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ファルコンアイ1

「あらすじ」

 フリーランをモチーフにした、仮想現実空間で行われるポイントラリーレース「ラタトスクメイル」。その最高峰、ユグドラシルカップの勝者フレズベルグになる事を目指す少年が、彼の憧れる上位ランカーと出くわす事から物語は始まる。





『ラタトスクメイル』

 仮想現実空間の中に作られた幾つかのチェックポイントを通り、たった一つのゴールへと向かう、それだけの競技だ。スタート地点は幾つかのポイントの中からランダムで選ばれ、其処からゴールまでのルートはチェックポイントを通りさえすればプレイヤーの自由だ。しかし、ただ速くゴールをすればいいという訳ではなく、いかに観客を魅せるかということも重要な事だ。現チャンピオンであり、フレズベルグの称号を持つ殿堂入りランカー・イーグルは自らの実力をあまさず見せつけて勝利することを信条としているらしい。



【ホール】

 小柄な少年が準備運動をしている。小動物の様な愛らしい顔立ちをしているが、彼もまたラタトスクメイルのプレイヤーである。彼の登録名はjay。最下位ランクであるムスペルヘイムのプレイヤーだ。

ジェイ「ファルコンさん、やっぱりカッコいいなあ…」

 ジェイはホール内に設置されたオーロラヴィジョンに映し出されているプレイヤーを見つめて呟く。切れ長の目とオールバックにされた髪が特徴の、長身のプレイヤーだ。彼の名はファルコン。誇りを第一に考えるプレイヤーであり、上位ランクであるアルフヘイムのプレイヤーである。紳士的でクールな姿勢から、まだ最上位ランク・アースガルズに達していないのに高い人気を持っている。

ジェイ「僕もあんな風に走りたいなあ」

 画面の中で、ファルコンがまるで空をかけるように高いビルの上を駆けていく。己の身体能力と、その場のギミックと機転だけで広いフィールドを走破する。その姿はまるで風のように見えた。

「ジェイ、お前のいく番だぞ」

ジェイ「あ、うん…」

 オーロラヴィジョンを名残惜しげに見ながら、ジェイは下位ランカー用のゲートへ歩いていく。

試合フィールドに出る為のゲートは大きくわけて五つに分かれている。下位ランク(ニヴルヘイム、ヘルヘイム、ムスペルヘイム)、中位ランク(ヨトゥンヘイム、ミズガルズ、ニダヴェリル)、上位ランク(アルフヘイム、ヴァナヘイム)、最上位ランク(アースガルズ)、それに特殊ランク(ウルザブルン、ミーミスブルン、フヴェルゲルミル)だ。特殊ランクとはより上位のランクへあがる為の試験を受けることの出来るランクの事であり、元々はランクではなかったが、試験で引っかかってランクが滞るプレイヤーが出たため、それを揶揄って呼んでいたのが何時の間にかランク名の一種として定着していたものである。それぞれアルフヘイム、ヨトゥンヘイム、ニヴルヘイムとほぼ同義(公式的な扱いはそちら)になる。

 ちなみに昇級は勝利ポイントの加算によって行われる。敗北によってポイントが減算される事はないが、酷い試合を行ったり、反則を行ったりした場合は減算される事もある。



【市街フィールド】

 ジェイは集中するように目を閉じて大きく呼吸をする。左腕に付けた腕時計型の装具から、試合開始までの時間と、何も表示されていない大まかな白地図が表示されている。試合開始と同時にこの地図にチェックポイントとゴールの位置、そして彼の現在地が表示される事になっている。装具には幾つかの種類があり、自分の使い易いものを選ぶ事が出来るが、どれも機能は同じである。

下位ランクの試合のチェックポイントは多くても4つ程度になる。中位で6つ、上位で8つ、最上位で10だ。同時に、上位になる程フィールド自体も広くなる。また、上位ランクほどポイントが難しい場所に設置されている事が多い。

