を見て、幽は少し困った顔をする。

幽「…任せる、って言われたけど…どうすればいいんだろ、コレ」

くるみ「さーくーらーぎ君!」

 隣の席の少女が幽に話しかける。神田くるみ。茶髪のボブカットでちょっと背の低い少女だ。スカートは校則違反ぎりぎりの短さである。微笑うと笑窪のできる、愛嬌のある少女だ。

 くるみは壺を指さして首を傾げる。

くるみ「それ、何?桜木君のおやつ?」

幽「いや、違うけど」

くるみ「じゃあ、何?」

幽「うーん…預かりもの?」

 苦笑して答える幽を見て、くるみは首を傾げた。

くるみ「これ、何が入ってるの?上に貼ってあるのってお品書きか何か?」

 くるみの質問にどう答えたものか、と幽は迷った。オカルト関係の話題を話すのは、変人だと思われる可能性と隣合わせだ。折角普通に接してくれるクラスメートなのに、そういう話をして、変人扱いされて避けられたりするのは嫌だと思う。

幽「…何が入っているのか、知らないんだ。開けて、とは頼まれたけど…」

 正直、開けていいものだとは、幽にはあまり思えなかった。わざわざ封印されているものを解放してもいい事があるとは思えないのだ。そんな幽の内心を知ってか知らずしてか、くるみは壺を手に取った。

くるみ「開けて、って簡単に開きそうだけど」

 そう言ってするり、と壺の蓋代わりの紙を留めている紐を解いた。その瞬間、

『開ケタナ』

 不気味な声を幽は聞いた。顔を強張らせた幽を見て、くるみは不思議そうな顔をする。

くるみ「桜木君?」

幽「神田さん、」

 その壺を離して、と言おうとした所で、壺の蓋代わりだった紙が札ごと風にでも飛ばされた様に不自然に落ちる。その瞬間、壺から黒い妖気が噴き出した。妖気によって周囲の視界がふさがれる。壺が床に落ちて割れる嫌な音がした。

『娑婆ノ空気ハ、上手イナア』

目の前の妖気が少し流れ、獅子舞の頭の様なものが顔を出す。濁った眼をしたそれは、頭から下を真っ黒な妖気がマントのように覆っていたが、その中は華奢な少女のような体をしていた。

獅子舞『コウシて、人前に顔ヲ出すのも、久しぶりダなぁ』

幽「お、前、もしか、して…」

 獅子舞はニヤリ、と口元を歪め、醜悪な笑みを浮かべる。

獅子舞『娘っ子の体ハ、動かすには少々柔いナ』

 壺に封印されていた何かが、壺を開けてしまったくるみに取り憑いてしまったのだと幽にはわかった。幽は無意識に後ずさりする。幽は、幽霊が見えるが、だからと言ってそれを祓ったり浄化したり、といった事が出来る訳ではない。

