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 完全に気分が削がれたモニカは、道脇の林の中へ下る小道を見つけるとそれ以上乾いた砂利道を登るのを諦め、林に入った。実際のところ、ツァガーンの軍を動かすにはあれだけの情報で充分なのだ。これ以上の調査はただの自己満足に過ぎない。しかし、何もせずに待っているなどという真似は性格的に死んでも出来ない。仕方なく、こうして軍が到着する前に証拠を探しているわけだが、この数日間目ぼしい発見は無かった。

 やはりあのオルバルのアジトへの襲撃を強行すべきか。軍も掴んでいないゲムトスの技術を先に押さえられれば、諮問機関への取引も有利になる。もし新型のゲムトスを隠し持っているのならば厄介だが、先日奴の家の周りに仕掛けた監視装置にゲムトスの生体反応は無い。おそらく、新型の量産の成功には至っていないのだろう。宇宙船の中で見た2体だって既に死んでいた。

 だとすると、現時点での障害はあのロボットだけだ。精確なスペックを把握できていないし、トスラー銃を弾いた装甲の厚さは軽視できない。だが、昨日接触した印象ではあまり頭は良くないようだ。この星の人間をベースにしているというのは本当かどうかわからないけれど、人工知能にしては合理性に欠ける。人間の頭脳を使っているのは間違いないが、あの単純な性格なら簡単に揺さぶりをかけられるだろう。ゼキノスがある今、万に一つも負ける要素はない。そう考えると、故郷から遠く離れた星で、未開人の子供の面倒を見るのも苦痛に思わない程度のゆとりが心に生まれた。


 モニカは、背の低い雑草を踏みしめながら、小さな火山岩が点在する林道を進んだ。網膜に映る地図を確認すると、方角的に寺の前の旧道へ通じているらしい。木陰に入ると思った以上に涼しく、モニカは一息ついた。鬱蒼とした林が続いているかと思いきや、人の手が入っているのだろう、下草が刈られ、枝打ちされた杉の木が一定の間隔で立ち並んでいる。

 「キャリバー、あの木の後ろにパープルレギオンが隠れているよ! 任せろタツミ、キャリバーストライク! バババババ、ドカーン!」

 背後からは相変わらず修がわけのわからない事を言いながら、おもちゃの銃を振り回している。モニカはマイペースに歩いているように見えて、修から離れすぎないように気を配っていた。

 「モニカ姉ちゃん、危ない! パープルレギオンがそっちに行ったよ! 姉ちゃんを狙うなんて卑怯な奴だ!」

 修が銃に付いたレバーをいじると、救急車のサイレンのような電子音が鳴り響く。

 「モニカ姉ちゃんを人質に取るなんて汚いぞ! すぐに姉ちゃんを離せ! ビビビビビ、くそ、ハーデス・ビームは強い、でも、よけたらモニカ姉ちゃんがやられてしまう・・・! モニカ姉ちゃん、この隙になんとか逃げて! 」

 いつの間にか修の中でモニカは捕われの身になっているらしい。

 「モニカ姉ちゃん!? 大丈夫か、返事をしてくれ!」

 話が進まない所を見ると、どうやらこちらの反応を待っているようだ。

 「・・・修、私のことはいいから、パープレ? とかいう悪い奴を倒して頂戴」

 モニカは振り返ることなく、右手に持った機械を周囲に向けながら答えた。

 「パープルレギオンだよ、姉ちゃん! もう、ちゃんとやってよね!」

 修が頬を膨らませて駆け寄ってくる。

 「ごめんなさい、間違えちゃったわ。もう1回やり直すわ。えーと、私はどうなってもいいから、パープルレギオンを倒して!」

 「駄目だ、正義の味方キャリバーにそんな事はできない!」

 モニカは心の中で面倒くさいと呟いた。

 「くそ、どうしたらいいんだ! ・・・タツミ、超光速ジャンプを使おう!」

 予想に反して物語は進行しているらしい。

 「でも、あれを使ったらキャリバーの寿命が1年縮んでしまう・・・! タツミ、地球人の命を救うのが私の使命だ。それに大丈夫だ、私の寿命は100万年あるからね! すっげえ、さすがキャリバーだ!」

