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「あ、この狛犬久しぶり!」
石段を登り、苔むした石の鳥居をくぐると、千穂は狛犬に向かって駆け出した。敷地の中央に社があり、左右には狛犬が威嚇するようにたたずんでいる。左奥には小さな祠があり、その前に赤い前掛けをした稲荷の像がこちらを細い目で見つめていた。
「この狛犬も地震の時に倒れたらしいよ」
千穂が狛犬を撫でながら言った。よく見ると、狛犬の足元にセメントで修復した跡がある。
「どうやって起こしたのかなー?」
「何人も集めて、抱えて持ち上げたんじゃない?」
神社は無人で、社の正面の扉は閉じられていた。里美は中がどうなっているのか見たことがない。社のまわりはあまり手入れがされておらず、玉砂利の隙間から所々雑草が生えていた。
「せっかくだから、お参りして行こっか」
「そうね」
里美は小銭入れを開け、5円玉を探したが無かったので、代わりに10円玉を取り出し、小さな金属製の賽銭箱に投げ入れた。チャリン、と硬貨がぶつかる音がする。意外と貯まっているのかもしれない。盗まれはしないのだろうかと心配になった。一応鍵はついているようだが。それから手を合わせ、お願いをしようとしたが、願い事がとっさに浮かんで来なかった。えーと、もう車に轢かれませんように。それと、もう少し身長が伸びますように。あと、数学と歴史の成績と・・・。
「UFOが、見つかりますように!」
千穂が隣で大声を上げた。
「あは、そうだね。UFOが見つかりますように!」
里美も後に続いた。香奈恵は、一人で黙々と熱心に願い事をしていた。
神社の周囲を注意深く探索しながら1周してみたけれど、予想通りと言うべきか、境内を囲む杉林と、落ち葉に覆われた地面があるだけで、UFOの痕跡らしいものは何も見つからなかった。2周目は、境内の外に出て林の中まで足を伸ばしたが、やはり何も見つからなかった。千穂は、地面が崩れた場所などを時折しゃがみ込んでは調べていたが、収穫は無いらしい。そろそろ帰ろうかと里美が話しかけたが、千穂は林の中をもう少し調べると言って、奥へ歩みを進めて行った。里美は諦めて境内に引き返すと、もっと前に興味をなくしていたのか、香奈恵が社の階段に座って携帯電話をいじっていた。
「袴田くんからメールでも来たの?」
「・・・違うわ」
香奈恵はディスプレイを見たまま答えた。
「ねー、なんでケンカしたの」
「本当に、下らないことよ」
「だから、なんで?」
「先週、肖像画を描いたでしょう」
「あー、袴田くんと描いてたよね。あれがどうかしたの?」
「あいつ、私の目を一重に描いたのよ」
「え、香奈恵は一重じゃん」
「時々、二重になるのよ! 寝不足の時とか」
香奈恵は一重まぶたの目を見開いて言った。
「うっわー、ホントに下らない。ていうか、どう考えても香奈恵が悪いでしょ」
「う・・・でも、あいつも思いやりが足りないじゃない」
「いいから、早く謝りなよ」
「いやよ、悪いのはあいつなんだから」
「あっそう・・・もう好きにしなよ」
香奈恵のそばを離れて、境内から日が沈みかけている珠洲原町を見下ろした。小学校ではサッカーをしている生徒が豆粒のように見える。一面の水田の向こうには製紙工場が煙を吐き出し、街を横断する妙見川がキラキラ輝いていた。
何も無い街だな、と思う。特に不満はないけれど、なにも自慢できることもない。
足音に振り返ると、林から千穂が出て来た。
「何か見つかった?」
「ううん。ここには無いみたい・・・」
「そっか。残念だけど、もう帰ろっか?」
「まだよ。神社の裏からもう少し登れる道があるでしょう? あのあたりも神社と同じぐらいの高さじゃない。もう少し調べたいの」
「国道に続いてる道? でも、あそこまで行っちゃうと、帰り結構遠くない?」
「国道の方から帰ろうよ。お願い。もうちょっと付き合って」