 獅子舞は、指先に拳大の火の玉を浮かせた。

獅子舞『先ずは、準備運動と行くカ』

火の玉が幽の顔の横を通り過ぎていく。幽は恐怖に染まった眼で固まっていた。

獅子舞『ううむ、慣れぬ躯では制御が甘くなるな』

 そう言って、火の玉を幾つも浮かべる。それを見て、幽は獅子舞に背を向けてかけ出していた。背後から、獅子舞の声が追ってくる。

獅子舞『鬼事か。それもまあよかろう。逃げるならば逃げるがいい』


【校舎廊下】

 どうすればいいのかもわからず、ただ走る幽に、通りがかった朔太郎が声をかける。

朔太郎「おーい、桜木、廊下を走ると風紀委員会に殴られっぞー」

幽「それどころじゃ、無いんです」

朔太郎「それどころじゃない?」

 必死な様子の幽を見て朔太郎は訝しげな顔をする。だが、幽の後ろに目をやって、真剣な顔をした。火の玉を従えた獅子舞の姿が見えている。

朔太郎「…何だ、ありゃ」

幽「神田さんが、壺を開けて、獅子舞で…」

 息を切らしながら、たどたどしく言葉を紡ぐ幽をちらりと見た後、朔太郎はぽん、と幽の肩をたたいた。

朔太郎「細かい事はわからんが、まあ、大体の所はわかった。まあ、俺に任せとけ」

幽「朔太郎、先輩…?」

 幽の戸惑ったような声に応えず、朔太郎は幽を守るように数歩前に出て、獅子舞に向かって大見えを切る。

朔太郎「やいやい、獅子舞野郎、対抗手段を持たないガキに向かって武器を持って襲いかかるってのは、少々大人気ねーんじゃないか?」

獅子舞『大人気ない?弱肉強食は世の常だろう』

朔太郎「弱き者を守るのは強者の務め、ってね。…つっても?弱い者いじめをして喜んでいる時点でたかは知れてるか」

 朔太郎が皮肉気な笑みを浮かべると、獅子舞は気分を害したようにがちがちと歯を鳴らし、前傾姿勢を取った。

獅子舞『其処まで言うなら、よかろう、主から消し炭にしてくれる』

朔太郎「あーらら、簡単に頭に血が上ってら」

 火の玉が数個、朔太郎に向かって放たれる。それは着弾と同時に大きな爆発を起こし、煙が幽の視界を隠す。その衝撃に、幽は足を踏みしめ、腕で頭を庇うようにする。

幽「朔太郎先輩!」

 煙が晴れた時、其処にはぴんぴんした様子で朔太郎が立っていた。よく見ると、朔太郎の前には何か、四角い障壁の様なものが浮かんでいる。

獅子舞『何、だと…?』

朔太郎「これ位の攻撃でオレに傷をつけられると思ってもらっちゃ困るな。お前には力不足、ってやつ?」

 そう言って朔太郎は駆けだし、動揺している獅子舞の胴に白い光を纏った拳を叩きこむ。獅子舞は軽々と吹っ飛び、壁に叩きつけられた。少し呻いている様だが、妖気がクッション代わりになったのか、大してダメージは負っていないようである。

幽「朔太郎先輩、あの獅子舞、神田さんに…ボクのクラスメートに、取り憑いてるんです!」

朔太郎「…あ、やっぱり?殴った感触からして、女の子かな、と思ったら…」

 少し気まずそうな顔をする朔太郎に、幽は続ける。

幽「僕、幽霊とかを祓ったりする方法とか、わかんなくて…」

朔太郎「…まあ、一般人が知ってる様な知識じゃあねぇからな…」

朔太郎は苦々しげな顔をしたが、すぐに真剣な顔に切り替え、獅子舞をにらみつける。

朔太郎「どうせだから、覚えとけ」

幽「何を…ですか?」

獅子舞『オノレ…』

朔太郎「(あやかし)をどうにかするには」

 物凄い勢いで突進してきた獅子舞の頭を、朔太郎は先ほどのように白い光を纏った手で頭を掴むようにして止める。勢いを殺しきれなかった分、後ろに押されるが、そのまま朔太郎は続ける。

朔太郎「究極、どうにかしてやろう、と…倒してやろう、浄化してやろう、と強く思ってその気合いごと拳を叩きこめばいい」

 獅子舞は噛みつこうとするかのようにガチガチと歯を鳴らす。朔太郎は幽に向かって振り返ってニヤリと笑った。

朔太郎「簡単な事だろう?」

幽「っ、先輩!!」

獅子舞『ウグァーッ』

朔太郎「!」

 獅子舞の口から発射された、先程より大きな火の玉が朔太郎に直撃する。朔太郎の体が木の葉のように舞い、窓に叩きつけられる。幸いにして窓を突き破って外に出る事はしなかったが、叩き付けられて頭を打って意識を失ったのか、動かなくなる。

幽「朔太郎先輩!」

獅子舞『コ、ロス…殺シて、喰らってヤる…』

 動かない朔太郎と、暗く鈍い光を目に宿した獅子舞を見比べ、幽は朔太郎を庇うように朔太郎と獅子舞の間に立つ。自分の足が震えている事を自覚しているが、幽はそれを吹き飛ばす様に両手を広げる。

幽「先輩は、殺させない」

 獅子舞はゆらり、ゆらりと数歩踏み出した後、前傾姿勢を取り、突然スピードを上げて幽に向かって突っ込んでくる。幽は突っ込んできた獅子舞を捕えるように肩を掴んで止めようとする。助走距離は先ほどの朔太郎の時より短いとはいえ、幽は朔太郎より腕力が弱いので、朔太郎より多く後ろに押される。幽はそれでも必死に足を踏ん張って突進を止めさせる。

獅子舞『グ、グゥ…』

 幽は先程朔太郎が言った事を思い出す。妖をどうにかしようと思うのなら、強い思いを持って殴ってやればいいのだ、と。

 幽は利き腕である右手に思いっきり力と気合を込める。その手が淡く、白い光を帯びた事に幽は気がつかないが、獅子舞は気が付き、その拳から逃れようと小さく後ずさる。

幽「僕のクラスメートを…神田さんを、返せ!!」

 幽の淡い光を帯びた拳が獅子舞の頭に突き刺さる。幽の拳が突き刺さった所から獅子舞の頭が真っ二つに割れて、少女の顔…獅子舞に取り憑かれていた、くるみの顔が見える。力を失った様に崩れ落ちる少女の体を幽は慌てて受け止める。真っ二つになった獅子舞の頭と、どす黒い色をした妖気のマントはそのままその場に浮かんでいる。幽は気を失っている様子のくるみをその場に寝かせると、獅子舞を見た。