試合開始のバズーカが鳴らされ、ジェイは走りだす。地図には2つのチェックポイントとゴールの位置が追加される。自分の現在地を表すマーカーが赤く光りながら地図の東南から北へ向かって動いている。ジェイは取り敢えず、より近い方にある西側のチェックポイントを目指す事にした。ちなみに、基本的にフィールドは北と南ははじまで行くと行き止まり、東と西はループで繋がるようになっているという構造になっている。つまり、東に進み続けると西から戻ってくることになる。逆もまたしかり。


 チェックポイントで装具を認識させることでフラグが立ち、チェックポイントをクリアした事になる。この時、チェックポイントにある装置の大体半径1~2m以内に入らないといけない。認識自体は一瞬なので、側を走り抜ければ十分なのだが、装置は高い位置にある時もあり、その時はその近くまで登る必要がある。

 ジェイは僅かなでっぱりを足場にして駆けのぼる様にして一つ目のチェックポイント、建物の屋上にあった装置の横を通り抜ける。装具から電子音がして地図のチェックポイントに旗のマークがつく。ジェイはそれを横目で見ると、もう一つのチェックポイントのある方へ向かって屋根の上を飛び移る様にして駆けていく。地図には通った道の周りだけ詳細な地図が追加されている。

 別のプレイヤーとすれ違い、ジェイは足を速める。所属している人数の関係から、中位ランカーの試合が最も一度に試合に参加する人数が多くなる。試合によっては10人以上のプレイヤーが一度に走る事になる場合もある。この試合の参加プレイヤーはジェイを含めて5人だ。他のプレイヤーに直接攻撃を仕掛ける事は禁止事項だが、だからと言って妨害する事が禁止されている訳ではない。尤も、下位ランカーの大半は自分の試合をこなすことで手いっぱいなのだが。

 滑車ギミックを発見し、ジェイは迷わずそれに手をかける。

ジェイ「やっふーー!!」

 滑車にぶら下がって滑走する。転がるように着地してそのまままた走りだす。途中少しよろけかけるが、何とか転ばずに走り抜ける。そして地図に目をやり、微妙に向かう方向がずれていた事に気づいて慌てて方向修正をかける。前方が別のプレイヤーが走ってきたのを左側の壁に飛び付き、其処を走ることで避ける。5mほど走った所でまた道に戻る。

 広場の真ん中に設置されていた装置の横を通り、電子音と共に二つ目の旗を立てると、今度はゴールに向かう。今回のゴールは中央に見える少し大きなビルの屋上だが、建物の中に入ることはできない。つまり、外壁や非常階段を上ることで向かわなければならない。

 狭い路地裏を三角飛びの要領で屋根まで登る。屋根伝いに建物の上を走り、中央のビルへ向かう。ちらほら他の参加者がビルへ向かっているのを見かける。そのうち一人、ジェイと並走していた男が口を開く。

「何でお前みたいなチビがラタトスクメイルに参加してるんだ?」

ジェイ「チビは関係ないだろ!」

 背が低い事はジェイのコンプレックスの一つである。ジェイは自分の身長以上の隙間のある所を勢いよく飛び越える。ビルの東側に回り込んだジェイは、壁に設置された上部からの梯子を見つけ、それに飛び付くようにして捕まり、そのまま上へのぼる。梯子は地上まで伸びている訳ではなく、途中で途切れている。何時の間にか男はルートを変えたのか、近くにはいなくなっている。自分に腕力があまりない事を自覚しているジェイは、とにかく速く、と思う。そして、登りきったところでそこが屋上ではない事に気付き、一瞬顔を顰めるが、すぐ気を取り直して階段へ向かう。階段を二段三段とばして飛ぶように登る。

 そして登りきった屋上に、あったゲートを転がるように潜り抜ける。

【ゴールフィールド】

「jay選手、ゴール。到着順は三番です」

 管理者の無機質な声が聞こえてジェイは転がった姿勢のまま息を整える。そして、もっと体力を鍛えないといけない、と思う。ようやく息が整い、ジェイが起き上がると、一人のプレイヤーが彼に話しかける。

