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第3章:死にゆく領地の解剖図 ( 1 )



バルトロを執務室から引きずり出し、その権限を剥奪してから十日が過ぎた。



腐敗の象徴であった徴税総監の失脚は、瞬く間に領内を駆け巡った。だが、アルスに勝利の余韻に浸る時間はなかった。



むしろ、寄生虫を取り除いた後に露わになったのは、想像以上にボロボロに痩せ細った領土の「むくろ」であった。



アルスは、執務室の窓から差し込む冬の光を背に、机の上に広げられた一冊の分厚い古文書を指先でなぞった。



それは、バルトロのような腐敗層が「骨董品」として埃を被らせていた、五十年前の『領勢基本大系』である。



アルスの祖父の代に、当時の賢明な行政官たちが心血を注いで編纂した、いわばこの領地の「設計図」だ。



そこには、本来あるべき農地の生産力、適正な人口密度、そして村々の持続可能な発展計画が、緻密な計算に基づき記されていた。



「……先人の遺産が、これほど鮮やかに残っているとはな」



アルスは独りごちた。



彼が三日三晩の籠城で成し遂げたのは、この「理想の設計図」と、セバスが命がけで発掘してきた「現在の惨状」を、現代的な統計手法で残酷なまでに照らし合わせることだった。



「セバス、例の調査はどうなった。……この『大系』が示す理想の数値と、現実の乖離。その正体を突き止めるための戸口調査だ」



控えていたセバスが、重苦しい足取りで前に出た。



「……閣下のご指示通り、この十日間、信頼に足る家臣たちを総動員し、全世帯の戸口調査を強行しました。同時に、教会の埋葬記録との照合も完了しております。ですが……その結果は、『大系』に記された推計値をあざ笑うかのような、惨憺たるものでした」



セバスが差し出した最新の報告書を、アルスは無言で受け取った。



「台帳上では『存在』しているはずの人口の二割が、実態としては消失しております。バルトロたちは、この致命的な乖離を、帳簿上の数字をこじつけることで隠蔽し続けてきたのです」



……かつての設計図では、この十年間で人口は一割増えるはずだった。だが現実は、増えるどころか底が抜けている。設計図と現実の『ずれ』……



「……二割か。これはもはや『ずれ』ではない。領地の『壊死』だ」



アルスは冷徹に言い放ったが、その内側では現代社会でデータと戦ってきた男としての激しい憤りが再燃していた。



「村長たちを呼び出した。彼らの反応は?」



「……皆、怯えております。バルトロが消え、次はどんな恐ろしい『合理化』が自分たちを襲うのかと。現在、広間にて待機させております」



アルスは持っていた報告書を執務机に置いた。



バルトロの件が片付いたが、机上は片付いていない。



「行こう。……埃を被った設計図を書き換えるには、まず現場の『血』の通った言葉が必要だ」



重厚な扉が開かれた先、広間に集められていたのは、泥にまみれた手足と、絶望を塗り固めたような顔をした村長たちだった。



彼らはアルスの姿を見るなり、一斉に床に額を擦り付けた。


バルトロという「目に見える暴力」がいなくなったことで、彼らは逆に、得体の知れない「若き領主」の知性を恐れていた。



「閣下! どうか、どうかこれ以上の取り立てだけは……!」


「我が村にはもう、差し出せる種籾一つ残っておりません!」



悲鳴に近い懇願が響く中、アルスは広間の中央に置かれた椅子に腰を下ろした。


手元には、館に眠っていた黄金時代の設計図と、彼らが「隠している」数字を暴き出した最新の報告書がある。



「顔を上げろ。私は君たちを罰しに来たのではない」



アルスの声は静かだが、広間全体に鋭く通った。



「私の手元に、五十年前の『領勢基本大系』がある。ここには、君たちの村がどれほど豊かな土地で、どれほどの子供が笑い合っているべきかが記されている」



村長たちが恐る恐る顔を上げる。アルスは一冊の報告書を、彼らに見えるように掲げた。



「だが、今回の調査で分かった現実は、この設計図とはかけ離れた『死の記録』だ。……北の第一村、村長。君の村ではこの二年間、子供が一人も生まれていないな? 台帳には『出生予定』の数字が踊っているが、実際には赤子の産声など一度も響いていない」



名指しされた老村長が、ビクリと肩を震わせる。



「西の第二村、君のところもだ。働き盛りの男たちが『事故死』として処理されているが、実際には夜逃げだろう? ……嘘をつく必要はない。君たちが嘘をつかなければならなかったのは、そうしなければ村が全滅するほど、バルトロの課した『数字』が現実を無視していたからだ」



アルスが淡々と、しかし情理を込めて事実を突きつけるたび、広間から「恐怖」が消え、代わりに重苦しい「絶望の共有」が始まった。



「いいか。私は過去の設計図を信じていない。私が信じるのは、今、君たちの目の前にある過酷な現実だ。人口は、領地の最大かつ唯一の『資本』だ。人間がいなければ、未来など存在しない。……私は、この領地を再定義する。君たちが隠し続けてきた『本当の悲鳴』を、今ここで私に聞かせてくれ」



現代社会で「歪んだシステム」の犠牲となった男の、再起を懸けた問いかけだった。


村長たちの一人が、堪えきれなくなったようにポツリと、震える声で話し始めた。

続くように各村長たちはアルスに訴えかけた。



それは、統計データという氷が、現場の熱によって溶け出す瞬間だった。


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