獅子舞『お…の、れ…』

幽「・・・」

 幽の頭の中は、どうすればいいんだろう、という気持ちでいっぱいだった。くるみへの憑依状態が解除された以上、獅子舞をそれ以上どうこうしてやろうという強い気持ちを、幽は持てなかった。というか、恐怖心が今更ながらに湧いて来たのだ。何しろ、真っ二つになった獅子舞の頭がぐねぐねしながらもがちがちと歯を鳴らし、真っ黒な妖気がうねうねと動いているのだ。不気味を通り越して怖いとか恐ろしいとか、狂気を感じるというか、そういう感じである。

鎧塚「――何をしているんだい?桜木君」

 聞き覚えのある声に、幽は振り返りたくなったが、目の前の獅子舞から目を逸らす気にはなれなかった。だから、鎧塚がどんな表情でそんな言葉を言ったのか、幽は知らない。

鎧塚「其処に何か、恐ろしいものでもいるのかい?そんなものはぶっ飛ばしてしまえばいい。恐ろしいものなど、消し去ってしまえばいい」

 幽は、鎧塚の言葉に誘われるように、再び拳を構えていた。

鎧塚「そうだろう?桜木君」

 そう言った鎧塚が心底楽しそうな顔をしていた事を、幽は知らない。

 幽の仄かな黄色い光を纏った拳が獅子舞の割れた頭の片方へと突き刺さり、獅子舞の頭が粉々に砕け散る。それに遅れて妖気のマントが空気に溶け込むように消えていく。



【保健室】

 保健室の白いベッドに、二人の人間が寝かされている。一人は獅子舞の攻撃で窓に叩きつけられ、気を失った朔太郎。もう一人は獅子舞に取り憑かれていたくるみだ。席を外しているのか、養護教諭の姿はなく、眠っている二人の他に保健室にいる人間は、薬の並べられた棚に凭れかかるようにして保健室に備えられていた本を読んでいる鎧塚と、くるみの眠っているベッドの横で丸椅子に座って心配そうな顔をしている幽だけだ。

 ふと、くるみの睫が震え、ゆっくりと目を開ける。

くるみ「うーん…」

幽「あ、神田さん、気がついた?」

くるみ「桜木君…?あれ、私、どうして眠ってたんだろう…?」

 不思議そうにするくるみに、幽は確かめるように問いかける。

幽「神田さん、気を失う前の事は覚えてる?」

くるみ「えーっと…ちょっと待って、今思い出すから」

 くるみはゆっくりと体を起こし、うーん、と考え込んだ。そして、少ししてから、思い出した、という様にぽん、と手を打つ。

くるみ「桜木君の壺を開けたら、何か変な声がして真っ暗になっちゃったんだよね。その後の事は何かあいまいだけど…何か、桜木君が正義のヒーローみたいなセリフを言ってた気がする」

幽「正義のヒーローみたいなセリフ、って…」

 それに、あの壺は別にボクのじゃない、と幽は呟く。どうやら、くるみは獅子舞に取り憑かれていた間の事は記憶があいまいだが、全く意識が無かった訳でもないようである。

桜子『正義のひーろーみたいなせりふ、ってなんですか?』

 幽が鎧塚に話しかけられる原因になった、お下げにセーラー服の少女の地縛霊が幽に問いかける。幽が霊を見る事が出来る事を知らないくるみの前なので、幽は桜子に返事をしない。

くるみ「えーっとね、確か…"僕のクラスメートの神田さんを返せ!"だったかな。かっこよかったよー」

幽「…あー…」

 確かに、そのような事を言った覚えはあった。微妙に言いまわしは違うが。桜子はそれを聞いてぽん、と胸の前で手を合わせる。

桜子『確かに、それはかっこいいですねー』

くるみ「でしょー?」

幽「…えっ」

くるみ・桜子「?」

 くるみと桜子が同時に首を傾げる。

幽「…神田さんって、幽霊とか、見えるの?」

くるみ「何?脈絡もなく。私霊感とか無いよ?」

幽「え、でも…」

桜子『私の言葉に、反応していらっしゃいましたよね?』

くるみ「…そういえば、誰?」

今気がついた、という様にくるみは桜子を指さして首を傾げる。

桜子『私は桜子。この学校の地縛霊をやっています。最近、お話してくれる人が沢山いて、嬉しいです』

くるみ「…幽霊?」

 本当に嬉しそうに言った桜子に、くるみは訳がわからない、という顔をして確認するように呟く。桜子はそれを笑顔で肯定する。

桜子『はい』

くるみ「…幽霊とか、初めて見た…」

鎧塚「何だ、其処に幽霊がいるのか?何処だ?」

幽「突き刺さってます、先輩」

 くるみの呟きに反応して本を読み終わった鎧塚が様子を見に来た。丁度桜子のいた所に立ったため、突き刺さっている様な様子になるが、霊感マイナスの鎧塚には認識できない。冷や汗を流しながら呟かれた幽のセリフにも、首を傾げるだけだった。

