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 6時間目の授業が終わり、担任の新沢が形だけ挨拶をしてホームルームを終わらせると、教室はにわかに騒がしくなった。

 「それじゃあ、また明日」

 園子は一言挨拶をすると、体操着の上に鞄をかけて、早足で出て行った。

 「園子、最近特に頑張ってるね、ちょっと殺気立ってるっていうか」

 里美は上半身を後ろにひねって香奈恵に話し掛ける。

 「試合が近いらしいわ。来週だったかしら? 運動部は大変ね、尊敬するわ」

 香奈恵は携帯をいじりながら応えた。

 「いや、全然心がこもってないよ」

 「好き好んで身体を痛めつける変人の気持ちはわからないけど、どの分野であれ、何事かを成し遂げようとする姿勢は評価するわ」

 「本当かな・・・」

 「里美、香奈恵ー」

 千穂がたくさんのアクセサリーをぶら下げた鞄を、肩から斜めに掛けて、とびきりの笑顔でやって来た。

 「何かいい事でもあったの?」

 「今はないよ。あ、でもこれからあるかも」

 「なになに? なんなの?」

 「UFO探しに行こーよ」

 千穂は、相変わらず曇りのない笑顔で言った。

 「え、あれ、冗談じゃなくて本気だったの?」

 「当たり前じゃない。こんなチャンスは滅多に無いわ」

 「今日は部活に行かないの?」

 千穂は科学部に入っている。里美と香奈恵は美術部に所属しているが、里美は、学校の規則で強制的に何かの部に入らなければならないので、香奈恵と一緒だし、楽そうという理由だけで入部を決めたので、ほとんど顔を出していない。それに対して、千穂は、理数系の成績が良く、部活にも熱心に取り組んでいた。

 「うん。UFOを見つけたら、そっちの方が科学的にすごいでしょ?」

 「それはそうだけど・・・」

 当然ながら、里美は乗り気ではなかった。見つかるわけがないUFOを探して時間を浪費するよりも、早く家に帰って、お茶でも飲みながら本を読みたかった。最近読み始めたミステリが面白くて、続きが気になるのだ。

 「今までにも何度かそういう話があって、探しに行った人がいたけど、結局何も見つからなかったじゃない」

 「今回は、信頼できる情報なのよ」

 「いやいや、すごく怪しいよ。それに、一緒に探しに行くのも、科学部の人達の方が役に立つんじゃ無いかな」

 「だって、科学部の人達、みんな来ないんだもの・・・」

 千穂は悲しげな顔をした。科学部の部員は、数が少ない上に、里美と同様に、名前だけ在籍している幽霊部員がほとんどだった。

 「面白そうじゃない。行きましょう」

 香奈恵が里美の背後から予想外の返答をした。

 「やったー! ね、里美も行こうよ!」

 「ちょっと、香奈恵までどうしちゃったの?」

 「いいじゃない、千穂と私達の仲なんだし。それに、初めから不可能と諦めるのは里美の悪い癖だわ」

 「0パーセントの可能性はどうやっても無理だよ・・・。ていうか、香奈恵も今日、部活に行かないつもりなの?」

 「ちょっと具合が悪いのよ」

 「香奈恵・・・また袴田くんと喧嘩したの?」

 「か、関係ないわ」

 香奈恵は目を逸らしながら髪を指に巻き付けていじっている。

 「とにかく、今日は絵を描くよりも、UFO日和なの」

 「ね。絶好のUFO日和だよ」

 「なんなのよ、UFO日和って」

 「いいじゃないの、ほら、行くわよ」

 「うー・・・気が進まないけど。わかったよ、私も付き合うよ。千穂にはよく宿題見せてもらってるし、香奈恵と2人だけで行かせるのも心配だし」

 「やったー!」

 「里美に心配されるのは心外だわ」

 里美は鞄に教科書を詰めながら、既に腹の虫が鳴くの感じていた。



 中学校の前の、灌漑のために水量が減った池を横目に坂を下り、いつも通学している道の途中、自動販売機の横から公民館に続く脇道を登り、ビニールハウスの隣の道を曲がると、道路は砂利道に変わった。3人が歩く度にザクザクと音がする。ここに来るまで、周りに人家はほとんど見当たらず、田植えが終わって間も無い水田と、畑ばかりが視界を埋め尽くしていた。

