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第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 18 )


「……それで、この『枷』のために、ジャックさんは一体どれほどの禁忌に触れたんです?」



銀の道の中継拠点、その一角にある薄暗い執務室。


カイルは、目の前の机に並べられた無機質な銀のリング――「魔導制御の枷」を眺め、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。



これこそが、テラの開発した魔獣連結馬車を、単なる暴走する獣の群れから「精密な輸送機械」へと変貌させるための心臓部だ。


野生の氷原大熊アイス・ベアの神経系を強制的に同期させ、一ミリの狂いもなく制御するためには、この呪術的なデバイスが不可欠だった。



「カイル様、野暮なことを聞かねぇでくだせぇ。……出所を洗えば、王都の地下牢に空きがなくなると思いますぜ。少し王都のギルドに『ご挨拶』にうかがって、拝借しました。あとは……まあ、アルス坊ちゃんの名前が持つ『信用』を最大限に換金しただけですぜ」



ジャックは冷めた茶を啜り、汚れた指先で報告書をめくった。

彼は決して「どこで」手に入れたかを明言しない。

だが、短期間でこれだけの禁忌品を揃えるために、彼が王都の裏社会やギルドの暗部をどれほど掻き回したかは、その疲れ切った相貌が物語っていた。



ジャックが銀の道の建設中に密かに構築した裏の物流網は、今や王国の正規ルートを凌駕する速度で、勝利に必要な「劇薬」を運び込んでいた。



「法的にはグレー……いえ、限りなく漆黒に近い。ですが、今はその『黒』を飲み込みましょう。勝利という結果こそが、最大の免罪符になりますから。……問題は、この道沿いの村々です」



カイルは一枚の地図を広げた。

そこには、ジャックが「資源封鎖」のために周辺の村々から買い占めた薪や食糧のリストが、無情な数字となって記されている。



「突然、冬を越すための備蓄を根こそぎ持っていかれた村人たちの反発が限界です。カスティア軍の本隊が来る前に、我々が飢え死にさせると。暴動が起きれば、物理的に銀の道は封鎖されますよ。物流の心臓を止めるのは、敵の剣ではなく、領民の怒りかもしれません」



「それじゃあ、カイル様の出番ですねぇ。」



ジャックは地図の上に、懐からアルスの署名が入った「特別認可証」を置いた。



「俺が『汚い買い占め人』として悪役を演じ、泥を被って物資をさらっていった。その後に、カイル様が『救世主』として村へ入り、法の光を当てる。……納得させる材料エサは、俺がアルス坊ちゃんとセバスのじいさんに頼み込みましたぜ」



ジャックはなんとも言えない悪い顔で笑った。



数時間後。カイルは吹雪のなか、北の村へ向かう荷馬車を自ら止めた。


カイルは、村の備蓄を根こそぎ持っていった領主アルスに対して、抗議をしにきていた各村長たちを前に毅然と立ち塞がった。



「皆さん、不安はごもっともです。ですが、今皆さんの蔵にある薪をカスティア軍に奪われれば、村は焼かれ、春を待たずにすべてを失います。……これは略奪ではありません。レオンハルト領による『戦略的資源保護リソース・セーフ』です」



カイルはジャックが用意した特別な「預かり証」を、法的な効力を持つ公式文書として提示した。



「この証書は、戦後、預けた物資の二倍の価値を持つ『北方特区への優先入居権』、あるいは『銀の道利用税の永久免除』と交換されます。皆さんの今日の協力は、戦後の繁栄に対する『投資』として、法によって保障されるのです」



村長たちの目の色が変わり、ざわざわと

さらに、カイルはジャックが王都から極秘裏に運ばせていた「高効率の蓄熱レンガ」を各家庭に配布させた。

テラの試作品をジャックが量産化させたものだ。



「薪は十本必要でしたが、このレンガなら一個で一晩中暖かい。皆さんの冬の暖かさは、アルス閣下の名において、物理的にも、法的にも保証されます!」



村人たちがざわめいた。薪を奪われる恐怖を、最新技術と将来の利益で上書きする。


カイルの論理的な説得と、ジャックが裏で手を回した代替品の供給。


この「飴と鞭」の完璧な使い分けによって、領民の不満は、カスティア軍を早く追い出して「預かり証」を利権に変えたいという「期待」へと変質していった。




「……ジャックさん。村人たち、納得しましたよ。彼らは今、カスティア軍が早く敗走し、自分たちの権利が確定するのを心待ちにしています」



管制室に戻ったカイルの報告に、ジャックは鼻で笑った。



「現金なもんだ。……だが、それでいい。アルス坊ちゃんは『統計』で勝とうとしているが、俺とアンタは『欲望』と『信頼』を交通整理して、この血の通った道を維持する。情熱なんて不確かなものより、計算された利害関係の方がよっぽど頑丈な道になるからなぁ」



ジャックは再びペンを執り、次の補給計画に目を走らせた。



「カイル様、テラの子分に無理言って、次の村の分のレンガを用意してくれるとありがてぇ。それと、魔獣用の餌に混ぜる鎮静剤の在庫もできれば。魔獣用の餌は流石に最高級とはいかねぇが、美味いモンを食わせてやりてぇなぁ……あ、あと、道を溶かすための魔石を安く回してくれた商人に、例の『独占取引権』の草案を送っておいてくだせぇ」



ペンを走らせながら、ジャックが独り言とも取れる声量でカイルの方を全く見ずに話しかけた。



カイルは返事をせず、苦笑で返した。



アルスの冷徹な計算、ボルグの頑強な基盤、テラの狂気的な革新。


それらに「魔導の枷」という禁忌を繋ぎ、反発する人心を「利権」という名の法で繋ぎ止める。



ジャックとカイル――闇の調達者と光の法務官。


この正反対の二人が噛み合ったとき、銀の道はもはや単なる石畳の物流網ではなく、誰も逆らうことのできない「国家のシステム」へと昇華した。



「さあ、アルス様ぁ。エレナ様が暴れるための舞台は、完璧に磨き上げてやったぜ。……あとは、あの戦神がどれだけ派手に踊るか見守るだけだ」



中路を支える歯車は、もはや一分の狂いもなく回転していた。


前線に届くのは、ただの鉄や食糧ではない。村人たちの欲望、禁忌の技術、そして緻密に計算された法的な正当性が凝縮された「勝利の結晶」なのだ。北の冬を焼き切る準備は、これ以上ないほどに整っていた。

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