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 「里美、大丈夫か!?」

 動けないでいると、銀色の球体が飛んで来た。

 「うん、私はなんとか。それより、千穂が大変なんだよ!」

 「あまり大丈夫には見えないが・・・これは一体、どうなっている? ゲムトスにやられたのか?」

 里美の胸から下が、赤い半透明のガラスに覆われている。力を入れると少し軋むが、壊れる様子はない。

 「違うよ・・・。これは千穂にやられたの」

 「千穂ちゃんが? どうして千穂ちゃんが、里美を生きたままガラス標本に出来るんだ?」

 「私だってわかんないよ!」

 実際、思い出してみてもなぜ千穂があんなことになっているのか見当もつかない。

 「千穂の右腕が突然大きくなって、手の先から赤い水を出して・・・気がついたら固められてたの」

 「詳しくは家で聞こう。とりあえず、それを剥がすぞ。普通のガラスではないようだが・・・」

 銀色の球体が里美の右腕の方へ回り込むと、下部が真ん中から割れて小さなレンズが姿を現し、オレンジ色の細い光を発した。光の当たった場所からガラスが溶け出し、右手の周りを少しずつ焼き切っていく。銀色の球体は、里美の周囲を飛び回りながら、網目のようにガラスを穿った。

 「右手を動かしてみろ」

 里美が右手に力を入れると、切れ込みからガラスが割れて剥がれ落ちた。自由になった右手で、体の他の部分のガラスを次々と剥がして行く。里美の周りには花びらのように赤いガラスの破片が散らばった。

 「よし、取れたよ。それじゃ、急いで帰るね」

 「待て、その破片も持って来てくれ」

 里美は、足元を覆っていた大きなかけらを拾い上げて小脇に抱えると、来た道を引き返した。



 所々にガラスが付いた服を着替えると、リビングの階段を降りて地下の宇宙船に向かった。また制服が駄目になってしまった。もう換えも無いのに。明日は学校が休みだからいいとして、来週からどうしよう。そんな事を考えながら船の扉を開けると、正面の大きなモニターに、先ほど遭遇したゲムトスと、変身した千穂の映像が映っていた。創士は手元の端末をいじりながら、熱心にモニターと見比べていた。

 「お父さん、またヘアピンに仕込んでたの?」

 「ああ。映像だけではなく、機械の調子のモニタリングにも必要なんだ。非常時じゃなければ映像を確認することはないから、あまり気にするするな」

 「気になるんだけど・・・それより、千穂のことは何かわかったの?」

 モニターに千穂の静止映像が大きく映しだされる。肉塊に覆われた右腕でこちらに向かって鉤爪を振り下ろそうとしていた。里美は、千穂に似た別人だと思いたかったが、やはりどう見ても千穂に間違いなかった。

 「ああ・・・千穂ちゃんは、おそらくキビューデ・ルボロウという生物に寄生されている」

 「え!? あの右手は寄生虫なの?」

 「奴は、惑星サーラルでゲムトスの性能試験を行っていた時に発見された寄生生物だ。ゲムトスに寄生し、脳に潜り込んで養分を得る。寄生されたゲムトスには、千穂ちゃんの右腕のような筋肉質の組織塊が確認されている。・・・今までキビューデが人間に寄生した例は1つも無いがな」

 創士が手元のボタンを押すと、コマ送りのように次々と千穂の姿が切り替わった。

 「ど、どうして千穂がそんな怪物に寄生されちゃったの?」

 「3日前に、隕石を見つけたと言っていたな?」

 映像が替わり、千穂の手に乗った小さな石が映し出される。

 「鉱物のような形をしているが、多分これがキビューデの卵だ。ゲムトスの卵に付着していたものが、何かの拍子に剥がれてしまったのだろう」

 「そんな・・・この石ころが?」

 「もっと早く気付いていればな・・・。この3日間、千穂ちゃんに変わったことは無かったか?」

 「朝も言ったけど、自分のことを『僕』って言ったり、突然人が変わったように意地の悪い事を言って香奈恵を怒らせたりしてたけど・・・」

 里美は、思い直したように首を振った。

 「ううん、あれは完全に別な人格になってた。可愛がってたジョナサンが死んだのに、せいせいしたなんて言ってたし。でも、ずっとそんな風に人が変わった状態なわけでもなくて、いつの間にか普段の千穂に戻ってるんだけど、変わっていた時の事は憶えてないみたい」

