26
創士の背中に銃を突き付けながら、モニカは薄緑に光る階段を降りて行った。階段が途切れると、表面が滑らかな金属製の扉が立ちはだかる。
「開けて頂戴」
モニカは銃で創士の頭を小突いた。
「手錠を外してくれないか? 手を当てないと開けられないんだ」
「そう・・・」
モニカは創士を押しのけると、銃のつまみを絞って扉に向かって撃った。銃から発射された光の当たった部分がオレンジ色に変わり、焼き切れる。四辺に沿って銃を動かし、靴の裏で扉を蹴ると、内側にくり抜かれた扉が倒れた。
「さ、開いたわ」
モニカは扉に空いた穴をくぐり、銃を構えながら部屋の中に入った。部屋の中には、正面に大きなモニターが掲げられ、地球が映し出されていた。モニターの前には大きな椅子が床に据え付けられ、その周りには様々な機械が並んでいる。
「宇宙船・・・? ずいぶん散らかっているけれど。宇宙船を地下に隠して、研究施設にしていたのね」
モニカはカメラと思われる小さな機械を取り出し、部屋の様々な方向にかざした。ひとしきり部屋の中を撮ると、入り口から向かって左手の扉へ近付いた。自動的に扉が開く。
「あなたも来なさい」
モニカは創士を呼ぶと、奥へと進んで行った。
船内には医務室や、小動物の薬品漬けが並んだ部屋を始め、小さく区切られた部屋がたくさん並んでいた。モニカはカメラを掲げながら次々と部屋を回り、ロッカーやキャビネットを見つけては荒らしていった。しかし、目ぼしい情報が見つからないのか、徐々に苛立ちが募って行く。船内には、創士の収集癖のせいで、所狭しと様々な機材やガラクタが積み上げられている。動物の骨が並んだ部屋を出ようとした時、モニカの羽が棚の上の機材の取っ手に引っかかり、なだれをうって床に落ちた。モニカは崩れ落ちた機械に向かって銃の引き金を引く。機械から火花が飛び散り、煙が上った。
「あーもう、どこもかしこも散らかってるわね! 少しは片付けなさいよ!」
機械を思い切り蹴りつける。しかし、思っていたより硬かったようで、モニカは蹴った爪先を押さえて屈み込んだ。創士は、そんなモニカの様子を黙ったまま見つめていた。
「ねえ・・・少しは協力して頂戴。どうせ見つかるのは時間の問題なんだし、もう痛い思いはしたくないでしょ?」
モニカは銃を創士の顔に向けた。
「・・・ゲムトスは、下層部の小型船格納庫に保管している」
「あら、急に素直になったじゃない。なんだか怪しいわね」
モニカは片眉を釣り上げて見せる。
「傷が痛むんだ・・・立っているだけでめまいがする。それに、これ以上君に宇宙船を壊されてはたまらないからな」
「そう? 賢明な判断ね。協力に感謝するわ」
モニカは微笑みながら、銃で創士の額を突ついた。
船内を引き返し、船尾の側から伸びる長い階段を、創士が前になって降りて行く。照明の色がオレンジ色に変わり、周囲が薄暗くなって来た。階段を踏む音と、創士の苦しげな呼吸が響く。壁の向こうでは、低い機械音がうなりを上げていた。階段を降りて通路を道なりに進むと、天井まである大きな扉に辿り着いた。
扉の前で立ち止まると、創士は壁に付いたパネルを顔で指し示した。モニカは、創士が手を使えないのを思い出し、パネルへ近付くとオルバルの言葉で『開く』と書かれたボタンを押した。地面を引き摺るような大きな音を立てて、扉が左右にゆっくりと開いて行く。部屋の中は暗闇に覆われ、奥は何も見えない。真っ暗な部屋の中で、床に描かれた白い矢印がぼんやりと浮かび上がり、部屋の奥へと誘っていた。目を凝らすと、天井は鉄骨が剥き出しで、壁のそばにはスペースを空けるために寄せ集めたように、様々な工具が所狭しと並べられていた。
「こんなところに隠していたのね・・・」
大型の換気扇のような音が鳴り響いている。創士の後に続き、周囲を警戒しながら、モニカは1歩ずつ部屋の中を進んで行った。空気が重く感じる。闇の中で、肉食獣が狙っているような濃密な気配がした。
部屋の中央まで進んだ頃だろうか、不意に真上から眩い光が降り注いだ。モニカは左手で目の上を覆い、目が慣れてくるのを待つと、目の前に壁一面に据え付けられた大きな水槽が姿を現した。水槽の中は蒼く濁り、大きな2つの影が揺らめいている。水槽の中からたくさんのケーブルが伸び、近くに並べられた機械に繋がれていた。小型のモニターが並び、水槽の中を様々な角度から映したと思われる映像が流れている。隣の計器には、小さな波形が規則的に上下していた。
