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第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 10 )



開通式の喧騒が、悲鳴と怒号へと変わるのに時間はかからなかった。



「全車両、左車線へ寄れ! 停止は許さん、歩行者は路肩へ!」



カイルの声が、魔導拡声器を通じて銀の道に響き渡る。


彼はアルスの右腕として、法務官の権限を最大限に発揮していた。



「銀の道」は、ボルグの執念によって舗装された二車線の大動脈だ。だが、その便利さが仇となり、現在は王都へ向かう商隊と、開通を祝う貴族の馬車で埋め尽くされている。



このままでは、エレナの先遣隊はおろか、後続の物資すら送れない。



「アルス様、カイル様が民衆の混乱が激しいとの事です。『なぜ道を空けねばならん』と、貴族たちが抗議をしてカイル様を囲んでます」



報告に来たカイルの部下に、アルスは計算盤を弾きながら冷徹に告げた。



「カイルに議論は不要だと伝えろ。抗議する者の馬車は、その場で解体して路肩の補強材や戦場に送る資材にして良い。馬は軍に徴用する。……これは『物流の戦争』なんだ。道が詰まることは、死を意味する」



貴族に囲まれている中で、カイルは背後にやってきた部下の報告を聞いた。



「アルス様は力で排除して良いと……今は、ジャックたちがいないので、私たちの言葉のみで貴族や民衆が動いてくれるか…」



カイルは貴族の囲いの奥の方で、ざわざわと民衆が騒めき出し、道を開ける様子を感じた。


どうやら、騒ぎを聞きつけた、王都の憲兵隊が列を成してやってきたようだ。



(まずい。ここで憲兵隊と話し合っていたら時間がなくなるぞ…!)



カイルが翻したマントの先で、憲兵隊の列が動き出す。



割れた列の真ん中、そこには黒い外套を纏った老人(魔王)

が悠々と歩いてきた。


「ふむ、待たせたな。内務庁から憲兵隊を借りてきた。カイルよ、指示を頼む。」



カイルは忠誠はアルスに誓っているが、魔王の部下も悪くないと思った。




アルスが立てたプランは、極めて単純かつ苛烈なものだった。



【動脈管制命令:コード・パルス】

・北前線行(左)車線:完全閉鎖。軍用高速馬車、補給物資、増援部隊のみが走行可能。


・南王都行(右)車線:避難民、空荷の帰還馬車、傷病者輸送。


・全宿場町:燃料(馬の餌)、食糧、交換用の馬を配置する「ピット」として24時間稼働。




「ボルグ、聞こえるか。」



アルスが通信石を通じて叫ぶ。

周りの喧騒がうるさく、大きな声でないと指示を出すのが難しい。



この通信石は王都の重鎮・オズワルドが王室から()()()きたものだ。



「ああ! 最高の道を作った瞬間に戦場かよ、笑えねえな!」




「文句を言っている暇はない。道の状態を維持しろ。雪が積もれば計算が狂う。君の工兵隊を動員して、各拠点に融雪用の魔石や魔物素材を配置しろ。これで路面の摩擦係数を一定に保て。」



「へっ、俺の道が滑るなんて言わせねえよ! 氷の一片すら残さず削り取ってやる!」



一方で、テラとジャックもすでに動き出していた。



テラは、本来なら王都の貴族に見せるはずだった「鋼の板ばね」を装備した新型馬車を、4()()の腕を使って次々と軍仕様へと改装させながらアルスに聞こえるように叫んだ。



「アルス様! 乗り心地は最悪だけど、速度だけは保証します! この『銀の道』の上なら、馬が潰れる前に村まで届ける事が可能です!」


テラは王都の外に急造したラボに設置した通信石に叫んだ。



「テラ、できれば貴族から徴用した馬車も、最低限の改造で使えるようにはできないか。」



珍しくアルスが命令では無く、頼み事としてテラに指示を出した。



「……アルス様、私の腕は4本しかないんですよ!どんなに頑張っても今は領都から持ってきた馬車を軍用にするので精一杯です。」


テラは馬車に積んでいた魔導腕を駆使しているが、アルスの求める生産速度には及ばないらしい。


「そうか。分かった。テラ、持ってきた馬車を軍用にしたら、一度私のところに来てくれ。次の指示をする。」



テラは了解と叫んで、馬車を改造して行った。




ジャックは、祝祭のために集めた大量の酒や肉、そして建築資材を、冷徹な手際で「軍需物資」へとタグを貼り替えていた。



「アルス様、市場の物価が跳ね上がりますぜ、こらぁ。……だが安心してくだせぇ。カスティアの連中が現地で調達できるものは、石ころ一つ残さないよう手配してありやす。邪魔するやつは埋めちまってもいいですかい?」



ジャックはテラに()()してもらったイヤーカフ型の通信石でアルスに現状を伝えた。



アルスは城壁の上に立ち、眼下を見つめた。



そこには、整然と色分けされ始めた「物流の川」があった。

北へ向かう左の赤い松明の列は、エレナを乗せた第一陣。



反対の車線は今は何もない。これから前線から避難民や負傷者がやってくる予定だ。



隣にいるテラは先ほど軍用に仕上げた馬車を力尽きた目で眺めていた。



アルスはテラと反対にいるセバスに話しかけた。



「……セバス。計算式が、ようやく噛み合い始めた」



「左様でございますな、アルス様。……ですが、これはあくまで『準備』に過ぎません」



セバスの視線の先、遥か北方の空が、禍々しい暗雲に覆われていた。



「ああ。ここからは『時間』という最も残酷な変数との戦いだ。」



アルスは、次の計算用紙をめくった。そこには、北の特区に到達したエレナが、一人で多数を相手にするための「損耗率」がびっしりと書き込まれていた。


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