 「別な人格・・・? キビューデに寄生されたゲムトスは、他の個体より知能が高いという説を聞いたことがあるが、まさかキビューデが人格を持っているのか?」

 創士は食い入るようにモニターを見つめた。

 「宿主がここまで変異する例も初めてだ。ゲムトスに寄生した時でも、組織塊はこれほど大きくならない。それに、このガラス化する液体・・・」

 創士が映像を切り替えると、千穂が掌から赤い液体を噴射した。

 「成分は、キビューデの体組織に含まれるティルボナムのようだが、これを濃縮して外敵に吹き付けるとはな・・・。こんなことが出来るなんて聞いたことがない」

 「ただのガラスじゃないの?」

 「ああ、強度はその辺のガラスとは比較にならないし、空気中で固まるのが早い。液体を浴びれば、即座にガラス漬けにされてしまうだろう」


 顎に手を当てて、感心したように映像に見入っている。

 「この鉤爪も異常に発達している。寄生後も退化しないというのか・・・」

 「お父さん、生物観察は後にしてくれない?」

 放っておくとずっと映像の解説を続けそうな創士を、里美が制した。

 「おっと、そういうつもりは無かったんだが」

 「どうしたら千穂を助けられるの? 可哀想だけど・・・やっぱり寄生虫を殺すしかないのかな?」

 創士は顔をモニターを向けたまま、唇を噛んだ。

 「・・・キビューデを除去することは不可能だ」

 「えっ!?」

 創士が何とかしてくれるだろうと楽観していた里美は、急に冷水を浴びせられたような気がした。

 「何とかしてよ! お父さんの星の技術なら、助ける方法があるでしょ!?」

 「奴は、脳の奥にまで入り込んでいる。既に脳の大部分を喰らい、千穂ちゃんと完全に同化しているんだ。それを無理やり除去すれば、千穂ちゃんは死んでしまうだろう」

 「それじゃあ、千穂はずっと寄生されたまま生きていくしかないの?」

 「残念だが、そういうわけにも行かない」

 「どうして!?」

 「奴はゲムトスと接触しようとしていたな?」

 「うん。確か、本来の器に還るとかなんとか言ってたよ」

 「奴は千穂ちゃんの体からゲムトスの体内へ移動しようとしている。そうなれば、やはり千穂ちゃんは・・・」

 「わかった! 私がゲムトスを倒せばいいんだね! そうすれば千穂を助けられるんでしょう!?」

 里美は創士の言葉を遮り、自分を鼓舞するように言った。しかし、創士は黙って首を横に振った。

 「キビューデは、ゲムトスの体内で生成される特殊な養分がなければ生きられない。人間の体に寄生するのはそもそも無理があるんだ。これだけの大きさまで成長しているなら、消耗も激しいはずだ。放っておいても先は長くないだろう」

 「そんな・・・それじゃあ、千穂は助からないってこと?」

 「・・・覚悟しておきなさい」

 創士はうめくように言った。千穂が、死ぬ? 里美はようやく状況が絶望的になっていることに気づかされた。

 「嫌だよ、そんなの! お父さんお願い、千穂を助けてよ!」

 里美は手を握りしめて、創士の胸を叩いた。

 「がっ・・・」

 創士は胸を押さえてうずくまった。

 「ご、ごめん。力を入れたつもりはなかったんだけど」

 「・・・何か・・・方法が無いか、探してみるが・・・キビューデを取り除く事はできない」

 創士は息を詰まらせながら言った。

 「奴はもう千穂ちゃんの一部なんだ。例え今、死ななかったとしても、キビューデにコントロールされたまま生きて行くなんて、千穂ちゃんにとって残酷な事なんじゃないのか? 奴は何を仕出かすかわからない。ゲムトスほど獰猛ではないにしても、力を持っている以上、周囲の人間に危害を加える可能性が高い。このまま死なせてあげた方が幸せかもしれないぞ」

 「そんな事ないよ! 私だって、いつの間にかロボットにされちゃったけど、死ななくて良かったと思ってるもん! 自分でも気がつかない内に死んじゃう方がよっぽど可哀想だよ!」

