第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 14 )
「アルス様、第十八便が特区に到達。エレナ様の部隊、予定通りのローテーションに入りました」
王都の管制室。魔導通信の石から響くカイルの報告を受け、アルスは巨大な地図に書き込まれた膨大な「時間の数字」を鋭い眼差しで見つめていた。
地図上には、銀の道を往来する馬車の位置がリアルタイムで刻まれている。
「……二車線のうち、下りの一車線が少し滞っているな。カイル、理由を聞こう」
「避難民の馬車が車軸を折りました。ですが、ボルグさんの工兵隊が三十分で路肩へ排除。現在は復旧し、流速は元に戻っています」
「三十分か。予定より十分遅いが、許容範囲内だ。物流の澱みは、前線の死に直結する。徹底させろ」
アルスが構築したこの「銀の道」を巡る戦略。その真髄は、敵を武力で圧倒することではない。
最強の騎士であり、司令塔のエレナという「駒」を、「二十四時間、常に全盛期の状態で動かし続ける」という、極めて非人道的かつ合理的な「統計的循環防衛」にあった。
通常、どれほど勇猛な英雄であっても、戦い続ければ疲弊する。
剣を振るう腕は重くなり、判断力は鈍る。
だが、アルスはこの「英雄の限界」を物流で解決した。
彼は銀の道の輸送力を利用し、三時間おきに「十人単位の新鮮な精鋭」を絶え間なく前線へと送り込み、代わりに「三時間戦った疲れた十人」を即座に後方の宿場町へと戻すという、兵力の完全循環システムを構築したのである。
また、戦闘がないときは常に物資や工兵を派遣することで前線に兵を集結させていく。
宿場町――アルスが「ピット」と名付けたその拠点に戻った兵士たちは、そこでテラが用意した高栄養の食事を取り、ボルグが設計した防音蓄熱室で深い眠りにつく。
そして、気力も体力も万全に回復した状態で、再び三時間毎に通り過ぎる「銀の道」というコンベアに乗って最前線へと復帰するのだ。
「敵からすれば、姉様が常に要塞で指示をして、兵士たちが百人以上いるように見えるはずだ」
アルスは冷徹に呟いた。手元の算盤が、カチリと音を立てる。
「常に休息十分、時間が経過すればの百人以上の気力も装備も十分な兵士が、交代で襲いかかってくる。……一万の軍勢といえど、この『時間の暴力』には精神が保たない」
事実、前線のカスティア軍は発狂寸前の地獄の中にいた。
吹雪の中から現れるエレナは、どれだけ戦っても息一つ乱さず、その剣筋は時間が経つほどに鋭さを増していくように見えた。
そして、夜襲をしてくる王国軍の兵士たちは常に「たった今、戦場に来たばかり」のような力強さと装備を持っていた。
そして、日中は徹夜で夜襲をしていたとは思えないほど、不気味なほどの集中力で要塞に立ち塞がり、数が激増している。
「化け物か……。レオンハルトの女狐は、不死身なのか!」
敵将の叫びが雪原に空虚に響く。
彼らにとっての冬は、体温を奪い、死を招く沈黙の季節だ。
魔導士の魔力も完全には戻らず、火炎魔導も使えない。
本隊五千人は山脈を抜けてきたが、残りの二千の補給部隊が山脈を超えて来ていない。
物資が圧倒的に足りない。
天幕近くの動物や食べることのできる植物は取り尽くした。
冬でなければ…
食うものもあったはずだ。
山脈を抜けることも容易にできたはずだ。
蓄熱鎧に回す魔力も、魔導攻撃に使えたはずだ。
我々にとっての冬とは喉元な突きつけられた剣と同義だ。
しかし、目の前の敵にとっての冬は、銀の道という血管から絶えず送られてくる「熱」と「命」を享受するための、ただの背景に過ぎない。
エレナは不死身でもないし、無尽蔵の体力があるわけではない。それはアルスが計算した「休息の時間」と「銀の道の速度」が作り出した、冷徹で圧倒的な物流の成果だった。
夜更けの特区の校舎の一角。
暖炉の近くで、短い休息を与えられたエレナが、アルスから届いた最新の手紙を開いた。
そこには、精密な戦術指示と並んで、最後の一行にだけ殴り書きのような言葉が記されていた。
『姉様、計算によれば、三日後の午前四時、こちらの本隊が到着する予定です。そこからが反撃のタイミングです。それまで、どうか「無茶」はしないでください』
エレナは手紙を暖炉の炎に放り込み、ふっと口角を上げた。
「無茶をさせないために、これだけの道を作ったんでしょうに。……本当に、生意気な弟ね」
そして、約束の三日目の朝が近づいていた。
カスティアの先遣隊が現れてから四日目の朝である。
エレナたちはこの夜はゲリラ戦をやめ、明日の全軍突撃に備えた。
戦の終わりは近い。




