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U・N・オーエンの告白  作者: 面沢銀
Chapter.2 院外完成 
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Sanguellia

Sanguellia



小刻みに乱れた呼吸だけが朽ちた教会の中に聞こえる唯一の音であり、そしてその息遣いのせいで無音になっていないからこそ、豊原と柳沢は焦燥感にもにた感情に思考を巡らせるばかりだった。

 二人の思考の質は同じでも内容は全く異なる。何が起きたのか未だに把握していない豊原は警戒の意識を緩めず、当初の目的であったベンチの端材を手にするに至り、何かが飛び出してきた入口に視線を向け、何があっても対応できるように身構える。


 思考という部分は、柳沢もまた危機は去っていないという判断と、警戒の色を強めているという理由からであるが。豊原と違い、柳沢は正体不明の人影が人間ではないのではない可能性があるという、非現実的な状況を想定してしまっているからだ。

 本来の柳沢ならば、ここまで警戒せず、自身が見間違いをしたという結論をつけたのかもしれないが。人の来るはずもない場所、異常に興奮し凶暴性を持った野犬に襲われる、おあつらえ向けに流れている怪物話、そして目の前で起きた光景。

 仮に本当に偶然に女子高生が通りかかったとして、野犬を相手に立ち向かおうと判断するだろうか、立ち向かったとして一撃で首を刎ね飛ばすという対応をするだろうか、それを可能にするならば、鉈のような武器を携行している必要がある。そんな偶然が起こり得るだろうか。いや、起こりえない。

 聡明な柳沢の思考が、常識という枠よりも、超常的なものにおいて説明した方がこの状況を説明するに自然であると弾き出す。

 さりとて頭で理解できても、心で理解できぬ事はあるのだ。


 それは判断の隙間になり、その隙間は時間は致命的なものになると柳沢は解釈する。

 この状況で柳沢達にとっての一番の悪手は、何の理解も得られない事であり、ここで何も行動を起こさないという事はそういう事になるのだ。

 相手は怪物であるかもしれないというリスクを、助けてくれたのだから敵意はないであろうという打算が塗りつぶしていく。

 諺に虎穴に入らずは虎児を得ずという言葉があるが、言葉としては知っていても、実際にそれを行うための勇気は筆舌しがたいものがある。

 その判断を、柳沢は下した。

 その女子高生と思わしき人影が、黙ってその場を去ろうとしたすんでのところで柳沢の言葉が届いた。


「あなた、何者ですか?」


 柳沢の言葉は去ろうとした何者かの足を留めるには的確な表現である「あなた」と呼びかけるという事は柳沢が当事者を人として認識(・・・・・・・・・・)している(・・・・)という事であり、さらに「何者」と続けることによって普通の存在ではないと(・・・・・・・・・・)いう事に気がついてい(・・・・・・・・・・)()という事を暗喩している。

 その表現の妙が、本来ならばこのまま立ち去ろうとしていた人影の足をとめさせる。柳沢達にとってはこれ以上にない貴重な時間。

 その言葉はそれだけでなく、豊原の判断後押しするには十分であり。わずかに生まれたタイムラグは松子に一歩を踏み出させるのに十分だった。


「え、女の子?」


 松子が一歩踏み出しただけで、その人影を視認するには十分だった。

 きめ細やかな黒髪に利発そうな顔立ち、そして透き通るような白い肌、和装でもすればまるで市松人形かのような容姿。昔ながらの表現をするなら、見目は大和撫子と呼ばれるに値する良家の古風なお嬢様という印象の少女だった。

 少女はその丹精な顔に不釣り合いなように眉を少しだけしかめると、森の奥に視線を逸らす。そちらに逃げ込もうと考えたのだろうか、少女もまた置かれている現状に判断をあぐねていた。

 だが、そこに松子は畳み掛けるように言葉を投げた。


「いや~助けてくれてどうもありがとうございます。凄いね~君!」


 純粋な、得てして何も考えていない、単純な感謝。

 それも明らかに目上の人に言われるという状況に、少女の思考はさらに止まってしまう。

 敵意など何もない、単純に人の良さからくる発言、それに慣れていないのか、思考どころか行動さえも止まってしまった。


「私、豊原松子って言います。初めまして。君のお名前は何て~の?」


 覗き込むように松子は尋ねた。

 怪物である可能性を考え、そして捨てきれないでいる柳沢としては松子の行動は気が気ではない。そもそも予想外なのだ。

 そういう人間であるという事は柳沢も知っていたが、この状況で商店街で知り合いに出会うかのように声をかけられるものなのだろうかと。

 柳沢の考えは半分は正しい、本来ならば豊原もここまで普段通りには接しなかっただろう。

 だが、豊原の持つ母性のような性質。そして武道の経験が今の行動を起こさせた。体格や身のこなしを見て、経験から危険はないだろうという判断をしたのだ。

 それでも、犬の首を刎ねるほどの凶器を持っている程度の警戒はしていたが、松子もまた助けてくれたのだから悪い人ではないという感覚があった。


 それは油断であったのだが、この底抜けの油断が今回は良い方向に働いた。


萩原赤蘭(はぎわらせきら)……です」


 少女は答え、それに合わせるように豊原は右手を差し出した。

 促されるままに萩原赤欄と名乗った少女は豊原の手をとり、二人は握手した手を軽く上下に動かす。

 やはり見間違いで杞憂であったかと、柳沢は考えホッと胸をなで下ろしたが、豊原は萩原の死角になるように左手で「来るな」と合図を送る。


「助けてくれたのはありがとうなんだけど、お姉さんってば婦警さんなのよ。だからいたいけな女学生がワンちゃんの首をもいじゃうような危ない凶器を持ってるってのは見逃せないにゃあ」


 優しいが、その優しさに隠れた確固たる意思。豊原の明確な答えをえるまでは逃がさないという意思表示をその笑顔から汲み取った。

 萩原の表情が曇り、柳沢は警戒しつつも、呼吸の乱れた来宮を介抱する。

 そして言葉に詰まっていた萩原が、その重い口を開こうとした時、それをさえぎるように大勢のただ事でない喧騒が四人の耳に届いた。

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