F.U.D
「何でできねーの? 理由とかあんの?」
「ごめんなさい……本当に……万引きとかできないんで」
「お前の意見なんて聞いてねーんだよ!」
駅の裏口。
繁華街ではなく、駐車場等が広く設けられた側は大きな市とはいえ一つ路地を挟めば人通りは少なく、さらにビルとビルの間ともなれば、人口が多い街のメインターミナル付近であったとしても死角は多く存在する事になり。
さらに世間では不良と言えば通じるタイプの人種は、さらにそういった都会の穴と言えるべき場所を心得ていた。
だから、叫びも助けも届かない。
気弱そうな物腰、運動が得意とは言えなさそうな細い体型、そして平均身長には見た目からして届かない学生を、対照的に恵まれた身体を持った、いかにもそれとわかる雰囲気を持った三人が取り囲んでいる。
そして、口答えした学生の頬を一人が張り倒した。
「じゃあ、金だな。金持って来いよ。とりあえず三万な」
「あの……でも……」
「お前の意見は聞いてねぇってんだろ!じゃあ、時間は十分な、ダッシュで行って来いよ。一秒でも遅れたらマッパにして放りだすからな!」
「あの……」
「はい! 五秒経過ぁ~!」
ゲラゲラと笑う男達、だがそれでも彼は走り出さなかった。
痺れを切らす、という表現を使うには直ぐすぎるが、何ぼ動きも見せない彼の背中に蹴りを入れる。
「行けっつってんだろ!」
その迫力に押されて、ためらいながらも彼は走り出す。
その様子を見て楽しむでもなく、三人はつまらなそうに地べたに座り込む。
「あいつ間にあうかな?」
「あん、間に合うわけねぇじゃん。持ってこなかったらマッパ、持ってきたらズボンとパンツだけ没収でいいんじゃね?」
「でもよ、それってアイツの言い訳のしようがねぇじゃん。ちゃんと言い訳できるようにしとかねぇとまた面倒臭ぇ事んなんじゃね?」
「昔って十八まで少年法ってのがあったんだろ?」
「あれっ、十六じゃね?」
「どっちでもいいよ、もう俺達は駄目なんだろー?」
「あー、うっぜぇよな! 二十歳までは若者に自由をさせてくれよなぁ」
自己都合をぶちまけるかのように、それでも法を正義とするならば、それが正しくあるように彼らは言った。
そんな三人の前に一人が歩み寄る。
それは先ほど、無理難題を与えられた者ではなかった。
「あん、何だテメー?」
第一話 F.U.D
六月頭の頃、厚く重い冬服から夏服に変わったとはいえ、この矢形高校の正門へと続く緩やかながらも長い坂は朝のまだ気温も上がりきらない時間帯でも、登校中の学生の額に汗を滲ませるには十分な運動量である。
坂の中腹を歩く、田中大介もまたその一人である。
肉体的な疲労などは感じないものの、日本独自の湿度の高い気質がYシャツの下に汗を滲ませる。
誰しもがそんな不快感を及ぼす季節でありながらも、道行く大介の姿を見かけた越中学人は例外だったらしく。
大介の姿を見つけるやいなや、大介に走りよりその肩を後ろから叩いた。
「大ちゃんおはよー!」
「お、学人。こんな時間に登校とか、野球部の練習はどうした?」
「ん、自主休部だよ。どうせ甲子園まで行けるわけじゃないし。それに俺は二軍だしさ。そもそも俺は野球をするのが好きなんだよ。そりゃ勝った方がいいけど、負けても楽しめればそれでいいだろ」
そう言う田名部学人の姿は確かに野球部員と言われてもにわかに信じられない物であった。
高校球児といえば坊主頭に日焼けした肌、というのがトレードマークであり、さらにあえば記号でもある。
しかし、言葉の通り学人にはそういった要素は無く。長髪とまでは言わないが髪は長く、今時の学生としては珍しくもないが薄すぎない程度にそれを茶髪に染めていて、やはり球児としての印象は無かった。
「そうは言っても、皆は勝つために練習してるんだからそういう姿勢は良くないんじゃないか?」
「そう言われると心が痛いぜ!」
学人はわざと胸に手を当てて痛がってみせる。
「でもさ、俺みたいにそういう常勝思考っていうの?そういう体育会系のノリが嫌いで運動部に入ってない奴も多いんじゃねぇの?いや、俺は入ってるけどさ。それに俺達ってば三年だけどさ、この三年がだから偉いって風潮も好きじゃないんだよね」
「倉持にドヤされるぞ」
「アイツは体育会系の申し子みたいな奴だからな。あいつが野球部の顧問じゃなきゃ俺ももうちょっと練習に行ったよ。あれはどっちかっていうと軍隊だぜ?」
軍隊という学人の発言に大介は笑い声をあげる。
よほどその表現が的確だったのだろう、確かにと納得さえしてしまった。
その大介の反応だけで、倉持という男が典型的な体育会系の顧問である事が用意に想像できる。
「そういえば、今日は沙弥子ちゃんと一緒じゃねぇの?」
「別にいつも一緒ってわけじゃないよ」
「ふーん、何度も言うけど幼なじみがあんなに可愛いって羨ましいよな。俺はそもそも幼なじみがいないけどさ」
「俺も、何度も言うけどさ。そう良い物じゃないよ。沙弥子は好きだけどさ、それは沙弥子の辛かった時とかを見てるからそういう気持ちもあるんだよ」
「だったな、悪ぃ……」