 修は一人二役をこなしながら興奮している。

 「行くぞ、超光速ジャンプだ! キュイーン! やった、パープルレギオンも気付かないうちにモニカ姉ちゃんを助け出したぞ! よし、タツミ、今がチャンスだ! ファイナル・ライトニング・シュートォー!!」

 修の銃から軽快な音と共に、野太い男の”ファイナル・ライトニング・シュート”の声が飛び出し、その後に爆音が鳴り響いた。

 「やった、勝ったよモニカ姉ちゃん! キャリバーがまた地球を救ったんだ!」

 「それは良かったわ。ありがとう、キャリバー」

 モニカは相変わらず網膜に写る数値から目を離さずに返す。ほんの僅かながら、数値が上昇する。まさか、この近くにゲムトスがいたというのか。期待をしていなかっただけに、驚きも大きい。

 「ねー、嬉しくないの? 命が危なかったんだよ?」

 修がスカートを引っ張った。モニカの反応が不満らしい。

 「・・・そんなことないわ、とっても嬉しいわよ。キャリバーってとても強いのね」

 口で修の相手をしながら、機械の精度を上げて周囲の様子を窺う。だが、機械を動かすとすぐに数値は減少する。何かの間違いだろうか。一箇所だけ数値の高い所があるが、見たところ変わった様子は無い。

 「うん、銀河系一強いんだよ! オレもキャリバーになりたい!」

 「それじゃあ頑張って体を鍛えないとね。キャリバーはどこの星から来たのかしら?」

 「ペルセウス座から1000光年かけてやって来たんだよ!」

 「なかなか遠いわね」

 「すっごく遠いんだよ! パープルレギオンから地球を守るために来てくれたんだ!」

 「パープルレギオンっていうのはどんな奴なの?」

 「異次元から来た怪人で、虫みたいな格好してるの! 地球人から正義の心を奪って、地球を滅ぼそうとしているんだ。お巡りさんも敵わないぐらい強いんだけど、キャリバーには勝てないから、いつも卑怯な手を使ってくるんだ!」

 「そう・・・」

 また虫か。節足動物に嫌悪を抱くのは地球人も同じということだろうか。

 「修がさっき、なりきっていたのは誰の役なの?」

 「え、キャリバーじゃなくって? ・・・ああ、タツミのこと? タツミはねー、地球人の刑事なんだけどキャリバーに協力してるんだ。タツミの正義の心が無いと地球でファイナル・ライトニング・シュートは撃てないの!だからキャリバーもいつもは刑事のふりをしてタツミの家に住んでるんだよ」

 「そう、刑事さんなのね。キャリバーになるのは難しそうだから、修も刑事を目指したらどうかしら?」

 「やだよー、オレはキャリバーになるんだもん!」

 「でも、修は地球人でしょう?」

 「いいの! オレは地球人のキャリバーになる! ねえ、先週のキャリバー、香奈恵姉ちゃんに録画してもらったから帰ったら見ようよ!」

 「仕事が済んだらね・・・」


 その時、周囲の山全体が低い唸り声を上げた。

 「なに!?」

 修が怯えた顔でモニカにしがみつく。モニカの網膜にアラートメッセージが明滅する。直後に、大きな揺れが周囲を襲った。修が悲鳴を上げる。安全そうな場所を目で探すが、立っているだけで精一杯だ。モニカ達の左側の斜面から小石がいくつも転がり落ちてきた。モニカは修を背後に隠し、手で左手で顔を覆った。小石がバウンドしながら落ちて来る。そのほとんどが指先ほどの大きさだが、中には大人の拳大の石も混じって、モニカめがけて飛んで来た。しかし、モニカに向かって降りかかる小石の雨は、眼前の空間で、弾かれるように横に逸れて行った。何処かで土砂が崩れる音が聞こえた。


