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第2章:帳簿の悲鳴と、情報の檻 ( 3 )


翌日、アルスは徴税総監バルトロを呼び出した。



贅肉の乗った巨体を軍服に押し込んだバルトロは、傲慢な笑みを浮かべて現れた。



彼は、アルスを「病弱で世間知らずの若造」と見くびり、適当な理屈で丸め込めるつもりでいた。



「閣下、帳簿などというつまらぬものに、貴重なお時間を使われるとは。税とは伝統であり、力です。我々が厳しく取り立てねば、領民は怠け、王都への献上金は滞ります。」



バルトロは自信たっぷりにアルスやセバス、室内にいた若い事務次官らに演説をした。


「領民が怠けている証拠に、年々村の税は下がっております。逃げるものもいて、これを怠けと言わず何と言うのですか。私はただ、現実的に動いているのです。」


アルスはセバスや事務次官の手前、バルドロの言ったことを冷静に真顔で聞いていたが、内心は心穏やかではなかった。



「『現実的』だと? バルトロ、君の言う現実は、領地の寿命を前借りしているだけに過ぎない」



アルスは、冷徹な筆致で書かれた『実態調査報告書』を叩きつけた。



「君がこの五年間で行った『強化徴収』。その結果、領内の離職率、もとい逃亡率は三倍に跳ね上がった。労働力という名の資本を放り出し、残された者にさらに重荷を課す。これは経営……統治における『サンクコストの無視』と、『短期的利益への過度な執着』だ。君が目先の数字を合わせるために、この領地という巨大な資産の価値を毀損させているんだ」



「な、何をわけのわからぬ言葉を……! 私は先代様の頃からこの地を支えてきたのだ!」


激昂するバルトロを、アルスは感情を排した瞳で見下ろした。言葉が届いていない。


この男にとって、領地はただ搾り取るための「袋」であり、中の種が死に絶えることなど計算に入っていないのだ。



アルスは羽ペンを置くと、バルトロの目の前で一枚の紙に、ごく簡潔な図を描き始めた。



「……いいか、バルトロ。もっと君の語彙に合わせて噛み砕いてやろう。君がやっているのは、『黄金の卵を産む鶏』の腹を、今すぐ卵を取り出したいがために切り裂く行為だ」



アルスは、右肩下がりの一本の線を描いた。



「君は『農民が逃げたのは怠慢だ』と言うが、統計は嘘をつかない。人間には『維持コスト』が必要だ。明日の種籾たねもみまで奪えば、農民は餓死するか、逃げるしかない。農民という『生産機械』が壊れれば、翌年の収穫はゼロになる。君が今年、無理に奪った金貨一枚のせいで、来年入るはずだった金貨十枚が消えたんだ」



さらに、アルスは先ほどの「三角形の空白」を指差した。



「この空白は、君が無理な徴収を強行したことで死に絶えた、『生まれるはずだった富』の墓場だ。君は自分が有能な徴税官だと思っているようだが、私の計算によれば、君はこの領地の資産価値を、先代の頃の半分以下にまで叩き落とした『稀に見る無能な破壊者』に過ぎない」



「破壊者……だと……っ! 私は、私は領地を維持するために……!」



「維持ではない。君はシステムの摩耗を無視し、修繕費をケチって、機械が爆発するまで全速力で回し続けただけだ。そして今、爆発した。……その責任を、今ここで数式通りに取ってもらう」



バルトロの顔から血の気が引いていく。

アルスの言葉は、もはや単なる叱責ではなく、逃れようのない自然法則の宣告として、彼の脆弱な論理を粉々に打ち砕いていた。


「支えてきたのではない、寄生していたんだ。君はこの歪な構造を利用して、領民から吸い上げた富を、君自身の息のかかった商会へと横流ししている。組織の腐敗を『伝統』という言葉で美化するな。それは、変化を拒む既得権益者の常套句だ」



現代社会における、天下りや不透明な公金注入、そして「今だけ、自分だけ、金だけ」を優先する組織の腐弊。アルスはそれを、目の前の肥え太った男の中に見ていた。


セバスのメモ帳

『さんくこすと』

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