第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 20 )
「……来ました。アルス閣下からの『最終解答』です」
北方特区の最前線、凍てつく防壁の上で、エレナの部下が静かに空を見上げた。
地平線の彼方、視界を遮る吹雪の合間から、それは現れた。
銀の道の上を、滑るように、しかし凄まじい質量感を持って突進してくる黒い影。それはこれまでの重装兵を運んでいた泥臭い馬車とは、一線を画す異形の集団だった。
テラがアルスの過酷な要求に応え、極限まで軽量化し、空気抵抗を削ぎ落とした「魔導兵専用・連結高速馬車」。
車体には防風の魔導障壁が展開され、雪を割りながら進むその姿は、まるで冬の海を征く軍艦のようでもある。
それを牽引するのは、ジャックが禁忌の枷で「一つの意志」へと統合した氷原大熊の群れだ。彼らの咆哮は地響きとなり、銀の道を震わせながら特区へと迫る。
一台、また一台と、計算し尽くされた間隔で馬車が特区の正門へと滑り込む。車輪が雪を跳ね上げ、完全停止する前に扉が跳ね上がった。
馬車から降りてきたのは、重い鋼の鎧を脱ぎ捨て、複雑な魔導回路が刻まれた軽量の法衣を纏った「第三魔導大隊」の精鋭たち。
彼らは長旅の疲労を見せるどころか、その瞳には研ぎ澄まされた光が宿っていた。
「第一陣、展開完了! 支給品を受領せよ!」
彼らは門を潜るなり、ボルグの工兵隊があらかじめ路面から回収し、ピットへと積み上げておいた「空の魔石」を両手で掬い上げた。
また、道中でジャックの部下が集めた魔石に魔力を再充填して箱詰めしたものを、エレナの部下たちが車両からおろしている。
ボルグが命懸けで道を溶かし、使い古したはずの「廃棄物」が、今、魔導兵たちの手に触れた瞬間に再起動を開始する。
「チャージ開始……同期率、九十パーセントを超えました!」
「第二陣、供給開始! 後続車両、入線します!」
カスティア軍の将軍、エーリヒ・フォン・グラーフは、遠方の陣地からその光景を信じられない思いで見つめていた。彼の持つ双眼鏡は、寒さではなく恐怖で震えていた。
「……何だ、あの数は。魔導兵だと? 我が国でも百人と揃わぬ希少な魔導師を、あやつらは……あの馬車から次々と、まるで荷物のように吐き出しているというのか!」
本来、魔導兵は極めて繊細な存在だ。
たいりよがないので過酷な行軍や疲労に弱く、戦場に到着した頃には精神を摩耗させ、魔力を使い果たしているのがこれまでの戦争の常識だった。
だが、テラが設計した「動く瞑想室」で深い眠りにつき、ジャックが用意した「高栄養食」で身体を活性化させた彼らは、今この瞬間、その魔力計を限界まで振り切らせていた。
彼らにとって、王都から特区までの数百キロは「行軍」ではなく、単なる「チャージ時間」に過ぎなかったのだ。
「アルスの計算通りね」
エレナは、愛馬の首をやさしく撫でながら不敵に笑った。
彼女の背後には、すでに千人近い魔導兵が整列し、手にした魔石に銀の道由来の「熱」を再充填させている。
「銀の道が運んできたのは、単なる兵士じゃないわ。『破壊そのもの』よ。……全魔導兵、照準固定。敵陣地前方五百メートルから順次、面制圧を開始しなさい!」
エレナの号令とともに、一斉に魔導兵たちの杖から、そして再利用された魔石から光が放たれた。
それは、「銀の道」という巨大な動脈が、王都の膨大な富と、蓄積された魔導技術を圧縮し、この最前線という一点で一気に解放した瞬間だった。
空を覆い尽くすほどの魔導弾。
かつてボルグが路面を維持するために撒いた融雪魔石の残滓が、今度は敵を焼き払う「炎の礫」となって空から降り注ぐ。
それは雪原を瞬時に沸騰させ、カスティア軍が築いた氷の陣地を、その執念ごと一瞬で蒸発させる光の暴力だった。
カスティア軍の陣地は、反撃の機会すら与えられず、ただただ圧倒的な飽和射撃に飲み込まれていった。
かつての戦いなら、泥沼の消耗戦となって数週間かけて行われるはずの攻防。それが、わずか数分間の「供給された火力」によって決着しようとしていた。
「これが……アルスの言う『物流の勝利』。……剣を振るう隙すら、与えてくれないのね」
エレナは、目の前で光り輝き、崩壊していく戦場を見つめ、新時代の風をその身に受けていた。
戦場における勇気や名誉といった情緒的な価値観は、アルスが敷いた「銀の道」の上を走る車輪の音にかき消されていく。
そこにあるのは、どれだけ効率よく兵を運び、どれだけ冷徹に資材を循環させるかという、乾いた数字の支配だった。
銀の道の向こう側。王都の管制室では、アルスが静かにアバカスを置いたことだろう。
一万の敵を、たった一千の魔導兵で、一滴の血も流さずに(味方の側は)制圧する。この非対称な結末こそが、彼が求めた「平和への最短距離」だった。