鎧塚「そういえば、藤枝君は未だ目を覚まさないのだね」

 鎧塚がそう言った時、丁度朔太郎が目を覚ます。そして、上半身を起こしてゆっくりと辺りを見回した後、小さくため息をついた。

朔太郎「…オレ、かっこわり―…」

幽「そ、そんな事ないですよ、かっこよかったです」

 ふっ飛ばされるまでは。幽が口に出さなかったその言葉は、しっかり伝わってしまった様で、朔太郎は苦笑いを浮かべる。

朔太郎「で、あの妙な獅子舞はどうしたんだ?水月か紫苑辺りでも来たのか?」

 朔太郎が口に出した知らない人の名前に内心首を傾げつつ、幽は答える。

幽「ボクがぶっ飛ばしました」

朔太郎「…マジ?」

その答えを聞いて朔太郎の顔がこわばる。

幽「はい」

朔太郎「オレが言ったとおりにやって?」

幽「はい」

 朔太郎は呆れたように苦笑した。それを見て幽は首を傾げる。

朔太郎「アレさあ、適当なんだよな。紫苑には、"そんなやり方でできるわけがなかろう!!"とか怒鳴られた事がある」

幽「…え」

朔太郎「でもまあ、それで解決したんなら、まあいいや。悪かない。…紫苑にはどやされるかもしれねぇけど、オレが」

くるみ「"しおん"、って誰なんですか?」

朔太郎「ん?…ああ、相馬紫苑…風紀委員長、って言ったらわかりやすいか?」

くるみ「ふっ…風紀委員長?!あの、鬼って噂の?」

朔太郎「おー。つっても、アイツ、クソ真面目なだけで普通に人間だから。鬼じゃねーから」

鎧塚「鬼というのは勿論例えに決まっているだろう?それとも、鬼が本当にいると思っているのかい?藤枝君は」

朔太郎「うぇっ、居たんですか先輩」

鎧塚「初めからずっといたよ」

 桜子に重なるようにして立っていた為、朔太郎からは鎧塚がちゃんと見えていなかったらしい。うろたえた様子の朔太郎にくるみは首を傾げ、幽は苦笑した。

朔太郎「そういえば、今何時ですか?」

 話を逸らそうとしたのか、朔太郎がそう言った瞬間にチャイムの音が響く。

鎧塚「丁度5時間目が終わった様だな」

朔太郎「…って事は、まるまる一時限分は寝てたわけか…」

 朔太郎はそう呟くと伸びをした。そしてさっさとベッドから降りる。

幽「大丈夫なんですか?」

朔太郎「大丈夫、大丈夫。これでもそこそこ鍛えてるから」

幽「そう…何ですか?」

朔太郎「おう。でもま、そっちの…神田、だっけ?お前はあんま無理すんなよ。出来たら一応病院にも行っとけ。どっか怪我してるといけないし」

くるみ「え、あ、はい」

朔太郎「じゃーな」

 朔太郎はさっさと去っていった。それを見送って鎧塚は呟く。

鎧塚「…逃げられた」

 幽は苦笑するしかなかった。



【オカルト研究会部室】

 授業が終わった後、幽は鎧塚に部室に呼び出された。それに興味を持ったくるみも一緒に来ている。くるみに向けて幽に対してしたのと同じ説明をした後、鎧塚は問いかけた。

鎧塚「それで、二人はオカ研に入ってくれるかい?」

くるみ「はーい、質問でーす」

鎧塚「何だい?神田君」

くるみ「鎧塚先輩は神様を探しているんですよね?」

鎧塚「ああ、そうだよ」

くるみ「それ、手がかりとかあるんですか?」

鎧塚「無い訳じゃないよ。…でも、協力者(部員)でもない人間に詳しく教える事は出来ないかな」

くるみ「えー…じゃあ、もう一つ。神様って、見つけた人一人一人のお願いを聞いてくれるんですか?」

鎧塚「うーん…多分、そうだと思うよ。機嫌を損ねさえしなければ、何でも叶えてくれるという話だしね」

くるみ「はーい、じゃあ、私オカ研に入ります!面白そうだし」

幽「え、そんな簡単に入っちゃっていいの?!」

くるみ「だって、部活だよ?そうそう難しく考える事じゃないと思うけど。かけ持ちとか、できない訳じゃないし」

 私茶華部の部員だし、とくるみは付け加える。それを聞いて、幽は、そういえばこれは部活の話だった、と今更ながらに思う。非日常的な出来事に塗れた話だったから、それこそ将来に関わる話のように、重大な話だと思っていたが、其処までの事でもないのかもしれない、と思う。

