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モニカは創士に向かって、金属の棒を強い力で捻じり上げたような、奇妙な形の銃を向けた。銃口こそ無いものの、その形状から判断すると銃に違いない。
「どういうことですか? ・・・おっしゃる意味がわからないのですが。そのおもちゃの銃もしまって下さい」
創士は眼鏡を押し上げると、モニカに向かって笑って見せた。
「とぼけないで頂戴。あなたがオルバル星から来た人間だという事はわかっているの。さっき、落ちていた髪の毛をスキャナーで調べさせてもらったから間違いないわ」
モニカは左手で小さな端末を取り出し、創士に突きつけた。
「それに、これがトスラー銃だということはあなたも知っているはずよ。とぼけるつもりなら、試しに撃ってみましょうか?」
引き金を引くと銃の先端が光り、創士の隣で小さな音がした。振り向くと、壁に穴が穿たれている。穴の周囲は溶けたように歪んでいて、焦げ臭い匂いがした。
「・・・何者だ?」
創士は強張った表情でモニカに向き直った。額にうっすらと汗が浮かんでいる。
「名乗る必要はないけれど、オルバルの動向に警戒している星の人間と言えば、ある程度予想がつくんじゃないかしら?」
モニカはそういうと、思わせぶりに流し目を送った。
「さて、それじゃあこちらの質問に答えてもらいましょうか。あなたの本当の仕事を教えて頂戴」
再び創士に銃を向ける。
「何かの疑いをかけられているのか? 私は、オルバルの中央研究所から地球の生態を調査するためにやってきた研究員だ。生物の研究に関わること以外、やましいことは何もしていない」
「それは嘘ね」
創士の言葉に被せるようにきっぱりと否定した。
「本当だ、オルバルの管理局に問い合わせれば確認は取れる」
「馬鹿な事を言わないで。誰が自分の星の工作員の秘密を教えるというの?」
モニカは鼻で嘲笑った。
「工作員・・・?」
「あなたは、生物学者というのは名ばかりで、本当の仕事はオルバルの軍事工作員なのでしょう?」
「何!? そんなわけはないだろう!」
創士が言い終わらないうちに、モニカの銃の先端が光った。創士は右の耳に焼けるような痛みを感じ、手を当てた。ぬるりとした感触がして手をみると、指に血が付いていた。
「正直に言わないと、次はもっとえぐるわよ。手を上げなさい!」
創士はゆっくりと頭の上に手を上げた。頬を伝って血が流れる。
「一体どういうつもりだ? 私はオルバルの公的機関の研究員だ。こんな事をして、ただでは済まないぞ」
「余計なことは言わなくていいわ。ただじゃ済まないのはあなたの方よ。私は最初から怪しいと思っていたのよねー。星間連合の承認を得ない、未開惑星への駐在員の配置はヤクタグ条約違反よ。どうして今まで連合は放置していたのかしら?」
モニカは靴を履いたまま玄関を上がると、創士の手を後ろに回して手錠をかけた。不思議と継ぎ目が全く見えない。
「・・・オルバルはヤクタグ条約に参加していない。だいたい、星間連合はカザンが脱退して以来、有名無実化しているじゃあないか。今の議長はツァガーンの傀儡だろう?」
背後にいるモニカに向かってそう言うと、創士は何かに気がついたように目を見開いた。
「そうか、君はツァガーンの・・・」
「あら、ばれちゃった? まあいいわ、別に隠すつもりもなかったし。それでも条約を守らないという事は、星間連合、いえ、ツァガーンに対する明白な敵対行為に当たるわ。いつ戦争が起きてもおかしくないくらいのね」
モニカは口元を吊り上げて犬歯を覗かせた。
「待て、ヤクタグ条約は未開惑星の不可侵条約だろう? 私は地球の環境、文明、政治に影響を及ぼすようなことは何もしていない。侵略行為と疑われる覚えはないぞ」
「今までだったら、そんな苦しい言い訳でもなんとか見逃してもらえたのかもしれないけれど、もう無理ね。ツァガーンもそんなに間抜けじゃないの、無人調査機が常に地球の動向を監視しているのよ。2週間ほど前に、この付近でゲムトスの信号をキャッチしたわ」
「ゲムトスが出現したことを知っているのか?」
創士は驚いた表情を見せる。
「ええ。数時間後には見失ったけれど」
「ゲムトスは我々が処分した。地球人の被害は出ていないし、情報も漏れてはいない」
