【結婚生活最終日】美しき秋バラ②
「そんなわけあるかーーーーー!」
私は、全身全霊をかけて、テーブルをひっくり返した。
皆様、ご存じかしら?私、実はとっても力持ちなんですよ。
派手な音を立てて倒れ、お気に入りのティーセットが粉々になった。何事かと部屋からメイドがやって来て、変わり果てたバルコニーに呆然としている。さらにお菓子を持ったまま棒立ちのマルス子爵夫人。
「旦那様、茶番はもう結構です」
「え、ええ?」
「即刻、荷物をまとめて屋敷から、いえ、この領地から出て行ってください」
何が起きたのか分かっていない様子で、旦那様は椅子に座ったまま、ぽかんと私を見上げていた。なんて腑抜けた顔でしょう。
「乳母ですって?冗談ではございません。あの女に抱かれる我が子を想像すると、終わったはずの悪阻が、また復活しそうです」
「そんなっ!」
「我が家の長男として?」
「だ、だめかな?」
「なぜ、我が侯爵家と血の繋がらない、子を跡継ぎにできるのでしょうか?旦那様、まさか、ご自分が婿養子であることをお忘れですか?」
ぱくぱくと口を動かす様は、池の鯉のようです。
「それに、私と旦那様との離縁を悲しむ人間は、この屋敷にはおりませんわ」
騒ぎを聞き付けた執事、メイド、料理長、家中の人間が集まっています。
そして、皆が「うんうん」とうなずくのだから、旦那様の顔は真っ赤になった。あらまあ、鯉からタコにでもなったかしら。
「ぼ、僕とルイディアの愛の結晶がいるじゃないか!生まれてくる子供に、父親がいないのは可哀想じゃないか」
私のお腹を指差して、切り札とばかりに叫んだ。
「あらいやだ。父親なら、ちゃんといますわ」
「は?」
「旦那様、あなたが私を最後に抱かれたのはいつですか?」
旦那様がリリス嬢に夢中になってから、この半年ほど。
時々、求められることはありましたが、まぁ、その――最後まではしていません。
そんなことも忘れて、私の懐妊を心から喜んでいたけれど、まあ、そこは少しだけ、心が痛むかしら。
「頭の中がお花畑な旦那様、分かりやすくお伝えします」
「お、お花畑」
視界の端に、メイドのマリエが肩を震わせているのが見えました。こらこら、笑うんじゃありませんよ。まったく、困った素直な子ですね。
「お腹の子の父親は、辺境伯のご次男です。ええ、私の幼馴染みの彼ですね。私たちは、幼い頃から将来を約束していたのです」
「ええ!」
「それなのに、当時の侯爵である、お祖父様が『友人の息子と孫娘を結婚させる』と言い張り、私たちは引き裂かれたのです」
遠目に、マルス子爵夫人が目頭を押さえているのが見える。ありがとう、あなたは私の良き理解者よ。
「お祖父様は他界したし、旦那様が去ってくれたなら、彼を父親としてお迎えできますわ!ようやく、彼と結ばれるなんて、こんなに嬉しいことはありません」
「なっ!ぼ、僕のルイディアが不貞を……!」
「嫌だわ、旦那様。前に『純愛は罪ではない』と、私におっしゃいましたよね。だから、何度も見逃してきたではありませんか」
「そ、それは!」
「純愛は、あなたひとりのものではなくてよ」
ガックリと肩を落とす旦那様。
「私のことは、早くお忘れになって。リリス嬢とご一緒にお幸せにお暮らしくださいませ」
「僕は、どこに行けばいいの?」
「ご実家である、伯爵家にお帰りになったら?ああ、でもご実家には、立派なご長男がいるので、旦那様の居場所があるかはわかりませんね」
「そんな、僕はルイディアを愛しているのに」
ええ、そうでしょうね。旦那様らしい愛は、確かに感じていましたから。
「その愛情はすべて、リリス嬢とご子息に注いでくださいませ」
ごめんなさいね、旦那様。私は私なりに、あなたを愛していたのですが……。
ごめんなさいね、旦那様。私、実は――悪女なんです。