モニカは注意深く水槽に近付くと、大きな影に目を凝らした。不意に、モニカの頭よりも大きな一つ目が水槽の中から睨み返す。目のそばで、無数の巨大な刃が光を反射した。モニカは驚き、後ろに下がると同時に銃を構える。しかし、よく見ると水槽の中の眼はモニカの動き捉えていない。モニカの遥か後ろの虚空を見つめていた。眼球は体から飛び出し、周囲にはちぎれかけた肉片が漂っている。その下には歯茎を剥き出し、真横に大きく裂けた口が、だらしなく舌を吐き出していた。上顎が砕け、眼球が収まっていたと思われる空洞まで縦に大きく傷が開いていた。周囲の肉は黒く焦げ、傷は体の奥まで続いている。怪物の体の上部には無数の鋏が並び、刃が体を包み込むように浮かんでいた。
「・・・何よこれ!? こんな醜悪なゲムトス、見たことがないわ!」
モニカは驚きを隠せない表情で水槽に顔を近づけていたが、気が付いたようにカメラを取り出すと、水槽に向けた。
「この鋏は爪が進化したものかしら? 不自然な位置から突き出しているものは後から生えたの? 信じられない変異ね・・・」
カメラを構えながらしばらく呟いていたが、もう1体の存在を思い出し、隣の影に駆け寄った。巨大な水中花のように、幾つもの首が水の中を漂っている。頭の先には、人間にそっくりな鼻が付いていた。鉤鼻が付いた首からは、糸のように長い舌が伸びている。首の根元には棘の付いた甲殻が浮かび、瞳孔の開いた目が遥か天井を見上げていた。正面から見ると目立った傷は無いが、首の何本かは根元が大きくえぐれている。こちらのゲムトスも生命活動を停止しているようだ。
「これもゲムトスだというの!? 体の甲殻は確かにデボール3型の面影があるけれど・・・いいえ、首がこんなに生えている個体はあり得ないわ。まさか首を移植したの?」
モニカは魅入られたようにゲムトスを見ていたが、ふと思い出したように創士を振り返った。
「どういうこと!? 2体とも死んでるじゃない!」
「・・・言ったはずだ。この2体のゲムトスは、1週間前に近隣の山で暴れていたのを我々が処分したものだ」
創士はモニカの剣幕に気圧されることなく、淡々と答えた。
「そんな言い訳を信じるわけないでしょう?」
モニカは目をすぼめて創士を睨む。
「こんなゲムトスは、カザンの研究施設でもお目にかかれないわ。本当にこんなのが生きていたの? あなたがゲムトスの死体を繋ぎ合わせただけじゃない?」
「見世物小屋じゃあるまいし、私がそんなことをする理由は無い。こいつらは実際に山を走り回り、人を襲おうとした。最初に接触したのが我々でなければ、この町の住人に大きな被害を出していただろう」
「新型かしら・・・? オルバルの諜報員もそんな情報は掴んでいないけれど、まさかこんなところで軍事研究を進めていたとは思わなかったわ」
「話を聞け! このゲムトスは、地球で発見したものだ。私とは何の関係もない」
「他のどこを探したってこんなゲムトスはいないわよ。なら、あなたが地球で造ったと考えるのが道理じゃない」
「現在の技術では、ゲムトスを意図的にここまで改造するのは不可能だ。ゲムトスには未だ謎が多い。カザンで見つかったことになっているが、外宇宙から飛来したという説もあるぐらいだ」
「それじゃあまさか、勝手に地球で生まれたっていうの?」
「いや、このゲムトスは何者かが地球に持ち込んだものだ。生体情報は解析中だが、遺伝子構造は第5世代と大きな違いはない。直接的な原因はわからないが、地球の環境がゲムトスに影響を与えたのだろうと推測している」
「こんな何もない星がゲムトスをあそこまで変異させたっていうの?」
「ゲムトスの細胞は、理論的にどんな器官にでも生育し得る。その条件は不明だが、地球環境が影響している可能性が高い。詳細な調査をする必要がある」
「へえ・・・」
「勿論、ゲムトスを見つけた犯人を見つけることが先決だが・・・」
モニカは、突然創士の足元に向けて銃を発射した。先端から放たれた光が右の太腿を貫通し、創士は地面にくず折れた。
「嘘ばかりついていると、今度は心臓を撃ち抜くわよ? さあ、言いなさい! 生きているゲムトスは何処!?