夕暮れが近づいているが、今から道を引き返すのも、山の反対側の国道に降りるのも大差ないような気がした。
「うーん、まあいいか、今日はとことん千穂に付き合うよ」
「ありがとー! 行こう、里美」
「香奈恵ー、行くよー?」
遠く、香奈恵に呼びかける。
「え? ちょっと、どこに行くのよ?」
杉の木に囲まれた神社の裏の道を登り、急な勾配を越えると道はゆるやかな下り坂となり、杉林を抜けると視界が開けて、左右に山を切り崩して作った畑が現れた。既に帰ったのか、人の姿は見当たらない。所々、山の斜面が畑に向かって崩れており、未だに震災の爪痕が残っていた。
「この辺の畑は手入れするの大変だね。ああいう崩れた所って、直さないのかな?」
「全部直すわけにも行かないんじゃないかしら? これだけあちこち崩れているのだから」
里美たちが歩いている畑の畝も、一部崩れ落ちており、工事用のバリケードで囲まれていた。
「また大雨が降ったら崩れちゃうかもね」
「それよりもう地震が来ない事を願うわ・・・」
千穂はいつから持っていたのか、双眼鏡で辺りを見回している。
「千穂、足元には気を付けなよ」
「大丈夫よー」
千穂は上の空で答えた。1つの事に集中すると、他の事には頭が回らない。
里美は急にお腹が空くのを感じていた。最近、学校帰りに近所の商店でパンを買って食べる事が多いが、買い食いばかりしていると財布に厳しい。家まで我慢して冷蔵庫を漁ろうか。お父さんが気まぐれに作ってくれるパンケーキでもあればいいのだけれど。何も無ければカップラーメンを探そう。それも無かったら・・・コーンフレークでも食べようか。
夕暮れの空に、星が輝きはじめた。里美が空を見上げながら歩いていると、金星のそばを、流星が長い尾を引いて落ちて行った。
「あ、流れ星! 香奈恵、見た?」
「え、どこ?」
「あそこ! 金星の近く!」
「そう言われても、もう何も見えないわよ・・・。でも、本当に最近、流れ星やらUFOを見たっていう話が増えたわね」
近年、この珠洲原町の近隣で、多数のUFO目撃談があがっている。その情報がネットで広まり、噂が噂を呼んで、オカルト好きな人達の間では有名なんだとか。
「地震があった頃からだよね。2年前ぐらい?」
「そうだったかしら?」
「そうだよ、余震があった時に私も見たもん」
「地震と何か関係があるのかしらね」
「無いと思うけど・・・この前オカルト板見てたら、大葛町に大きな地割れが出来たでしょ? あそこから地底人が出てきてるんじゃないかって噂を見たよ? なんでも、地震の影響で地底の人工太陽が壊れちゃって、地上に移住する計画を立てているんだって。それでね、侵略しやすそうな土地を探してるんだけど、地底人は紫外線が嫌いだから・・・」
「あんた、まさかそんな匿名掲示板の情報を信じるているんじゃないでしょうね?」
香奈恵は呆れた顔で里美の話を遮った。
「し、信じてるわけじゃないよ!」
「それにしては随分楽しそうに話していたけど」
「ただ、そういうお話も面白いんじゃないかなーと思って・・・」
「それは違うわよ」
千穂が双眼鏡から目を離して言った。
「この珠洲原町にはねー、UFOの基地があるんだよ」
「え、そうなの?」
「そうよー。とっても友好的な宇宙人で、この街が震災の被害に遭ったから、心配してくれてるの」
「悪いけど、里美の噂話と全っ然信ぴょう性が変わらないわよ・・・」
「私のおばあちゃんから聞いたの。おばあちゃん、昔宇宙人に会ったことがあるんだって」
「おばあちゃんは、その、健常なのかしら?」
「元気よ? それでね、その宇宙人は射手座の方から来たんだって。おばあちゃんが山の中で道に迷って困っていた時、UFOに乗せてふもとまで運んでくれたらしいわ。私もいつか会って、おばあちゃんのお礼を言うの」
千穂は双眼鏡を抱きしめながら言った。
「そう・・・頑張りなさいな」
香奈恵は呆れたようにつぶやいた。
「あ! 何かあるわ! あそこじゃないかしら!」