 1分以上揺れ続けていただろうか、山は静まり、辺りには驚いた鳥たちの奇声が響いている。

 「終わった・・・?」

 修がモニカの陰から顔を出して辺りを見回す。

 「もう大丈夫みたいね。怪我は無い?」

 「うん、大丈夫だよ」

 修の目には涙が浮かんでいる。

 「強い子ね。キャリバーを目指すならそうでなくちゃ」

 「うん、オレはキャリバーぐらい強くなる!」

 そう言うと、修はモニカにしがみついているのを思い出して、照れた様子ですぐに体を離した。

 「それにしても大きな地震だったわね。この辺りは地震が多いのかしら?」

 「3月11日のシンサイから、時々大きい地震が起きるようになったんだ・・・。しばらく無かったんだけど、また来るのかな」

 「それは私にもわからないわ。でも、起きる可能性があるならしっかり対策をしておかないとね」

 モニカは揺れた時に落としていた計測器を拾い上げた。すると、網膜に大きな数値が浮かび上がる。その中で、上から3番目の数値が大きな値を示していた。この数値は、ゲムトスの体内に含まれるアヨールベンの微細な反応を表している。モニカは慌てて自分を中心に円を描くように、計測器を振り回した。斜面の方へ向けると、明らかに数値が上昇する。機械の向けた先を見ると、斜面の一部が崩れて土肌が露出している。

 「・・・修、少しここで待っていて頂戴」

 モニカはそう言うと斜面に足をかけた。それ程急な勾配ではないし、地肌もしっかりしている。

 「え、何か見つけたの? やだよ、オレも行く!」

 ついて来ようとする修を手で制する。

 「駄目よ! 危ないわ!」

 モニカのただならぬ迫力に修は足を止める。

 「・・・張り込みは刑事の基本よ。キャリバーになりたいなら、そこで待っていて」

 「う・・・うん」

 モニカは優しく微笑んだが、修の顔はこわばったままだった。


 細い木の並んだ斜面を、滑らないように注意深く登って行く。計器が明らかに崩れた斜面に反応しているのを確認すると、肩にかけて、代わりにスカートの中に隠したトスラー銃に手を伸ばす。斜面を登ると、崩れた土肌に獣が掘ったと思われる穴のようなものが見えた。まさか、ゲムトスが隠れているのか? ゲムトスの生体パルスの反応は無い。ならば、眠っているのか、あるいは卵があるのか。

 モニカは穴に銃を向けたまま、唾を飲み込んだ。ゲムトスと戦った事がないわけではない。だが、あの他の生物兵器とは比較にならない力とスピード、そして死ぬ間際まで獲物に襲いかかる獰猛さは圧倒的な脅威だ。無論、トスラー銃だけでは丸腰に近い。モニカは急いでゼキノスのステータスを確認した。全て問題なし。だが、もし新型のゲムトスだったら勝てるだろうか・・・? いや、大丈夫だ。自分のゼキノスはオーバースペックの特注品だ。第5世代のゲムトスの3倍のパワーを引き出せる。そう言い聞かせてモニカは自分の弱気を追い払った。そういえば、ヌイサでもハルデイツォがゲムトスを隠し持っているという噂があった。結局、ヌイサが陥落するまで出て来ることは無かったのだが・・・。


 ぽっかりと口を開けた穴がすぐ目の前に迫る。モニカはそれまでの慎重さを捨て、木の影から一気に穴のそばまで駆け上がった。

 小型の4足歩行動物が通れる程度の大きさの穴で、特に変わった様子はない。モニカは右手で銃を構え、左手で計測器を穴に向けた。先ほどより高い数値を示しているが、穴に近付けると数値は下がった。モニカはすぐに崩れた斜面の方へ振り返ると、計測器の数値は上がった。注意深く土砂の中を見ると、丸い鉱物とも植物の実とも見える、丸い物体が半分ほど頭を覗かせている。

 間違いない、ゲムトスの卵だ。あの穴の中にあったものが崩れ落ちたのだろうか。モニカは足元に気を付けながら卵に近付く。綺麗な球形を維持しているようだ。いつ孵化してもおかしくはない。トスラー銃で撃ち抜いておくべきか? 万全を期すならその方が良いが、調査の上で現状維持が望ましい。もし新型の卵ならば大きな利益を得られるだろう。大丈夫だ、ゼキノスもいる。モニカは息を止めると、卵に照準を合わせたままゆっくりと近付き、ブーツの爪先で卵を蹴り転がした。