「…お前さ、ペース配分って知ってる?」

ジェイ「なにそれおいしいの」

 ジェイが目を逸らしつつそういうと、そのプレイヤー…登録名parakeetは呆れた顔をした。彼はジェイと同じムスペルヘイムランクのプレイヤーだが、先輩であり、もうそろそろヘルヘイムに達しようとしている。

パラキート「今はフィールドも小さいし、チェックポイントも少ないからそれで大丈夫かもしれないけど…すぐ体力足りなくなるぞ。あのフレズベルグのイーグルだって緩急つけて体力配分しなきゃならないんだから」

 まあ、あの人の場合その方がよりかっこよく見えるってのもあるんだろうけど。パラキートはそう付け加えた。ジェイは小さくため息をつく。

ジェイ「でも、僕まだ技巧とかないし、スピードだけでも上に行けるようにしないと」

パラキート「ラタトスクメイルにおいて、スピードは前提条件だと思うけどな。つうか、お前全然体力足りてねえんじゃねえの」

ジェイ「…否定できない」

パラキート「…ま、まずは練習あるのみ、って事だな。試合に出続けることだけで勝ちぬける程の実力がつけられる程、ラタトスクメイルは甘くないからな」

 ジェイは、順位を聞いたらフリーフィールドに出て訓練をしよう、と決める。

「総合順位を発表します」

 管理者の声がするので、電光掲示板に目をやると、クリアタイムとアピールポイント(ギミックの利用や、ルート取りの仕方などによって加算されるポイント)によって決まる総合順位が表示されている。パラキートは一位で、ジェイは三位だった。パラキートはタイムでは二番だったが、アピールポイントで競り勝った様である。

パラキート「…よし、これでヘルヘイムに昇級できる」

ジェイ「…おめでと」

パラキート「ああ。お前も頑張れよ」



【ホール】

 ジェイがホールに戻った時、既にファルコンの参加していた試合は終了していたようで、電光掲示板の上位ランカー用のものにファルコンの記録が表示されていた。ファルコンは一位だったが、二位とは僅差で、行動一つでひっくり返っていた程だった。

ジェイ「…やっぱファルコンさんはすごいなあ」

 ジェイは呟いて、僕も頑張らないと、と気合を入れ直す。

「あ、あれ、ファルコン選手じゃない?」

 そんな声を聞きつけ、ジェイは振り返る。ファルコンは選手用の受付カウンターのAIと何やら話をしていたが、すぐに話がついたのか、フリーフィールド用のゲートに歩いて行った。ジェイは迷わずそれを追いかける。フリーフィールドに出るという事は、訓練をするという事である。ファルコンがどのような訓練をしているのか、興味があった。幸い、フリーフィールドの使用は一部を除いてランクによる制限はない。ファルコンが森林フィールドを選択したのを意外に思いながら、ジェイはそれに続いて森林のフリーフィールドに移動する。


【フリーフィールド・森林】

ファルコンが森の奥へ向かって歩いて行くのを見て、ジェイはそれを追いかける。何度か他のプレイヤーが訓練するのを見かけつつ、ファルコンは森林フィールド内にある滝の一つの傍に来た所で振り返って不思議そうな顔をしてジェイを見る。

