朝目を覚ましたら足枷が付いていました
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朝の微睡みの中で、右の踝に冷たいものをの感じた。
右足を動かすと、踝を起点に少々重い。
上半身だけ起こしパジャマの端から見えるはずの踝を見た。
足枷が付いていた。
地下牢の格子の向こう側にいる、白と黒の太いボーダーの囚人服を着た人間の足元にありそうな鉄球。
私が目を覚ますと、あの鉄球が足に付いていたのだ。
鉄球よりも「足枷」という感じがしたから一旦、私はこれを足枷と呼ぶことにした。
今日は2026年10月4日。
スマートフォンで確認した。間違いない。
眠る前の記憶も正しく2026年10月3日。昨日の仕事中に文章書類の作成時にカレンダーを見ながら入力した。
昨夜ベッドに入るまで、足枷など無かった。
つまり、寝ている間に付いたということになる。
眠る前にこんな物、私が付けた記憶はない。一カ月程早いハロウィンでもあるまいし。
では、なんだろう。
とりあえず、今日が日曜で良かった。平日なら朝から仕事に行く前に混乱してしまっていただろう。
これから寒くなるというのに、タイツも履けやしないじゃないか。
今後はパンツルックになるのか。寒くなるから良いかもしれない。
いやダメだ。前の冬の最後のセールの時にタイプのブーツ買ったんだ。
あれを履けなくなってしまう。
待てよ。今はそんなことを考えてるべきではない。
何故、こんな物が付いたか。の方が、やはり重要ではないだろう。
まず、この足枷自体が「気のせいである」という選択肢は無い。
踝に当たるひんやりした鉄。足を動かすと鉄球がずるりと動くときの重み。
頬をつねるまでも無い。
唯一「気のせい」説を取るなら、まずは、かかりつけ医に相談すべきだろう。
「先生、足元見て下さい。足枷付いているでしょう」
医師はもしかしたら、私の足元を見ながら「はい、付いていますね。これは重大の病気の直前かも知れません。まずはMRIを撮れる病院に紹介状を書きます」と、言うかもしれない。
脳神経内科とか、精神科へ行って下さいとばかりに。
医師は私の足元など一切見ずに、私の目を見て。
うーん。考えられる。
他になんだろう。と、ぼんやりとレースのカーテンの奥に広がる晴れ渡った空を見た。
そうだ、この空の下に私以外にも足枷が付いている人が居るかもしれない。
昨日までは目にしたことが無かった。
だから私同様、今朝目覚めたら世間の人にも勝手に付いていた。
あり得るかもしれない。
しかし、問題もある。どのように私の足枷が付いたのか?だ。誰かが付けたのだろうか。
分からない。
他の人も付いているか、試しに着替えて見に行ってみようか。
お腹も空いてきたことだし、朝食がてら近所のファミレスに行こう。
普段、私は外食もせず慎ましく一人で小さなアパートの部屋で静かに暮らしているんだ。
たまの贅沢くらい、許されたって良いだろう。
でもな。私以外の人に足枷が付いていなかったらどうしよう。
友人の、麗奈にでも聞いてみようか。
麗奈は恋人との時間に忙しく私からの連絡なんか見ないかもしれない。
他に忌憚なく聞ける相手……。
母、他の友人、元恋人、同僚。ダメだ。
仮に彼らの足に何ら変化が無ければ、まともに取り合ってくれるとは思えない。
現状、私に誰も足枷について聞いて来てくる人がいない。
近所のいつもの大声で井戸端会議しているご婦人たちも、足枷について騒いでいない。
つまり、少なくとも私の周囲の人間には足枷は今朝、付いていなかったとなるはずだ。
そうなると、ファミレス行くの悩むな。
でもなぁ、お腹空いたし。どうせ遅くとも明日には仕事のために外出しなくちゃいけない。
よし、世間の様子見がてら、出掛けるとするか。
着替え終わり、何を食べようかと鼻歌交じり外に出た。
今朝付いたばかりだから、いささか……いや、かなりの右足への不快感がある。
道路では引きずる音を響かせる。
日曜の朝だからだろう。すれ違う人は少ない。
しかし、この道路と擦れるズルズルという音を聞くと私から目を逸らした。
予想通り彼等の足元には、足枷なんて付いていなかった。
私にしか付いておらず、この足元の物が異常だと決定的に気づいたとき。
それは、公園に近づいた時だ。
小学校に上がるか上がらないかの小さな少年。
彼は両手で抱えるようにボールを持って公園へ向かっていた。
彼が私の引きずる音に気付くと、持っていたボールを落とし駆け足で来た道を戻って行った。
朝食は諦めたほうが良いかもしれない。
仕方ない、明日からのことは帰ってから考えよう。そうアパートへ戻った。
明日考えようと思ってもいたものの、やはり頭の中はぼんやりしていたようだ。
昨日の帰宅時に見ていたポストを、また確認していた。
あの時間帯なら、今朝の時間に届いているはずなど無いのに。
何故か一通、届いていた。差出人は『過程裁判所』。
過程裁判所?ステップを踏む方の過程?