 「そうか・・・ならば、最善を尽くそう」

 創士は左手で胸をさすりながら、手元の端末を操作し始めた。



 携帯電話を操作し、千穂のすぐ上にある連絡先を選択する。呼び出し音が7回鳴って、途切れた。

 「もしもし、里美? 珍しいじゃない、里美から電話してくるなんて」

 「あ、京・・・子さん?」

 「なに改まってんの? 今まで通り、京ちゃんでいいよ」

 京子は力無く笑いながら言った。

 「・・・京ちゃん、千穂は帰って来てる?」

 「千穂なら夕方に帰って来たけど、疲れたから寝るって、ごはんも食べずに部屋に引っ込んじゃったよ」

 京子は普段通りに話そうとしていたようだが、その声は重かった。

 「千穂に用事? 急いでるんなら、起こして来るけど」

 「いいよ、急いでいるわけじゃないから」

 里美は慌てて止めた。

 「なに? 千穂とケンカでもしたの? あたしに探り入れてくるなんて、怪しいじゃん」

 「ううん、違うよ。電話に出なかったから、少し気になっちゃって。昨日まで学校も休んでたしさ」

 「そう? 心配してくれてありがとうね。身体の方は多分もう大丈夫だよ。でも、知ってるかもしれないけど・・・ジョナサンが死んじゃったからさ、すごく落ち込んでるんだ」

 「うん、それは千穂から聞いたよ」

 「そっか。じゃあ、殺されたって事も知ってるよね」

 「うん・・・可哀想にね」

 「・・・あーあ、やりきれないよ。もちろん、ジョナサンを殺した奴は許せないし、何十発殴っても足りないけどさ。世の中の理不尽さが身にしみるっていうか、どうしてジョナサンは私達家族に看取られながら老衰で死ぬんじゃなくて、頭を割られて無残に殺される運命だったんだろうってね・・・」

 電話越しに沈黙が続いた。鼻をすする音が聞こえる。

 「しばらく千穂に優しくしてやってくれないかな? あの子、ああ見えて繊細だから、いろいろ心配なんだ」

 「わかってる。任せて、私が千穂を助けるから」

 「ありがとう、よろしく頼むよ。里美、また遊びに来なよ、香奈恵も一緒にさ。久しぶりに額川市にでも行こう」

 「うん、みんなで行こうね・・・」


 携帯電話を切った後、液晶ディスプレイのライトが消えても、里美は黒い画面をじっと見ていた。千穂が死んだら、京子はどんなに悲しむだろう。・・・いや、絶対にそんなことがあってはならない。里美は顔を上げると、端末を操作している創士のそばに歩いて行った。創士は、里美がスーパーで買って来たおにぎりを齧りながら、右手をせわしなく動かしていた。

 「千穂は家に帰ってるって。今は眠っているみたい」

 「そうか。人間の体であれだけ無茶をしたのだから、活動の限界も近いだろう」

 「そういえば、千穂の家のジョナサンが頭をえぐられて殺されたらしいんだけど・・・」

 「キビューデの仕業だろうな。愚かなことだ、大事なのは脳じゃないのに」

 創士は手を休めずに言った。

 「里美も食べなさい。ゲムトスも休眠に入っているようだし、しばらくは動きがないだろう」

 里美はビニール袋を広げておにぎりを眺めたが、どれも手に取る気が起きなかった。

 「・・・食べる気がしないよ」

 「それでも、食べた方がいい。固形物が食べられないなら、またあの栄養剤を飲むか?」

 「え、いらないよ。あれ、ものすごくまずいし」

 里美は、たらこのおにぎりを取り出し、包装を剥いて口に運んだ。一口食べたものの、味がほとんどしない。

 「ねえ、これからどうするの?」

 「まずは、このゲムトスを倒すことだ」

 部屋の正面のモニターに、赤い甲殻に覆われた、首の長い怪物が映し出された。

 「千穂ちゃんもゲムトスに接触してくるだろうから、その前にやるんだ」

 「居場所はわからないの? 寝てるなら、今がチャンスだと思うんだけど」

 「地面に潜っているのか、観測機器に映らないんだ。それに、ゲムトスは休眠状態だと特殊生体パルスが弱まるから、現在の位置は捕捉できない」

 「そっか。残念」

 「準備をして、金守山で待機しなさい。生体パルスの反応があったらすぐに向かってもらう」

 「・・・わかった」

 里美は、最後の一かけらを飲み込むと、ビニールの包装を握りしめた。


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