 「久しぶりだねー、みんなで金守山に行くの」

 「そうだね。何年ぶりだろ?」

 「小さい頃、みんなでこの辺りでよく遊んだよね」

 「この近くで虫捕りとか、探検ごっこをした覚えがあるよ。確か信介くん達と一緒に」

 「あの頃は男子と普通に遊んでたんだよね。何で一緒に遊ばなくなっちゃったんだろう」

 「うーん、なんでだろ。でも、私はもともと男子と一緒にやる遊びはあまり好きじゃなかったよ。蝉とか今思うとよく触れたなと思うし。それに・・・男子が変に意識して来るからじゃない? 女子の前だと何かと格好つけるでしょ」

 「そうかなー? 香奈恵とかは美人だからそうかもしれないけど、私や里美はそうでもないんじゃないかな」

 「えー? し、してるよ・・・たぶん」

 「でも、私達と香奈恵じゃ、全然女子力が違うでしょう?」

 「確かに、私達の中で唯一彼氏がいる香奈恵の女子力の高さは認めるけど。地球人とサイヤ人ほど差があるってわけでもないでしょ?」

 「くだらない事を言ってるんじゃないわよ」

 香奈恵は早くも息が上がり始めていた。

 「ところで、探す当てはあるんでしょうね? さすがに山全体を捜索するのは不可能よ」

 「えーと、学校側のてっぺん付近だから、多分、神社の辺りじゃないかって」

 「神社って、確か、お稲荷さんの像があるところ?」

 「そう。昔、信介くんが階段から落ちて左腕を骨折したところ」

 「そういえばそんなことあったね。鬼ごっこしてたんだっけ」

 「あんな所まで行くの・・・嫌だわ」

 「中学生の足なら、そんなに遠くないじゃない。香奈恵は運動不足だから、ちょうどいいよ」


 道なりに15分ほど歩くと、道の左側に急な勾配の石段が見えた。年季が入っており、ところどころに苔が生えている。石段のそばには大きな梅の木が立っており、緑の実を付けていた。

 「この梅の木懐かしいな」

 「昔、里美が登ろうとしてたよね」

 「確かに登ろうとしたわ。無理だったけどね。千穂は昔の事をよく憶えてるね」

 「うん。私、記憶力には自信あるんだー」

 「香奈恵とどれだけ梅の実を拾えるか競争したよね?」

 「・・・そうだったかしら」

 「香奈恵、疲れてる?」

 「まだ平気よ」

 そう言いながらも、香奈恵の口数は少なくなっている。

 石段の前に来た時、男の声が頭上から聞こえて来た。複数の男の声だ。里美が驚いて見上げると、同じクラスの長谷川勇太が、いつもつるんでいる小池孝雄と笑いながら石段を降りて来るのが見えた。その後ろには、やはり同じクラスの斎田智章が続いている。

 勇太は里美達の姿を認めると、変声期中の甲高い声でのバカ笑いをやめ、しかめっ面に変わった。前髪を上げ、髪全体がうっすらと茶色がかっている。染色は校則違反だが、何か言われた時に、地毛だと言って逃れられる可能性を残すあたりに覚悟の無さが伺えた。

