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第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 9 )



王都を包む熱気は、春の陽気さえも追い越すほどに昂まっていた。



新設された幹線道路「銀の道」の開通式。


そのテープカットが行われた瞬間、人々の歓声は地鳴りのように響き、空を舞う色とりどりの紙吹雪が、ボルグが心血を注いだ滑らかな石畳を彩っていた。



しかし、アルス・ヴァン・レオンハルトの耳には、その歓声はもはや「背景ノイズ」として処理されていた。




「――緊急報告。北方国境にて、隣国カスティア軍が突如沈黙を破り侵攻を開始。 第一防衛線、突破されました!」 


エレナの肩に止まった白い鳥が吐き出したその言葉は、アルスの周囲数メートルだけを、絶対零度の静寂で凍りつかせた。



隣に立つオズワルドの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。



「な……馬鹿な。カスティアだと? この真冬に、あの絶壁の山脈を越えてきたというのか!?」


「不可能です、閣下」


カイルが、手にしていた祝祭の進行表を震える手で握りつぶした。



「冬の山脈越えは軍事常識の外です。食糧も、防寒装備も、あの雪中では維持できないはず……!」



だが、アルスだけは動かなかった。



彼の瞳の奥では、先ほどまで「銀の道の経済波及効果」を描いていたグラフが、一瞬で霧散していた。代わりに立ち上がったのは、冷徹な赤と黒の数式。



「カイル、驚くのは後だ。事実として彼らは『そこにいる』」



アルスの声は、驚くほど平坦だった。



「セバス、北の特区(実験村)の現在の備蓄状況を。ジャックには『祝祭用』として集めた全物資の押収を命じろ。ボルグには……」




「アルス」



鋭い声が、彼の演算を遮った。



エレナだ。彼女の瞳には、祝祭の余韻など欠片も残っていない。そこにあるのは、敵を屠るための峻烈な闘志。



「計算はあなたの領分だけど、戦場(現場)を作るのは私の仕事よ。敵が山を降りてきたなら、真っ先に狙われるのはあなたが手塩にかけたあの村よ。……指示を出しなさい。私はいつ、どの馬車に乗ればいい?」



アルスはエレナを見つめ、そして視線を眼下に広がる「銀の道」へと移した。



二車線の広大な道路。そこには今、開通を祝うために集まった豪華な馬車や、商売のチャンスを狙う商隊がひしめいている。



「姉様。通常の行軍なら、ここから北の村まで重装兵を動かすには十日はかかります。……ですが、僕が作ったこの道と、テラの馬車があれば、その常識は捨てられます」



アルスは懐から、特注の計算盤を取り出した。指先が、目にも止まらぬ速さで算木を弾く。



「カスティア軍の進軍速度を時速二キロ。冬の山道での消耗を考慮すれば、特区到達まであと九十六時間。……対して、我が軍の初動。銀の道における高速馬車の巡航速度なら……」



パチン、と乾いた音が響く。



「二十四時間以内に、第一陣を送り込めます。姉様、貴女には『祝祭用の最速馬車』に、精鋭百人を詰め込んで今すぐ出撃してもらいます。名目は……そうですね、祝祭のパレードの延長とでもしておきましょうか」



「百人で一万を止めろってわけ? ……いいわ、最高にイカれた計算ね。気に入ったわ」



エレナが不敵に笑い、腰の剣の鯉口を切った。



アルスはカイルを振り返った。



「カイル、君は法務官として、この瞬間からこの『銀の道』の全域に『戦時特別法』を適用しろ。二車線のうち、一車線を軍専用に、もう一車線を避難用にする。……逆走、停車、渋滞はすべて『反逆罪』として処断すると伝えろ。また、そこにいる財務庁の魔王も一緒に来てもらえ。いいな?」



「……承知いたしました。法の番人として、一分一秒の遅滞も許しません」



若き法務官の瞳に、覚悟の火が灯る。

となりの魔王も鷹のような鋭い目で、法務庁といかにやり合うかを考えていた。


アルスの脳内では、すでに戦いの舞台が整いつつあった。


これは剣と魔法の戦いではない。


「速度」と「供給」によって敵を窒息させる、残酷なまでの統計学の戦いだ。



「大叔父上。祝祭は終わりです。……これより、銀の道を王国の『鋼の動脈』へと書き換えます」



大叔父(魔王)は鷹揚に頷いた。



アルスの宣言とともに、平和を祝うはずだった銀の道が、戦火へと続く一本の槍へと変貌を始めた。


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