「あなたが・・・? どうして?」
「現地人の被害を食い止めるのは当然だろう?」
「でも、どうしてこんな辺境の星に、我々の先端技術とも言える生物兵器が存在するのかしらね?」
「それについては、私も調査中だ。オルバル本星にも報告して、出どころを探ってもらっている」
「ふーん・・・」
「場合によっては、ツァガーンにも調査の協力を求めるかもしれない。そのときは・・・」
モニカは突然、左手で創士の頬を殴り飛ばした。眼鏡が吹き飛んで、床に落ちる。創士は倒れそうになるのを踏みとどまり、モニカの方に向き直った。
「とぼけないで! あなたが地球に持ち込んだのでしょう!?」
「違う! 私ではない!」
モニカは創士の腹に拳をめり込ませた。創士の喉から声が漏れる。
「しらばっくれても無駄よ。この状況で、あなたと無関係だと言って誰が信用すると言うの?」
モニカは創士の額に銃を押し付けた。
「ゲムトスを実用化しているのはカザンとツァガーン、オルバルの3星しかないわ。そして、地球に駐在員を送り込んでいるのはオルバルだけ。つまり、あなたがゲムトスを持ち込んだとしか考えられないの」
「私はただの研究員だ、軍事機密に関わることはできない」
「そんな口先だけの言葉は信用できないと言ってるでしょう?」
モニカはつまらなそうにそう言うと、引き金に掛けた指を軽く引いた。
「どうしてオルバルが地球にゲムトスを持ち込む理由があるんだ!?」
「私はそれをあなたに聞いているんだけど・・・とぼけるつもりなら、当ててあげましょうか?」
モニカは創士から銃を離すと、くるくる回して弄び始めた。
「15年前、当時未開惑星だったゾルガーに、カザンの輸送船が事故で不時着して、搬送中の数体のゲムトスが逃げ出した事があったでしょう?」
「・・・ああ、ゲムトスが現地人を襲って、1000人以上が犠牲になった凄惨な事故だろう?」
「ええ。そしてカザンは現地人の安全を守るという名目で、正規軍をゾルガーに送り込んだわ。そして、事態を収拾した後も居座り続け、なし崩しに開発が始まったゾルガーで大きな利権を得て、植民地化を進めている。今では流通しているナエンダイムの9割がゾルガーで採掘されているわ」
「しかし、星間連合で非難を受けて、結果的にカザンが脱退するきっかけの1つになったはずだ」
「それはそうよ。そもそも輸送船の事故がでっち上げだというのが、現在の各星のインテリジェンスの常識だもの。カザンは、初めからゾルガーのナエンダイムを欲しがっていた。故意にゲムトスを送り込み、軍を進駐する口実にしたの。許せないわよねぇ、そんなインチキは。あの時、ツァガーンはウデース宙域同盟と小競り合いが続いていたから手が回らなかったけれど、今そんなことをする愚かな星があれば・・・軍事制裁措置を取らせてもらうわ」
モニカは目を細めて妖艶な笑みを浮かべた。
「・・・まさか、地球に現れたゲムトスは、オルバルが意図的に送り込んだとでもいうのか!?」
「あら、私はそこまで言っていないけれど? これで言質は取れたわね」
クスクスとわざとらしく笑う。
「それは違う! オルバルは関係ない。だいたい、そんな理由ならカザンを疑うのが筋だろう!?」
「カザンは地球とその周辺の星の資源に興味はないわ。カザンの近くの植民星でいくらでも採れるもの。それに、軍事計画としてもこの宙域を重要視していないわ。でも、オルバルには地球を欲しがる理由があるの。地球に中継基地を作れば、オルバルの植民星ガラーチェへの航路が短縮出来るわ。その距離は、約113万8912ネブト」
「その程度の距離は大きな問題にならない。開発のコストも考慮すれば、ガラーチェへは今の航路で充分だ」
「口先なら何とでも言えるわね。でも、これはツァガーンの安全保障上の問題でもあるの。ガラーチェのあるホヨルド宙域には、ツァガーンも植民を進めているわ。しかし、共同開発と言いながら、オルバルはホヨルド宙域の開発を独占的に進めている。いずれ、ツァガーンを排除しようとしてくるでしょうね・・・」
「言い掛かりだ! オルバルはそんなことを考えてはいないし、締結以来、未開惑星保護条約を破ったこともない。君の言っていることは、仮説に仮説を重ねているだけじゃないか!」
モニカは白けた目で創士を見た。