 「何だよ、お前らもしかして、UFO探しに来たのかよ」

 石段の下で、先頭にいた千穂にケンカ腰の口調で話しかけた。里美は、無意識に千穂の陰に身を寄せる。

 「そうよー」

 千穂はいつもの間のびした口調で答える。

 「マジで? バカじゃねーの、お前ら?」

 勇太はなぜか勝ち誇った顔で笑いを浮かべた。

 「えー? でも、勇太くん達もUFO探しに来たんでしょう?」

 「そんなわけねーじゃん。俺達は、ただダベってたんだよ」

 「朝、行くって言ってたじゃない。それに、こんな所に普段来ないでしょう? 」

 「お前らみたいなバカが来るんじゃねーかと思って来たんだよ」

 勇太は、孝雄と顔を見合わせてゲラゲラ笑った。

 「UFOなんてあるわけねーだろ」

 孝雄も一緒に囃し立てた。

 「調べてみなくちゃわからないじゃない」

 「相変わらず頭おかしいんじゃねえの、お前。ムーとか読んでるんだろ?」

 「ちょっと! いい加減にしなさいよ、あんた達!」

 香奈恵が怒声を上げた。

 「なんなのよ、いきなり絡んできて。そんなガキみたいなことばかり言ってんじゃないわよ」

 「んだよ、いつも偉そうな事を言って、お前も一緒にUFO探しかよ」

 「そうよ、私はUFOを探しに来たの。だからあんた達に構ってる暇なんてないのよ。だいたい、そんなやり方で女の子の気を引こうとするなんて恥ずかしいと思わないの?」

 この台詞は効果的だったらしく、勇太の顔が紅潮する。

 「テメー、舐めてんだろ? いっぺんブッ飛ばすぞ!」

 勇太が香奈恵を睨みつける。周りに緊張が走った。

 「勇太くん、やめときなよ」

 今まで静観していた智章が、勇太の肩に手をかけてにこやかに言った。

 「女の子を殴っちゃいろいろまずいよ。それに、今日はケンカをしに来たわけじゃないでしょ?」

 「・・・てめーら、次はただじゃ済ませねーからな」

 勇太は舌打ちすると、視線を外して歩き始めた。孝雄と智章も後に続く。

 「そういや香奈恵よぉ・・・お前もう、惣一とヤッたんだってなあ? あいつ、自慢してたぜ?」

 すれ違いざまに、勇太が言った。

 「なっ・・・そんなわけないじゃない!」

 香奈恵が顔を赤くしながら叫ぶと、孝雄がまた下品に笑った。智章は、1人振り返ると、手をひらひらと振った。


 「まったくなんなのよ、あいつら!」

 石段を登りながら、香奈恵は怒りの言葉を吐き続けた。

 「私、あの人達苦手・・・」

 「あんな奴らが好きって方がおかしいわよ。里美も黙ってないで言ってやれば良かったのに」

 「無理だよ・・・。言いたい事は色々あったけど。香奈恵は怖くないの?」

 「全然怖くないわ。どうせ一人じゃ何も出来ない連中よ」

 「勇太くんは、どうしてあんな言い方をするのかなー?」

 「千穂も腹が立ったでしょう? 何か言い返しなさいよ」

 「私は別にいいよ。いつもの事だし。それより、勇太くんは、もしかして香奈恵の事が好きなんじゃないかなー?」

 「はあ?」

 「ほら、好きな子ほど構いたくなるって言うじゃない」

 「その発想で行くなら、どう見てもアンタ狙いでしょ?」

 「えー、全然そうは思わなかったけどなー」

 「千穂、あんた結構男受けいいんだから、気を付けなさいよ。特に、勇太みたいな奴は絶対ダメ」

 「え・・・そんなことないよ」

 千穂は困ったように手を振った。里美は、千穂をじっと見る。眼鏡はちょっと地味だし、髪も無造作に伸ばしているけれど、彫りの深い顔立ちだし、胸も大きく、足もスラリと伸びている。

 「言われて見ると、確かに。モテるよ、千穂! いつの間にそんなスタイルになっちゃったの?」

 「里美は、違う意味で気を付けないと、彼氏できないわよ?」

 「なによ・・・彼氏いる余裕?」

 里美は頬を膨らませた。


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