幽「…ボクも、オカ研に入ります」

鎧塚「うむ、君ならそう言ってくれると思っていたよ。歓迎するよ、二人とも」



【昇降口】

鎧塚たちと別れた後、昇降口で幽は美幸とはち合わせた。どうやら、帰る所の様だ。

幽「あ、美幸ちゃん」

美幸「幽君。今帰り?」

幽「うん。美幸ちゃんは?」

美幸「ボクも今帰る所だよ。あ、一緒に帰る?」

幽「う、うん、喜んで!…あ、でも」

美幸「?」

 首を傾げる美幸に、幽は少しためらった後に問いかける。

幽「雄太君は一緒じゃないの?」

美幸「雄太君はジョギングして帰るからって先に帰ったよ。ボクは委員会があったし」

幽「そうなんだ…」

 こともなげに言う美幸に、幽は複雑な顔で相づちを打つ。それを見て、美幸はいたずらっぽく笑って問いかける。

美幸「雄太君が一緒の方が良かった?」

幽「あ、いや、そういう事じゃないけど」

美幸「そう?」



【梅木家玄関前】

美幸「じゃあ、また明日」

幽「うん、また、明日…」

 向かいの家に入っていく美幸を見送って、幽は自分の家に入った。




【梅木家玄関前】

 次の日。前日と同じように、向かいの家から出てきた美幸達に幽は挨拶をする。そして、朔太郎の姿がない事に気付いた。

幽「あれ、朔太郎先輩は?」

美幸「朔兄は、用事があるから、って先に学校に行ったよ」

幽「そう…なんだ」

 昨日獅子舞にぶっ飛ばされた事が後を引いているんじゃあ、と幽は心配になるが、美幸の様子を見る限り、そんな事はなさそうである。四人は学校への道を歩き始めた。



【1‐C教室】

 教室内に、昨日の獅子舞のものによると思われる焦げ跡を見つけ、幽は何とも言えないような顔をした。そんな幽を見つけたくるみが声をかける。

くるみ「あ、桜木君おはよー。なんか昨日校内でボヤ騒ぎがあったんだってー。こわいねー」

幽「おはよう、神田さん。…確かにそれは怖いね」

それは自分達の起こしたあの騒動だ、とは言えない幽だった。



【オカルト研究会部室】

授業後、部室に来た幽は言葉を失った。扉を開けた姿勢のまま固まった幽を、くるみがつっつく。

くるみ「どうしたの?桜木君。何かあった?」

幽「…獅子舞」

くるみ「獅子舞?」

 くるみが横からひょい、と部室の中を覗き込む。そして首を傾げた。

くるみ「獅子舞が何処にいるの?」

幽「え、えーと…その…」

獅子舞『誰が獅子舞だ』

 ふわり、と浮いた獅子舞が幽の鼻先で揺れる。

獅子舞『わっしは獅子舞ではない。その名も偉大な天之伽具槌様だ』

幽「アマノ、カグツチ?」

 獅子舞は胸を張るようなしぐさをして見せる。落ちついてよく見てみると、昨日くるみに取り憑いた妖とは少し違う様である。真っ赤な獅子舞の様な顔をしているのは同じだが、纏うのは黒い妖気ではなく、これまた真っ赤な炎だ。但し、近づいても熱くは無い。また、その瞳は空のように真っ青で澄んだ色をしている。ふさふさの鬣と眉毛はまっ白だ。