「あなた、まさか本気で自分の星が清廉潔白だと思っているわけじゃないわよね? 表立って軍事侵略をしないだけで、どれだけの星がオルバルに実効支配されていると思っているの? それも汚い手を使って・・・。今回の件も決して絵空事では無いわ。今も多くの星にとって、オルバルは脅威なのよ。これ以上疑わしい行動を取れば、ツァガーンとの軍事衝突は避けられないでしょうね。だいたい、どうして地球にゲムトスが出現したことを連合に知らせないの?」
「それは私も知らない。しかし、だからと言って・・・」
言いかけたとき、モニカは創士の鼻を銃のグリップで殴りつけた。
「これ以上あなたと話しても時間の無駄ね。あなたが隠しているゲムトスの所へ案内してもらうわ。証拠があれば言い逃れできないでしょうし」
モニカは創士の胸ぐらを掴んで、顔を引き寄せた。創士の鼻から血が流れ落ちる。鼻先まで顔を近づけ、創士の目を覗き込んだ。創士の目の前に、モニカの無表情な瞳が広がる。ずっと見つめていると、吸い込まれそうな気がしてきた。目の前がちかちかし、視界が白くぼやけてくる。
「さあ、私を連れて行って・・・」
「・・・」
しかし、そこまでだった。創士の視界は元に戻り、目の前にはモニカの端正な顔があるだけだ。
「あら? かからないわね」
モニカは目に力を入れているのか、眉毛が大きく動き、額やあごに皺が寄る。目を大きく開いたり、口をすぼめてみたり、まるでにらめっこをしているようだった。しばらく1人で忙しなく表情を変えていたが、創士に変化がないと見るや、モニカは諦めて顔を離した。
「あなた、対催眠手術を受けているわね? それも、とびきり強固なものを。これでますます疑惑が深まったわ・・・」
モニカは顔が疲れたのか、頬を手で揉みほぐしている。
「これは昔、テルーベで人を眠らせる生物の研究をしていた時に受けたものだ。他意はない」
「困ったわね。簡単な対催眠技術なら簡単にねじ伏せられると思ってたから、今日は尋問装置を持って来てないし・・・」
モニカは頬に左手を当てて首を傾げた。右手に銃を持っていなければ可愛らしい仕草だ。
「しょうがないわね。原始的な方法で行きましょうか」
銃が光を放ち、創士の右肩を撃ち抜いた。
「ぐあっ・・・!」
創士は床に倒れた。肩が痺れて感覚が無くなったが、すぐに鈍重な痛みが内部から拡がってくる。
「早めに話してくれた方が手間が省けるわ。さあ、ゲムトスは何処!?」
「・・・それは教えられない。君の話で確信したが、ツァガーンは、オルバルと戦争をしたがっているのだろう? 君は、その口実が欲しいだけだ」
「あら、心外ね。少なくとも私は戦争になって欲しくないわよ、仕事が忙しくなるし。でも、オルバルに敵意があるなら仕方ないわよね。敵は叩き潰すのみよ」
モニカは創士の赤く染まった肩を、思い切り踏み付けた。
床に転がった創士の左頬は紫色に腫れ上がり、白い壁には血痕が飛び散っていた。左手の指先が赤く滲んでいる。
「意外としぶといわね。簡単に口を割ると思ったのに」
「う・・・」
創士は小さく声を漏らす。
「時間が勿体無いから自分で探すわ。あなたみたいに貧相な男を虐めても面白くないし」
モニカは小さな端末を取り出し、操作し始めた。端末に家の構造図が浮かび上がる。
「・・・家の地下に大きな空間があるみたいね。まったく、こんなのすぐにバレるんだから勿体ぶらずにさっさと喋りなさいよ。マゾなのかしら?」
モニカは血のついた足跡を残しながら、土足でリビングへ入った。部屋の真ん中で立ち止まると、足下に銃を発射する。引金を引きながら円を描くと、床が抜け落ちて、地下へ続く階段が現れた。
「あなたにも来てもらうわ。逃げ出されては困るし、変な罠が無いとも限らないしね」
モニカは創士の所へ引き返すと、左脇に手を回し、軽々と創士を立たせた。
「ぐっ・・・」
立ち上がった途端、右肩の傷が痛むのか、創士は呻いた。
「だらしないわね、しゃんとしなさい! 歩けないほどの傷は負わせていないはずよ。銃の出力も絞っているし・・・あら、少し強かったかしら?」
モニカは銃の上部に付いた目盛りと創士を見比べた。
「気にしないで、我慢強い男って素敵よ」
モニカは創士の背中に銃を突き付け、地下への階段を降りて行った。