ファルコン「私に何か用かな?」

ジェイ「え、えっと…僕、ファルコンさんのファンなんです!」

ファルコン「私の、ファン?」

ジェイ「はい!」

 ジェイが力強く答えると、ファルコンはやはり不思議そうな顔をする。

ファルコン「だから、私についてきたのかい?」

ジェイ「えっと、ファルコンさんはどんな訓練をしてるのかと思って…」

ファルコン「別に、特別な事はしてないけれど…でも、だからってこんな所に入り込むものじゃないよ?」

 ファルコンの言葉に一瞬ジェイはきょとんとして、それからファルコンが自分をファルコンに憧れているだけのただのファンだと思ったのだと気づく。

ジェイ「いや、僕、これでもプレイヤーです。…まだムスペルヘイムだけど」

ファルコン「そうなのかい?それはすまなかったね」

 ファルコンは苦笑を浮かべる。ジェイはぶんぶんと首を振った。

ジェイ「いえ、僕、チビだから、いつも、何で子供が入り込んでるんだ?とか言われますから」

ファルコン「そうか…。それは大変だね。私も、昔は子供扱いされていたからよくわかるよ」

ジェイ「ファルコンさんが?」

ファルコン「私だって最初からこうして上位ランカーとして走っていた訳じゃあないさ」

ジェイ「へえー」

ファルコン「…今の私がいるのは、師匠のおかげだ」

 ファルコンは左手をぎゅっと握りしめて目を伏せた。ジェイは小さく疑問符を浮かべる。

ジェイ「…ファルコンさん?」

ファルコン「…いや、何でもないよ。体が小さい事を気にするよりは、それを生かす戦法を考える方がいいと思うよ。それに、自分の得意なことにもっと磨きをかけるとかね」

ジェイ「得意な事に磨きをかける、ですか…?」

ファルコン「苦手をなくすことも大事だっていう人もいるけれど…どんなコースを取ることもプレイヤーの自由だからね。自分の得意なルートを使えばいい。どんなフィールドにだって、コースは一つきりじゃないからね」

 ファルコンはそういってくすり、と笑みを浮かべる。ジェイはそれにつられて満面の笑みを浮かべた。

ジェイ「はい!」


ジェイ「それにしても…」

ファルコン「ん?」

ジェイ「ファルコンさんって、背が高いですよね…羨ましいです」

 ジェイはファルコンを見上げて呟く。ジェイとファルコンの身長差は頭一つ分以上あり、それこそ、大人と子供ほどの差があった。

ファルコン「あー…きっと、君もしっかり身長が伸びるさ。私もラタトスクメイルのプレイヤーとして、走るようになってから背が伸びてきたから」

ジェイ「でも、僕、多分成長期は終わっていると思うんです」

ファルコン「そうかい?」

ジェイ「これでも、17歳ですから」

 ジェイが苦笑して言うと、ファルコンは目を瞬かせた。

ファルコン「…本当かい?」

ジェイ「はい」

ファルコン「…という事は、私とは7つ違うのか」

 ファルコンはぽつり、と呟く。ジェイは、年相応に見られないのは慣れてます、と少し沈んだ様子で呟く。ファルコンは慰めようとしたのか、少し困った様な顔をしながらもいう。

ファルコン「まだ、成長を諦めなくても大丈夫なんじゃないかい?それに、体が小さい事だって、本人次第で利点にできる筈だ」

ジェイ「…頑張ります」


「ファルコン」

 声をかけられ、ファルコンはハッとして振り返る。そして、楽しそうな笑みを浮かべた。

ファルコン「やあ、カイト。どうしたんだい?私に何か用かい?」

カイト「いや、見かけたから声をかけただけだ」

 短めで癖のある黒髪に、目元がきつめな長身の青年だ。しっかりと筋肉がついた体をしているが、筋肉達磨というていではない。彼は登録名・kite。ファルコンと同じくランク・アルフヘイムのプレイヤーであり、自他共に認める彼のライバルである。先ほどの試合でファルコンに僅差で負けたのもカイトだ。

