第2章:帳簿の悲鳴と、情報の檻 ( 2 )
「……地獄だな、これは。もはや統治ではない。ただの『緩やかな殺戮』だ」
アルスは、自分が無意識に作成した数枚の図表を指先でなぞった。
羊皮紙の上には、この世界の人間が見れば「幾何学的な紋様」か、あるいは「冒涜的な魔術式」にしか見えない異質な図形が並んでいる。
彼の脳内には、前世の記憶がもたらす統計学的視点が、抗いがたい呪いのように脈打っている。
瞳を閉じれば、視界の裏側に網膜を焼くような解像度で「数」が浮かび上がる。
目の前の景色は、もはや単なる風景ではない。
日照時間、土壌の窒素含有量、農夫の平均的な労働熱量。
それらすべてが定数や変数となり、冷徹な算式へと置換されていく。
「……やはり、この領域が最大の問題だ」
アルスが指先を止めたのは、グラフの中に描かれた不自然な三角形の空白であった。
アルスが算出した、土壌と労働力から導き出される本来の収穫量を示す「理論値の線」。
それに対し、バルトロが提出していた「報告値の線」。
この二本の線を引き比べたとき、理論上の成長に対して報告値は不自然なほど低く抑えられていた。
その結果、二本の線の間には、時間が経つほど右側へ大きく開いていく「三角形の隙間」が出現していた。
自然界の揺らぎや天災による減収であれば、データには必ず不規則な上下のノイズが現れる。
しかし、バルトロの台帳から浮かび上がったこの三角形は、あまりに幾何学的で、規則正しく、かつ継続的であった。
アルスにとって、この三角形の面積こそが、領民が流した汗の中からバルトロが私的に抜き取った「中抜きの総量」――すなわち悪意の容積そのものであった。
「セバス、この領地の『税』という名のシステムを見てくれ。全部で四十八の税目がある。窓の数、暖炉の煙突、果ては農具の刃を研ぐたびに発生する費用。一つ一つは少額に見えるが、これらを組み合わせることで『実態』を隠蔽しているんだ」
アルスの指摘は、現代社会が抱える「複雑すぎる税制と社会保障制度」の病理そのものだった。
国民が理解できないほど制度を複雑化させることで、官僚機構(この世界では徴税官)が裁量という名の権力を握る。
または国や領内から集めた食糧や金を税金という名を使わずに徴収する。
知識を持たない弱者は、自分がどれほど搾取されているかさえ計算できず、ただ「そういう決まりだから」と首を差し出すしかない。
「さらに見てくれ、この納税分布図を。収入が低い者ほど、全所得に対する税の割合が高い。いわゆる『逆進性』だ。富裕層は大領主への寄付や特権を盾に免税措置をし、そのしわ寄せを、明日の種籾すら持たない貧農が背負わされている。これでは、社会の土台である底辺層から崩壊していくのは自明の理だ」
アルスが見つめる帳簿の数字は、ただの記録ではなかった。
それは、未来への投資を奪われ、今日を生き延びるために明日を売り払う領民たちの、乾いた悲鳴の集積だった。
セバスのメモ帳
『逆進性』
『三角形の隙間』




