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一人百物語

駅の人混みで

作者: 犬猫夜行
掲載日:2026/07/18


以前、派遣でプログラム開発の仕事をしていた現場での話。

その現場には、佐藤さんという四十歳なかばの男性がいた。

佐藤さんは長年腎臓を患っているとかで翌月からはとうとう入院する事になり、仕事を一時休職するとの事だった。

その頃の佐藤さんの顔色はすでに土気色で、医者でなくとも相当具合の悪いらしい事はわかった。

『仕事も途中で迷惑かけちゃうけど、ごめんね』

と佐藤さんは同じプログラム開発グループだった私たちに謝っていた。

が、私たちも翌月からは他の開発現場に移る予定だったため、皆で

『そんな事気にしないで、早く治して元気になって下さいね』

と佐藤さんに言っていた。

それから、他の開発現場に移ってしばらくの後。

やはり佐藤さんと同じ開発グループだった河田さんが

「あのさ、佐藤さん、亡くなったんだって」

と言ってきた。

「……え?」

としか私が言えないでいると、

「でもな、僕、佐藤さん見てるんだ。それもついこないだ、一週間ちょっとくらい前にさ」

と河田さんは妙な顔をして言った。

「こないだ、駅でさ……」


河田さんが出勤時に駅の人混みを歩いていて、ふと少し離れたところを見ると

そこには佐藤さんが立っていて、にこにこと笑って河田さんを見ていたという。

『あれっ!佐藤さん?!退院したの?もういいの?』

と、それに河田さんが声をかけて手を振ると佐藤さんも河田さんに手を振り返し、ぺこりと頭を下げて人混みの中に消えてしまった。

河田さんは佐藤さんの携帯電話の番号を知っていたので、その日さっそく佐藤さんに電話をしたのだという。

が、その日は電話が通じなかったため、数日してからまた電話を入れたら

「そしたらな、奥さんだって人が出て。電話に。それでな…

佐藤さん、亡くなったって言うんだ。三日前に」

奥さんだという人は河田さんに、すでに佐藤さんの葬儀も済ませたとも言った。

それに河田さんが

『ついこないだ駅でお見掛けしたので、てっきりお元気になられたとばかり……』

と伝えると

奥さんは、佐藤さんは入院して以来ずっと病状が良くなくて、河田さんが佐藤さんの姿を見た頃にはすでに危篤状態でとても外出できる様な状態ではなかった、と話した。

「でもな。僕、見たんだよ、佐藤さん。本当に。手まで振ってさ。いつもの様に背広着て、ネクタイしてさ。でな」

河田さんは続けた。

「山根君も見てるんだよ。佐藤さん。やっぱり駅で」

河田さんは、やはり佐藤さんと同じ開発グループだった山根さんの名前をあげた。

「山根君も、昨日佐藤さん見たって。山根君も佐藤さんが亡くなったの知らないからさ。駅で佐藤さん見たよ、もう退院したのかなって、さっき僕に言うからさ。だから、いや実は佐藤さんな、って話したんだ。それで山根君もええ~っ?!ってなってさ」

「……」

私が何も言えないでいると、河田さんは妙な表情をしながらも悲しそうに言った。

「山根君もな。佐藤さん、ちゃんとした背広姿で、にこにこ笑いながら手を振ってたって。佐藤さん、今も駅にいるのかな。会社に行くつもりでさ、背広着てネクタイしてさ。……僕、何か気の毒でさ」


私は駅で佐藤さんを見た事は無い。

しかし。

佐藤さんは今も駅の人混みの中にいるのかもしれない?

背広着て、ネクタイして、仕事に行くつもりで。

いや、仕事に行きたくて…




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