「そもそも色恋沙汰は朝からするような話じゃないしな」
「それも大ちゃんの言う通りですっと、って……小島達が校門に居るぜ。何で朝っぱらからいるんだか……あいつら機嫌が悪いと誰にでも絡んでくるからなぁ。って一人足りなくね?」
小島とはこの矢形高校における有名な不良であり、酒井と三芳という二人と一緒に連んでいる姿をよく見かける。
先ほど学人は大介に沙弥子と一緒にいないのかと尋ねられて否定したが、この小島達三人は一緒でない時の方が珍しく、むしろそうでない時など見た事が無いほどだった。
だから学人がそういった声をあげるのは当然であり、確かに前を行くのは小島と酒井だけで、三芳の姿は無かった。
学人は警戒しているようだったが、特に小島達は騒ぎ起こすような事などなく。
二人は特に何事もなく自分の教室へと入る。
「おはよう沙弥子」
「おはよう、大介」
二人の噂に上がっていた、笹島沙弥子は既に教室に居た。
しかし、そこまで登校時間に差が無かったのか沙弥子は教科書を鞄から取り出し、机にしまっている最中である。
沙弥子は大介達に挨拶をしながら、黒板を見るように促した。
「全校集会って、何だ?」
学人が何だという様子で、黒板に大きく一時間目、全校集会と書いてある。
全校集会など、よほどの事がなければ開かれる事はなく、ただならぬ印象をクラスの全員が思いつつも。関心というよりは、何か起きたという好奇心の方が強くざわついている。
「何だろうね……急に」
「ま、一時間は数学Ⅱだし。それよりはダルくないだろ」
ケタケタと笑う学人だった。
教室の全員がほとんど学人と同じようなリアクションをとっていたが、沙弥子だけは少し様子が違っていた。
もともと沙弥子は活発ではなかったし、何か問題が起きているという不安を考えるなら沙弥子の様子は自然だった。
事実、そんな沙弥子の些細な違和感に学人は気がつかない。
気がついたのは、気がつけたのは大介が沙弥子の幼なじみであったからだ。
「沙弥子どうした?」
大介はそんな沙弥子のわずかな異変に気がつき、声をかける。
沙弥子はそんな大介の自分の変化を見逃さない様子に驚いた表情を見せた。
「大介……後で話があるの」
「ん、今じゃ駄目なのか?」
「……うん」
やはり何か沙弥子に何かあったなと思いつつも、大介はそれ以上は言及しなかった。
後で、というのはそれなりに長い話になるのだろうと察したからだ、すぐに全校集会が始まるのだからゆっくり話す時間はない。
「ねぇ、大介。アガサ・クリスティーって知ってる?」
「誰? 映画俳優か何か?」
「別に……知らないならいいの」
大介は知らなかったが、二人のやりとりを聞いていた学人は、得意げに話しに割って入ってきた。
「俺は知ってるよ『そして誰もいなくなった』だろ?」
「あ、それは何か聞いた事ある。良く知ってたな学人」
「文学少年なもんで~」
「よく言うよ……。で、沙耶子。それがどうしたんだ?」
「ううん、聞いてみただけ」
大介はやはりどこか沙那子の様子が変であると思ったものの、担任が入ってきたので自分の席に戻る。
クラスメイトの数人が何事なのかと質問するものの、担任の答えは集会で話すとしか言わなかった。
やがて間もなく全校集会の時間となり。
「皆さんのお友達の三芳靖和が、昨日お亡くなりになりました」
校長のその一言で集会は始まり、体育館に集められた生徒達が大きくどよめく。
「おいおいマジかよ……」
「え……何で、喧嘩とか?」
「原因は何だよ?」
悪童で通っていた生徒の死という事実は様々な声色のどよめきを生む。
その後の校長の説明は何とも要領の得ない説明であって、何が起きたのか生徒達は理解できずただいたずらに不安と興味を刺激するだけだった。
泣き出す生徒、談笑に興じる生徒、繋がりが無かったとしても同世代の生徒の死という事実はそれだけで影響があった。
静かにという、生徒指導の先生の声も届かない。
一種の恐慌状態にも似た空気の中で、バンと体育館のドアが勢い良く開く。
生徒は静まり、水を打ったように静まりかえる。
それが良くなかった。
「あ……が……が……」
そこには右腕が肩から無く、髪ごと引きちぎられたのか、頭皮がちぎられて頭蓋骨があらわになっている。
着ているジャージはボロボロで、腹部にも大型の動物にでも引っかかれたかのような傷がある。
人の死をこれまで目の当たりにしていなかった生徒も、それが事故や人の手で受けた傷でない事は、人間としての本能で感じただろう。
それでも人の体を成しており、成してはいるが、そのかくも無惨な状況であっても、ソレが野球部の顧問の倉持である事をこの場にいた全員が理解してしまった。
体育館の屋根を割るかのような生徒全員の悲鳴、突然すぎる、常識の外である事態。
教師を含め、この場にいる全員が混乱する中で、ただ一人。
笹島沙弥子だけが、状況を理解しているかのように涙を流しながらその場に崩れ落ちた。
「全部……全部…私のせいだ……」
この血塗られた惨劇が、短い、短い、矢形学園の夏の始まりだった。
U・N・オーエンの告白