 ひっくり返った卵の中から、細長い影が這い出した。モニカは反射的に2度引き金を引くと、細長い影はひっくり返って地面をのたうった。すばやくブーツの底で踏み付ける。力をいれて踏み潰すと、黒い影は体液を周囲の土に滲ませて動かなくなった。

 モニカは獲物を殺してしまったことに舌打ちをしたが、すぐに気を取り直して死体を確認した。これは・・・ゲムトスの幼体ではない。データベースで確認すると、地球の野生生物のようだ。卵を振り返ると、亀裂の中に多数の虫がうごめいていた。

 モニカは溜め息をついた。卵はすでに孵化した後で、現地の生物がゲムトスの体液に群がっていただけのようだ。しかし、何も見つからないよりは遙かにマシだ。きっと、オルバルのスパイの実験体だろう。これを持ち帰れば証拠に使える。モニカはカメラを卵に向けた。しかし、カメラに映った映像に違和感を感じ、顔を近付けた。よく見ると、卵の表面に小さな茶色の球体がへばり付いている。細長い球体の先端には、穴が空いていた。これも現地生物の卵だろうか。形状だけでは判断が付かない。モニカは注意深く球体の1つをピンセットで折り取ると、計測器のカプセルに入れ、スイッチを押した。カプセルの中に液体が満たされ、スキャンが始まる。


 「うわ、何それ!? でっかいムカデ!」

いつの間にか丘を登って来た修がモニカの足元の細長い死体を指差して言った。

 「修、来ちゃ駄目だって言ったじゃない!」

 「えー? だって下で待ってるの飽きたんだもん」

 「そんな事じゃキャリバーにはなれないわよ」

 「大丈夫だよ! ムカデぐらい、オレだってやっつけられるし!」

 「ムカデ・・・? この生き物のこと?」

 「そうだよ。でもオレ、こんなでかいの初めて見た! すっげえ!」

 修は棒の先で1メートルほどもあるムカデを突ついていた。

 「これは普通のムカデより大きいの・・・?」

 ゲムトスの体液が地球の生物に影響を及ぼしているのだろうか。

 「うわ、この蟻もでけえ! カブトムシみたい!」

 修は卵の中にいた虫を拾い上げ、顔の前にかざしている。

 「危ないわ、修! 手を離しなさい!」

 モニカの声に振り返ると、蟻が急に暴れ出して修の手を離れ、左頬に落ちた。

 「痛ってえ!」

 修は慌てて左頬を手で払った。地面に落ちた蟻が逃げて行く。手の甲についた血を見て、修の顔が青ざめた。

 「うわあーん、痛いよお!」

 顔をくしゃくしゃにして泣き出す。

 「だから危ないって言ったじゃない! 見せなさい!」

 モニカは小さなスプレーを取り出し、修の頬に吹き付けた。すぐに白い布で拭き取り、絆創膏を貼る。

 「ほら、もう大丈夫よ。強くなりたいんでしょう? だったらこのぐらいで泣かないの!」

 「うん・・・わかった」

 修はモニカに撫でられながら、涙をいっぱいに溜めて堪えている。


 早く帰らなければ。これ以上修の相手をしていられない。スプレーをしまうと、スキャン完了のメッセージが網膜に浮かんだ。さっきの茶色い球体の解析結果は、ジェラハの卵と出ている。

 モニカは目を疑った。ジェラハ・・・? 地球の生物ではない。ウデース宙域の辺境の星ケトゥリの野生生物だ。だが、その大きな顎と固い甲殻に加え、高い環境適応力から幾つかの生物兵器のベースになっている。生物兵器程ではないが、ジェラハ自体も危険度は高い。もし、このジェラハの卵が地球で孵化していたとしたら・・・。モニカは嫌な予感がした。

 その時、斜面の上の茂みから、葉を揺らす音が聞こえた。それも1つではない。モニカ達を囲むように複数の音が近付いてくる。網膜の地図に複数の赤い点が浮かび上がった。

 「・・・ここは足場が悪いわ。修、少し捕まってなさい!」

 修が声を上げる間もないまま抱え上げると、モニカは斜面を滑り降りた。直後に茂みからカミキリのような大きな顎を持った黒い影が次々と飛び出してモニカの後を追った。


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