第4章:我がレオンハルトは銀の道にあり ( 7 )
王都の財務局が認可を下してから、わずか1年と半年。
王都とレオンハルト領を結ぶ幹線道路は、ボルグの頑固なまでの「基盤」と、テラの熱狂的な「革新」、そしてジャックの荒々しい「素材調達」という、異質な歯車が噛み合い、驚異的な速度で完成へと向かった。
また、レオンハルト領と王都を結ぶ幹線道路の脇には馬が休める宿場や冒険者ギルドを中心とした小さな村が点在していた。
かつて十日を要した街道は、今や「銀の道」となって王国を貫いている。
もちろん、旧街道も銀の道の脇にあり、開通式を一目見ようと近隣の村から王都へと人が流れている。
開通式の当日、王都の城壁の外、銀の道と城門の境界線近くには見渡す限りの群衆が集まっていた。
今回の開通式は総務庁財務局の現在の長官が開通宣言をする予定である。
国王の姿はない。
アルスは、静かに開通のテープを見つめていた。彼の視界には、群衆の歓喜だけでなく、そこを行き交うことになる「数」が、洪水のように流れ込んでいる。
「……ようやく、ここまできた。最初の『一線』が引けた。レオンハルト領もこれからは王都と順調に交易ができるな、セバス」
傍らに控える老執事に、アルスは穏やかに、しかし疲れの色を見せず語りかけた。
「はい。あの日、閣下がテラスでおっしゃった『人が集まる理由を作る』という言葉。今、この熱気が何よりの証明でございますな」
セバスは深く、満足げに頭を下げた。
アルスの合図とともに、第一陣の輸送部隊が走り出す。
それは、従来の木製車輪ではない。テラが開発した鋼の板ばねを装備し、ジャックが調達した素材を纏った「高速荷馬車」だ。
そして、ボルグが提案した「二車線の道路」。これにより今までは街道の前から馬車が来た時にどちらかが避けていた時間がなくなった。
実質運送にかかる時間が半分になった。
かつて泥にまみれ、破損に怯えていた運送業者たちが、今は誇らしげに手綱を握り、銀の道の上を滑るように加速していく。
「見ろ、セバス。道を作った若者たちが、自分の仕事の未来を見に来ている。途中の村には建設にはマカダム道路の建設に関わった者たちが、ボルグの指導の下で家屋を立てているらしい。」
道沿いには新たな冒険者ギルドが建設され、そこには「銀の道」の恩恵を求めて、王国中から労働力と投資が集まり始めていた。
「閣下、第一陣の先頭が予定時刻を分単位で更新中とのことです!」
カイルが、中継地点から早馬で届いた伝令の報告書を手に、興奮を隠せない様子で駆け寄る。
かつての不信、飢餓、搾取、そして距離という名の檻。
アルスはそれらすべてを「統計」という名のメスで切り裂き、「最適解」という名の糸で繋ぎ直したのだ。
「アルス……あなたは、この先どこまで行くつもりなの?」
エレナが、疾走する馬車の風に髪をなびかせながら問いかけた。
アルスは遠く、王都のさらに先を見つめた。
「姉様。物流が繋がれば、次は通貨の規格統一、そして広域的な教育……やるべき計算は山積みです。さて、次の課題は――」
言いかけたアルスの言葉が、止まった。
北の方角に小さい白い点が見えたからだ。
空気を切り裂く鋭い音を立て、白い鳥がエレナの肩に止まった。
白い鳥は息も絶え絶えな男の声でエレナに囁いた。
「――緊急報告。北方国境にて、カスティア領軍が突如沈黙を破り侵攻を開始。 第一防衛線、突破されました!」
その後、白い鳥は音も無く光となって空気に溶けっていった。
祝祭の余韻を吹き飛ばす、血の砂塵にまみれた「軍の伝令」だった。
隣にいたオズワルドの顔から血の気が引き、エレナの瞳に瞬時に軍人の鋭さが戻る。
幸いなことに群衆には聞こえない声量だった。
アルスは、手にしていた報告書をゆっくりと閉じた。




