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夫が愛する妾との子供を認めない私は酷い悪女ですか?それならどうぞ、お好きになさって旦那様  作者: はなたろう


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【結婚生活 0年3ヶ月】 初夏のブルーサルビア②

ガチャンッ!


陶器が割れる音が響きます。



「も、申し訳ありません!」



水瓶を落としたメイドが、顔を真っ青にして膝から崩れ落ちました。



「危ないから立ちなさい。割れた破片でケガをしますよ」



崩れ落ちた彼女の手は、小刻みに震えています。



「お嬢様、これは――」



メイドのエプロンとスカートの間から、ひらりと落ちたもの。マルス子爵夫人が、やれやれという顔をして拾いました。



「ドクダミ、ですね」



立ち上がったメイドの顔が、いっそう青くなりました。まるで、庭園のブルーサルビアみたい。



「どうかなさいました? 旦那様」



おしゃべりなはずの旦那様が、一言もお話しになりません。



「ドクダミの葉は、乾燥させれば薬膳茶として飲めますし、お風呂に入れれば美肌に効果がありますね。でも――」



私はにっこりと微笑むと、



「所詮は、雑草なのですわ」



足元に落ちている、ドクダミの葉を踏み潰して差し上げました。


あらいやだ。タイル張りのバルコニーを、汚い緑で汚してしまったわ。あとで、掃除をしてもらわないと。



「雑草なんて、美しい花が咲く庭には不要なものです。そう思いませんか? 旦那様」


「うん、そうだね。ルイディアは、とってもキレイだよ。でも」


「でも?」


「ドクダミの白い花も、素朴で可愛いよ?」



はい、そうですか。もう、結構です。



「それなら貧相な花と一緒に、旦那様の人生も摘み取って差し上げます!」



バッシャーーーーンッ!



何もできない箱入り娘だと思われました?


お父様の厳しい教育方針で、幼い頃から、剣術や武術を学んでおります。そこらの殿方には負けませんよ。

水の入ったたらいを、ぶちまけるくらい、大したことはありませんから。



「あらまぁ。水も滴るいい男、ですわね、お嬢様」



扇子で顔を隠しても、震える肩で表情がバレバレです。まったく、素直な侍女なんだから。


私は真っ青な顔のメイドに言いました。



「そこのあなた。主に背いた不貞行為により、本日付けで雇用契約を解除します。すぐに荷物をまとめなさい。今後、わが領地に足を踏み入れることを許しません」


「お、お嬢様、申し訳ございません……!」


「謝罪は不要です。言い訳も聞きません。旦那様の手垢が付いた雑草などに、何も感じることはありません。不要な雑草は駆除をするだけです」



さて、そろそろ終わりですね。



「マルス子爵夫人、あとはお任せしますわ」


「かしこまりました」



その一言で、私の意図を汲んだであろうマルス子爵夫人は、浮気相手のメイドを連れて去りました。



「あなたも下がっていいわ」



もう一人のベテランのメイドに声をかける。彼女は一礼をすると、何も言わずにたらいを持ったまま、屋敷の中へ入っていきました。



「さて、と」



振り向くと、髪からポタポタ垂れる水も拭うことなく、ただ呆然と立ちすくむ旦那様。


水も滴るいい男、ですって?


なんて、気の抜けた顔でしょう。浅はかな行為により、若い娘の人生を狂わせたという自覚は、まったくないのでしょうね。


悪気がないことは、無関心であることと同じです。


この方は、きっと他人に興味が無いのかもしれませんね。とても残念で、可哀想です。


でも、それはそれとして、



「さぁ、覚悟はよろしくて?」


「え、あの、ルイディア、怒ってるの?」


「怒る? 何をでしょうか?」



広げた扇子で口元を隠します。だって、こんなに楽しいこと、口元が緩んで仕方ありません。



「私はただ、ティータイムの続きを、旦那様と楽しみたいだけですわ。さぁ、お掛けくださいな。びわをいただきましょう? さぞ甘くて美味しいのでしょうから」



まあ、今度は旦那様の顔が、ブルーサルビアのようですね。



「さぁ、お口を大きくあけて下さいな」


「え。ええ? ちょ、ちょっと待って――!」


「旦那様、あ~ん……」



その口いっぱいに、びわを詰め込んで差し上げますわ。皮も種も丸ごとどうぞ、旦那。



「そういえば、びわの種には毒があるってご存知でした?」



多量に摂取すると頭痛・めまい・嘔吐などを引き起こすと言われています。



「む、むぐむぐ…う!」



存分に味わってくださいませ。たくさん、たくさん。召し上がれ。



「夏は一日が長いですからね」



◆◆◆



その後――。



「花壇がキレイになりましたね」


「庭師に雑草駆除をしてもらったけど、またすぐに生えてくるのよね」



まあ、仕方ないことです。雑草も懸命に生きているのですから。



「新しいメイドの採用、いかがいたしますか? 候補は数名に絞りました」



マルス子爵夫人から、名前や略歴が書かれたリストを受け取ります。



「いっそ、旦那様に選んでいただきましょうか」


「まあ、そんなことを。マートル様も反省されているのでしょう? お嬢様がそのようなことを言われては、可哀想ですよ」


「さて、どうかしら?」



結婚してすぐに、メイドに手を出す方よ。それも、一度ではありません。



「ところで、あのメイドが浮気相手だと、よくお分かりになりましたね」


「あぁ、あれね」



私はバルコニーの端に飾られた、人魚の彫刻の裏に手を伸ばしました。そして、手に取るのは……、



「ドクダミの葉?そのような日陰にあるなんて、知りませんでした」



「お茶にできるかと思って、摘んでいたの。怪しい素ぶりの旦那様にピンときて、釜をかけてみたのよ。二人そろって素直だから、見事に反応してくれたわね」



問い詰める必要もありませんでした。



「そういえば、あのメイドは地元へ帰りましたよ」


「そう」


「お嬢様の推薦状があれば、あちらの領地でも、すぐに仕事は決まるかと」


「そう」


「お嬢様の慈悲深いところは、誰よりも存じていますよ」



私は返事の代わりに、お茶を一口飲みました。



ドクダミ茶は苦いと思われがちですが、乾燥させたドクダミを釜に入れて焙煎すれば、独特な香りと甘さが感じられます。



「若いお嬢さんには、痛い経験になりましたね」



まぁ、そのうち忘れるでしょう。どこぞの村男と幸せになったらいいわ。



「ところで、マートル様は?」


「街へ視察に行かれたわ。逃げ場の無い馬車の中で、事情を知ったお祖父様に、こってり絞られている頃ね」


「まぁ、お気の毒」



厳格で曲がったことが大嫌いなお祖父様。生涯、亡きお祖母様だけを、深く愛されたお祖父様。孫婿が結婚早々に不貞だなんて。



「お祖父様こそ、しっかり反省されたらいいですわ。私と旦那様の結婚を決めた、張本人なんですからね」



まったく。


本当に、男は勝手な生き物だと思いませんか?



「さぁ、びわのゼリーをいただきましょう」


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