第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 19 )
北の特区、最前線の防壁。
そこは、鉄と魔術が激突する暴力の渦中だった。
エレナ・ヴァン・レオンハルトは、先ほどの夜襲での返り血がついた手で魔法通信機――「白い鳥」を模した魔導具の嘴を掴み、王都にいる弟へ向かって鋭く命じた。
「アルス、聞こえる? 今すぐ本隊の編成を、当初予定していた重装歩兵から『魔導兵部隊』へ全面変更できるかしら。これは戦場の『現場』からの、絶対的な要求よ」
王都の管制室。
魔導通信越しに響く姉の切迫した声に、アルスは一瞬、算盤を弾く手を止めた。
彼の瞳には、これまで完璧に積み上げてきた「勝利の数式」が並んでいる。
「姉様、正気ですか? 魔導兵は一人あたりの維持コストが通常の歩兵の五倍。消費する魔石の輸送リスクも高く、何より魔力が切れた後の瞑想に時間がかかるため、継戦能力に欠ける。僕の計算では、十分な食事と休息を与えた重装歩兵による物量攻勢が、最も確実に敵を粉砕できると出ています」
「計算盤の中だけで戦わないで、アルス。あんたがこの銀の道に仕掛けた『熱源』を、死に金にしない方法を教えてあげるわ」
エレナは、激しい戦闘の合間に足元の路面を指差した。そこには、ボルグが融雪のために敷き詰め、すでに熱を放出しきった「使い古しの魔石」が、役目を終えた石ころのように無数に転がっている。
「いい? ボルグが道を溶かすために使い尽くした魔石は、今はただの空っぽの石よ。でもね、魔導兵ならこれに自分の魔力を再充填して、即席の『魔導弾』として再利用できる。……アルス、あんたの作ったこの『銀の道』は、ただの道じゃない。魔導兵にとっては、足元に無限に転がっている『弾薬庫』そのものなのよ!」
通信機の向こうで、アルスが息を呑む音が聞こえた。
それは、兵站学の常識を覆す発想だった。
通常、魔導兵の弱点は「弾薬」の重量と枯渇にある。
だが、ボルグがインフラ維持のために消費した「廃棄物」を触媒として再利用できるならば、魔導兵は重い弾薬を担いで行軍する必要がなくなる。
「……なるほど。道の魔石を触媒として再利用し、魔導兵の魔力を弾薬とする。輸送するのは『兵士の肉体』のみ。これなら、テラの連結馬車一両に乗せられる『破壊力』の密度が、歩兵とは比較にならないほど増大する……」
アルスの脳内で、数式が猛烈な勢いで書き換えられていった。
(兵站コストの大部分を占める『弾薬の輸送』を、インフラの廃棄物で代替する。これによる総火力の期待値は、指数関数的に跳ね上がる)
「採用です、姉様。……今この瞬間、僕の計算よりもあなたの勘が上回った」
アルスは冷徹なまでの切り替えの早さで、管制室のスタッフに次々と指示を飛ばし始めた。
「カイル、直ちに大叔父上と軍務局へ公式通達。本隊の編成を『第三魔導大隊』へ変更、直ちに出撃させろ。ジャック、前線の宿場町に眠る使用済み魔石をすべて回収し、魔導兵のピットへ集積。ボルグには、追加の熱源投下を一時停止させ、残存魔力を弾薬用に回すよう伝えろ。……そしてテラ!」
通信機の向こうでテラが応える。
「馬車の座席をすべて取り払い、魔導兵が移動中に精神集中を行える『瞑想用ポッド』に改装しろ。移動時間を、そのまま弾薬のチャージ時間に変える。……これより、戦いの定義を書き換える」
アルスの声が、静まり返った管制室に響き渡った。
それは、かつて騎士が名誉のために剣を振り、歩兵が泥にまみれて戦った時代の終わり。物流と、技術と、そして廃棄物さえも戦力に変換する「新時代の戦争」の幕開けだった。
数時間後。銀の道を、テラの連結馬車がかつてない速度で北上していた。
車内では、瞑想を終え、最高潮に魔力を高めた魔導兵たちが、第四宿場から運び込まれた「空の魔石」を手に取っていた。
前線の特区。エレナは防壁の上で、南から近づいてくる強烈な魔力の波動を感じ取っていた。
「遅かったじゃない、アルス。……さあ、あんたが繋いだこの道が、どれほどの地獄を敵に見せるのか。特等席で拝ませてもらうわよ」
銀の道を越え、戦場に降り立ったのは「万全の状態」の魔導兵たち。彼らが足元の道から「石」を拾い、魔力を込めて放つその一撃は、凍えるカスティア軍を、その執念ごと一瞬で蒸発させる光の奔流となった。
「供給」という名の魔法。
それは、最前線の兵士の閃きと、後方の冷徹な物流が噛み合った瞬間、歴史上類を見ない破壊のシステムへと昇華した。
カスティア軍の目の前に広がるのは、もはや雪原ではない。どこまでも続く黒い道から、無限の火力が湧き出してくるという、絶望的な未来の光景だった。