カイト「…だが、次の試合ではオレが勝つ、と言っておく」

 カイトはそういって不敵な笑みを浮かべる。ファルコンはそれを聞いて柔らかだが、強かな笑みを浮かべる。

ファルコン「正々堂々、受けて立とう」

カイト「オレは、正々堂々、とはしない」

 カイトは肩を竦め、皮肉気な笑みを浮かべる。彼は勝利にどん欲で、ルール違反ぎりぎりの事もやってのけるプレイヤーだ。ずるやルール違反を嫌うファルコンとは正反対なプレイヤーである。とはいえ、ルール違反を犯す事はなく、あくまでもギリギリのラインを狙うし、好んで汚い事をする訳でもない。単純に、その時に最も有効な手段を考える時に、そういう手段を選択肢に入れるか入れないか、という程度の違いである。そして、カイトはそうすると決めたら躊躇わずにやってのける。そんな彼はちょい悪に通じるところがあるのか、割と人気がある。彼の持つ実力が確かなものだということもあるんだろう。

ファルコン「…それが君だってことは私もわかっているさ」

カイト「ならば、オレは言おう。…オレは勝利に全身全霊をかける」

ファルコン「受けて立ちます。そして、全身全霊を持ってあなたと戦います」

 そろって不敵な笑みを浮かべて見つめ合う二人を見て、ジェイが呟く。

ジェイ「…意外と、仲がいいんですね」

カイト「…ん?誰だ、お前」

ジェイ「えと、ジェイです。ムスペルヘイムのプレイヤーです」

カイト「ふぅん。知っているかもしれないが、オレはカイト。アルフヘイムのプレイヤーであり、こいつのライバルだ」

 カイトはそういってファルコンを指さす。指を差されたファルコンは苦笑いをしている。

ジェイ「知ってます。ボクはファルコンさんのファンですから」

カイト「へえ。…まあ、そうだろうとは思ったが」

 ジェイが疑問符を浮かべた時、カイトの指をファルコンが折る。

ファルコン「いい加減、人を指さすのは止めてくれるかい?それとも、人を指さしちゃいけないって知らないのかな」

カイト「そんなのわざとに決まってるだろう。それ位、知っててやってるさ」

 カイトの言葉に、ファルコンは苦い顔をする。それを見てカイトは楽しそうに笑った。

ジェイ「…やっぱり、仲がいいってわけでもないのかな…」

カイト「ん?…まあ、オレとファルコンは出会ったころからライバルだったからな。いわゆる好敵手ってやつ?」

ファルコン「確かに、好敵手というに相応しい相手だろうね。いつも僅差になるし」

カイト「戦績はどうだったか…五分五分ぐらいか?」

ファルコン「勝って負けての繰り返しだから、そんなものじゃないかな」

 あれ、やっぱり仲がいい?とジェイは首を傾げる。そんなジェイを見て、二人は揃って不思議そうな顔をした。


 そういえば、とカイトがきりだす。

カイト「お前、ウルザブルンにはいつ挑戦するんだ?」

 そろそろ挑戦できるんじゃないのか?とカイトはファルコンに問いかける。ファルコンは小さく肩をすくめる。

ファルコン「いや、まだ挑戦できないんだ。確かに、後少しではあるけれどね」

カイト「ふうん…じゃあ、もしかするとオレの方が先にランクアップするかもな」

ファルコン「それはどうかな」

 二人は揃って不敵な笑みを浮かべる。

カイト「いや、オレが先にウルザブルンに挑戦してノルニル三姉妹に勝つな。ミーミスブルンでミーミルに勝ったのもオレが先だったし」

ファルコン「いや、今度は私が先に勝つよ。フヴェルゲルミルでニドヘグに勝ったのは私の方が先だったしね」

 火花を散らす二人を見て、ジェイは成程、好敵手とはこういうことか、と納得した。


 訓練をしなければならないから、とカイトが去った後、ファルコンはジェイにいう。

ファルコン「私も、カイトには負けていられないし、訓練をしなくちゃね。君も、自分の訓練をするといい」

ジェイ「はい。僕、絶対にファルコンさんに追い付きますから」

ファルコン「それは楽しみだね。アースガルズで待っているよ、とでもいっておこうか?」