獅子舞『うむ』

くるみ「桜木君、桜木君、私にもわかるように説明してよ」


 どうやら、獅子舞、もとい天之伽具槌は昨日の獅子舞とは同一の妖であって同一の妖ではないらしい。

幽「どういう事?」

伽具槌『あの時の事は曖昧にしか覚えておらんが…悪い気によって狂っていた訳だからな。わっしは弱い者いじめをして喜ぶような雑魚ではない』

幽「…そこそこ覚えてるんじゃない?」

伽具槌『わっしは、弱い者いじめなどせん!』

幽「いや、それはわかったけど」

 首を傾げているくるみに、幽は伽具槌の言った事を説明する。くるみはわかったような、わからないような、微妙な顔をした。

くるみ「うーんと…つまり、伽具槌ちゃんは悪い妖怪じゃない、って事?」

伽具槌『悪い妖怪じゃない、ではない。そもそもわっしは妖怪ではない。わっしは焔の神だ』

 伽具槌はそう言って胸を張って見せる。それを見て幽は微妙な顔をした。

幽「…え、神様なの?」

くるみ「神様?神様って、鎧塚先輩が探してる何でも叶えてくれるっていう?」

伽具槌『嬢ちゃんがいっとる神様はわっしの事ではないな。わっしはあくまでも焔の神じゃけん、何でも叶える何ちゅー大それたことはできん』

幽「鎧塚先輩が探してる神様とは別の神様だって」

くるみ「なーんだ、残念」

 くるみががっかりした顔をすると、伽具槌はへにょり、と眉を下げた。そんな二人を見て、幽は苦笑する。

鎧塚「…おや、桜木君と神田君は既に来ていたのだな。感心、感心」

くるみ・幽「「鎧塚先輩」」

伽具槌『何だ?この嬢ちゃんは』

幽「この人は鎧塚先輩って言って、オカ研の副部長だよ」

 そういえば、鎧塚先輩が副部長という事は、部長って誰なんだろう、と幽はふと思ったが、今は関係ないので置いておく事にした。

鎧塚「其処に何かいるのか?」

幽「伽具槌っていう(自称)焔の神様がいます」

鎧塚「ふむ、焔の神、か」

 鎧塚は幽が示した机の上に目をやる。矢張り見えてはいない様で、全く目線もあっていない。

鎧塚「私の名は鎧塚都虎。オカ研の副部長だ」

伽具槌『ほう。わっしは伽具槌だ。…といっても、嬢ちゃんには見えても聞こえてもおらんようだが』

 そんな二人を見て、幽は苦笑した。くるみは幽を見て首を傾げる。

鎧塚「まあ、そんな事は置いておいて…桜木君、神田君、ちょっとついてきてくれないかな?」



【聖城学園・裏庭】

 鎧塚に連れられて二人がやってきたのは学園の裏庭だった。伽具槌も面白そうだからとついてきている。裏庭には何本もの木が植えられていて、ちょっとした雑木林のようになっている。ちなみに、三人とも上履きから靴へと履き替えている。

くるみ「裏庭に何かあるんですか?鎧塚先輩」

鎧塚「うむ。裏庭の林の中には何やら祭壇の様な形をした石があるのだ。其処が神様に何か関係があるのではないか、と思ってね」

幽「祭壇の様な石…ですか」

鎧塚「うむ、こちらだ」

 鎧塚がそう言って林の中を歩いて行く。その足取りに迷いはなく、何度も来た事があるのかもしれない、と幽は思った。


林の中に不自然に開いた空間。そこにその石はあった。祭壇の様な形かどうかは見た人の感性にもよるだろうが、どちらにせよ、人工的に据えられたものであるのは間違いないだろうと思われた。

幽「此処…ですか?」

鎧塚「ああ、此処だ」

くるみ「確かに、ちょっと変わった場所ですねー」

伽具槌『此処は…』

幽「伽具槌は何か知ってるの?」

伽具槌『何か…覚えはある気がするのだが…どうにも、目を覚ますのが久方ぶりだからな』

 何やら難しい顔(?)をして考え込む伽具槌を見つめる幽とは対照的に、くるみは楽しそうに石の周りをぐるっと見て回っていた。そして、ふと石の隙間に何かを見た気がして立ち止まる。それを見て鎧塚が首を傾げる。

鎧塚「どうかしたのかい?神田君」

くるみ「此処に、何か…何だろう、えっと…しっぽ?みたいなものが見えた気がして…」

鎧塚「しっぽ?」

 訝しげに問い返した鎧塚に、くるみは何か答えようとするが、その前に飛び出してきたものがあった。それに押されてくるみは尻餅をつく。

くるみ「いったぁ…」

幽「大丈夫?神田さん」

 心配そうに問いかけた幽に、くるみは苦笑した後手を振って答える。

くるみ「大丈夫、大丈夫。ちょっと尻餅ついちゃっただけだから」

幽「そう?ならいいんだけど…」

鎧塚「一体、どうして突然転んだんだい?」

くるみ「えっと、何か、この子がいきなりぶつかってきて…」

 くるみは灰色の毛玉を抱き上げて二人に示す。

幽「…えっと、リス?」

鎧塚「?何かいるのかい?」

 訝しげな顔をする鎧塚に、くるみは不思議そうな顔をするが、幽はふとその意味に気付く。つまり、

幽「神田さん、それはリスじゃない、妖だ!」

くるみ「え?」

 その時、リスが尻尾を大きく膨らませ周りに紫電を走らせる。その電撃が直撃し、くるみはその場に倒れる。リスは倒れるくるみの手から飛び出して、綺麗に着地すると膨らませた尻尾を立て、幽と鎧塚を見た。リスの体の周りを静電気のように電気が弾けている。