しばらく歩き、夕日が山頂の気の影に差し掛かる頃、千穂が土手を指差して言った。
「え、どこ?」
「ほらー、あの、松の木のが生えているあたりよ!」
「あれって地震で崩れたところじゃないの?」
「違うわよ! ほら、あそこだけ全然草が生えてないでしょう? きっとUFOが墜落した跡よ!」
「先週の雨で崩れたんじゃないかなぁ・・・」
「もうなんでもいいわよ。早く終わらせて帰りましょう」
香奈恵は大分疲れているらしく、顔色が悪い。
千穂は畑の畦を走って土手に向かった。
「早く!」
「ちょっと待ってよ!」
里美が追い付くと、千穂は拾った棒で、崩れた斜面を調べていた。
「千穂ー、危ないよ。ここは崩れたばかりみたいだし、もっと崩れてくるかもしれないよ」
「んー」
千穂は手を休める気は全く無さそうだった。近くで見ると、確かに地面がえぐれた跡があり、他の場所の崩れ方とは違うような気がした。しかし、UFOとおぼしき物体は何も見当たらなかった。
「ねー、どう見てもUFOは無いと思うんだけど」
「もう飛び立って行ったのかなあ」
「もしかしてバラバラに壊れて燃え尽きちゃったとか?」
「う・・・その可能性もあるかも。お願い、無事でいてください」
それから里美は千穂の真似をして、木の枝を拾ってきて土を掘り返していたが、割れた小石が出てくるだけで、UFOに繋がるものは何も見つからない。そうしているうちに、ますますお腹が空いて来た。制服のポケットに飴でも入っていないかと探したけれど、出て来たのはポケットティッシュと空の包みだけだった。香奈恵はもう手伝う気がないらしく、近くで膝を抱えてしゃがみこんでいる。
「里美!」
突然、千穂が叫んだ。
「何か見つけた?」
「これを見て!」
千穂の指差す先を見ると、えぐれた地面に、黒褐色と銀色の入り混じった小さな物体が埋もれていた。
「え? なにこれ?」
大きさは5センチぐらいか。石のように見えるが、見る角度を変えると金属的な輝きを放つ。
「きっと、UFOの破片よ!」
「え、本当に? すごいよ、千穂!」
里美と千穂は手を繋いで飛び跳ねた。
「隕石じゃないかしら、これ」
後ろで休んでいた香奈恵が、2人の間に顔を出した。
「え?」
「隕石よ、多分。最近落ちて来たんじゃないの?」
「UFOの破片じゃないの?」
「人工物には見えないと思うんだけど」
「言われてみれば、確かに・・・」
「うーん、UFOじゃないのかなあ」
千穂は土のついた顔でがっかりした表情をした。
「いや、隕石でも十分凄いよ。まさか本当に見つかるなんて」
「まだ隕石と決まったわけじゃないけど。専門家に調べてもらわないとわからないんじゃない?」
「うー、家のガイガーカウンターも持ってくれば良かった」
「いや、ガイガーカウンターじゃわからないでしょ」
「とりあえず持って帰ろーよ。私が預かっててもいい?」
「そりゃあ、千穂が見つけたんだから構わないけど、それって素手で触って大丈夫なの?」
「大丈夫よ、きっと」
千穂は欠片を拾い上げると、ティッシュで包んでポーチにしまった。
「意外な収穫があったわね」
「それじゃあ、もう帰ろうよ。暗くなりかけてるし」
里美の空腹はピークに達していた。帰ったらもう、なんでもいいから口に入れたい。
先頭に立って歩き出すと、畦道に戻る手前で足を取られた。
「うわっと!」
「なにしてるのよ、里美」
「何かにつまずいたんだけど・・・」
地面を見回すと、バレーボールぐらいの大きさの茶色い球体が、背の高い草むらの中に転がっていた。真ん中からふたつに割れていて、中身は何もない。その割れ目からは、灰色の液体がこぼれ出していた。
「なにこれ、ヤシの実?」
「この辺にヤシの木なんてあったかなー?」
「こんな所にヤシが自生しているわけないでしょ」
「畑仕事をしてる人がお弁当にもって来たとかー?」
「どんな人よ・・・」
「まあいいよ、帰ろ帰ろ」
3人は、夕暮れの山道を早足で下りていった。残された茶色の球体からは、なおも濁った液体が流れ続けていた。