ジェイ「そうですね。アースガルズで待っていてください。その時には最高のプレイヤーになってますから」

 ファルコンはジェイの言葉に目を瞬かせた後、にこりと微笑む。

ファルコン「そうだね。それこそ、フレズベルグになれるような最高のプレイヤーになるのを期待しているよ」

ジェイ「はい」

 ジェイは満面の笑みを浮かべた。



 ジェイは木から木へ飛び移る様にして走る。体力を上げるためには自分の限界値を上げなければだめだと思ったのだ。だから、限界まで走ってやろうと思った。

フィールドは全て仮想現実だが、運動すれば疲れる。これは、脳が仮想現実で起こった事を現実として認識しているためだと言われている。仮想現実である以上、鍛えたって実際に筋肉がつく訳がない。だが、脳が騙されれば、仮想現実での肉体が自己認識に合わせて作られている以上、その通りになるのである。訓練というのも、現実での常識を打ち壊し、自分はこんな事が出来る、と思うためにするものだったりする。だから、理論上は、疲れると思わなければいつまでも疲れないし、走る時にも現実にはありえないような速さを出せる、という事になるが、その辺りはやはり、其処までうまくは行かないのか、そのような事が起こった例はない。人間の限界を超えた動きまでは流石にできない。

 とはいえ、仮想"現実"と付いている以上、現実に通じる部分がある訳で、本人がそれに効果があると思っていれば、無駄だと思われることにも意味があるのである。

ジェイ「わ、と、よっと」

 着地に失敗して滑った所を枝にぶら下がる形で落ちるのを阻止し、そのまま逆上がりの要領で枝の上に戻る。そして、小さくため息をついた。

ジェイ「…はー、危な…」

 仮想現実である以上、多少無茶をしても死にはしないが、怪我をする様な事をすれば痛い思いをする。

 ジェイは少し考えた後、地面に降りて大の字に寝っ転がった。見上げる空は、まるで失われた現実の空みたいに青く澄んでいて、少しさびしくなった。


ファルコン「そういえば、君は何故私のファンになったんだい?」

ジェイ「…僕の理想なんです。ファルコンさんの様に、風の様に走れたらいいなって」


 そういえば、とジェイは思い出す。昔…確か、10歳を少し超えた位の時、初めてラタトスクメイルを見て、その時に見たプレイヤーをすごいと思ったのが、ラタトスクメイルのプレイヤーになろうと思ったきっかけだったな、と。走るよりも跳躍をする方が多いルート取りをするプレイヤーで、登録名は、ええと…はうく?…何か違う。

ジェイ「…何だっけなあ…」




【ホール】

カイト「ん?お前…」

 ある日、ジェイはカイトに遭遇した。ジェイは覚えられていた事に驚きつつ、恐る恐る返す。

ジェイ「ど、どうも…」

カイト「…改めてみると…小さいな、お前」

ジェイ「よ、余計なお世話ですよ?!」

 ジェイがほんのりと耳を赤くして返すと、カイトはくすくすと笑った。

カイト「いや、オレもファルコンも10年くらい前からプレイヤーやってるだろ?そん時はオレらもこんな感じに見えてたのかなー、と思ってさ」

 あいつオレより小さかったんだぜー、まあ、今もオレの方が背が高いけど、とカイトは笑う。ジェイは微妙な顔をして返す。

ジェイ「10年前って言うと…14,5歳位ですか?」

カイト「ま、そんな所だな」

 僕これでも17歳なんですけど、とジェイは口の中で呟いたが、カイトには伝わる筈もなかった。

カイト「まあ、頑張れよ。優秀な後輩がいりゃあ、オレらもやりがいがあるしな」

 カイトはそういってジェイの頭をわしゃわしゃと撫でた。


【フリーフィールド・丘陵】

 ジェイはひたすら走っていた。丘陵フィールドはギミックも障害物も少ない、なだらかな丘ばかりしかないフィールドである。基本的に、フィールド上のギミックや障害物はそのフィールドにあったものになる為、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