鎧塚「神田君?!」

幽「ど、どうしよう!?」

 慌てる二人を見て、伽具槌がため息をついて言う。

伽具槌『どうしようもこうしようも、まずは嬢ちゃんを安全な所に連れていった方がいいだろう。あの妖と正面から戦うかはまた別として、な』

幽「そ、そうだね、まずは神田さんを助けないと」

鎧塚「一体、何がどうなってるんだい?」

幽「先輩は、何処まで認識できていますか?」

鎧塚「突然雷が神田君の手元で弾けて神田君が倒れた。…今も神田君の前に小さな雷の塊があるな」

幽「それ、妖です。…先輩、神田さんを連れて此処から離れる事って出来ますか?」

鎧塚「やってやれない事は無いと思うが…君はどうするんだい?」

幽「…取り敢えず、先輩と神田さんが安全な所まで離れるまで、ボクがあの妖を引きつけます」

鎧塚「それは、男らしい事だね」

 真剣な顔をする幽を見て鎧塚は肩をすくめた。幽の顔がこわばっている事に関してはスルーする事にしたらしい。まっすぐにリスを見つめる幽を一瞥した後、体をほぐす様に腕と足を順番に伸ばした。

鎧塚「無茶はしなくてもいいよ。無理をして妖怪退治をする必要はない。出来れば、で十分だ」

幽「…はい」

「「いち、にの、さんっ!」」

 掛け声と同時に、鎧塚はリスを避けてくるみの所へ回り込むように走りだし、幽は一直線にリスの元へと駆けだした。リスはちらりと鎧塚に目をやったが、すぐに幽に向けて威嚇するように尻尾をかざす。その尻尾が本体よりも多くの雷を纏っている事に気付き、幽は一瞬怯んだが、淡い光を纏った拳を叩きこむ。触れた瞬間、大きく雷が弾け、幽は後ろに吹き飛ばされた。

伽具槌『何をやっとるんだ、坊主』

幽「朔太郎先輩が、妖をどうにかしたいと思ったら、強い思いを持って殴ればいい、って言ってたから…」

 呆れた様な顔をした伽具槌だったが、幽の言葉を聞いてふむ、と声を漏らした。

伽具槌『…まあ、多少霊力はこもっていたようだが…本体に触れる前に吹き飛ばされるのでは、意味がないな』

 二人がそのようなやり取りをしている間に、鎧塚はくるみの元に辿り着き、抱き上げていた。

鎧塚「桜木君、私は神田君を保健室に連れて行ってこよう。後は任せたぞ!」

幽「はい!」

 その声に反応したのか、リスが鎧塚たちの方を向くが、幽が投げた石に気づいてまた勇の方へ視線を戻す。

幽「お前の相手はボクだ」



 幽は苦戦していた。雷に阻まれて拳が当たらないのである。

幽「…当たれば、それで終わりなはずなのに…」

 いらだった様子の幽を見て、伽具槌がふむ、と呟く。

伽具槌『…坊主』

幽「何?伽具槌。何か解決法でもあるの?」

伽具槌『うむ。わっしと契約でも結んでみるか?』

幽「契約?」

伽具槌『わっしはおぬしに力を貸す。おぬしはわっしに霊力を供給する、という契約だ。取引といってもいい』

幽「…どうすればいいの?」

伽具槌『わっしに名を与えろ』

幽「名前…?」

伽具槌『うむ。名とは、霊的な存在にとって重要なもの…故に、名を交わして契約を行う。わっしに、坊主の思う様に呼び名をつけろ』

幽「呼び、名…」

伽具槌『…言っとくが、獅子舞はなしだぞ』

幽「…わかった。契約をしよう」

伽具槌『では、わっしの後に続いて唱えよ』

『我、天之伽具槌、汝、桜木幽と契約を交わす』

「我、桜木幽、汝、天之伽具槌と契約を交わす」

二人の周りに、焔が魔法陣の様に円を描く。

『我、剣として汝に力を与える』「我、剣の対価として汝に力を与える」

『我が名を呼べ、坊主!!』「僕に力を貸して、獅子丸!!」

 赤い炎が二人を包み込む。それが収まった時、伽具槌…獅子丸は、幽へと憑依を完了していた。燃え盛る炎をマントのように纏い、両手は獅子の頭を模した手甲に覆われている。そして、その右肩には獅子舞の様な獅子丸の頭があった。髪は獅子丸のそれのように、まっ白で、焔の揺らめきに合わせてなびいている。

獅子丸『契約成立だ、坊主』

幽「なんだろう、なんだか、力がわいてくる…」

獅子丸『無駄事をしている時間は無いぞ。おぬしの霊力は其処まで高くは無いからな。この状態は精々5分しかもたないだろう。あの妖を片付けるというのなら、さっさとやる事だ』

