【結婚生活 2年6ヵ月】向日葵の笑顔①
都会というのは、なぜこうも騒がしく落ち着かないのでしょう。のんびりとお茶を楽しむこともできず、ただでさえ人混みの多い通りを歩くだけで、胸がざわつくのを感じます。
ソファに座った途端、どっと疲れが出来てきました。
「ルイディア様、眉間のシワがすごいですわ」
見かねたマルス子爵夫人が、暖かい蒸しタオルを手にやってきました。いつもの穏やかな笑顔には、私を気遣う優しさが滲み出ています。
「せっかくの美しいお顔が台無しですわ。さぁ、そこのソファーで少しお休みになってくださいな」
「ありがとう、心配かけてごめんなさい」
素直に横になり、疲労に重くなったまぶたを閉じました。暖かいタオルが目元に置かれ、都市の喧騒で凝り固まった神経をじんわりとほぐしてくれます。
「夕方まで少しお休みください。来客があってもお断りするよう、執事にはお伝えいたします」
「そうね、今は笑顔でおもてなしもできそうにないわ」
「わたしは買い物に行って参ります。何か気持ちが上がるものを探して来ますからね」
そう言うと、マルス子爵夫人は静かに部屋を出ていきました。本当に気が利く女性です。その温かい心遣いに甘えて、私は少し眠ることにしました。
確かに、とても疲れています。
7月中旬。王の誕生日前後の1週間は、国をあげてのお祭り騒ぎです。
街は色とりどりの旗や花で飾り付けられ、市場は活気に溢れ、隣国からの観光客も多く賑わっています。普段は領地で静かに生活している貴族も、この期間は王都の別宅で過ごす方が大半です。
王族への謁見や華やかな夜会で、人脈を広げるのが目的でしょう。
そんな我が侯爵家も例外ではありません。
貴族間の交流は、侯爵家として必要不可欠なことです。ところが、領主であるお父様がぎっくり腰になり、これは好都合と言わんばかりに、お母様は跡継ぎである私を代理としたのです。
いずれは、私は女領主。その予行練習ですから、何の問題もないのです。問題は――。いえ、今は考えるのはやめましょう。
それにしても、この別宅の寝室は落ち着きません。
慣れない場所のせいか、それとも王都の空気が合わないのか。それでも、移動の疲れが溜まっていたのか、いつしか浅い眠りに誘われました。
『ルイディア』
誰かが私の呼んでいる。
大きくて温かい手が、私の髪なでてくれる。とても心地よくて、もし私が猫なら、喉をゴロゴロと鳴らしていたことでしょう。
『ルイディア、君は本当に可愛いね。昔からずっと』
あら?この声は?とても懐かしい声です。
『君の向日葵のような笑顔、忘れたことはないよ』
ああ、これは、遠い昔の夢を見ているのでしょうか。
毎年夏になると、幼馴染みの避暑地に遊びに行きました。そこには、背の高い向日葵が広がる、眩しいほどの黄色い畑がありました。自分よりずっと背の高い向日葵でできた迷路を、どっちが早くゴールするのか競い合ったものです。
『また負けちゃった。ルイディアには敵わないな』
そう言って笑う幼馴染みの笑顔こそ、向日葵のように眩しかったものです。
『大好きだよ、ルイディア』
大人になり会えない日が長くなり、私は結婚をしました。彼は、今でも元気でいるのでしょうか。
「好きよ、今でもずっと……」
思わず口に出したとき。
眠る私に誰かがキスをしました。夢ではないリアルな感触に、ハッとして目を開けました。
「僕もだよ、ルイディア」
「旦那様!」
「おはよう、僕のお姫様」
甘ったるい笑顔の旦那様が、私をのぞき込んでいるではありませんか。
ああ、これが私の現実なのです。
さめない夢などないのです……。