ジェイ「…何か、違和感があるなあ」

 ジェイは小さな声で呟く。何となく、尾行されている様な気がするのだ。しかし、たかがムスペルヘイムのプレイヤーである彼が尾行される理由など、ある訳がない。

ジェイ「…気のせい、かな?」

 そう呟いた所で、前方に人が立っている事に気がつく。その人物の口が月のように弧を描いているのを見て、何となく、恐怖心を感じたジェイは大きく方向を転換する。その瞬間、物凄い速さで走ってきた男がジェイの前に立ちふさがる。ジェイは素早くその横をすり抜けようとして足を引っ掛けられ、地面に転がる。が、そのまま流れるように立ち上がって逃走を開始する。

「ちっ、意地でも逃げる気か」

ジェイ「当然でしょ!」

 何しろあからさまに怪しいのだ。関わりを避けるのは当然のことだとジェイは思う。

 そして、段々背後の足音が増えている事に気が付き、ちらりと目をやってジェイは顔をひきつらせる。土埃が立つほどの勢いで、数人の人間が彼を追いかけて来ていた。

ジェイ「なんなんだっ、一体?!」


【ホール】

緊急ログアウトによってホールに帰ってきたジェイはファルコンにぶつかった。互いに謝罪をして、一息ついた所でファルコンがジェイに問いかける。

ファルコン「一体、どうしたんだい?そんなに急いで」

ジェイ「僕にも何が何なんだかよくわからないんですが…なんでだか、人に追われてまして…」

ファルコン「何かやったのかい?」

ジェイ「人に追われる様な事をやった覚えはありません」

ファルコン「…まあ、善良そうだよね、君は」

 その言外に誰かと比べている言葉が含まれている気がしたが、ジェイは其処には突っ込まないことにした。ある意味やぶへびになりそうな気がする。

ジェイ「そういえば、ファルコンさんはフリーフィールドに行く所、ですか?」

ファルコン「んー…そうとも言えるしそうではないとも言えるかな」

 ジェイが疑問符を浮かべると、ファルコンは少し照れたように笑う。

ファルコン「君を探しに行こうと思ってたんだ」

 ファルコンの言葉に、一瞬思考が停止したジェイは、すぐに高速で頭を回転させ、そしてすぐに白旗を揚げた。

ジェイ「…何でですか?」

ファルコン「何処か、落ちつける場所で話そうか。聞き耳を立てられるのは好きじゃない」


【フリーフィールド・市街】

 ファルコンについて市街フィールドの塔を昇ったジェイは、その景色を見て、感嘆の声を上げた。

ファルコン「良い眺めだろう?」

ジェイ「はい!こんな高くまで登ったの、初めてです」

ファルコン「そう」

ジェイ「それで、何故僕を探してたんですか?」

ファルコン「うん。君に一つ提案をしようと思って」

ジェイ「提案?」

 ジェイが首を傾げると、ファルコンは爆弾発言を投下する。

ファルコン「ジェイ、私の弟子にならないかい?」

ジェイ「でし…って、弟子、ですか?!師匠と弟子の?!」

 大袈裟な程にジェイが驚いても、ファルコンは慌てない。

ファルコン「うん。どうだろう?」

ジェイ「え、ええと、何で、ですか?」

ファルコン「私にも色々と思う所がある、という事さ。無理に、とは言わないよ」

ジェイ「…いえ、ファルコンさんに教えを請う事ができるなら、願ったり、叶ったり、ってやつですから」

ファルコン「そういってもらえると何だか嬉しいな」

 ファルコンが嬉しそうに笑うので、ジェイも何だか嬉しくなった。





「今後の展開」

 ファルコンに師事し、順調に試合に勝ち続けたジェイは、ついにフヴェルゲルミルにてニドヘグに挑戦する権利を得る。ニドヘグに勝利すれば、ニダヴェリルへとランクアップし、中位ランカーの仲間入りである。若干調子に乗りながらやる気を燃やすジェイに、ファルコンは釘を刺す。



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