幽「言われなくても」

 幽が拳を構えると、手甲が焔と光を纏った。リスはその拳を見ても動じず、これまでのように膨らませた尾をかざした。

幽「これで、決める!!」

 幽は大地を蹴って大きく振りかぶった拳をリスへ叩きこむ。雷と焔がぶつかり合って弾けるが、幽は怯まない。そして、ついに幽の拳がリスに突き刺さる。そして、白い光がリスを貫いた。


 大の字になって寝転がる幽。天に向かって拳を突き上げた。

幽「…やった」

獅子丸『うむ、よくやったな、坊主』

 獅子丸はそう言って憑依を解く。獅子丸の額には、それまでに無かった模様が浮き出ていた。

幽「…獅子丸、その模様、何?」

獅子丸『契約印だな。契約を結ぶと、体に現れる。おぬしの体にも浮かんでいる筈だ』

幽「え、嘘、何処に?」

 慌てる幽の左手首を獅子丸は示す。其処には、獅子丸の額にあるのと同じ模様が浮かんでいた。

幽「本当だ…此処、服で隠れるかな?…隠れなかったら、リストバンドでも、すればいいかな…?」

獅子丸『隠すつもりか?坊主』

幽「…いや、校則違反にはそれなりに厳しいから、この学校」

 ボディペイントもタトゥーも、少なくとも、OKという事は無いだろう。

獅子丸『どうせ、嬢ちゃんみたいな霊感のないただの人間には見えぬぞ?』

幽「そういう問題じゃないって。…ていうか、それってつまり相手に霊感があったらアウトじゃん」

獅子丸『あう…?』

幽「ダメって事。…この学校で霊が見えるの、僕だけってわけじゃない事はわかりきっているし」

獅子丸『気にする必要はないと思うがなあ』

 獅子丸が何だかさびしそうにするので幽は少し気がとがめる気もしたが、校則破りは非常にまずいと聞いているので、一応隠す手段を考えておこう、と思った。



【???:何処か暗い部屋】

「まさか、アレと契約をするとは思わなかったな」

「予想外、か?」

「全くの予想外、とは言わないね。寧ろ、望む所、という事だ。…私が直接霊力の使い方を教えてあげる訳にはいかないからね」

「それもそうだな。霊感がないどころかマイナスへ突っ切っている人間が、霊力の扱い方を知っているわけがない」

「それを言ってくれるな。私も苦々しく思っているのだから」

 そう答えたのは鎧塚。暗がりにいる人物に向かって嫣然と笑みを浮かべて言う。

鎧塚「だが、すぐに取り戻して見せる。あの少年を、利用して」






「今後の展開」

獅子丸と協力して次々と現れる妖怪を退治していく幽とくるみ。途中、雄太が狐に取り憑かれたり、オカ研が生徒会未承認だという事が発覚したり、幽がオカ研以外に所属していなかった事と校内の器物破損などを理由に三日間の謹慎処分を受けたり、などをしつつ幽は着々と妖怪退治、霊力を高めていく。

そんなある日、幽は妖怪と親しげに触れ合う少年に出会う。彼こそが聖城学園の生徒会長、折原水月だった。水月は幽に問いかける。何故、妖怪たちを退治するのか。彼らは"悪い"ものではないのに、と。その場で返答をする事が出来なかった幽は、何体かの式神を従えている事が判明していた美幸に相談する。そして、妖怪にも、神にも善悪など無い事、聖城の地に住む妖怪は元々穏やかで悪さをする様なものなどいなかった事を知る。誰かが、妖怪たちに悪い気を与えて狂わせていたのだと。

真実を知って苦悩する幽などお構いなしに妖怪は現れる。迷いながらも幽は妖怪を退治していく。そんな幽とオカ研を生徒会は敵とみなし、美幸と朔太郎も幽の前に立ちはだかる。

オカ研と生徒会のぶつかり合いのさ中、鎧塚が生徒会室に置かれていた鏡を落とし、割ってしまう。その途端割れた鏡から邪悪な妖気が溢れだした。妖気の直撃を受けた鎧塚は、しかし、高らかに笑い、悪役の笑みを浮かべる。時が来た、と。

鎧塚は語る。彼女はこの地に封印されていた白鬼の抜け殻であり、封印を解くために幽を利用していたのだと。また、妖怪を狂わせていたのは鎧塚なのだと。

驚愕する幽とくるみ。だが、生徒会側のメンバーはそれ程驚いた様子は無い。

鎧塚は最後の仕上げだ、と幽へと刃を突きつける。白鬼の完全な復活の為に、何時の間にか鬼憑きとなっていた幽の魂を奪う、と。



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