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第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 12 )

北方王国カスティアの先遣隊三千が、研ぎ続けた牙を敵に突き立てるために静かに山脈を超えていた。



彼らが決死の覚悟で冬の凍てつく山脈を越えたのは、野心のためだけではない。


極限の飢えと寒さから逃れるため、南方の豊饒な糧食と暖かな寝床を奪い取るという、生物としての本能に近い渇望が彼らを突き動かしていた。



「……あれが、報告にあった『開拓村』か?」



雪煙の向こうに目的の地を捉えた先遣隊長は、思わず自身の目を疑った。



彼らが想定していたのは、貧相な木造家屋が並び、怯えた村人が震える「脆弱な村」だった。


略奪によって疲弊した身体を癒やし、そこを拠点にさらなる南進を企てる――それがエーリヒ将軍の描いた青写真だったはずだ。



だが、眼前にそびえ立つのは、村という概念を根底から覆す「要塞」だった。



中心に鎮座するのは、辺境には不釣り合いなほど巨大で堅牢な石造りの校舎。


その周囲を囲むのは、即席とは思えぬ高さと厚みを持った防壁であり、さらにその外縁には、複雑に絡み合った鉄条網と、計算し尽くされた角度で配置された対騎兵用の障害物が展開されていた。



「報告! 敵陣地、ただの防壁ではありません! 隙間なく噛み合わされた規格化された石材と、見たこともない金属製の補強材……。まるで、隙間なく生えてきたかのような精密さです!」



隊長は歯噛みした。こんな辺境の村に、これほどの防衛設備を整える予算も資材もあるはずがない。


冬の山道は物資の輸送を拒む。それがこの世界の常識だ。

だが、その「ありえない」を具現化したのが、アルスの統計学とテラの技術、そしてボルグの土木技術の結晶であることを、彼らはまだ知らなかった。



特区の心臓部である校舎は、アルスが最初から「非常時の拠点シェルター」として設計を指示したものだった。



「学校は、子供たちが学ぶ場所であると同時に、村民が最後に逃げ込む城でなければならない」



その思想を、ドワーフの血を引く土木工学の権威、ボルグが過剰なまでの情熱で形にした。


彼は「巨人の一撃でもビクともしない」と豪語し、地下深くから汲み上げた魔力を構造強化に転用する術式を組み込んでいた。



さらに、防壁の正体はテラが開発した「プレハブ式魔導防壁」だった。



銀の道が完成したことで、領都の工場から規格化された防壁ユニットが、二十四時間体制で運び込まれていたのである。


また、素材は王都の馬車を解体した時に出てきた高級素材をテラが精一杯改造したものである。


貴族の馬車とは見栄を張るため、骨組みに堅鉄樹トライタンを使い、装飾には主に精霊銀ミスリルを使っている。効果は全くない。



堅鉄樹トライタンを防壁の枠材で使うことで、防壁の強度を上げ、精霊銀ミスリルを防壁のコーティングに使うことで相手の魔法を跳ね返す。



荷車一台で運べるサイズに分割され、現場でパズルのように組み合わされるその壁は、従来の石積みとは比較にならない速度で「要塞」を組み上げてしまったのだ。



「三千の軍で、たかだか一領土の村を落とせないとあっては、カスティアの名が廃る。全軍、突撃! 建物ごと踏み潰せ!」



隊長の怒号とともに、カスティア軍の重装歩兵が地響きを立てて前進を開始した。彼らの鎧には、凍死を防ぐための「蓄熱術式」が淡く光っている。それは、冬を克服した彼らだけの矜持だった。



また、先遣隊の一部は魔導士で構成されており、後方から火炎魔導を放ち村や防壁を燃やそうとした。



対するエレナは、校舎の屋上に立ち、静かに剣を抜いた。



吹き付ける吹雪が彼女の銀髪を揺らすが、その瞳に揺らぎはない。彼女の視界には、計算され尽くした射撃ポイントと、敵軍の侵攻ルートが網目のように浮かび上がっていた。



「自警団、および私の先遣隊に告げる」



エレナの声は、魔導増幅によって戦場全体に響き渡った。



「敵は腹を空かせた狼よ。だが、狼は火を怖がるもの。……アルスから届いた『贈り物』を、存分に披露してやりなさい」



その合図とともに、村の各所に巧妙に隠されていた魔導投石機が、一斉に唸りを上げた。



放たれたのは、巨大な岩ではない。テラが精製した「高純度可燃石」を詰め込んだ、黒塗りの樽だ。



この可燃石は火山にいる岩のような魔物の核を使っている。



この魔物は面白いことに岩の部分を壊すと、中の体液が溢れて来て、燃える。


核を壊しても爆散して、岩を撒き散らして、色々なところに刺さる。


コイツの核だけを取るのは、頑丈な金庫の中身を鍵を開けずに取るのと同じくらい不可能なことだ、と監査室室長がタバコの煙と共に吐いた。



放物線を描いて雪原に着弾した樽が、次の瞬間、凄まじい轟音とともに爆発し、燃え上がった。



「なっ……炎だと!?なぜ雪の上でも燃えるのだ!」



カスティアの兵士たちが絶叫する。


通常の火炎魔法や油であれば、北の湿った雪と冷気によってすぐに鎮火する。だが、この「可燃石」は、アルスが前世の知識をヒントにテラへ作らせた、化学反応による超高温焼夷弾だった。


衝撃を加えると石が割れ、中身が液体となって溢れて流れ出す。


雪原は瞬く間に、雪ですら消せない業火の海へと変貌した。

カスティア軍の誇る「蓄熱鎧」は、外側からの予期せぬ高温に晒され、今度は着用者を焼き殺す「鉄の棺桶」へと変わる。さらに、エレナは容赦をしない。



「次、第二射。目標、敵背後の補給路の起点。退路を断ちなさい」



炎に照らされたエレナの横顔は、冷徹な美しさを湛えていた。


かつて、騎士としての彼女なら、これほどまでに一方的な「物量の暴力」を振るうことに躊躇いを感じたかもしれない。だが、今の彼女は知っている。これがアルスの戦い方なのだ。



「……計算通りね、アルス」



彼女は小さく微笑んだ。



「あんたが道を繋いでくれたおかげで、私は『弾薬の節約』なんて退屈なことを考えずに済むわ」



通常の軍隊であれば、弾薬や矢の補充には数週間の輸送期間を要する。だが、特区には「銀の道」がある。前線で消費された矢の一本、可燃石の一樽は、数時間後には後方から「馬車」によって補充されるのだ。


ちなみにエレナが期待している可燃石の樽は次の便で終わりである。獲るための時間も人員もあまり割けなかったのである。



アルスが構築したのは、単なる道路ではない。戦場という穴の開いたバケツに、絶え間なく物資を注ぎ込み続ける「永久機関」だった。



カスティア軍の第一波は、特区の入り口に到達することさえできず、炎と雪の壁に阻まれて壊滅した。


三千の兵力という数字の優位は、供給速度リードタイムという圧倒的な合理性の前で、その意味を失いつつあった。

しかし、エーリヒ・フォン・グラーフという男もまた、この程度で折れる将ではない。



「……面白い。南の小僧、貴様の計算、我が執念で上書きしてくれよう」



立ち上る黒煙の向こう側で、カスティア軍の本隊が動き出す。


冬の王者の誇りを懸けた、真の地獄はここからが本番だった。

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