第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 13 )
夜の森の中、多数の天幕の中でカスティア軍の先遣隊は鎧も脱がずに座り込んでいた。
最初の戦闘終了から数時間が経過していた。
冬の戦場において、真に兵を殺すのは鋭利な鋼ではない。「消耗」という名の目に見えぬ死神だ。
極寒のなかで重い鎧を纏い、神経を研ぎ澄ませて武器を振るえば、人間の体力は通常の数倍の速さで失われる。
熱量は吐息とともに奪われ、筋肉は凍えて硬直していく。
カスティア軍の兵士たちは、天幕の中に力なく座り込み、凍りついたパンをナイフで削り取っていた。
口に含んでも味はせず、ただ体温を奪うだけの冷たい塊でしかない。
カスティア軍の補給部隊は未だに到着しない。
また、魔導士たちも戦闘で魔力を使い切り、小さな火炎魔導すら使えない。
魔力を回復するためには、瞑想と十分な食事が必要だ。
「薪も家屋もない……。どういうことだ、周辺の村には小枝一本落ちていないのか」
兵士の一人が震える声でこぼした。
彼らが山を越えた最大の理由は、略奪によって「暖」と「食」を確保することだった。
しかし、彼らが辿り着いたのは、暖かな家屋が並ぶ村ではなく、すべてが焼き払われるか、あるいは徹底的に「回収」された後の空白地帯だった。
これは、アルスの懐刀であるジャックが裏で手を回した「資源封鎖」の成果だった。
カスティア軍が国境を越え、北の村に到着する三日前、銀の道を早馬を使って監査室の面々が周辺の村々に派遣されていた。
彼らは住民を避難させると同時に、薪の一束、麦の一粒に至るまでを、最高効率で「特区」あるいは「王都」へと回収してしまったのだ。できないものは燃やし尽くした。
略奪という補給計画を根底から破壊されたカスティア軍は、今や自分たちの体温で雪を溶かすだけの、ただの「凍えた標的」に成り下がっていた。
一方、特区の防衛陣地。
そこには、凄惨な戦場という言葉からは程遠い、異様な光景が広がっていた。
「さあ、交代だ! 熱いうちに腹に収めておけ!」
テラが送り込んだ「厨房馬車」から、大柄な男たちが湯気を立てる大釜を次々と下ろしていた。
配られているのは、アルスが栄養学の観点から計算し、ジャックたちが最高効率で調達した、肉と根菜がたっぷりと入った高カロリーのスープだ。
さらに、兵士たちの足元にはボルグが設計した「蓄熱石」が隙間なく敷き詰められていた。
地中から伝わる冷気を遮断し、防壁の内側にはまるで春のような柔らかな暖かさが保たれている。
「……信じられん。戦場に来て、王都の宿屋よりマシな飯が食えるとはな」
先遣隊の兵士が、涙を流しながら熱いスープを啜る。
胃の腑から広がる熱は、死にかけていた戦意を呼び覚まし、絶望を「余裕」へと書き換えていく。
「怪我をしたヤツはいねぇかぁ!いるなら、オレらと近くの宿場までこの馬車で戻るぞぉ!」
随分とガラの悪そうな給仕係である。
エレナもまた、提供された温かな茶を口に含み、戦況を確認していた。
彼女の隣には、銀の道を通って到着したばかりの伝令が立っている。
「エレナ様、領都からの第十五便が到着しました! 魔法銀の矢二千本、および追加の蓄熱石。さらに、カイル様からの伝言です。『次の便には最新の防寒マントと、夜食用の乾燥肉を載せます。また、給仕係や衛生兵も何名か載せる予定です。アルス様からの差し入れですので、有効にお使いください』とのことです」
「あいつ……本当に過保護ね」
エレナは苦笑したが、その瞳には揺るぎない信頼が宿っていた。
補給とは、単なる物資の移動ではない。
それは、戦場という極限状態において、兵士の心から「明日への不安」を拭い去る唯一の魔法だ。
カスティア軍は、暗闇の中で自分たちの体温が刻一刻と奪われていくのを待つしかない。
補給もいつ届くのかわからない不安と共に野営をするしかない。
しかし、王国軍は、銀の道という巨大な「動脈」から絶えず「命」を供給されていた。
アルスが敷設したこの道は、ただの石畳ではなかった。
それは、後方の生産力と前線の戦闘力を直結させる、冷徹なまでの「合理性の鎖」だ。
矢を一本放てば、数時間後には新しい矢が届く。
体力が削られれば、すぐに温かな食事が運ばれてくる。
この循環が維持される限り、特区の防衛力は衰えることがない。
「見てなさい。明日の朝、敵の半分は寒さで指が動かなくなっているわ」
エレナは茶を飲み干すと、再び愛剣の柄に手をかけた。
温かな食事と休息によって、彼女の身体には魔力が満ち溢れている。
「十分に暖を取ったわね。……夜襲をかけるわよ。アルスが繋いでくれたこの『熱』、敵の首を刈るために使いましょうか」
エレナはアルスの指示通り四人一組に兵士を組ませて、ゲリラ戦を仕掛ける事にした。
ゲリラ戦で組のリーダーをやっているのはエプロンを巻いていた強面の男たちのように見える。
「補給」という名の暴力。
それは、火炎魔導よりも、鋭利な剣よりも遥かに残酷に、カスティア軍の「耐える誇り」をへし折ろうとしていた。
暗闇の雪原に、カスティア軍の凍えた悲鳴が響き渡る。
冬に守られてきたはずの彼らは、今や自分たちが信じていた「冬」そのものに裏切られようとしていた。