ファミリーの方の意味じゃなかったっけ?
「家庭」の誤字?私は首を捻りながら、封書をゴミ箱へと入れるためにアパートの部屋へと入った。
ソファに座る前に裁判所からの封筒を捨てようとした。悪戯だろうと思ったからだ。
「このご時世にわざわざ封書で悪戯するか」という疑問も湧く。
それに、この過程裁判所という場所にも興味も出た。
内容だけ見よう。
封の上の方をびりびりと破り、三つ折りにされた一枚の書類を取り出した。
「私が他人の人生の足枷だったから、明日の朝から裁判所に来い」ということらしい。
どういうことだろう。
全然分からない。明日仕事だしな。迷っていると、インターホンが鳴った。
お巡りさんが来た。パトカーに乗せられた。まだ被疑者の状態じゃないの?
被疑者でもパトカーに乗せられるのかな?分かんないから、もう良いや。
「明日の仕事の心配はしなくていい」助手席に乗っていたお巡りさんがフロントミラー越しに冷たく告げた。
どうして?と、質問できる雰囲気は閉ざされていたから諦める。
裁判所なのか、留置所なのか分からない場所に入れられた。
ドラマで見たことのある、鉄格子の中。無機質な場所。
いくら明日仕事行かなくていいとはいえ、こんな場所に明日まで居なきゃいけないのか。嫌だな。
スマホは没収されたし、「暇つぶしに本でもありませんか」と尋ねさせてもくれ無いだろう閉ざされ気配。
体育座りをして、時間を過ごすことにした。
暑い時期じゃなくて良かった。あんまり汗かいて過ごしてるのにお風呂もシャワーも入れないなんて。
事実としては、結局シャワーだけは浴びれたのだけれど。
翌朝、私はこじんまりとした会議室に通された。
長いテーブルが向かい合わせにあるだけの簡素な部屋。
テーブルの間には少しだけ距離がある。
私の座る場所の正面に、裁判官と名乗る人。
隣には、見たことのある女性、私の母、麗奈、元恋人が並んで座っていた。
「証言を」との裁判官の言葉で、起立した母より少し若い女性。見たことがあるかもしれない女性。
「彼女が小学3年生の時に私は言われたんです。『先生はヒステリックですね』って。あのセリフが未だに耳から離れなくて。それ以来、あなたの言葉は私の人生の足枷となったの」
「えっと」と、口を開きかけた私に、片手を上げた裁判官。「被告に発言権はありません」
発言権も何も、私はまず人権が無い気がしている。やれやれ。
母は「あなたの帰りがいつも遅かった。それにいつも違う男と遊びまわって。そのせいで私はご近所からずっと冷たい目で見られたの。未だに私は人様の視線が気になって仕方ないわ」と、証言。
麗奈は言った。
「小さいころから私としか遊ばない。私が他の友人と遊んだりすると、じっと私を見てきた。だから仕方なくあなたと遊んであげていたの」
麗奈は私をずっと疎んじていたんだ。知らなかった。
元恋人の証言はこうだ。
「いつもいつも俺が連絡しないと、大量にメッセージ送り付けてきただろ。着信だってひどい時は一分毎。お前と別れた今でも俺は、スマホが鳴るとびくっとするんだ」
一分毎に連絡できるほど私は暇人じゃない。でも、メッセージは待っていた。好きな人からの連絡を待っているのって、そんなに悪いことだったのか。
彼等の証言の後に裁判官が告げた。
「もっと多くの人からの証言もあります。だから、あなたの足には枷が付いたのです」と。
そうだったのか。私は沢山の人の人生を邪魔していたのか。他人の足枷になっていたのか。
でもなぁ。
奇妙だな。彼等の足元にはもちろんのこと、私の足に足枷が付いてから見かけた人々。誰にも足枷なんて見かけなかったもの。




