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U・N・オーエンの告白  作者: 面沢銀
Chapter.2 院外完成 
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What Lies Beneath


 What Lies Beneath



「ちょちょちょ、ちょっと。今の音は何?」


 不意の物音に来宮はすぐに豊原の後ろに隠れると、怯えた様子で物音の方に視線を投げる。

 過剰な反応にも見えるが、山奥の朽ちた教会というシチュエーションを考えると、苦手な人間ならばこれくらいの反応はみせるものである。

 そういう反応をみせる人間であると知っている者達からすると、極端なその様子をまざまざと見せ付けられる事によって冷めてしまうものである。


「おやおや? 来宮くん、そんなに驚かなくても大丈夫です。こんな山奥です、いずれ小動物ですよ」


 動物か何かだろうと、タカをくくって物音の方に不警戒に近づく柳沢。

 そんな緊張感の無い柳沢を年齢も立場も投げ捨て、鋭く叱りつけるように豊原が叫んだ。


「教授、動かないで!!」


「えっ!?」


 普段は温和で、わざわざ間の抜けた言葉を選んで使う豊原が、剥き身の刃のような声をあげた事に驚いた柳沢は豊原の警告よりも、その口調に驚いて足を止める。

 結果として、それが功をそうした。


 乾いた破壊音と共に、老朽化して脆くなった壁を突き破り野犬が一匹飛び込んでくる。

 豊原の言葉が少しでも遅ければ、大型犬と表現するまでの体躯ではないが、野良犬にしては肉付きが良い野犬に、柳沢は押し倒されてしまっていただろう。

 それよりも驚愕すべきは、いくら脆くなっていたとはいえ犬が壁を突き破って来た事だろう。来宮が物音を聞いてから、一瞬でも間があったという事は、この犬が助走で勢いをつけて壁を破ったという事ではない。

 つまり何の勢いもつけずに力だけで壁を突き破ったという事なのだが、少し大きいというだけで、体格というアドバンテージがあるというわけでもない普通の犬が、そこまでの力を有して(・・・・・・・・・・)いるはずがない(・・・・・・・)のだ。


 違和感を感じたものの、そこまで理にかなった思考を柳沢も豊原もできたわけではなく、恐怖に思考を引きずられた来宮は考える事さえ出来なかった。

 そのはずである、目の前の野犬は行動の違和感よりも見た目の違和感があるのだ。

 多量の唾液を口元から垂らしている様子は、酷く興奮している様子が一目で見てとれ、そういった動物を相手にするという事の危険度を現代人は常識という形で心に刻まれている。

 瞼を押し上げるように肥大し、真っ赤に充血しているという尋常ならざる野犬の風貌が、単純に興奮して襲いかかってくるという物の他に、何かよくない病気を持っている危険性を一目で理解せざるをえなかった。


「ま、ま、ま、松子!」


 来宮が悲鳴とも指示ともとれない声をあげるが、その来宮の声よりも早く松子は大きく踏み込むと、サッカーのシュートのように大ぶりのトゥーキックを手加減抜きで野犬の脇から下腹部にかけての位置に叩き込んだ。

 一般の女性の力とは思えない力を持って放たれた渾身の蹴りは見事に命中し、犬を壁に叩きつけたが、それでも壁に穴が空くという事はなかった。

 婦警として武道の心得があるとしても冷静で的確、それでいて女性特有の情の欠けた行動だったが、来宮も柳沢も豊原の行動に苦言を呈する事はない。


 目の前の光景が、そのような余裕を許さない。

 犬の下腹部は弱点である。

 人に慣れた犬、心を許した人というわけでなければ撫でさせる事を許さないのはそういう理由である。そのような点を差し引いても、体が吹き飛び壁に叩きつけられるというような衝撃を受けても怯む事なく立ち上がってくるという野犬の様子を目にしてそのような余裕があるはずがない。


「教授! こっちへ!!」


 警察としての普段の訓練の賜物か、それ以上にこういった身の危険を直接感じるという事に慣れているのか、松子は冷静に状況を見据え、柳沢に命令するかのように声をあげる。

 野犬の目が獲物を狙うと動物の本能めいたものから、明確な敵意を持った物に変わり、その対象を豊原個人へと向けた。

 痛烈な蹴りを受けてさすがに警戒をしているのか、野犬はすぐに飛びかかってくる事はなく、様子を見るようにグルルという腹に響く低い唸り声をあげながら豊原を睨む。

 豊原は野犬から視線をそらさずに、着ていたブラウスを右腕に巻きつける。時期的に薄手の上着だったが、それでも何も無いよりは噛み付きに対する対策になるだろうという判断だった。

 一人と一匹の間に張り詰めるような緊張感が走り、その緊張を刺激しないように柳沢がゆっくりと豊原の後ろに回り込んだ。

 柳沢の移動を確認した豊原は、自分に野犬の意識を誘導させながらゆっくりと誘うように移動を始める。

 移動する視線の先、教会の入口付近に、半分壊れたかろうじて形を保っているベンチ型の座椅子があり、原型を半分以上とどめていないそれはもはや棒キレとしか見えない物もあり、十分に武器として使用できそうな物だった。


 それを手にするためにじりじりと野犬を誘導するように一定の距離を保ちながら豊原は移動していたのだが、突如としてその均衡が崩れる。

 野犬が急に、飛びかかってきたのだ。

 不意をつかれたというわけではなかった為、豊原はその野犬の行動に反応こそできはしたが、その想像以上の速に回避が間に合わず、怪我を覚悟で右腕をその牙に差し出した。


 ――――が。

 その獰猛な牙が豊原の肌に食い込む事は無かった。

 教会の入口から、黒く長い鞭のような物がはためき。それは、しなりながら野犬の首を打ち据えると、同時に赤黒い体液が周りに飛び散った。

 一拍遅れて、ぐちゃりという音が聞こえて、野犬の首と胴体が教会の床に落ち、野犬の生首は死の瞬間を切り取ったように凶暴な顔をしたまま、無念を訴えるように豊原を睨むように転がった。


 当事者である豊原が今度はこの唐突に訪れた状況を把握できず、恐怖に身を縛られた来宮は状況に圧殺されるように震えていた。

 その中で、ショックから立ち直ったばかりだった柳沢だけが、この状況を把握する事ができた。

 しっかりと目撃する事ができた。

 

 高校生くらいの女の子らしきモノが豊原を救ったのだ。

 しかし、柳沢は目にた光景を信じられる事ができないでいた、高校生くらいの女の子が豊原を救ったと言い切る事ができなかった。

 見た目は人間、服も着ているし、これといって目立つような風貌ではない、世間一般でいう大人しい女子のイメージである。

 一つだけ訂正を加えるなら、目立つような風貌ではないが、目立つ箇所があった。

 野犬を打ち据えた鞭のようなモノ、それは女の子の右腕から伸びた、黒く無機質めいた色をした蠢く三本の触手だったからだ。

 それは見た目は女の子だった。

 だが、それは明らかにただの女の子とは言えない何かだった。


  

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