あなたが隠しているんでしょう!」
「そんなものは無い! 私が保管しているのはこの2体の死骸だけだ。嘘だと思うなら、気が済むまで船内を探すがいい!」
創士は痛みをこらえながら叫んだ。
「なら、他の場所に隠しているのね。正直に言って頂戴、あなたの悪いようにはしないから」
モニカは微笑みながら、創士に銃を突き付けた。
「・・・君を説得するのは徒労のようだな。最初から私を犯人に仕立て上げようとしていたのだろう?」
「そんなわけないじゃない。でも、これだけの証拠を前にすれば、誰もあなたが無関係だなんて思わないわよねぇ。これだけで充分よ、あとはこの映像をツァガーンに送るだけ」
モニカは大きく口元を歪めて不敵な笑いを浮かべ、創士を見下ろした。
「あなたが隠している他のゲムトスも押さえたいけれど・・・面倒だからもう待たないわ。死にたくなければすぐに言いなさい。言わないのなら、あなたの首を持ち帰って脳味噌から直接情報を引き出すわよ」
モニカは創士の胸に銃を向け、引き金の指に力を込めた。
「お父さん?」
その時、入り口の方から声がした。モニカが振り向くと、暗がりから小さな人影が歩いて来るのが見えた。不安げに周りを見回している。顔のそばには、銀色の球体が浮かんでいた。
「ベルちゃんにこっちへ来いって言われたけど、本当にここにいるの? 何か薬みたいな匂いがするし、怖いんだけど・・・。そろそろ晩ごはんだから上がってきなよ?」
里美は、いつもののんびりした口調で呼びかけた。
「・・・え!?」
不意に、巨大な水槽の中に浮かんでいるゲムトスに気が付き、足を止めて目を見開いた。しかし、すぐに水槽の前で血だらけで倒れている父親の姿と、そのそばで奇抜な格好で銃を向けている女に目を奪われる。
「だっ、誰!? お父さんに何をしているの!?」
里美は1歩後ろに下がり、身構えた。
「あら、あなたの娘さん?」
「・・・そうだ」
創士は苦しそうに答えた。
「地球人とオルバル人の交配は困難だと聞いていたけれど・・・養子かしら?」
モニカは冷たい目で里美を見つめた。香奈恵より少し身長が低いが、これまでに見た地球人の少女と変わりがない。少なくとも、創士に似た要素は皆無だった。
「お嬢ちゃん、少し待っててくれる? お姉さんは、あなたのお父さんと仕事のお話をしているの」
モニカは子供をあやすような口調で里美に微笑みかけた。
「ば、馬鹿にしないで! あなたがお父さんに怪我をさせたの!?」
「あなたのお父さんがあんまり非協力的だから、仕方なく、ね。私だって本当はこんなことはしたくないのよ?」
モニカは創士の血が滲んでいる太腿を踏みつけた。創士が叫び声を上げる。
「やめて! お父さんに酷いことしないで!」
里美は創士に駆け寄ろうとした。しかし、モニカの銃から閃光が走り、里美の足元の地面に穴が空く。
「動かないで、次は外さないわよ。・・・あ、でもお父さんがあんまり強情だから、あなたを人質に取った方がいいのかしら?」
「やめろ!」
モニカは創士の言葉を無視して、大きく身を翻すと里美のそばに駆け寄り、背後から左手で首を締めて、顔に銃を押し当てた。一連の動作は滑るように無駄のない動きで、モニカの過去の経験を感じさせた。
「う・・・」
里美はモニカの腕の中で顔をよじる。
「さあ、答えなさい! 研究施設は何処!? 可愛い娘の命が無いわよ!」
「・・・里美、取り押さえろ!」
創士は叫んだ。モニカは、創士の予想外の指示に一瞬戸惑う。
「え、どうやって?」
「大人しくさせれば、なんでもいい!」
「でも、大怪我させちゃうかもしれないよ」
「正当防衛だ、腕の1本ぐらいは折ってもかまわん!」
モニカは2人のやり取りに呆気に取られていたが、気を取り直して創士に叫んだ。
「ふざけないで、私は本当に撃つわよ!」
その時、モニカは足が地面から離れるのを感じた。反射的に引き金を引くと、逆さまの視界で光が里美の側頭部に当たるのが見えたが、里美はそのまま背負い投げの要領でモニカを投げ飛ばした。




